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生きる事は遊ぶ事と見つけたり -後編-

後編です。

 地下の訓練場は、基本的に中央が空いている事が多い。

 これは中央では模擬戦を行う事が多く、冒険者達が暗黙の了解として通常の練習は隅で行うからだ。


 その例に漏れず、今回の模擬戦も中央で行う事になった。

 両者は中央で向かい合うと、互いにある程度の距離を取る。


 高まる緊張の中、最初に仕掛けたのはディクの方だ。


 ディクは初手で、レッシュに懐から取り出した何か投げ付けた。


 レッシュはそれに対して特に驚異を感じなかった為、避けるのでは無く爪で切り裂く事で迎撃した。


 迎撃してしまったのだ……。


 すると――。


「キュオーンッ……!?」


 辺りに、レッシュの悲痛な叫びが木霊する。


「うわぁ……。ディク、お前酷いな……」

「レッシュに勝つ為に作っていた秘策だ。酷いではなく、賢いと言ってくれ!」


 ディクが投げた物。それは、ボール状の薄い皮に包まれたドゥゲールと言う食べ物だった。

 これは、地球で言うところのシュールストレミングやクサヤの様な強烈な臭いの発せられる料理(・・)である。

 ドゥゲールは数年前にシャンティナで開発された珍味で、圧倒的な臭さとそれを裏切る美味しさに極々一部で人気の料理なのだ。

 尤も、罰ゲームや度胸試し的な使われ方の方が一般的ではあったが……。


 ドゥゲールの臭さを言い表す言葉で、有名な物が一つある。

 ――このドゥゲールの臭いは、まるでこの世の悪意を濃縮した様な臭いだ。

 それはドゥゲールの臭いを嗅いだ事の無い人には全く分からない表現だったが、嗅いだ事のある人は(こぞ)って頷いたと言う正にピッタリの表現だったのである。


 その後ドゥゲールは、珍味としてだけでなく武器としても利用されるようになる。

 その利用方法の一つが、今ディクがやった様な匂いに敏感な魔物に対する攻撃である。

 なお、点ではなく面での攻撃になる為、周囲への被害も大きく嫌われている攻撃手法の一種であった。

 つまり――。


「くっせぇ……!!」

「おい、風魔術使える奴居ないか!?」

「申し訳ありませんお母様……。わたくしはここまでのようです……」

「クソ! あの野郎! ドゥゲールを使いやがった!!」

「ウィンドウ! ウィンドウ!! ウィンドウ!!!」


 周囲は阿鼻叫喚な状態であった。

 幸いな事に風魔術の使い手が居たらしく、必死で風を操っているのですぐに周囲の臭いは収まるであろう。


「おい、ディク……。お前、模擬戦の後ヤバいんじゃないか?」

「は、ははは……」


 連れの言葉にディクは、曖昧な引き笑いをするだけだった。

 なお、ディクはドゥゲールを投げた直後に口元に逆三角形の当布を巻いていた。

 地球で言うところの、強盗や暴走族が付けそうな感じのアレだ。

 それを付けていてもキツいが、布越しなら顔を(しか)めるくらいで済む。


「レッシュ、行くぞ!」

