11.私の楽しい悪女生活に突如乱入した真性悪女のお姉様!でも最強はどうやら思春期暴走美少年のようです。
「ああっ、あたしのジェット!」
ナターシャから来客を告げられた後、だいぶ待たせて客間に入った私ことエリザベート・クローディス。
只今、『客からいきなり無視される』イベントを体験中です。
その客、すなわち。
全然知らないお姉さん、は、リジーちゃんの後ろしか、見ていないのでございます。
後ろといえば、シドさん。
間違いない。
ひとまず淑女の礼を取りつつ、小声で尋ねてみましょうっ。
早口でコソコソとの話し合い、でございます。
「お知り合い?」
「いえ。全然」
「じゃあもしかして恋人?」
「なんでっ! あんなイケイケ」
「イケイケだなんて。我が道を行く感じが、なかなか素敵じゃないの」
そう!
その姉さん、態度はイタダケませんが、スタイルはなかなか、なのですよっ。
まず目に入るのが、艶やかなラベンダー色の髪の毛。
(ルーナ王国では金か銀、茶系の髪が多いものですから、それだけでも目を引きます!)
……なんだって、こんな前世の乙女ゲーみたいな色に染めたんでしょうね?
そして。情熱的な南国衣装(露出度の超高いアレですよ!)で包まれたナイスバディっ!
……出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んでおりますね!
ぷるんぷるんのお胸にぱんっ、と張ったおしりは全人類の垂涎の的、に違いありませんっ
このスタイルといい、それを堂々と衆目に晒す思い切りの良さといいっ……!
は ぁ う 。 す て き 。
リジーちゃんとは趣味が全く違いますが、なかなかいい悪女っぷりなのです。
さて、と、そんなわけで。
お姉さん紹介も終わったところで。
落ち着いた口調で彼女に問い詰め……もとい話し掛ける、リジーちゃん。
「わざわざ当家までわたくしに会いに来て下さったそうですわね。でも失礼ですが、どなただったかしら?」
ここで滅多に使わない扇子半開き!
ワザと口許隠したりなんかしてみましょうっ!
イヤミたらしくてイイ感じ、なのですっ。
その心はもちろん、かくのごとし。
(お前のような下賤の者などわたくしもシドも知らなくてよ!)
しかし、イケイケお姉さんもさるもの。
ちっとも動じませんね!
「あらぁ、あたしはこの5年間、10日たりとも忘れたことは無かったわよ! あたしのジェット!」
あ、10日間程度は忘れてたんですね。
しかし、5年、という言葉がちらりと引っ掛かります。
「5年……というと、もしや、ダフネス港西口市場の?」
「そうよっ。あたしは5年前、そこであなたを見つけて一目惚れしたのよジェット!」
ビンゴです。
それにしても私が話し掛けて上げてるのにガン無視で背後にばかりとは、いい根性してますね!
ええ、かなりイライラしてきましたよ、もうっ。
そんなリジーちゃんの心境など、もちろんおかまいなしに、シャウトされるイケイケお姉さん。
「なのに、それなのにっ! そこの小娘がっ! あなたを横からかっさらっていったのよぉ! あたしのジェット!」
ん? なんか今の、けっこうセーフ!
『小娘のイケメンパパ』と覚えられていなくて良かったのです!
……多分あの出来事は、父の中ではつつかれたくない人生の恥でしょうから、ねぇ……
それにしても。
横からかっさらっていった、って、ナニ。
「失礼な女ね。わたくしはこの子の買い値に相場の5倍出しましたわ。泥棒のように言われるのは筋違いというものです。用事が恨み言だけならとっととお帰り!」
5倍云々は適当です。
が、お姉さんは真に受けたもよう。
頭を抱えて 「あたしは2.5倍だったのに……」 などと呻いています。
ケチくさい!
そんなしみったれた張り方で、私のシドを奪おうとしたなど、ちゃんちゃらおかしいのですよっ!
「あらあなた、お耳が遠くていらっしゃるのかしら。しようがないわね」
リジーちゃん、呼び鈴スタンバイOK。
「これ執事、お客様がお帰りですよ」 というアレですね!
もっとも、我が家の場合は執事は両親専属なので、来てくれるのは主に侍女のナターシャですが。
しかしどっちにしても、効果はてきめん、なようです。
「ああ、待ってっ! 待って下さい! お嬢様!」 いきなり態度を改めるお姉さん。
しかも『小娘』から『お嬢様』に格上げですね!
「どうか、どうかジェットを私にお譲り下さいませ! なんなら相場の10倍お支払いします!」
「いやよ。この子はわたくしにとっても両親にとっても、もはや家族の一員。どんなにお金を積まれても替えられないの」
お金ならあるし、とツン、とそっぽを向いてやります。
突然ですが、お父様ありがとう、って気分ですね!
