冒険者登録
三章開始です。
祝勝会が開かれ、魔物襲撃事件も一段落したその翌日の朝。
レナは泊まっていた月と太陽の宿の廊下に出ていた。
「ふんふふ、ふーん!」
手には箒を持ち鼻歌を歌いながら、廊下を掃除する様子は非常にご機嫌である。
「あれ? レナちゃんもお留守番?」
「あ、ニーナ様! おはよう御座います!」
「もう、様付けは止めてって言ってるでしょ!」
「今は此方に居候中させて頂いてる身です。その宿のお嬢様に対して、その様な口の聞き方は出来ません!」
「レナちゃんて、本当に頑固だよねぇ……」
一部を除く他のメンバーはギルドへと赴いており、宿に居るのはニーナ達を除けばレナとルガルドだけである。
セレナは一人でフラフラしている事だろうか。
「ニーナ様、今日はどうされるのですか?」
「ボルマのおっちゃんの所で、鍛冶の手伝いかなぁ……?」
ニーナはキーリの送別会の後から、ボルマに鍛冶の手伝いを打診されていた。
ニーナとしては正直気が乗らなかったのだが、ボルマが新しい大剣を対価として作ってやると言われて飛び付いたのだった。
とは言え中々に束縛時間が長すぎて、ニーナはかなり面倒臭くなって来ていた。
「畏まりました。では、お出掛けされてる間にお部屋の掃除をさせて頂きますね」
「お願いねー!」
そう言ってニーナは出掛けて行った。
レナは引き続き、廊下の掃除に戻る。
彼女は元々親元で家事の手伝い程度はしていたが、飽くまでも親の手伝い程度だった。
だが奴隷になった時に、徹底的に家事能力を叩き込まれていた。
それこそ本職メイドのレベルをだ。
その為現在の彼女の掃除は、お手伝いと言うレベルを遥かに超え髪の毛一つ残さない様な徹底的な掃除になっていた。
そんな事を知っている人は此処には居らず、彼女は楽しそうに掃除を進める。
廊下が終わったら、部屋の一つずつを入念に。
一刻程すると、彼女の掃除が一段落したらしい。
辺り一面ピッカピカである。
「おやまぁ! これはたまげたねぇ……」
「あ、ミランダ様! おはよう御座います!」
「おはようレナ。まだ、終わってなかったらアタシも手伝おうかと思っていたんだけど、心配要らなかったみたいだねぇ……?」
「はい! 家事は得意ですので、大抵の事はこなせるかと思います!」
「それは頼もしいねぇ。朝ご飯を食べたら、他の仕事もしてみるかい?」
「はいっ!!」
こうして掃除でミランダのお眼鏡にかなったレナは、更に洗濯、炊事と宿内での影響力を伸ばして行く事となる。
それが彼女に良い影響を与えるかどうかは、神のみぞ知ると言ったところであろう――。
◇ ◇ ◇
「あのぅ……。何で皆さんがギルドに?」
「勿論、冒険者登録をする為ですよ!」
一方のカケル達は、総合ギルドへとやって来ていた。
カケルの行った通り、冒険者として登録する為に。
「リッチが冒険者登録……?」
「もしかして、駄目でしょうか……? キーリも昔登録出来たらしいですし、僕も出来ないかなぁと思ったんですけど……」
「あ、いえ、すいません! 自分の常識が崩壊していくのに戸惑ってしまって……。少々お待ち下さい。私の権限では判断しかねるので……」
そう言ってエルティナは、魔道具を使ってギルマスを呼ぶ事にした。
「本気で冒険者登録をしたいと……?」
「はい!」
エルティナに呼ばれたローグは、呼び出された理由を聞いて頭が痛くなっていた。
例えばルガルドやセレナならば、まだ良いだろう。
常に人型であるし、特にルガルドに至ってはあのフェンリルだ。言葉遣いはアレだが、他の冒険者達も何とか受け入れてくれるだろう。
だが、カケルやミミは相当にヤバい。
存在自体が厄災そのものなのだ。
冒険者として登録したら、一体どれだけの混乱を齎すのか……。
街に滞在してる時点で既に相当な混乱を齎していたのだが、冒険者として他の場所に赴いた時が非常に危うい。
