混沌とした露店
チビ夫婦の店を出て何軒かの店を回った後に来たのは、荷車式の複数の露店が軒を連ねる通りだった。
露店では様々な物が脈絡無く売っており、例えば包丁の隣に服が売ってたり、ハンマーの横にパンがあったりと普通の露店とは明らかに雰囲気が違っていた。
そんな露店の中でも、一際異彩を放っている露店があった。
商品を積んである荷車の大きさはそこそこ大きい。普通の馬車の荷車の大きさを一とすれば、二に届く程の大きさの幌付きの荷車だ。
少し特殊な荷車の様で、幌の片面が持ち上げられ商品がそこに並べられている。
その荷車の前に、テーブルが広げられており商品が置かれていた。
売ってる商品は宝石と食品。
サファイアだろうか? 青々とした大粒の宝石の横には、何故か青白く光る怪しげなキノコが置いてあった。
これ以外にも綺麗な宝石と、怪しすぎる食材が幾つも置いてあった。
ニーナはそんな怪しい露店に対して声を掛ける。
「ティティ姉居るー?」
「あら、ニーナちゃんじゃない」
その声に答えたのは、妙に妖艶な声と喋り方の女性だった。
但し妖艶なのは声と言葉遣いだけで、見た目的に妖艶と言うには色々と足りてない印象を受ける。
彼女の身長は恐らく八千六百ルアナレイ――百七十センチくらい――程で、髪は茶褐色のショート、頭に猫耳、お尻に猫尻尾、ホットパンツスタイルでスレンダーと声と色々がアンマッチな女性だった。
彼女は猫耳と猫尻尾が示す通り猫の獣人だ。
猫の獣人とは、身軽さ、素早さ、隠密に秀でた種族である。
その特性から斥候やシーフ、暗殺者等に適していると言われている。
ただ体力や気力は長く続かないので、長い間待ち続ける系統の職種には向いてない。
性格は陽気で好奇心旺盛だが、警戒心が強いと言う正に猫の様な性格の種族である。
「猫さん……?」
「あらぁ? 新しい子ねぇ。ナック君の新しい彼女さんかしら?」
「ティティさん違うよ!?」
揶揄ってくる女性の言葉を、慌てた様に否定するナック。
「ナック君、どうしたの? ボクの顔に何か付いてる?」
ナックが否定の際にチラチラと視線を送っていたヴェッツェーニアは、特に意味に気付く事無く首を傾げていた。
残念ながら、安定の脳筋少女である。
「い、いや、うん……」
「うん?」
「流石ナック君は、期待を裏切らないわねぇ。お姉さん胸がキュンキュンして一杯になっちゃったわ~」
女性がうんうんと頷いていると、彼女より少し年下の似た風貌の猫獣人の少年が露店裏より近付いて来た。
「なぁ、姉ちゃんの言う胸一杯って、実は大した事ねえだろ?」
「あら、どうして?」
少年の言葉に、彼女は疑問の声を上げる。
それに対して少年は、呆れた様に彼女に声を掛けた。
「だって、姉ちゃんの胸の大きさじゃ大した量入らないじゃねえか」
「ふんっ!」
「げはっ……!」
「うわぁ……」
「痛そう……」
女性に対して失礼な事を言った少年の腹に、彼女の拳がめり込む。
まぁ、今のは明らかに少年が悪いだろう。
「アト! アンタ死にたいようね!?」
「いや、今は止めて!」
「問答無用!」
レナは少年がボコボコになっているのを、呆気に取られながら見ていると、隣から呆れが混ざった声が聞こえて来た。
「またか……。まぁいいや。レナちゃん、あっちの女性の方がティティエルさん。私はティティ姉って呼んでるよ。それで、もう片方のボコボコにされてる方がティティ姉の弟のアト。見た目通り馬鹿だけど、一応私達より歳上だよ」
ニーナは姉弟喧嘩を尻目に、二人の事を詳しく話す。
ティティエルは十七歳になる猫の獣人で、その弟のアトはティティエルの二歳年下である。
二人が構えている露店は脈絡無く何でも売る露店で、偶に魔道具や宝石、武具等の高価な品まで売る為、偶に掘り出し物が見つかるとマニアには有名な店である。
例えば数ヶ月前に、この露店からミスリルの短剣が売られた事は記憶に新しい。
短剣と言えどもミスリル製の剣が、出回る事など殆ど無い。
それを見付けた冒険者が財産を殆ど全てつぎ込んで買い取ったらしいが、この一件は冒険者達の間で噂として駆け巡った。
その為今もチラチラと露店を見に来る冒険者らしき人物が居たりするのである。
彼等とニーナ達との繋がりは、彼等の両親がこの露店で商っていた頃まで遡る。
ニーナやナックが、マリクスから指導を受け始めて暫く経った頃の話だ。
スパルタの指導と元々の素質も合わさって、二人は子供としては破格の実力を身に着けた。
その頃にマリクスが二人の初めての得物として探し当てたのが、あの姉弟の両親が商っていた露店で偶然扱っていた大剣と杖なのである。
「ティティ姉、いい加減にして!」
「あら、ごめんなさいね。それで、今日はその子の事で来たのかしら?」
