アンデッドワンワン
アンデッドが登場します。
このコヨコテ村は、シャンティナから南西に位置する村だ。
西側には魔の森と隣接した豊かな森が広がっており、東には草原が広がる長閑な風景だ。
村の周囲は申し訳程度に柵で囲ってあり、村の中には家畜や収穫間近の作物が実っていた。
だが、カケル達が西側へと向かうと血の匂いが漂って来る。
その元を辿って村の方へと目を向けると、そこには腹を刳り抜かれた羊の姿があった。
刳り抜かれた内臓は周囲に細切れ状態で散乱しており、これが人間なら猟奇殺人事件な状態であった。
「うへぇ……。何あの羊……」
「誰だ!?」
「ソイツはさっき俺等が言っていた、喋るアンデッドだ!」
「マジかよ……。羊の次は飼い主の俺の番って事かよ……」
「え? いや、違う……!」
「クソが! やってやる……。やってやるぞ!!」
「そうだ! 無抵抗に殺されてなるものか!!」
先程の警戒状態とは違い、完全に戦闘態勢になった村人達にカケルは焦る。
そこにやや苛ついた口調で、ミミが口を挟んで来た。
「はぁ……。そろそろ、私達に仕事をさせて貰えませんかねぇ……?」
「仕事だぁ? 俺達の村を滅ぼす事を誰かに頼まれたってか? 冗談じゃねえ! 俺達は絶対諦めねえぞ!!」
「「「そうだ! そうだ!!」」」
「全然信用されてへんな」
「仕方無いと言えば、それまでなのだがな……」
無条件に魔物を信用するなど、正気の沙汰では無いと言える。
それはその通りなのだが――。
「いい加減にしませんか? 私達は冒険者として、この村のアンデッドを退治しに来たんですよ?」
ミミが居るメンバーに、それを続けるのは愚の骨頂であった……。
ミミは周囲に威圧を振り撒きながら、村人達を睨み付けた。
「な、何だ!?」「なんなんだコレ……」「ひっ……!」
「返答を聞きましょうか。素直に私達に討伐の為の情報を渡すか、それとも揃って死ぬか、どちらがお望みですか?」
「ちょっとミミ!?」
ミミの威圧は勿論手加減しているが、それに晒されている村人達にはキツい物があった。
元々強者と無縁の生活を送っている彼等は、威圧その物がどんな物か知らなかった。
そんな彼等に、迫る重圧や息苦しさ。
そして何より、目の前の黒ウサギを見るだけで冷や汗が止まらないのだ。
更にそこに続くのは黒ウサギからの、明らかな脅しだった。
「わ、分かった……! 情報を渡すから、殺さないでくれ!!」
「最初から、そうしてれば良いんですよ」
その言葉を区切りに、威圧が解かれ先程の重圧感が消えて行く。
それを感じた村人達は、荒い呼吸をしながら疑問をぶつける。
「はぁ、はぁ……」「息苦しさが無くなった?」
「いったい、あんたらは何なんだよ……」
「私達は、魔物のみで形成された冒険者ですよ。因みに先程貴方達が見たのは、ホーリードラゴンであるキーリ様です」
「「「ホーリードラゴン……!?」」」
「一応、他の方の種族も言いましょうか?」
「いや良い……。知っても俺達には何も出来そうに無いからな……」
聖獣が居る事だけでも異常なのに、他の情報を持たされても答えが変わる事は無いとの判断だ。
尤も、余計な心労を抱えたく無いと言う想いもあったかも知れない……。
「それは残念ですね」
「ミミ……、何も脅さなくても……」
「でもカケル坊、この方が話が早かったのは確かやで?」
「そうだな。少しの脅しは、会話のスパイスになるらしいぞ?」
それは、何処のギャングの会話だろうか。
もし脅しが会話のスパイスだと言うのであれば、スパイスはスパイスでも激辛のブート・ジョロキアの様なスパイスの可能性が高そうだ。
「う、うーん……。それで良いのかな……?」
「主様、誰も死んでないから良いんじゃないですか?」
「そう言う問題?」
「そう言う問題です。さて、貴方達には質問に答えて頂きますよ? まず、――」
カケルの疑問を躱して、ミミは村人から情報を聞き出す。
それに依ると、犬型らしきアンデッドが出現する様になったのはニヶ月程前だと言う。