父がせっせと稼いでくれているからこその悪女なのですよ。
(これからもせっせと籠絡して差し上げなければっ!)
「話はもうおしまいね」
再び呼び鈴を鳴らそうとするリジーちゃんの手に、お姉さんが取りすがってきました、
「だったらせめて1日! 1日だけでも貸して下さい! あたしの逆ハーレムを完璧なものにするために!」
ん?
今、なんだか、魅惑的な言葉が……っ!?
「逆ハーレム……?」
「そうなのっ! あたし、美少年たちを集めて逆ハーレムを作っているのよ! それでね……」
お姉さんが語ってくれたところによると。
集められた逆ハーレム要員にはそれぞれ『ルビー』『サファイア』『ダイヤ』『アメジスト』と宝玉の名前が充てられているのだそうで……
ベタだなぁ。
しかしお姉さんの湖の色の瞳は、キッラキラに輝いております。
「あとはジェットで完璧なの! もう何度も夢に見たのよ。あたしの完璧な美少年の園ぉぉぉっ!」
はぁぅぅぅぅっ!
うっかりよろめく、リジーちゃんです。
この、自己中丸出しの心からのシャウト!
感動せずにはいられませんねっ……
「素晴らしいですわっ! あなたこそまさしく真の悪女!」 お姉さんの手をガシッと握りしめ、この感動を語ってみましょうっ!
「世間からの『あの女アタマのイカれたアバズレだぜ』という風評にもめげず、逆ハーレムとやらの内で繰り広げられる面倒くさそうな愛憎劇をものともせず。
美少年たちの裡に渦巻く目も当てられぬ陰の感情にも見て見ぬフリをしつつ女王様として君臨する……
わたくしのような人並み+αの心臓では到底できぬことを、ただ我欲のためだけに成し遂げようとする!
あなたこそっ! まさしく真の悪女!
どうかお姉様と呼ばせて下さいませ!」
あらやだ。つい興奮して、長くなってしまいました。
「……褒められている気が全然しないわ」
気が付けば、お姉様はぷいっとそっぽを向き、シドがくっくっと身体を折り曲げて笑っております。
「でも、そしたら1日貸出はOKよね!」
希望に瞳を輝かせて見つめてくるお姉様。
……どうしようかしら。
迷っちゃいますねぇっ!
いえね、初めて『私以上の悪女』認定した方のお願いですから、聞いて差し上げたいのはヤマヤマなんですが。
「だけど、それってわたくしに、何のトクがあるのかしら」
悪女たるもの、動くときは損得勘定でなければ、ねっ!
「美少年が全員揃ったポートレートをあなたの分も作成してあげるわ!」
うーん……イマイチ食指が動きませんね!
美人さんは老若男女問わず好物ですが、コレクター趣味はないのですよ、リジーちゃんには。
「残念だけど、わたくしはシドさえいればいいのよ。本当に残念ね」 そう。残念なのです!
しかし情に流されて、損得勘定を忘れるようでは、悪女とはいえませんからねっ!
「お姉様。よろしければまた、おいでになって」
名残惜しくも三度目、呼び鈴を鳴らそうとした手を、ガシッと止めるお姉様。
「待って! じゃあジェットの希望を聞いてみたらどう? ジェットが貸出されたいって言うのなら、いいでしょ?」
「まぁそれなら……」
不承不承、頷くリジーちゃんです。
と。
ドドドドド……っと音がしそうなほどの勢いで、シドさんへと突進するお姉様。
お耳に何やらゴニョゴニョと囁いておりますねっ……!
なんか、モヤモヤしますねぇっ!
シドさん?
ちょっと、赤くなってますね?
なーにーをー、言われているのかなあっ?
そしてっ……、何をゴニョゴニョとまた囁き返しているのかな?
もうっ!
ジトーンとした眼差しを思いっきり向けて差し上げますともっ!
が、シドさん。
なぜかこのタイミングで、両腕をこちらに伸ばしてきましたね?
「タスケテ」 かしら? ……それにしては、位置がずいぶん低いようなっ!
って、ナニ持ち上げてるんですか!
やめましょうよ、シドさん!
リジーちゃん10歳ですよ!
もう、子供じゃないのですよ!
重いんですよ!
お姫様抱っことか、ガラじゃないから……っ!
「ちょっと何!?」
バタバタ暴れるリジーちゃんをガッチリホールドしたまま (もはやお姫様抱っことかじゃなくプロレスです!) 良い笑顔のシドさん。
お姉様に向かい、爽やかに言い放ったのでした。
「というわけで、俺はこちらのお姫様のモノなんですよ」
……恥ずっ!
どうやらシド少年、まだまだ思春期暴走中の、ようでございます。