「うん、そうだよ。こっちはレナちゃん、この頃この街にやって来たから紹介しておこうかと思って」
ティティエルがニーナ達と話してる間に、弟のアトは命からがらナック達の元へと這いずって逃げていた。
「死ぬかと思った……」
「あれは、アトくんがわるいとおもうよ?」
「だよね。流石にデリカシー無いと思うよ……?」
「いや、あんな事言われたら突っ込むだろ普通! なぁ、ナック!」
「アトさん、アレは無いと思います……」
「おい! 俺とお前の仲だろ!? 俺を裏切るのかよ!」
「裏切るも何も、アトさんと僕が一蓮托生のつもりは有りませんよ?」
「アトくん、おうじょうぎわがわるいよ? そんなんだから、おんなのこにモテないんだよ」
「アト兄、取り敢えず謝り倒した方が良いと思う」
「くっ! これが、四面楚歌ってヤツか……。特に、ミリーちゃんの言葉が胸に突き刺さるわ……」
アト達が馬鹿を言い合ってる中、同時進行でティティエル達も自己紹介をしていた。
「レ、レナです……。宜しくお願いします……」
「あら、ご丁寧にありがとうね。私はティティエルよ。ティティって呼んで貰って構わないわ」
ティティエルはそう言いながら、奇妙な色気を振り撒いていた。
その色気だけなら、しっかりと男を引き寄せるのだろう。
「はっ!?」
その声と色気を感じたのか、四十代くらいの冒険者らしき男性が勢い良く振り向いた。
そしてその男性はティティエルを目に留めると、思わずと言った具合に小さな声で呟く……。
「なんだ……。ティーちゃんか……」
そして彼は、そのまま背を向けて立ち去ろうとする。
だが、それはティティエルが許さない。
「あら、なんだとはどう言う意味かしら?」
「ティ、ティーちゃん……、聞こえていたのか……?」
首に油を刺した方が良いんじゃないかと言う程に、ぎこちなく男の首がティティエルの方を振り向いた。
「えぇ、バッチリ聞こえていたわよ? それで、さっきのはどう言う意味かしら?」
「い、いや、マリアさんが帰って来たのかなぁと思っただけなんだよ」
慌てた様子で、男はティティエルに先程の意味を説明する。
だが、その説明は火に油を注ぐだけだった……。
「ごめんなさいねぇ、母さんじゃなくて!!」
「す、すまん……」
「ちょっと、そこに座って貰えるかしら……?」
「え? ティ、ティーちゃん、ここ路上だよ?」
「黙って座れ!」
「は、はいっ!!」
有無を言わさない迫力に、男はその場に座り込む。
そこから始まるのは、ティティエルの父くらいの年齢の男に対する本気の説教である。
その光景は、街を歩く多くの人々の目を引き男の哀愁を際立たせていた。
さてこの哀愁漂わせる男が言ったマリアとは、ティティエルの血の繋がった母親である。
彼女はティティエルのちぐはぐなのとは違い、本物の妖艶さを兼ね備えた女性だ。
メリハリのあるボディと、肩下まで流したサラサラの髪。
身長はティティエルよりも少し低く、垂れ目をしているおっとりとした性格の女性だった。
ついでに言えば、彼女も猫の獣人である。
そんなマリアは、正におっさん達のマドンナと言える女性であった。
この辺りのおっさん達は彼女の色気の虜になるやいなや、挙って露店に押し掛ける事が多かった。
店を完全にティティエルに譲った後は、夫と共に気楽なぶらり旅と称して王国内を巡っているらしい。
先程の冒険者はそのマリアが帰って来たかと思って、ティティエルに目を向けたと言う事だ。
おっさん達からすれば、ティティエルはやはり子供で、マリアを目の保養にしたいのである。
マリアだと思ってティティエルだったと言う落胆から、なんだと言ってしまうのも仕方無いかも知れない。勿論、言動としては最悪の部類だが……。
そんなおっさんを説教していた、ティティエルにニーナは声を掛けた。
このまま此処に居ても、キリが無いと思いながら……。
「ティティ姉、まだ街の案内の途中だから私達もう行くね」
「あらそう? あんまり構えなくてごめんなさいね。また来てくれると嬉しいわ」
「おう、またな!」
「うん、またね~」
「ティティ姉、アト兄またね!」
「それじゃあ、ティティさん。また、来ますね」
「失礼します」
こうしてレナ達は、未だに地面に座っている哀れなおっさんを尻目に露店から立ち去る事になった……。
アイドルよりマドンナって言い方だと、若い女性よりもある程度年齢が行った女性の感じがしますよね。
因みに、マリアの年齢は三十台後半を想定しています。
以下は登場人物まとめです。
・ティティエル
猫獣人姉弟の姉。
声と喋り方だけは妖艶。
・アト
猫獣人姉弟の弟。
姉の怒りを買ったただの馬鹿。
・マリア
二人の母でおっさん達のマドンナ。
本物の妖艶さを持った女性。




