閑話―噂のウェイター
お次はあの狼のその後です。
「ルガルド、二番テーブルでお客様が注文待ちだよ!」
「わぁってるよクソが! 次から次へと!」
リリアン様の元を離れてはや幾日。
それが何故か現在、この宿屋でウェイターをやる羽目になっていた。
元々この宿に残ったのは、ここで留守番しているレナの警護が目的だった筈だ。
だが宿屋の中ではあのエルフが、遊びに行く時は一緒に居るガキ共が、それぞれ街の中でもかなり強い事もあり俺は過剰戦力となり暇を持て余していた。
その暇した状態に目を付けたのが、此処の女将だ。
奴はあろう事かこの俺様をウェイターにするから、働けと言い出したのである。
労働対価として給与は出ているんだが、普通はフェンリルを働かそうなんて人間居ねぇだろ……。
「おら! さっさとと注文しろ!」
「おう、クソ犬! リャンのステーキだこの野郎!」
「誰がクソ犬だ、この肉達磨! リャンのステーキだな、首を洗って待っていやがれ!!」
俺は無礼な肉達磨から注文を取ると、厨房のエルフに入った注文を伝える。
「おい、クソエルフ! リャンのステーキが入ったぞ! さっさと作りやがれ!!」
「ルガルド君……。もう少し、言葉遣いが何とかならないのな?」
「うるせえ! これがイヤなら、辞めさせれば良い!」
「はいはい。君目当ての娘も居るからね。それが分かっていて、君を辞めさせる訳にはいかないさ」
「なら、我慢するんだなクソエルフ」
「はぁ……。取り敢えず、季節の野菜炒め物上がったよ」
「ああ、五番テーブルに持ってくぜ」
料理を持って五番テーブルに置いた直後、またあの忌々しい言葉が聞こえた。
「すいませーん、注文したいんですけど」
「ルガルド、今手が離せないから行っとくれ」
「分かったよ、クソが!!」
ちっ! どいつもこいつも!
何でこの俺様が、人間共の所に駆け付けなきゃならねぇんだ!
「おい、お前! 注文は何だ!!」
「え、えーと、噂のじゃがバターっての下さい……」
「じゃがバターだな。少し待ってやがれ!」
ルガルドが再び注文を厨房に伝え終わる。
そして、ホールに戻ろうとした直接――。
カラーン……。
クソ! また、来やがった!
◇ ◇ ◇
「ここだよ!」
「太陽と月の宿? 本当にここ?」
「そう! 凄いイケメンが居るって、友達の友達の友達から聞いたんだって!!」
「友達の友達の友達って、認識無いならただの他人じゃない?」
私の親友がイケメン居るから是非行こうとやって来たのは、冒険者御用達の店の一つである太陽と月の宿。
確かに此処のご主人はとてもイケメンで有名だけど、確かワイルド系じゃなかったよね?
私好みのワイルド系イケメンが居るからって聞いてやって来たのに……。
もしかして、揶揄われたのかな……?
カラーン……。
私達が宿屋の食事専門のドアを開けると、ドアに付いているベルが鳴り響いた。
「ちっ! また増えやがった!」
ドアが開いて舌打ちをした彼を見た時、私の世界は停止した。
格好良い……。ボキャブラリーが少ない私はそれしか思い付かなかった……。
そこには不機嫌そうに成端な顔を歪ませた、野生の燕尾服姿の王子様が居た。
身長はそこそこ高いけど、胸板が物凄く厚い訳じゃ無いし筋肉の量が物凄く多い訳では無い。
なのに溢れ出る野性味と、鋭い視線が私の心を鷲掴みにする。
そんな風に見惚れていると、彼の方から近づいて来て声を掛けてくれた。
「おい! ぼさっとしてないで、さっさと座れ!」
「ちょっと! 私達お客よ! もう少し言い方って物があるんじゃない!?」
でも、その言い方が親友には不満だったらしく、少し喧嘩腰で言い返していた。
この荒々しさも堪らないのに……。
「ふん! そこのテーブルにでも座っておけ!」
そう言ってテーブルを指し示すと、彼は仕事へ戻って行ってしまった……。
もう少し話したかったなぁ……。
「何あれ! 感じ悪……。顔は良いけど、中身が最悪だね! ねぇ、早めに切り上げようよ!」
「――様……」
「ちょっと! 聞いてるの!?」
「あ、え? 何の話?」
「だからさっきの店員の話よ!!」
「あー、うん……」
「本当に態度が悪い店員だったわよね!」「素敵な王子様だったわ……」
「「ん……?」」
「ちょっと待って! あの店員が素敵!?」
「うん……。野性味溢れるお姿がとってもステキ……」
「いやいや! めちゃくちゃ態度悪かったじゃん!?」
「そんな釣れない所もステキだったわ……」
「え? えぇぇぇ……?」
何故か親友が引いているみたいだけど、私からすればあの素敵な王子様の何処に憤慨する要素があるのか分からないわ。
「おい! 注文は決まったか!」
「まだよ! メニューが分からないのに決めれる訳ないわ!!」
注文を取りに来てくれた王子様に、あろう事か親友がまた噛み付いていた。
ちょっとっ! 王子様が怒ったらどうするのよ!
