105.倒れてしまった婚約者に大慌て、しちゃいます!変態も悪女もしばらくお預け、のつもりなのです!?
「シドさんっ!死なないで!」
4月は15日のバルシュミーデ兄弟社前。
必死で叫びつつ、急に倒れた婚約者のシドさんをガクガク揺すぶる、私ことエリザベート。
ただいま慌てまくっております。
「……大袈裟、ですよ……お嬢様」 膝をついてうずくまった姿勢のまま、たしなめてくるシドさん。
いや、リジーちゃんをたしなめてる場合じゃないでしょ!?
「……大体が、ですね……急に、倒れた人を、揺すぶる……危険、だ、と……覚えた……でしょう?」
ああそうでしたね!
工場経営の参考書の何ページだったか 『従業員の急な不調』 についての項目でね!
すっかり忘れてました、てへ。
……などと言ってる場合じゃなくて!
どうしようどうしようどうしよう……うん、そうだ!
シドさんの手首を取り、きゅっと握ってみます。
1、2、3、4、…………、10!
かすかに、でもちゃんと脈打っているのがわかりますね!
「とりあえず、ちゃんと生きてるわね!」
「……意識、ある……だから、当然……バカですか」
うん? ツラそうな切れ切れのセリフの中で 『バカですか』 だけがやたらと滑らかですね!?
なんだか安心しちゃいますね!
では落ち着いて。改めて体調をヒアリングしてみましょうっ!
「お腹いたい? 気分悪い?」
「……めまい、と……頭痛……心配、いらないです」
頭痛って。どうやったら治るんでしょうか?
とりあえず、そっと手を出してキューティクル黒髪の頭をナデナデしてみるリジーちゃん。
(どうして大して手入れしてないのにキューティクルなのかしら羨ましいっ)
などと余計なことを考えてしまいつつも、そっとシドさんの様子を窺います。
イヤそうではありませんね!
けど、顔から血の気が引いていて、見ているとやっぱり 「死なないでっ!」 と言いたくなってしまうのです。
そうこうしているうちに。
「大丈夫ですか!」
バタバタと足音がして、やってきてくれたのはジグムントさん。
……誰かが呼びに行ってくれたのかしら?
ん?
というか、この人だかり、何?
ここで初めて、周囲に人が集まっていたことに気づきます。
危なかった。
真剣な人工呼吸とか、しなくて良かった。
いえ、本当に危なかったら、たとえ人混みの中でも何でもしますけどね。
人工呼吸でも裸踊りでもね!
「馬車を呼んでもらっていますから、来たら乗ってくださいね」 ジグムントさんが親切に言ってくださいます。
お仕事も忙しいのに、有難いことですね!
「シドさんは私が抱えて乗せますから、心配しないでください」
な、なんですと……っ!?
シドさんナデナデしていた手が、つい、ぴたっと止まってしまうリジーちゃん。
おおおうっ!
イヤだめ……こんなところで、期待しちゃ……ダメ、絶対。
(そんな場合じゃないでしょうっ!?)
自分に言い聞かせ、荒くなりかけた鼻息を抑えます。
そう、ここで、そんなシーンに萌えるなんてしたなら。
それは人ではなく鬼ですよね!
でも、でも。気になっちゃうっ……!
そんな切ない乙女心を隠しつつも、ジグムントさんと話します。
「意識があるし喋れるようなら大丈夫ですよ、たぶん」
「ええ、そうですわね」
「何か冷やす物を持ってこさせましょうか」
「いえ……けっこう、ですから……」
シドが口を挟みます。つらそう。
「体調が悪い時は無理しない方が良いですよ」
ジグムントさん、心配顔ですね!
「ただの……寝不足……思って……たもの、で……」
シドさんがボソボソと言い訳をしていると。
パタパタパタ。
今度は、ジグムントさんと比べると若干軽い足音が近づいてきました。
バルシュミーデ社は唯一の事務員、サラさんですね!
「馬車がきましたよ。行き先は告げてあります。急ぐようにも」 落ち着いたアルトの声が、頼もしいのです。
「それから、お医者様にも連絡しておきますからね。シー先生はまっすぐお帰りください」
「ありがとうございます」
「いえ、当然ですよ。気をつけてお帰りくださいね」
はぁぅぅぅっ!
思わず片手で心臓を押さえるリジーちゃん。
テキパキとしつつも労りに満ちた鉄の事務員さんのセリフには、こんな時だけれど、ズキュンときても仕方がないと思うのです!
だって、だってっ……皆様のおかげで、シドさんは一命を取り留めるのですからっ……!
「では、運びますね」
ジグムントさんが予備動作なしでササッとシドさんを抱えあげます。
お姫様抱っこです。
さすが。
何の衒いも下心もなく、澄んだ瞳でこれを選択なさるところが、おさすがなのでございます!
おっふ……いや鼻息荒くしたりとか、いたしませんとも!
心配そうな眼差しでひたすら眺めつつ、付き添って歩くだけですからね。
先に馬車に乗り込むと、ジグムントさんがシドさんをおろしてくれました。
リジーちゃんのお膝に、シドの頭が載るように寝かせてくださいます。
「ジグムントさん、ありがとうございます」
もう一度お礼を言えば 「いえいえ当然のことですよ」 と、さらりとしたお返事。
サラさんといいジグムントさんといい、オトコマエですね!
「ではお気をつけて」
そんなジグムントさんの言葉とともに、馬車が走り出しました。
揺れが激しくなりすぎない程度の速歩。
これなら、あと30分もすれば家に帰れそうです。
ほっとしてシドを見れば、こちらも少し落ち着いたもよう。
ウトウトとしておられます。
頭痛、少しは良くなったのでしょうか。
頭ナデナデ、くらいしかできないのが悔しい……お医者様に頭痛の時の応急手当、きいておくことにしましょう。
「シドさん、何かしてほしいこと、ある?」
呟いても、当然お返事はありません。
よほど辛いのでしょうね。
……ああもう!代わってあげたいっ!
ジレジレとしつつも、きれいなお髪を手でゆっくり梳いてあげます。
と、ふっとシドが目を開けました。
「シドさん? わかる?」
漆黒の瞳を覗き込んで尋ねれば、ゆらり、と片手が上がります。
その手を思わず握ると、存外に強い力で握り返し。
どうやら、ちゃんと生きているようですね!
いや、生きているのはもともとわかってるけど、やっぱり安心しますね!
だけど、ずっと手をあげたままにしておくわけにもいきません。
姿勢的に辛そう、なのです。
そっと放そうとすると……おおう!?
ますますグイグイと引っ張ってこられますね!
リジーちゃん引っ張られすぎて、お顔がシドさんとコッツンコしそうな勢いですよ、もうっ!
「シドさん、あなた体調は?」
「……悪いです」 聞かなくてもわかるだろボケ、とでも言いたげな不機嫌そうな声。
ほらね。こういう人ですよ。
しかし、次にシドさんが口にしたのは。
「……だから、人工呼吸、してく……」
「それ、今言うセリフではございませんよね!?」
切れ切れの苦しそうなお願いに、さすがのリジーちゃんもツッコミ入れてしまった、のでした。
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