最初に被害が出たのは畑の野菜だったらしい。
朝見に来たら畑の作物の一部に齧られた様な跡が付いており、初めはウサギや鹿等の仕業だと思っていたのだと言う。
「ウサギ……」
「何か……?」
「いや、ふと思ったんだけどね。ミミもニンジンとか好きなのかなぁと……」
「私は雑食ですよ。後ニンジンよりも、肉の方が好みです」
「あ、うん……」
最初の食事の際に口を血だらけにしながら、嘆きのラットを食べていたのだ。
ウサギの姿だからと言って、ニンジンが好きとは限らないだろう。
逸れた話を戻し、ミミが再び村人に質問を始めた。
被害にあった村人達は、畑の被害を防ぐ為にトラバサミの様な罠を幾つか仕掛けてみたらしい。
だが、その全てを食い破られたのだと語った。
草食動物相手なら流石に全てを破壊出来るのは変だと感じた村人達は、一度夜に寝ずの番をして敵の正体を探った。
そこで見たのは、不気味な犬型の三匹のアンデッドが野菜を齧っている姿だった。
それを見た村人は思わずアンデッドが出たと大声で叫び、それに驚いたのかアンデッド共は齧っていた物もその場に放置して逃げ出したのだとか。
その後は状況が悪くなる一方だった。
最初は大声を上げれば逃げる様子だったのが大声を上げても逃げなくなり、それどころか被害は野菜だけから干し肉や家畜等の肉類にも及ぶ様になる。
そして最後には夜だけでなく、昼間の村人が起きてる時間帯にも被害が出始めたのである。
このままでは村で食べる物が無くなり飢饉に陥ってしまう為、退治依頼をギルドに出したとの事だった。
それが、伝え方が悪かったのか人命の危機として伝わってしまったらしい。
「ふむ、やはり変ですね」
「何が変なの?」
「全体的に変なのですが、一つは大声を出して逃げ出すところです。相手がアンデッドなら、逃げ出さずに村人を殺すと思いませんか?」
「せやな。確かに変やわ。アンデッドが相手なら、寧ろ嬉々として獲物に向かって行く筈や」
「あぁ、流石に生者から逃げ出すのはアンデッドとして異常過ぎる」
「え? そんなに?」
「取り敢えず、そのアンデッドらしき者に会いに行きましょうか」
村人達から聞き出した情報によると、三匹の犬型のアンデッドはいつも村の裏手にある森へと戻って行くらしい。
情報を聞き出したカケル達は、その森へと向かう。
コヨコテ村の裏手には魔の森や、シャンティナ北東の森程には深く無いが、豊かで穏やかそうな森が拡がっていた。
中に入ると陽の光が燦々と差し込み、森林浴をしている気分になりそうな雰囲気だった。
「気持ち良い森だね」
「あぁ、確かに気持ちの良い森だ。アンデッドには最悪の環境の筈だがな」
「せやな。こんなに太陽の光が溢れてる環境やと、普通アンデッドは本能的に避けるやろ」
「そう言えば、陽の光が当たらない薄暗い環境を好むんだっけ……?」
実際は寧ろ逆とも言える程に、陽の光が降り注いでいる。
自分が陽の光の下で暮らしている為全く実感が無かったが、本来アンデッドは陽の光の届かない場所を好む。
別に陽の光に照らされると消滅するとか、能力が低下すると言う訳では無いのだが、ジメジメした陽の光が当たらない場所や夜に多く出会うのだからアンデッドの性質だと言えよう。
「見つけました」
「え? 何処!?」
それからミミが案内したのは、巨木の虚の中で丸まりながら身を寄せ合っている三匹の骨型のアンデッドだった。
その虚の手前百ナレイ程離れた位置から、草の茂みに隠れてカケル達は様子を伺う。
暫く観察していたが、ミミが小声で疑問を零した。
『やっぱり、変ですね』
『何が……?』
『私達がこれだけ近くに居るのに、まるで気付いていません』
『そう言われればおかしな状況やな』
『やはり、アンデッドでは無いのか?』
『もう少し近付いてみますか』
更に五十ナレイ手前程まで近付くと、丸まっていたアンデッドが起きて此方の茂みに顔を向ける。
どうやら、此方の存在に気付いたらしい。
