138.ボツこそは、編集者の愛のムチ!? ライバル打倒のためスポコンに目覚める、変態悪女でございます!
こうして新婚旅行も、大変な収穫をもって無事に終わりました6月は2日。
「けっ、けしからんですね! 実にけしからんですよ!」
両手で持った原稿をぷるぷるとさせつつ主張する、活版印刷所バルシュミーデ兄弟社の副社長ことジグムントさん。
例によってインクの香りのする印刷室の中、でございます。
「あら、さようですかしら」
涼やかにお返事差し上げる私ことエリザベート・クローディス、"アナスタシア様のとろとろハネムーン" の原稿もばっちり仕上がりましたハネムーン帰り。
今、ジグムントさんにそちらを読んでいただいている途中、というわけですね。
"月刊ムーサ" 6月号の発行もお忙しいでしょうに……働き者ぶりに頭が下がります!
「さようですとも! こんな……こんな……ひとりでアナスタシア様を独占して、あんなことやこんなことを、したりされたり、しているなんて……っ」
ジグムントさん、眼鏡を取ってゴシゴシと袖で涙を拭い、 「羨ましすぎるぅぅぅぅっ!!」 と大絶叫されています。
「サラさんにしてもらえばいいではないですの」
「サラにこんなことリクエストできませんっ! 本気の肘鉄、ですよ!」
「ああ……」 さもありなん。
けれど、けしからん、だの羨ましい、だのと言うのであれば、肘鉄恐れるべからず、ですよね。
「では、ご自分が全身リボンでラッピングされてごらんになったら」
そう。そして、リジーちゃんと同じ恥辱を味わうが良いのです……っ!
すると。ジグムントさん、耳まで赤くなりつつ、ふるふるとかぶりを振りました。
「そんな……そんなことは……!」
「あら。意外とイケるかもしれませんわよ?」 悪女らしくツンツンと二の腕の筋肉をつついて差し上げましょうっ!
続いて、その辺をスッスッと指先でなぞってみます。
うん。労働で鍛えられた、しなやかで無駄のない筋肉。
尊いですね。
「この……実用的な筋肉に纏いつくリボン……きっと、色は深紅がよろしいですわね」
ねっとりと囁きながら上目遣いに見つめれば、「勘弁して下さいよぉ」 と弱々しく抵抗するジグムントさん。
これは。
も う ひ と 押 し 。
ですわね。
気合いを入れて誘惑します。
「あら。サラさんに、口だけでほどいてもらったり、されたいでしょう?」
しかしジグムントさん、なかなか動きません。
妄想にゆるゆる緩んだ口許から漏れるセリフは、なかなかシビアなのです。
「……サラが、そんな、アナスタシア様のエロ旦那みたいなことを、してくれるとでも……?」
「え、エロ旦那…………」 唖然としちゃう、リジーちゃん。
「……新婚カップルなのですから、あんなことやそんなことをたくさんしても、仕方ないのではございませんこと?」
そもそも書けって言ったのジグムントさんですし。
そのために、どれだけ苦労したと思って……思って、おられるんでしょうか!?
「だって……だって……! せっかく領地に帰ってきたのなら、奥さんを観光させてあげたい、というのが人情というものでしょう!
それを……日がな1日やりまくり、たまに名所旧跡に案内したと思ったらそこでも……だなんて、なんて羨まし、いや、けしからん!」
ほほう。
「つまりは、やりすぎ、ということですかしら?
ええ結構ですわよ」
リジーちゃん、既に覚悟を決めておるのです。
ボツをイヤがるなかれ。
前世で正直 「は?」 と思ったスポコン漫画の如く、鬼コーチのしごきに耐えて叫ぶのです!
「目標は……打倒ユーベル先生!
コーチ、もう1回お願いします……っ!!」
「いや、もういいですよ」
……はい?
「もういいですから、ちょっとこれ……!」
"アナスタシア様のとろとろハネムーン" の原稿をリジーちゃんに手渡し、前を抑えつつトイレに向かって駆けていく、ジグムントさんなのでした。
そして。
「もっと……もっと……お願いします!」
トイレからスッキリしたお顔で戻って来られたジグムントさんの腕にぶら下がり、おねだりをするリジーちゃん。
「いえ、ですからこれ以上は……」
ジグムントさんが困っておられますが、ここで引き下がるわけには参りません。
そう。ユーベル先生相手には、油断してはならないのです……っ!
念には念を入れて、最後まで、スミズミまで、極めなければっ!
「もう1度……! せめてもう1度だけでも、ツッコんでくださいませ……っ!」
と、ここで。
印刷室の扉が、バタン、と開きました。
戸口に、ゴゴゴゴ、という効果音がつきそうなオーラを纏いつつ、立っているのは……
「シドさん!」
早いお迎えですね、わーい!
何やら、漆黒の瞳に見慣れたブリザードが刷かれたりしていますが。
ふっ……悪女は、そんなものに怯えたり、しませんことよ。
愛しい旦那さまの怒りに凍りついた表情というものも、また愛しいのです。
だいたいが、飛び付けば条件反射的に姫だっこして下さる時点で、こわくないもんね!
せいぜい、頬にハーハーと息を吐きかけ、ペタペタと手でさわりつつ、温めて差し上げましょうっ!
けれども、シドさんの口調からは氷のトゲがまだ、消えていません。
「何をツッコむんですかね? お嬢様」
「ええ。広げたマントに空いた穴に、刺繍針をグサグサと、とでもいったところかしら」
と答えれば、ジグムントさんが涙目でシドに訴えます。
「もうこれで校了だって、言ってるのに、納得してくれないのですよぉぉぉ……」
「どれ」
「ああっ! シドさんは見ちゃダメぇっ!」
思わず上がった悲鳴を無視して、奪い取った原稿に目をささっと走らせたシドさん。
次の瞬間。
びりびりびりびりびりっ。
リジーちゃん渾身の "アナスタシア様のとろとろハネムーン" の原稿は、ものすごい勢いで、破られて、しまったのでした。
読んでくださいまして、ありがとうございます!
感想・ブクマ・評価、誠に感謝ですー!
では。お風邪にお気をつけくださいねー!!