「キューン……!?」


 そして、未だ混乱しているレッシュに向かって、ディクは走り出した。


 レッシュの元まで辿り着くと、ディクは右手に持った模擬剣をレッシュの胴体目掛けて右から左へと薙ぐ。


 混乱しているとは言えそれでやられるレッシュではななく、彼はディクの横薙ぎを後ろに飛び去る事で回避した。


「まだまだ!」


 勿論ディクもそれだけで倒せるとは思っておらず、追撃の為に更にレッシュの方へと腰を落として踏み込む。


 そしてレッシュ位置まで来ると薙いだ剣を戻す様にして、やや上方向へと斜めに斬り裂こうとする。


 それに対してレッシュは、今度は間合いを取る様に横にずれる行動だけで回避を行う。


 先程の後ろへの回避と違い、レッシュには隙きが無くディクは振り被った剣を戻すまで時間が掛かりそうである。


 そんな隙を見逃す訳も無く、レッシュはディクの額に向かって肉球を伸ばそうとする。


「ガウ!」


 レッシュの攻撃がそのまま届き、これで終わるかと思われた。


 だが――。


「甘いっ!!」

「キャウン……!?」


 事もあろうにディクは、左手でいつの間にか握っていた砂をレッシュの顔目掛けて投げ付けたのだ……。


「汚えっ!!」

「鼻を潰した次は目潰しかよ!」

「おい! 正々堂々と勝負しろよ!!」

「うわぁ……」


 外野からは非難轟々だ。

 当たり前だろう。最初は臭気に依って嗅覚を阻害し、今も目潰しに依って更に行動を(せば)めたのだから。

 しかも、対峙するレッシュの見た目は凶悪な魔物では無く、凛々しい見た目のワンコである。


 対してディクは、実はかなりの凶悪顔だったりする。

 更に今は当布で口元覆っているので、いつ強盗に行くんですかと聞きたくなる様な姿であった。

 そこにそんな攻撃をすれば、ディクに非難が行くのも仕方無いと言えるだろう。


「うるせぇ! これだけやっても、勝てるか分からねえんだ!! コイツの実力を知らない癖に、ゴチャゴチャ言うな!!」

「おいおい……。今のは、お前が悪いだろ……。流石にそこまでする必要があるのか……?」

「お前もレッシュと本気で遊んでみれば、アイツの実力が少しでも分かる筈だぜ? 俺がやってる事も確かに少し心が痛むが、恐らく殆ど意味の無い足掻(あが)きだからな……」

「そこまでか……?」

「ああ……。と、無駄話はこれまでだ」


 無駄話をしていたせいで、攻撃に移れなかったディクは一旦レッシュとの間合いを取った。


 レッシュは目の中に入った砂と、鼻の曲がるような臭いで不快感マックスだ。

 それを引き起こしたディクの方を、レッシュは恨めしそうに睨む。

 グルグルと唸り声も上げており、かなりご機嫌斜めな感じである。


「グラッ!」


 流石に怒ったのか、レッシュは先ほどの勢いとは段違いのスピードでディクへと迫る。


「やばっ……!?」


 そのスピードに恐怖を感じたディクはまともに打ち合う事を避け、身体を投げ出すようにしてレッシュの突撃を回避した。


 すると……。


 ドカッ!!


