136.別荘でも、タイトルマッチは突如始まる!? それよりも、お掃除がしたい変態悪女、でございます!
「はぁふぅぅぅぅ……」
旦那さまことシドさんに抱っこされたまま馬車から降り、深いタメイキをつく、私ことエリザベート・クローディス。
馬車の中ではキス止まり。にする予定が、つい興に乗ってしまって、足腰から力が抜けちゃう状態、でございます。
「お疲れ様でした」
扉を開けてくれている、御者のゲルハルトさんの生温い眼差しが痛いのです。
声はなるべく立てなかった……出そうになると、シドさんが腕を提供してくださるので、思いっきりかみついては堪えていたはず……なのですが。
「ありがとうございます」 前世の基準でセ氏38度くらいの目線を爽やかに受け流す、シドさん。
その袖をひとたびめくれば、あちこちに噛み跡が残っている……とは、とても感じさせない清涼感、この高原の澄んだ空気にも負けていません。
「では明日にまた、ナターシャを寄越しますから」
そう言って、ゲルハルトさんは慌ただしく帰っていきました。
代わりに迎えにきてくださるのは、別荘番のトーアさんご夫婦。
「ようこそ、おひさしぶりです」 「お疲れでしょう」
がっちりとした 『父さん』 と 目元の笑いジワがチャーミングな 『母さん』 と軽く抱きしめあって、再会を喜びます。
「申し訳ないのですが、まだお掃除が済んでおりません。しばらくサロンでお待ちいただくことになるかと」
「心配しないで。大掃除は必要ないわ」
「とんでもないことでございます!」
ぶんぶんと首を横に振るお2人ですが。
なにぶん、急だったのはこちらの都合ですし、それでバタバタされても申し訳ないだけ。
よし。ここは久々に悪女スキルを発揮してみましょうっ。
「だまりなさい」 滑らかな命令口調。
フゥゥゥゥゥッ、か・い・か・ん。
「このわたくしがイイと申しておりますのよ。口答えは許しません。……それとも」
ちらり、と、お2人に流し目を送ります。
「これから皆で、大掃除する方がよろしいとでも?」
ええ。たまにはイイと思います。
無心になって働き、馬車の中で火照ったおカラダをクールダウンする、というのも、また。
けれども。
「いえ。とんでもないことでございます!」
またしてもブンブンと首を横に振る、トーアさんご夫妻。
小さい頃には感じなかった身分差を、どうしても感じてしまいます。
昔は遊びの延長みたいに、お手伝いもしていたのに。
うーん。
結婚したから、『お嬢さん』 でなく 『主人』 として扱ってくれているんでしょうけど、どうにも居心地が良くありません。
かくなる上は。
「ねぇ、ダー。ねぇ、マー」 甘え口調で責めてみましょう……っ。
「わたくし、昔みたいに、ダーとマーのお話、ゆっくりと聞きたいわ。お手伝いも、たくさんしたいの」
「え……」 シドが不満そうにしていますが、無視、です。
本当にもう。いつの間に、リジーちゃんより変態悪女になっちゃったんでしょうね。シドさんったら。
「別荘ですもの、それでいいでしょう。ね?」
上目遣いのウルウルお目め、発動!
なんだかこれまた、久しぶり、ですねぇっ!
こうして。
「「……かしこまりました」」
ついに折れた、トーアさん・別荘番ご夫妻、なのでした。
そして、5月は20日の昼下がり。
「イチャイチャしすぎて、ちょぉっとあきーたわ、したらばせっせとおそうじしーましょ」
前世の楽聖ベートーベンさまの "歓喜の歌" のメロディーに、悪女っぽく心を抉る言葉を乗せつつ、ご機嫌で寝室の窓を磨くリジーちゃん。
いくらトーア夫妻を籠絡しているとはいえ、ナターシャがいたら怒られるところですね。
すなわち、今のうち、なのです。
「ピカピカ磨いて煩悩払い、無心に挑むの、執筆さー……」 ぎょう、まで歌い切る前に。
ふと、背後から目線を感じて振り返りますれば。
サッサカと荷物を片付け終わったらしいシドさんの、なんともいえない眼差しが……っ!
い、いやん……っ!
そんな風に見つめられたら……っ!
無心だなんて、夢のまた夢……っ……。
「アルデローサ様」
シドが、おもむろに口を開きます。
「な、なにかしら」
「ちょっと、こっちに来てください」
ん?
若干、声がかすれていますねぇ?
疲れているのでしょうか。
「どうしたの?」
「そこのチェストの上、拭いていただけますか?」
「よろしくてよ」
普段なら自分でせっせとしそうなシドさんが、珍しいこと。
思いつつも場所を移動し拭き掃除を続けます……と。
「あの……シドさん?」
なぜか背後から、ぴったりとリジーちゃんに密着するシド。
「続けてください」
いや、続けてって、アナタ。
しれっとおっしゃってますが、正直言って、めちゃくちゃヤりにくいですよ!?
何がしたいのか、サッパリわかりませんねぇ!
「…………ぅん…………っ」
首筋にかかる熱い息に、思わず身をよじります。
と。
「どうしたんですか?」
笑みを含んだ問いかけ……これは、つまり。
わざと、ですね!
「手、止まってますよ? 確か、夕食前に、お茶、いただきたい、のでした、よね?」
「……や……っ……」
うなじにしつこく唇を落としつつ言うのは、やめてもらえませんかしら?
それだけで、おカラダの血の巡りが良くなっちゃう感覚……が……っ!
もう!
イラッと、しちゃいますねぇ……!
「……ん……や……やめて、くださらない?」 それでもなるべく冷静に。
「お掃除が、進みませんわ」
「後でいいじゃないですか」 耳に口をつけて囁かれます。
「俺がやっておいてあげますから……」
だったら、最初からそうしたまへよ、シドくん。
イケないところに掛かっているその手を、今すぐ……
「……ぃやぁぁぁぁん……っ……!」
あーもう!
すぐに反応しちゃうこのお肌が憎い!
腹、立ちますねぇ……っ!
かくなる上は………………もちろん、 逆 襲 !
比較的自由になる首を捻って、シドにキスします。
攻撃が弱まったところですかさず拘束から抜け出し、逆に羽交い……くっっ。
締めるには、やはり、体格差が邪魔をしております。
すなわち、手が、届きません……っ!
仕方ありませんね。
身体を伸ばせないよう、頭を抑え込んだまま、ゆっくりと舌を伸ばします。
ふっ……。
相手の弱点を知っているのは、シドさんばかりではありませんのよ!?
………………
………………。
シドの呻きが次第に陶然とした響きを帯びていくに従い、高まっていく勝利のヨロコビ。
夢中になって舌を動かしていると。
「ひゃっ、ぅんっ……!?」
再び体勢変換。そして、シドさんからの攻撃。
「らめっ……! そこはイヤっ……!」
んもう!
許しませんことよ……っ!?
こうして、攻守交代しつつ汗みどろになって試合を展開し、ひと息ついた頃。
「しまったわ……っ!」
戸外が薄暗くなってきているのに、お掃除が済んでいないことにやっと気づくリジーちゃん、なのでした。
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風邪流行ってますね。
うつらないようお気をつけて。そして、ひいてしまった方はお大事に~!




