花を纏う竜
一週間ぶりに投稿再開です。
なお、今回はやや過去の出来事についての話が入ります。
太陽が顔を出した直後と言うのに、隊列を組みシャンティナへと歩みを進める者達が居た。
「未だに助かった事が信じられないな……」
「そうですね。あの者が助けてくれなければ、私達は王都と共に沈んでいたと思います」
隊を指揮する男が、部下に対して呟くように感想を言う。
男の年齢は三十台前半で、見た目は若いが隊を指揮する貫禄を備えていた。
髪は白銀に見間違う程に色が薄い灰色で、やや短めに揃えてある。
身長は九千四百ルアナレイ――百八十五センチほど――くらいで、スラリとしているが服の上からでも筋肉が分る程に盛り上がっていた。
そんな彼は、部下との話で少し前の事を思い出していた。
部下との会話で思い出すのは、つい一ヶ月前の出来事だ。
あれは鮮烈だった……。
◇ ◇ ◇
「クソっ! 王都もここまでなのか……?」
王都守護の全権を任せられたヴァイス・ボウテンホークは、やや諦め掛けたように悪態をついた。
王都の城壁の外で隊列を組んでいた彼が視線を再び上空に向けると、あいも変わらずそこにはアンタッチャブルな存在が居た。
――フラワードラゴン。
竜種にして偽竜。単体の戦闘力はそこまで高く無いが、非常に多くの同胞を連れて攻撃して来る為に、総合的な脅威度が高いとされている存在だ。
彼等は他の竜種と違い、肉食の魔物では無いとされている。
そもそも、彼等が食事するのを見掛けた者が居ないのだが、自発的に村等が襲われた試しも無いのでそう思われているのだ。
フラワードラゴンを説明する上で一番欠かせないのは、彼等が持つ非常に厄介な特性である。
彼等は生物を自発的に襲う事は無いのだが、彼等の周囲にあるどれかの植物――植物の種類や数は判明していない――を傷付けると烈火の如く集団で怒り狂うのだ。
そして、その怒りは傷付けた相手が死んでも終わらない。
彼等は自分の命を燃やすが如く暴れまくり、最後には大地にその巨体を横たえるのだ。
その後彼等の死体からは、綺麗な花が咲き始め死体の周辺一帯を草花で覆い尽くす。
この強烈な最期が理由でフラワードラゴンと呼ばれていると言われるが、本当のところは定かでは無い。
この厄介な特性により、過去に幾つもの都市が野に帰ったか分からない。
そんな絶対に怒らせてはいけない存在が、怒り狂って王都に向かって飛行していた。
「誰が怒らせたかは、まだ分かって無いのか!!」
「はっ! 申し訳ありません! 未だ判明せずとの事です」
フラワードラゴンは怒らせた後でも、怒らせた本人さえ生きていれば対処法が存在する。
彼等は対象の植物を穢した犯人を殺した後も、犯人が死んだその場で暴れ続ける特性を持つ為、犯人を縛って何も無い荒野や草原に放置すれば良いのだ。
事実、この方法で危機を回避した街も幾つか存在する。
だが飽くまでもそれは、犯人が分かればの話である。
「くそっ! もう時間が無い! 武器を構えろ!! 出来るだけ住民が逃げる時間を稼ぐぞ!!」
住民へは一方向に固まらずに、四方八方へ逃げる様に指示してある。
犯人も一緒に逃げてた場合、一方向では全滅してしまう為だ。
そうヴァイスが覚悟を決めた時、上空に黒くて小さい何かが現れた。
「なぁ、アレは何だ?」
「アレ? ――確かに何だろうな……? さっきは無かったよな?」
ソレに気付いた一部の兵が、それぞれ疑問を口にする。
そしてヴァイスは、部下達が示したソレを見ながら言いようの無い恐怖に襲われていた。
アレはマズい!
何故かは分からんが、フラワードラゴン以上にヤバい存在な気がする!
「お前等! アレに攻撃を加えるな!!」
「将軍、あの黒いのは何なのでしようか……?」
「分からん……。だが、アレを見てると震えが止まらん……」
ボウテンホークはそう言うと、再びソレを見上げた。
ソレはこちらへと近付いて来てる様で、段々と大きくハッキリとしてくる。
そして、姿形がハッキリと分かる距離まで来るとソレは停止した。
「黒ウサギ……?」
「お前もそう見えるか?」
「はっ! 私には、黒いウサギにしか見えません!!」
ソレは、黒いウサギだった。
フラワードラゴンと比べれば遥かに小さい体躯の筈なのに、ヴァイスにはもうそのウサギしか目に入らない。
その黒ウサギはそれほどまでに存在感を誇っていた。
「人間……」
「誰だ!?」
辺りに少し低めの女性の声が、静かに鳴り響く。
その声の主を探そうと、ヴァイスは辺りを見回しながら誰何の声を上げた。
「何処を見ているのですか? 先程まで、ずっと見ていたでしょうに」
「まさか……」
ヴァイスは再び、上空の黒ウサギへと視線を向ける。
「正解です。人間が見ている黒ウサギが私です」
ヴァイスは、人語を話す魔物が居る言う噂は知っていた。
だが、実際に見た事は無かったし、そもそもその存在すら信じていなかった。
だが、そんな存在が目の前に居る……。
「さて、単刀直入に尋ねます。人間、助けて欲しいですか?」
「何だと……?」
「質問の意味も分からない程に馬鹿なのですか? そんなに難しい質問では無かったと思うのですが……」
その通りだ。別に難しい質問では無い。
助けて欲しいか。それが人間の口から出たならば、助けて欲しいと即断する程にシンプル且つ此方が欲する質問だ。
だからこそ分からない。
「質問の意味は分かる。だが、それをしてお前にどんな得がある!!」
そう。無償で命を掛けて助けようと言う者などまず居ない。
相手が人間ならば良い。金と名誉と異性でも充てがえばそれで済むのだから。
だが、あの黒ウサギは何を欲する?
