飽くなき食欲 -前編-
長女の後は三男のお話です。
「おい……、アイツまた来てるぞ……?」
「ああ……、分かってるよ。だが、目を合わせるなよ?」
「そうだな……。アレは目を合わせてはいけない奴だ……」
ここは、シャンティナの中央より東寄りにある公園兼広場の一角だ。
数多くの食べ物の露店が軒を連ね、暴力的な香りを漂わせていた。
そして、そんな中で視線を合わせず話しているのは、ある隣り合う二店舗の店主二人である。
彼等は首をほぐす様な動作をしながらある場所を確認すると、前を向いたまま互いに話し始めたのである。
こんな面倒な事をしながら話す彼等の話題は、ある一つの事についてのみであった。
そんな風に二人で話していると、更に隣の店舗から二人とは違い、彼等を見ながら話し掛けてくる店主が居た。
「おい、お前等。アレはいつもああなのか?」
「バカ! 前を向いてろ!!」
「気付かれるぞ!?」
「お、おお……。すまん……?」
三人目の店主は、分からないながらも二人の異様な雰囲気に気付き前を向き直した。
「お前、この辺じゃ聞かない声だな。新入りか?」
「確かに新入りだが、お前さんの言葉は見ない顔の間違いじゃないのか……?」
「ばっかお前! 顔見るなら、そっちを向かなきゃならないだろうが!!」
「そうだぞ! 俺達はまだアイツの餌食になりたくねえよ!」
「お、おお……」
明らかにおかしい台詞に突っ込んだだけなのに、逆に攻められて釈然としなかった三人目の店主だが、その必死な雰囲気に呑み込まれて頷いてしまっていた。
「良いか、アレをじっくり見るなよ? ターゲットにされても知らねえぞ?」
「だな。もしそうなっても、俺達は全力で知らない振りをさせて貰う」
「そこまでかよ……」
さて、三人が話しているアレとは何なのか……?
それは、公園の西側入口近くに居る一匹の犬の事だった。
それだけなら、別に珍しいと言う程では無い。
ここの公園は散歩コースとしては人気で、犬や猫、それ以外にも色んな動物や従魔が訪れるスポットとなっている。
しかし問題は、その犬の雰囲気にあった。
此処に来る動物達は穏やかな雰囲気か、若しくは遊びたくてウズウズしている雰囲気かのどちらかなのが殆どである。
だが、その犬は違う。
見開いた目を血走らせ、荒い呼吸をしながらダラダラと涎を垂らしている。
もしこれが人なら、間違い無く警備隊に通報する様なヤバい状態であろう。
残念ながら犬なので、警備隊に引き渡すと言う手段は取れない訳だが……。
だとしてもその犬の状態は異常で、ある程度知識を持った者なら狂犬病かと疑う様な有り様である。
三人の店主はそこまで知識を持たない為、ただただヤバいと思って目を合わせない様にしているだけだが……。
「良いか新入り、アイツは数日前から来始めた」
「数日前……」
「そうだ。あの時――」
一人の店主が、その時の事を語り出す。
◇ ◇ ◇
数日前、俺がいつものように開店準備をしていると、アレがいつもの定位置にお座りの状態で佇んでいたんだ。
まぁ、その時は忙しかったしチラッと見るだけで特に気にしてなかったんだ。
その後は、朝飯代わりに食う客がガンガンやって来て、気にするどころか見る余裕すら無かったな。
んで、その時はやって来た。
「ふう……、一段落付いたか……」
俺が、客をある程度捌き切って肩を回していた時だった。
「ひっ……!」
穏やかな雰囲気公園に似つかない、怯えた様な声が聞こえたんだ。
俺がその声の上がった方を見ると、一人のやや柄の悪そうの男がひっくり返っていた。
んで、その前にはあの犬が居たんだ。
牙を剥き出しにして、その男にぐるぐる唸っていたな。
「クソが! 犬如きが俺に恥かかせやがって! お前の主人に文句言ってやる!!」
そう言って男は、犬の首に付いていた首輪に手を伸ばそうとしていた。
俺はその犬の首輪を見て、目を疑ったぜ……。
何故ならその首輪は、従魔を示すデザインをしていたんだからな……。
あん? 従魔の首輪のデザインなんかあるのかって?