でも、親友が言ってる事自体は私も同意かも……。
ここのメニューが分からないから、注文しろと言われても決めるのは厳しそう……。
「む? そうか。貴様等は何が食べたいんだ?」
「何って?」
「例えばガッツリ食いたいとか、サッパリしたのが良いとか、肉が食べたいとか野菜が食べたいとかだ」
「何よ! それを聞いたら、貴方が選んでくれるとでも言うの!?」
「その通りだ」
王子様が私の食べたい物を選んでくれるの!?
それは……、良いわ……。
「なら、選んで貰おうじゃない! 私は野菜中心のお腹に優しいので」
「おう、分かった。お前はどうする?」
「わ、私は……。何か美味しいお肉料理で……」
「肉料理だな。なら、少し待ってろ!」
そう私達に言って、王子様は厨房の方へと歩いて行ってしまった。
もう少し見てたかったな……。
「何あれ! あんなので、本当にマトモな料理が出て来るのかしら?」
「それは分からないけど、少し楽しみよね!」
「はぁ?」
「だって王子様のオススメメニューが出て来るんだよ!? 楽しみになるのは仕方無いじゃない!」
「あー、うん……。そうだね……」
「何よ! 楽しみじゃないの!?」
親友は私の熱弁に冷めた答えしか返してくれなかった。
温度差が少し寂しい……。
それから暫くして出て来たのは、見た事のない料理だった。
「おらよ! 冷めないうちに食え!」
王子様は料理を置いて行くと、そのまま他の作業へと戻って行く。
さて肝心の料理だが、彼女の方は野菜が何故か皿にの上に山盛りになっている。
盛り付けが少し変だけどサラダなのかな?
一方の私の皿の上には、丸い肉がドンと置いてあった。
「サラダ……? まぁ、サッパリしている野菜だけどさぁ……」
うん、気持ちは分かる。
サラダと言えば冷たくて塩味くらいしか付いてないから、飽きやすい料理の代表格なんだよね……。
私も進んでサラダを食べようとかは思わないなぁ……。
親友は自分のを確認した後に、今度は私の皿を見て来た。
「アンタのは肉だね……」
「うん、お肉……」
うん、分かるよ。肉だと言う事は分かるんだけど、デンと置かれた拳大のお肉にどうコメントして良いのか分からないんだよね……。
「はぁ……。取り敢えず食べてみようか」
「そうだね」
フォークとナイフがあったので、多分これで切って食べるんだと思う。
そう思ってナイフを入れて驚いた。
普段は肉にナイフを入れても、殆ど切れない事が多いのに、この肉はナイフを入れた途端にスーッと切れて行った。
このお肉、そんなに柔らかいの!?
「お、美味しい……!? それに温かい……」
私がお肉と格闘していた目の前では、フォークに刺した野菜を口に入れて驚く親友がいた。
その声に興味を引かれた私は、思わず手を止めて彼女の顔を見た。
「え? そんなに美味しいの? それに温かいって……」
「多分茹でてるのかも。ほんのりと温かい……。後、何かのソースが掛かってるんだけど、それが野菜と合って凄く美味しい!」
彼女の感想を聞きながら、ゴクリと喉を鳴らす。
野菜でそれなら私の頼んだお肉は、一体どんなのだろう……?
思わず止めていた手を動かし始め、肉の塊を半分に割ってみた。
すると中から、真っ赤な半液体の物が湯気を上げながら垂れ出て来た。
え? もしかして血のソース!?
確かに何処かの地域には、血で作ったソースがあるって噂があったよね……。
でも正直、血を態々口に入れようとは思わないんだけど……。
助けを求めて王子様の方を見ると、気付いた彼が中々に良い笑顔を浮かべてくれた。
あぁ……、格好良いなぁ……。
少し現実逃避をしてしまったけど、どうやら私に逃げ場は無いらしい……。
仕方無い……。これも王子様の好意だと思えば……!
肉を一口サイズに切り直して、フォークに刺すと目を瞑って口に入れてみた。
どうせ、あの鉄臭い味がするんだろうなと思いながら……。
「美味しい……! これは、血じゃなくてトマト……?」
肉から出て来たから血だと思っていたけど、トマトを使ったソースだったみたい。
半液体の中に浮かぶ四角い物体は、トマトの果肉だったのね。
でも、入っているのはトマトだけじゃ無いわね。
もう一つの玉ねぎは分かるんだけど、他の材料が分からないわ……。
味付けは塩と何かしら……?
