131.新婚のアレコレが炸裂するバルコニーでのお茶会!変態悪女も本領発揮、でございます……!?
「あら、いい香り」
さて時は変わって5月は18日。
バルコニーにふんわり漂う、咲き始めのリラと紅茶の香りに丸いお顔をほころばせるのは、ヴァット男爵夫人ことダーナちゃん。
ヴァット男爵、すなわち蒸気機関の実用化で功績を上げたヨハネスさんの奥さんですね。
私ことエリザベート・クローディスの(1瞬だけ)幼馴染みにして、新婚ほやほやでいらっしゃいます。
なんと幼少時以来2回目の、リジーちゃん宅ご来訪。
ヨハネスさんはシドさん及び父と工場へ。
旦那さま同士が汗水たらかして働いておられる間に、奥方は優雅に社交というわけですわね。おほほほほ。
「お茶はラベンダーですわね」
「ええ。紅茶に我が家のラベンダーをミックスさせましたの」
「まぁ素敵。クローディス家のハーブのお庭は評判ですものね」
「ありがとうございます。さぁ、クッキーも召し上がって」
嬉しそうにクッキーをぱくつくダーナちゃん。
昔と変わりませんねぇっ……昔は、こんなに可愛らしいとは思いませんでしたけどね!
「リジーちゃんも変わったわねぇ」
あら。ダーナちゃんも、同じことを思っていたもよう。
「そうかしら?」
「ええ。昔は、優しいけど、なんというか……優しいだけ? かしら……?
まぁ、そんなリジーちゃんも好きでしたけど!」
ほほう。優しいだけ。
確かにその頃は、どんなお友達候補と引き会わされても、まずはキライ、と思っていたのですよね。
両親の顔を立てて優しくしていたようなものです!
見抜かれて、いるものですねぇ……。
「そういえば、いただいたお便りの切り絵、見事でしたわね」 などと、気まずくなってくると話題を変えつつ、無難な応酬を繰り返した後。
頃や良し。
そう、本日リジーちゃんが是非聞きたかったこと。
それは。
同じ新婚夫婦ならではの悩みっ!
「ところで、ダーナちゃん」 紅茶をひとくち、そして声をわざとらしく潜めます。
「夜の方なんですけれど、調子はいかがかしら……?」
「…………っ!」 ぶほっ、と紅茶を吹き出しかけ、すんでのところで堪えるダーナちゃん。
口を押さえて、真っ赤なお顔で涙目になっています。
「あらどうなさったの?」
「そんな、リジーちゃん、夜、だなんて……っ」
「もしかして、昼も? 羨ましいこと!」
「昼は最初の3日だけ……!」
「まぁ3日間も!」 ほほう。
扇半開きで、口元隠すリジーちゃん。
ヨハネスさんたら、見た目によらず……さすが蒸気機関を実用化させたお方!
これは取材せねばなるまい。
「そ、それでご感想は……?」
「……疲れました」
ぼそり、と、だがしかし、きっぱりと。
言い切る、ダーナちゃん。
「……え?」
嬉しかったとか楽しかったとか愛情が増した、とかではなく。
疲 れ ま し た ?
「その……より、仲良くなったりは?」
「まぁ……もちろん……そういう面もありますけれど」 考え考え、正確に話してくれようとするところがダーナちゃんらしいですね!
「初キスの時の方がよほどドキドキして嬉しかったですわ……」
「あら、そうですの!」 意外ですねぇ!
しかし、これが本番のリアリティ!
ついつい、前のめり気味になっちゃいますねぇ……っ!
「で、ハジメテから3日間ずっと睦みあう毎日でしたの? どのような感じでしょうか? やはり、ハチミツ酒は用意されまして?」
「そう、そのハチミツ酒よ!」 憤懣やるかたなし、といった様子で、星形のクッキーをばくり、とかじるダーナちゃん。
先程の真っ赤なお顔が嘘のように、滔々と語ってくださいます……相当、お腹立ちと見ましたよ?
「あのひとったら、1日目は飲み過ぎでダメだったのよ。
なのに 『できないなんて申し訳ない』 とか言って散々、試行錯誤なさるから、付き合わされる間、退屈で仕方なかったですわ!」
「ほほぅ…… でも、アチコチ触られたりしたらそれなりに、では……?」
ごくり、と固唾を呑んで尋ねるリジーちゃんに、ダーナちゃん、困ったように微笑んでみせました。
「最初は良いんですけどね。飽きてくるんですよ……結局、何回同じところを触っても同じでしょう?」
「えー?」 そうかしら。
「ナデナデ、ツンツン、ナメナメ、コチョコチョ、程度のバリエーションはありませんこと?」
「まぁ!」 目を大きく見開き、紅茶をコクンと飲んで、ほぉうっ、とタメイキを吐くダーナちゃん。
「愛されていらっしゃるのねぇ……!」
「それは、ダーナちゃんもでしょう?」
いやむしろ、新婚ほやほやなのに愛を感じないとか、悲しすぎないですか?