とは言え、茂みに潜んでいるので姿までは確認出来ないと思われるが。
『やっと気付きましたか。五十ナレイとは、とてもアンデッドとは思えませんね』
『せやな。どちらかと言うと、動物に近い反応や』
『ふむ、もしかするとあの姿は幻覚だったりするのか?』
『――いえ、どうやら幻覚では無いようです。主様と同じく、異常個体なのだと思われます。見た目通りなら、スケルトンウルフですかね?』
キーリの疑問に答える為に調べたのか、ノンアンデッド説を否定するミミ。
なお、スケルトンウルフとは狼や狼型の魔物が死んでからアンデッドとなった種族である。
「ウォン?」
「ワウォーン!」
「ガウ!」
『なんか会話してるよ! バレたなら逃げた方が良くない!?』
『いえ、正面から行きましょう』
ミミはそう言うと茂みから飛び出し、虚の方へと堂々と歩いて行く。
「ちょっと!?」
「ほんなら、行こうか」
「そうだな」
「あぁ……、もう……!!」
全員が茂みから出ると、そのままウルフ達の方へと歩いて行く。
「「「グルル……」」」
それに気付いたウルフ達は、唸り声を上げる。
だが、その唸り声もそこまで続かなかった。
「ガウ!?」
「ワウォーン!」
「ガウガウ!」
最後尾のカケルに気付くと、先程までの態度が一変したのだ。
そして、そのままのカケル目掛けて走り出した。
「ふむ、主様がお望みですか」
「なら、カケル坊に任せた方がええやろな」
「カケル頼んだぞ!」
三人はそう口々に言うと、突っ込んで来るウルフ達の進路から退避した。
それを見たウルフ達の速度が一段回加速した。
「「「ワウォーン!!」」」
「ちょっとー!?」
カケルの元まで走って来た三匹のウルフの対応はそれぞれ別物だった。
先頭にウルフはカケルの足に噛み付き、次のウルフはカケルの周りをグルグルと回る。
そして、最後のウルフはカケルにお尻を向けた状態で腹這いになった。
「痛い! 痛いっ! ――あれ、痛くない……?」
「痛みはアンデッドになった時点で、殆ど消失してるでしょう……?」
「いや、人間の頃の条件反射と言うか何と言うか……。それよりも、コレどう言う事なの?」
「腹這いなのは恐らく服従だな。お前の実力を汲み取ったのだろう」
「でも、皆じゃなくて僕?」
「同じ骨同士だからじゃないか?」
その言葉を聞いて、カケルは腹這いのウルフを改めて見た。
キュンキュンと鳴きながら尻尾を丸めて、後ろ脚の間に入れている姿はまるで犬だった。
そんなウルフは他の二匹のウルフよりも身体が大きく、それに反して小刻みに身体が震えていた。
ワンコだと言う認識で他の二匹を見てみると、何となく行動の意味が分かりそうである。
こっちのグルグルと周りを回っているのは、自分を仲間だと思って遊んで欲しいからでは無かろうか。
ならもう片方の自分の足を噛んでいるのは、甘噛みでもしてじゃれてるのかな?
「こっちのアンデッドは、遊んで欲しそうですね」
「そっちは、骨の味を楽しんでるんかな?」
「つまり、カケルは食料扱いと言う訳か」
違ったようだ……。最後の一匹は、僕を食料扱いしているらしい……。
「それで、主様どうしますか?」
「どうって……?」
「この三匹を退治しますか?」
そう。ここに来たのは、このウルフ達を殺す為だ。
だが、カケルにとってこんな風に絡んで来るのを見捨てるのも忍びなかった。
「うーん……。この子達を殺すのは、良心が咎めると言うか何と言うか……」
カケルの周りでも、犬を飼っている人達は何人も居た。
異常に人懐っこくて、飼い主以外の人が来ても周りをグルグル回って遊んで欲しそう子。
人見知りなのか怖がりなのか、飼い主以外の人が来ると腹這いになって震えている子。
噛み癖が抜けず、飼い主だろうと誰であろうと会った途端に噛み付く子。
そんな犬達の姿がチラつくのである。
カケルはそんな思い出を回想しながら、三匹のウルフ達を見つめていた――。
もう二話くらい続きます。