ああ、従魔の首輪は特殊なデザインになっていて、通常のペットのデザインでは使えない事になってるんだ。俺は友人に詳しいヤツが居て知ってるだけだな。
まぁそれは兎も角、従魔の首輪をしてはいたが全く従魔とは思えなかったんだ。
どう見ても、それは犬にしか見えなかったんだからな。
だが、そのすぐ後にそれが事実だって分かった……。
「グラァ!!」
その首輪に手を触れようとした瞬間、犬は獰猛に声を荒らげて男に吠えたのだ。
だが、吠えた事は些細な事だった……。
吠えた直後から、公園は異様な圧力に包まれたんだ。
正直怖かったぜ……。
犬を見ている筈なのに、昔子供の頃に見た巨大な魔物を前にしている様だった……。
今なら分かるが、あれは明らかに威圧の類だ。
そんな威圧を正面から受けた男は、失神して白目を向いていたな。
それを作り出した犬は、暫くして威圧を引っ込めると、自分のやらかした現状を把握したのか、先程と打って変わってか細い鳴き声を発しながら俺達に向かって頭を下げて来たんだぜ?
あれには驚いたな……。自分のした事を理解出来る知能を持った証拠だからな。
んで、その後犬はそのまましょんぼりとしながら公園から出て行った。
それを見ていた俺は、客の奴等に何が起こった聞いたんだ。
それによると、あの失神してる男がさっきの犬に対して、挑発行為をしたらしいんだ。
具体的には犬に食べ物を差し出して、犬が喜んで食べようとした瞬間にかっさらい自分で食べたのだと言う。
そして、食べ終わった後の串を犬の方に投げ捨てて、犬畜生はそれでも食っとけと言ったのだとか……。
それを聞いた時、あの男は馬鹿なのかと思ったさ。
普通の犬だとしても怒る様な事を、あの犬に対してやったんだからな。
完全に男が一方的に悪かったが、あの犬の様子を見るにもう来ないかも知れないなと思ったぜ……。
かなり悲しそうな雰囲気を漂わせていたからよ。
「マジか……。また来てやがる……」
まぁ、気の所為だったみたいだがな……。
その頃の犬はまだ目は血走って無くて、呼吸も普通で単に涎をダラダラ出してるだけだった。
だからだろうな。
客の一人が、串ごと料理をその犬にくれてやったんだ。
犬は前の事を警戒して、本当に食べて良いのか尋ねる様に客に顔を上げていたが、客がしっかりとお食べと言うとガツガツ食べ始めた。
それだけなら、まぁペットの犬と同じだっただろうな……。
だが、食べ方がヤバかった……。
客の渡した串ってのは、かなり大きな肉の塊で俺の手を広げたくらいの大きさがあったんだ。
あったんだが……。
「ガブッ!」
あろうことか、その犬は肉を串ごと二口程で食べやがったんだ。
掌の大きさの肉をだぞ!?
別に厚さが薄くてペラペラと言う訳でもなく、中身がスカスカで押し潰せると言う訳でもない。
正真正銘の肉の塊なのだ。
その上、食べる際の顔もやばかった。
牙を剥き出しにして、食らい付く様は正に獣と言うところだった。
それに驚いたのだろうか。
犬に対して食べ物を渡した客が、ゆっくりと後退っていた。
まぁ、あれは俺でも後退りたくなるわな……。
その様子を見ていた客が、その犬に料理をあげる事は無くなった。
だが、客の入れ替わりは激しい。
あの犬の事を知らない客が、再び犬へと餌をやる。それが、日を跨いで五六回続いただろうか。
ついに噂が回りきったのか、誰もアイツに餌をやらなくなったんだ。
それから数日――。
ヤツは目は血走り、呼吸を荒らげ、今にも襲い掛からんばかりの様相を呈していた……。
後編に続きます。