人間の常識が当て嵌まる筈が無い。
そんな存在が人間と同じ様に、人間を助けるだと?
正直言って怪しすぎる。
何よりも信用出来ない!
「得ですか……。そうですね、王都を救う代わりに王都に対しての貸し一つで如何でしょう?」
「貸し一つだと……?」
貸し一つ。
言葉にすれば軽く感じるが、その意味は非常に重い。
何せ王都全体に対しての貸し一つだ。
その後に、どんな要求をされるか分かった物ではない。
そんなヴァイスの懸念を感じてか、黒ウサギから補足の言葉が入る。
「あぁ、安心して下さい。法外な金銭を要求するだとか、土地を要求するだとか、命を対価に要求したりはしませんから。少なくとも、王の決断一つで片付くレベルです」
「本当なんだろうな……?」
「はい。ですが、契約を違えるなら容赦しませんよ?」
ヴァイスは、黒ウサギに言われた事を吟味する。
そして、覚悟を決めた。
「契約をするにあたって契約違反の時の対価だが、俺の命で勘弁してはくれないか?」
「へぇ……?」
「将軍!? な、何を言っているのですか!?」
「いくら俺でも、身の丈に合わない契約は無理だ。なら、俺の命で保険を掛けておけば安全だろ?」
「そんな……!」
「面白いですね人間。気に入りました。もし、契約違反した場合でも貴方の命だけで済ますとしましょう」
「感謝する」
「将軍、本気ですか!?」
「あぁ、俺は本気だ」
「ですが――」
「さて、ではまず私が王都を助ける事としましょう」
会話をしている彼等を無視して黒ウサギはそう呟くと、フラワードラゴンの正面へと移動した。
千は下らない数のフラワードラゴンの前へだ。
「おい! 黒ウサギ!?」
「人間は黙って見ていて下さい。この程度の魔物に、私が狩られる訳が無いのですから」
そう言って黒ウサギは、ただフラワードラゴンが近付くのを待っていた。
だが、王都の何処からでも見えそうな程にフラワードラゴンが近付いても黒ウサギは動かなかった。
「おい……、そろそろ――」
「”ウォーターカッター”!」
ヴァイスがかなり近付いて来たフラワードラゴンを見て思わず声を掛けると、ほぼ同時に黒ウサギが呪文を唱えた。
黒ウサギが唱えた呪文は、魔術師ならば余りにも有り触れた代物であった。
だがその効果の程は、有り触れたなどと口が裂けても言える物では無かった。
グギャーッ!!
黒ウサギを中心に円状に水の刃が飛び出て、それが周りに広がると共にフラワードラゴン凡そ千匹。
その全てを切り刻んだのだ。
「「「なっ…………」」」
「これで私の役目は終えましたね。では、貸し一つと言う事で宜しくお願いしますね。私はそろそろ帰りますので」
「ま、待ってくれ!」
「はい、何でしようか?」
「お前が何処の誰かを、まだ聞いてない。俺に、黒ウサギを判別する技能は無いぞ?」
「ふむ、尤もですね。では、ある程度落ち着いたら混沌都市シャンティナに来て下さい。それで、十分伝わる筈です。では、失礼します」
黒ウサギがそう一方的に告げたと思ったら、そのすぐ後に一瞬で姿が掻き消えたのだった。
「俺は夢でも見ていたのか?」
「いえ、将軍……。アレをご覧下さい」
あまりの事に現実逃避仕掛けたのだが、部下の言葉に言われた場所へと視線を移す。
するとそこには、真っ赤な血で大地を濡らしながら真っ二つになって絶滅している大量のフラワードラゴンが居た。
そして、それこそが先程の事が夢では無い事を示していた。
「なぁ……、あの黒ウサギは一体何だったんだ?」
「申し訳ありません。私には分かりかねます」
「だよな……」
人語を話し、フラワードラゴン千匹以上を軽々と殺す事の出来る黒ウサギ。
そんな存在をヴァイスは知らなった……。
書いていてなんですが、バレバレな感じですね。
次の話で纏める予定です。
一応以下に、新しい登場人物を。
・ヴァイス・ボウテンホーク
ティザーク・シェランドと同じ伯爵位で、王都守護の全権を任せられている三十台の男。
一ヶ月前フラワードラゴンに王都が襲われると言う体験をした人物。