「ええ、もちろん、愛はあると思うのですけど……正直申し上げると、その……」
ダーナちゃん、モジモジとハート型のクッキーをかじりつつ下を向いています。
「正直、どうですの?」
「…………」 意を決したかのように、かじりかけクッキーを静かに皿に置く、ダーナちゃん。
「ヘタクソ」
……おおおぅ。
何やら声に、怒りが滲み出ていらっしゃいますね!
「……それから?」
「自分勝手」
「……そうなの?」
「ええ。ひとり勝手に目的に向かって疾走されても、こちらのカラダはついていきませんのよ!
もっと優しくしていただきたいわ!」
なんとまぁ!
そちらの方も突っ走るとは、さすが、蒸気機関さま!
しかし、これは……取材どころでは、ありませんねぇ!
「きっと、まだお慣れになっていないのよ……そうだわ!」
ちょうど良い読本がございますわね!
少し待ってらして、と断り、いそいそと自室の書棚に向かいます。
そこにズラリと並ぶのは……そう!
我らが大衆誌 "月刊ムーサ" なのでございます!
(結婚すれば最早オトナですので、刺繍図案集などでカモフラージュしなくても良いのです。うふふふ)
"ネーニア・リィラティヌス" が掲載されているのは第7号からですね……まずは、3冊ほどで良いかしら。
手にとってバルコニーへ戻り、ダーナちゃんの目の前に積み上げます。
「貸して差し上げるわ!」
「まぁ、これは……巷で噂の」
ダーナちゃん、驚いておられますねぇっ!
えっへん、と胸を張るリジーちゃん。
「この、栞を挟んだページから始まるお話、是非、ヨハネスさまとお読みになって! 参考になると思いますわ!
そうそう、本番前のウッフンアッハンも重要だそうですから、見落とさないようにしてくださいませね?」
「そんな……」 ダーナちゃんがまた、モジモジとクッキーをかじります。
何を困っておられるのでしょうか?
「両親が、"ムーサ" は下品だから読むな、って……」
んまぁ。
王室では大流行、というより、その下品な中でも一番人気のお話を書いておられるのは、紛う方なき王族、でいらっしゃいますのに!
「あら。そうとは限りませんわ。 "ネーニア・リィラティヌス" はむしろ、品格すら感じられてよ」
穴棒アーンな小説ですのにね!
悔しい。いつか見てらっしゃいませ……!
と、それはさておき。
「結婚なさったら、ご両親より、旦那様とうまくいく方法を考えた方が良いと思いますわ」
ダーナちゃんの後ろに回って親しげに肩に手を置き、耳元に優しく囁きます。
ふっ……新婚カップルのイチャイチャ生活のためには、悪女のテクだって存分に使って差し上げてよ……!
「大丈夫よ。王室の方だって何人も、これに夢中になっておられますわ」
それに全ての子の親は皆さん経験済みですよね!
それを "下品" だなんて。
愛を確かめ、生命を授かるための大切な行いを、蔑んだ挙げ句に、間違った知識しか持たないヘタクソな男女を大量に作るだなんて。
ナメてるとしか思えませんね!
「ね。少し読んでみて、参考にならなかったら後は返してくださればいイイだけですし、もしどなたかに見つかって非難されたら、お友達から無理に押し付けられた、とおっしゃればイイわ……」
熱心な悪女の誘いの末、ついに。
「わかったわ」 うなずいて、パクッと残りのクッキーを食べるダーナちゃん。
「わたくし、ヨハネスと頑張ってみますわ……!」
「そう、その意気でしてよ!」
ぃやぁったぁぁぁぁ!
ついにお嬢様1名、洗脳完了っ!
さぁ、ダーナちゃんにヨハネスさん!
ラブラブ・イチャイチャな新婚生活を真にスタートさせるのです……っ!
こうして、"月刊ムーサ" の入った紙袋を持って馬車に乗り込むダーナちゃんを見送った後。
「あ」
とあることに気づき、肩を落とすリジーちゃん。
……結局。
本番成功の時の取材、し損ねちゃいました……ねぇ……っ!
読んでいただきありがとうございます!
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年末お忙しいことでしょうが、風邪など召されませんよう! ご自愛下さいませー!