「おいおいマジかよ……」

「嘘だろ……?」


 レッシュが飛び込みながら攻撃をした地面に、小さいが確かにクレーターが出来たのだ。


 見学をしている冒険者達はこの訓練場の地面が、剣やメイスを強く打ち付けたくらいでクレーターが出来ない事を理解していた。


 つまり、レッシュの一撃はその理解の範囲外の威力を持っていたと言う事になる……。


「おいおい、今の攻撃はヤバイだろ……」

「グラァッ!!」

「マジか……。レッシュ! 俺だ! ディクだ!! 俺の事が分らないのか……!?」


 まるで理性を失った者に、正気を取り戻させる様に話しかけるディク……。


「お前……。犬っころを怒らせておいてその言い草はねぇだろ……」

「言うな……。俺もここまで怒るとは予想外だったんだよ……」


 彼等はそう言っているが、レッシュは正気を失ってる訳でも怒りで我を忘れてる訳でも無い。

 もしそうなら、既にディクはミンチになっているだろう。


 今のレッシュの状態を言うなら、僕怒ってるんだからねプンプンと言うくらいのレベルの軽い怒りである。


「グラァ!!」


 声の方から推測すると、まず出てこない様な物だったが……。


 まぁ何はともあれ、目潰しの後からディクは防戦一方だった。


 横に飛ぶ、後ろに仰け反る、模擬剣で受け流す……。


 致命的な攻撃は受けてないものの、紙一重で回避しようとすると回避した筈の攻撃で肉が裂け、しっかり回避しようとすると体力を持っていかれる。


 かと言って攻撃を受け流せば、衝撃を受け流しきれずに手が痺れ、連続で受け流すと模擬剣を持てなくなりそうな程であった。


「くっ……。本格的にマズイな……」


 先ほどまで臭いと騒いでいた者も、レッシュの猛攻に釘付けだ。


 ディク自身が中々の実力の持ち主であるのに対して、それを(もてあそ)ぶように猛攻を掛けているのだ。

 それを知っている者ならば、そこから糧にしようとするのは冒険者なら至極当然とも言えた。


 なお、気付いてる者も数名居たが、レッシュの攻撃はディクが避ける毎に見極めながら少しずつ早く重くなっていた。

 つまり、ディクが避けたり捌けるギリギリを見極めるが如く高度になっていったのだ。


 それを実際にされているディクにも理解が出来た。

 自分が圧倒的に手加減されており、更に丁度良い攻撃にするように微調整していると……。


「凄えな……。あの犬っころ、あんなに強かったのか……」


 ディクの連れは、ディクと馬鹿な言い合いをしてはいるが自分の実力を良く知っていた。

 そして、ディクの実力は自分の物よりも遥かに上だと言う事を……。

 ならば、それを上回るような攻撃をしている犬っころはどれだけの実力を秘めているのか……。


 そんな実力のレッシュに対して、ディクがスキルなどを使ってないかと言えばそうではない。

 既に反応加速や腕力強化を使っているのだが、それを含めてレッシュが調整してきているのでその恩恵は無くなっているのだ。


「ガウ!」


 レッシュの声が唸り声から、再び機嫌が良さそうな声になっているのは、中々に力を出した状態で遊べているからだろうか。

 この場合の遊ぶは、弄ぶに近そうだが……。


 その後もディクはスキルを使い続けさせられ、ついには彼の切り札とも言えるスキルすらも使わされた。

 そして、それすらも()なされ――。


「ガウ!」


 ペシッ!


「まいった……」


 まるでいつでも勝てたと言わんばかりに、レッシュは一瞬の隙を突いてディクの額に肉球をタッチしたのだった……。


「「「うおぉぉ!!!」」」


 最初はドゥゲールの使用で非難轟々だった冒険者達も、その勝負の内容に感動したらしい。

 大きな歓声を上げていた。


「流石レッシュだな。手も足も出なかったぜ……」

「ガウ!」

「ったく……、前足を出して握手のつもりかよ……」


 そう言いながらも、ディクはレッシュが差し出した前足を手で握った。

 それを見ていた、連れと他の冒険者達が二人へと駆け寄る。


「凄いな犬っころ!」

「お前、そのなりで滅茶苦茶強いだな!」

「凄かった……。俺は感動したぜ!!」

「こんな犬が何故あんなに強いんでしょうか……?」

「ガウ!!」


 レッシュは鼻高々と言ったところだろうか。

 ご機嫌そうな声で、賞賛の声に反応をしていた。


「なぁ、犬っころ。次は俺と勝負しないか?」


 賞賛の声が一通り掛けられると、レッシュに対して連れが勝負を持ち掛けた。


「おい、本気かよ……? 俺との勝負見てただろ?」

「あぁ、凄まじかったな……。同じ力を出されたら、俺は瞬殺されるだろうな……」

「だったら――」

「だが、犬っころなら俺の実力に合わせられるんじゃないか?」

「はぁ……。レッシュ、コイツがそう言ってるがどうする?」

「ガウ! ガウ!!」

「犬っころは、なんだって?」

「やろうって言ってるみたいだ。レッシュ、俺よりもコイツの実力は低いから手加減をしっかり頼むな?」

「ガウッ!!」

「よし、なら犬っころ――いや、レッシュ。一戦よろしく頼むぜ!」


 当然だとばかりにレッシュが一声し、ディクの連れと中央に歩みでる。

 そこから始まるのは、先ほどよりも低いレベルだが伯仲してるように戦う二人だった。


 結局その後、その二戦を見ていた冒険者達からレッシュに次々と模擬戦の申し込みが舞い込み、レッシュとしても遊び相手が増えて万々歳な一日となるのであった――。


これで三匹の話が終わりました。

後少しだけ話を挟んで、メインストーリーに戻る予定ですが、次の投稿は一週間遅れそうです。

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