141.いきなりですが、とってもブルーな変態悪女! アノ苦しみは、誰にも平等に訪れる、のです!?
さて、かくして翌日の1月は26日。
「うっ……」 ラベンダーとミントのルームフレグランスに、思わず鼻を抑える私ことエリザベート・クローディス。
……好きだった香りまで、ムッとしてしまうなんて……
そして。
「これもダメですか」 窓を開けてパタパタと匂いを追い出す、侍女ことナターシャ。(チャームポイントはユサユサのお胸です)
ただいまリジーちゃんの部屋にて、クローディス家に伝わるイロイロな調合をお試し中なのです。
ニオイがこもりがちな冬には、必須のルームフレグランス…… が!
「困りましたわね」
「そうね」
実はリジーちゃん、昨日あたりから、鼻が変に敏感になってしまっておりまして。
部屋のニオイを誤魔化すための爽やかなハーブの香りが、もとのニオイにミックスされて……より気持ち悪くしか感じません、のです……っ!
「ねぇ…… もう、香りはいらないわ」
「でも……」 ナターシャの眉がカクッと下がりました。
「このままではシドさんがおかわいそうですわ」
「そうね……」
『ニオイ』 というだけで、イケてもイケなくても全てダメ、になってしまったリジーちゃん。
当然、愛しいはずの旦那さまことシドの匂いも、そこに入るわけなので…………、ございます。
――― このままでは、キスを始め全てのスキンシップが停止状態に……っ!
そして、一緒のベッドに入るのさえ、ままならなず……。
これはつらい。つらいのです……っ ―――
が。
現状は、そんなことどうでもいい程に身体がだるかったりも、して。
「大体……」 ブツブツとこぼしちゃいますよ、もうっ……!
「こんなに早くつわりがくるなんて」
昨日、診察してくださった医者によれば、まだひと月経っていないはず……なのに。
「あら、そんなものですよ」 ナターシャが笑います。
「人それぞれですわ。それに、吐きつわりでなくてようございました」
「……そんなもの、なのかしら」
「ええ」 えいやっと窓を閉める、ナターシャ。
「食べ物も飲み物も受け付けずに身体が弱って、亡くなる人もいますから」
「ひっ……」 思わず、息を呑みます。
つ わ り 恐 怖 。
確かに、点滴などまだ開発されていないルーナ王国では、ありそうな話、ですねぇ……っ!
出産はまさに命懸け、なのです。
「ナターシャはどうでしたの?」
「ふふっ」 遠い目をして、微笑むナターシャ。
「ヨダレつわり、でしたわ……」
「よ、ヨダレ……!?」
……イロイロ、あるものですね……。
さてこうして、つわり談義でひとしきり盛り上がっていると。
「お嬢様」 扉の向こうから、シドの声がしました。
「入ってもよろしいですか?」
「んー……」 しばし迷う、リジーちゃん。
「ごめんなさい、まだちょっと……」
「よほど近寄らなければ、大丈夫でしょう?」
不満そうですね、シドさん!
さもありなん。
……なにしろ、奥さんから 「クサいからあっち行って」 と言われている状態ですもの。
「……だって」 もっともらしく、理屈をこねてみましょう……っ!
「お姿が見えるのに、近寄れないなんて、余計悲しいのですもの……っ」
「きゃあっ……♡ 愛ですねぇっ」
感動に目をウルウルさせるナターシャ。
扉の向こうではシドさんが、大袈裟にタメイキをついておられるもようです。
「ちょっと説得してみますわね」
戸口に向かうナターシャの背中を見送りつつ、そっと祈ります。
(どうか説得されてくださいね、シドさん)
実は今。
ニオイだけじゃなく、シドの存在そのものにイラッとしちゃうのは、内緒、なのです……っ!
――― それは、昨日から始まりました。
「身籠られてますね」
医者の言葉に、口々にお祝いを述べる家族と使用人の面々。
皆が、喜んでいます…… もちろん、シドさんも。
普段、人前では滅多に緩まないお口が、ふにゃふにゃでございます。
……ええ。確かに、めでたいことですものね。
リジーちゃんも、もちろん、嬉しいですよ。
愛しい旦那さまがデレデレと喜んでくださっていれば、なおさら。
……けれどもリジーちゃんの心情は、それだけでは、ないのです……
配分として、『嬉しい』 20%、『呆然』 20%、『不安』 20%、『恐怖』 40%、というところでしょうか。……が。
言えませんっ!
『こわい』 だなんて、誰にも。
(前世で同僚が不妊治療に苦労していた記憶がフラッシュバックしてしまえば、なおさら!)
どちらかと問われれば、望んでいた妊娠。
誰もが喜び、めでたいと思うべき、こと。
……いくら悪女でも、否定的なことは口にできない、雰囲気が……
と っ て も 負 担 。
かつ。
少 し 苛 つ く 。
「言わなくても察してくださいませ!」 という甘ったれた気持ちを、転生して2回目に理解してしまったリジーちゃん、なのでした。
(1回目は婚約式の時です。) ―――
そして本日。
「気分が悪くて……失礼しますわ」 とばかりに、ニオイつわりを理由に引きこもっているわけでございます。
正直なところ、誰にも会いたくない気分、なのです……っ!
が。
「入りますよ」
シドさんたら、もう……っ!
ずずずいっ、とナターシャを押し退け、侵入してきちゃいましたよ!?
ど、ど、どうしましょう……っ!?
「お嬢様、おかげんはいかがですか?」
匂いが届かない程度の距離を気遣って立つ、シド。
こちらの体調を尋ねてくださっているようですが、デレた目線は明らかにリジーちゃんの下腹部に集中しております。
こんなにも喜んでくださるなんて、嬉しい……のですが。
やっぱり、複雑な気分、ですねぇ……っ!
だって今、軽い胸ヤケがずっと続いてる状態だし。
9ヶ月近くもお腹に赤ちゃん抱えるのにも、産みの痛みとやらにも、恐怖しか感じないし。
……そもそも、悪女人生を邁進してきたリジーちゃんが、普通の母親になれるなんて、とてもとてもとても……!
あううう……これが、マタニティブルーというやつなのでしょうか……っ。
考えれば考えるほど、不安で胸ヤケが増す気が、するのです。
……ええい、こうなったら!
心配、させてやるぅっ!
「……悪いわ……」 ハンカチで鼻を抑え、ぼそっと呟いて差し上げますとも。
「当然でしょう?」 どんな匂いも、ムカムカしちゃうんですからね!?
「シドさんも、味わってみてくださいませ……っ!
ああ、味わえるわけがございませんわよね!
わたくしの気持ちなんて、分からなくて当然、ですわねっ!」
八つ当たり炸裂、でございます。
ケンカになっても知らない、のですぅ……っ!
ところが、なんと。
「では、味わってみましょうか」
シドの合図と共にひっそりと入ってきたのは、裾の長いローブを纏い片手に水晶球を持った、見知らぬ女性でした。
……ジンナ帝国風のお香、くさっ……!
読んでくださりありがとうございます!
黒鯛さま・ホツマツタエさまより、レビューいただきました。ありがとうございます!
感想・評価・ブクマいつも大変、感謝しておりますm(_ _)m
ではー! お風邪などにお気をつけて~!




