復讐
子どもの頃は気づかなかった事とか、そういうことを考えることがたまにある。例えば子どもの頃は、将来どうしようか、なんて考えもしなかった。ただ漠然と大人になったら結婚して子どもを作って幸せな家庭を気づけば良いのかと思ってた。例えば、子どもの頃は、生きることがどんなに大変なことなのか、なんて知りもしなかった。働いてお金を得ることが本当に大変な事だって高校生になってようやく分かった。
僕は、その日いつも通りクラスメイト達と話しながら下校していた。他愛もないくだらない話をしながら、日常という中に埋没してしまうような意味も無い、でもかけがえの無い時間を送っていた。
「なあ。カラオケ行かねえ?」
グループの中でもリーダー格である奴が言った。
「良いねえ」
「行こうぜ」
すぐに取り巻きだった奴らが賛同して、僕もなし崩し的に行くという返事をしてしまった。
僕の高校は近くに繁華街のようなところがあった。学生の街だからだろう、いわゆるまだ発展途上のような雰囲気を感じる場所があって、もちろんカラオケなんかもそこにあった。
彼らは別段カラオケをしたい訳じゃないんだと思う。きっとカラオケをすることで青春とかそういったものを送っているという実感を得たいだけの集団だ。
そう考えると僕は今ひとつ気が乗らずにいた。
「ごめん。僕ちょっとトイレ」
それだけ行ってすぐに店から出てしまった。金は前払いだから彼らに迷惑かけることもない。
その時すぐに傍の路地で声が聞こえた。男の声だ。
「おい、ここなら誰も見てねえよ」
「ええ、そうね」
続けて聞こえたのは女の声だった。
女の声を僕は知っていた。確か同じクラスにいた人だ。間違いない。なぜなら僕は彼女を憶えているのは、惚れているから。
怖かった。
なぜ彼女がこんなところにいるのか。しかも男と二人きりで。知るのが怖かった。
でも、僕は好奇心に負けた。
次に目にしたのは、僕の好きな人が知らない男と交わっている姿だった。
見たこともない表情をしながら男を見つめる彼女とそれを下心の丸見えな表情で舐め回す男の視線。
僕は何を見たのか分からなくなって、そのまま家に帰った。
例えば、子どもの頃はなぜキスなんてするんだろうって思ってた。好きな人を取られたら悔しいとかそういうことは分からなかった。ただなんとなく誰もがそう思っているのなら、それは当たり前の事なのだろうと思って、深く考えずに流してきた。
でも今になって思う。
他人が自分も知らない人と別にナニをしたってそれは僕に何の関係も無いはずなのに、どうして心が苦しくなるんだ? 好きな人が誰かとキスするのはモヤモヤするのに、どうして僕はそれを止める術がないんだ?
僕は、嫌だった。僕の認知する範囲内で女という人間の半数が知らない男に言い寄って交わったり、もしくは言い寄られて体を重ねることが嫌で仕方なかった。
僕は男だから。女が好きだ。女であるならば、僕はその人間を愛さずにはいられない。それなのに、女は全員が僕を好きな訳じゃない。僕の気持ちは絶対に報われない。
愛というのは時には憎しみに変化する。報われない愛ならば、いっそのこと壊して、破壊して、もう二度と戻らぬようにしてしまいたくなる。
僕はきっと歪んでる。
僕はきっと、誰かがレイプされようとしていても助けないだろう。
僕はきっと誰か女の人が困っていても助けないだろう。
僕はきっと生涯女を抱くことはないだろう。
だから結局、僕が苦しいのは誰かを愛しているからなのだ。愛しているから、苦しいのだ。生きていることは簡単だ。ただ息を吸えば良い。でも、愛することは苦しい。簡単には止められない。ちょっとしたことで相手を許してしまいそうになる。ちょっとしたことで今までの憎しみを忘れてしまいそうになる。それまで築いてきた理論の城がその一時の感情で崩れてしまいそうになる。
でも、崩れた後に残るのはただの骸だけ。
だから、僕は決意した。傷つけることを。一生残るような傷跡を刻み付けることを。
そして、僕を拒絶した全てのものを殺戮することを。
それが僕の人生の全てだ。