「ねぇ、それも美味しそうね。少し頂戴?」
食べながら味付けを考えていると、親友がそんな提案をして来た。
「良いわよ。代わりにそっちの野菜も頂戴ね」
野菜のサラダと皿を交換して食べてみると、此方も美味しくて驚いた。
彼女の言う通り、このソースの内容が分からない……。
「驚いたわね……。こっちも物凄く美味しいじゃない!」
「そうね。此処って、昔からこんなに美味しかったのかな……?」
私達は、この宿屋に泊まった事が無い。
元々冒険者の人達が泊まる事が多い宿屋として有名だし、少し怖くて前まで嫌厭していたもの。
此処のご亭主が凄いイケメンのエルフだって聞いて見に来ようとした時もあったけど、此処のご亭主は厨房がメインで殆ど顔を出さないって聞いたから諦めたわ。
だから、此処の料理を食べた事は無いのだけど……。
「うん、やっぱり美味しい……」
「ねぇ、ちょっと食べ過ぎじゃない!? そろそろ返してよ!」
残念……。
サラダを食べていたら、親友に奪われちゃった……。
その後戻って来たお肉の方を食べながら、もう一度記憶を思い出そうとしてみた。
でも、やっぱりこんなに美味しければ噂くらい耳にしてもおかしくないと思うんだけど……。
「あぁ、美味しかった!」
「うん、大満足!」
その後も夢中になって食べ続けたら、あっという間に皿の中は空っぽになってしまった。
おかしい……。
王子様を見に来た筈が、料理の方に夢中になるなんて……。
「満足したみたいだな?」
「ええ、美味しかったわ。中々やるじゃない!」
「は、はい……! 私も美味しかったです……」
お、王子様がこんなに近くに……!
その後料理の支払いも担当してくれたけど、あんなに美味しかったのに銅貨六枚とかなりリーズナブルだった。
ヤバい……。王子様が居て、このお値段だと通いたくなる……!
「それじゃあ、ごちそうさま~!」
「ご、ごちそうさまです……」
「おい、待て!」
ごちそうさまと声を掛けてから、外に出ようとしたら王子様に止められた。
も、もしかして、何かマズい事をやったとか……!?
早くも出禁……!?
それは嫌!!
「何よ?」
「あ、あの……! 出禁は勘弁して下さい!!」
「出禁? 何の事だ?」
良かった……。止められた理由は出禁じゃないみたいだ。
でも、それならどうして止められたんだろう……?
「…………帰れよ」
「え、何?」
「だから、気を付けて帰れよ! てめえ等は、俺様と違って弱いんだ。だからって帰り際に不幸にでも遭われたりしちゃ、こっちの評判にも関わるからな」
あれ?
語気は強いけど、もしかして私達を心配してくれてるのかな?
親友の方も、王子様の言葉にポカンとしていた。
「それだけだ! 良いか! くれぐれも気を付けて帰れよ!」
「ま、待って下さい!」
そう言って、そのまま仕事へ戻ろうとした王子様を私は慌てて呼び止めていた。
「なんだ?」
「あ、あの……。貴方の、お名前を教えて頂けませんか?」
「ふん、良いだろう。覚えておけ、俺様の名前はルガルド。誇り高きフェンリルの一員だ!」
王子様――ルガルド様――が自分の名前を名乗る際の顔は、自身の名前を誇りに思っているのは明白だった。
でも、そのとっても良い笑顔は、私には少し毒かも……。
私達は王子様の見送りを受けて、宿屋の扉を出て行った。
そして、その帰り道――。
「ねぇ……、今度また食べに来ようか」
「え? すぐ切り上げようって言ってたし、お気に召さなかったんじゃないの?」
この親友は料理の味よりも、店員のサービスとかで店を選ぶタイプだ。
だから、ルガルド様の様なタイプの店員は嫌いだと思っていたんだけど……。
「それはほら! 貴女が気に入ったみたいだし? 私も着いて行くの吝かじゃないかなぁと……」
「もしかして、ルガルド様に惚れたの?」
「にゃ、にゃにを!?」
「全然言えてないし……。でも、そっかぁ……。ルガルド様に惚れちゃったんだぁ……」
「ち、違う! 私は別に……」
「分かる。分かるよ。あの微笑みにやられちゃったんだよね!」
あの微笑みはヤバかったなぁ……。
さっきまでムスッとしてたのに、名前を聞いた時の笑顔は素敵過ぎた。
私じゃなくても惚れてしまうのも仕方無いと思う。
「ねぇ! 絶対勘違いしてるよね!? 私はそう言うのじゃないからね!!」
「うん、うん。分かってるよ」
惚れちゃったのが恥ずかしいんだよね。
この親友は、無駄に恥ずかしがり屋さんだもんなぁ……。
「絶対分かってないでしょ!!」
はぁ……、次はいつ行けるかなぁ?
今度はもう少し会話したいなぁ……。
次は行った時、私の事覚えててくれるかなぁ……?
「ねぇ! ねぇってば!!」
「うん、また早いうちに行こうね!」
「そうじゃないってば~!!」
そんな彼女の嘆きは、街の喧騒の中へと溶けて消えて行った――。
後半は殆どお客目線で書いてみましたけど、どうでしたでしょうか?
ルガルドが格好良く、料理は美味しそうに見えていたら幸いです。
ちょっとツンデレ色が強かった気もしますが……。
因みに後半の女性二人組みのお客さんモブですので、今後名前や出番が出て来るかは未定です。
あ、後再びストックがピンチです!
来週更新出来なかったらそう言う事だと思って下さい。