とは言え、キーリが登録されてる以上人種では無いからと言う理由は使えない。
ローグは悩みに悩んだ末に決断した。
「はぁ……、分かったわい。カケル達を冒険者として認める」
「本当ですか!」
「但し! 問題を起こした時は、容赦なく辞めさせるからの!!」
「はい! それで構いません!!」
「エルティナ、講義室を使う予定は入っているかの?」
「えーと……、今日は入っていないみたいです」
「ならば、今からお勉強の時間とするかの」
ローグはカケル達を引き連れ、講義室と呼ばれる部屋へと入る。
そこは日本で言う所の教室だろうか。
前に黒板は無いもののホワイトボードっぽい物が設置されており、幾つもの椅子と机が並んでいた。
このホワイトボードモドキだが、シャンティナで開発された魔道具の一種で、楽に書いたり消したり出来るとギルドで重宝されている一品である。
ボードの上から特殊なペンを使って文字を書くと、線の太さから色合いまで思ったままに変えられる地球でも実現出来てない中々に便利な道具である。
因みにこの魔道具だが名前はホワイトボードではなく、魔道式自在書記用白色板と言う長い名前である。だが一般的には、白色板や書記板と呼ばれていた。
ローグはそんな白色板の前に立つと、カケル達に好きな場所に座れと言った。
そしてカケル達が座ったのを見届けると、ギルドの事やマナーの事などを話し始めた。
単にギルドと呼ばれる事の多い総合ギルドだが、三つの部門とその部門毎に長が居る。
ローグはその中の冒険者部門の長であり、この総合ギルドシャンティナ支部の支部長でもある。
カケル達が所属したいと言っていたのもこの冒険者部門の事だ。
冒険者部門の主な役割は、魔物の討伐や商人達の護衛、ダンジョンを始めとする危険な場所から素材等を持ち帰る等がある。
支部がある街を守る為に人と戦う事もあるが、飽くまでも自衛としてであり戦争に積極的に加担する事はまず無い。
この様に冒険者部門は武力が全ての側面が強いのだが、武力の伴わない何でも屋の側面も持っている。
例えば腰の悪い老人の為に、買い物を代行するなんてのが良い例だ。
冒険者部門は冒険者達への依頼を受注するに当たり、他の部門との競合や規定、制限に引っ掛からない限り全ての依頼を引き受ける特徴を持っている。
その為結構な頻度で、先の様な依頼が張り出されるのである。
危険が少ない為外へ出る依頼と比べ金額は格段に低く、貢献度も低いと見做される為に同じランクの依頼であってもランクが上がる速度も低い。
そんな依頼なので殆どが放置されがちかと思いきや、まだ年齢が低い者や満足に戦えない者が積極的に引き受ける為、消化率はそこそこ高かったりする。
冒険者部門に所属する冒険者達には、最低限のルールが存在する。
人を無闇に殺してはならないや、依頼品をネコババしてはならない等の当たり前の事ばかりだが、一部には特殊なルールや義務もある。
例えば一定ランク以上でギルドからの強制依頼を受けない場合は即座に犯罪奴隷になる事や、亡くなった冒険者を見付けた場合プレートをギルドに返す義務がある等が存在する。
総合ギルドは一部の国を除く、殆どの国に存在し、受けた依頼の完了報告はどのギルドでしても良い事になっている。
ただ、引き受けた依頼が納入型の場合は別である。
例えば摘んでから十日以上経過すると効能が無くなる様な薬草の依頼完了を、受けた街から二十日以上移動に掛かる街で報告されても困るからである。
依頼は難易度別に分類分けがされ、自分のランクよりも高い物を引き受ける事は出来ない。
冒険者の人的損失を避ける為と、失敗した際の尻拭いの数を抑える為である。
カケル達の場合本来の実力は相当高い筈だか、確認や騒動なる可能性を考慮して一番下の漆黒ランクから始める事となった。
「ふーむ、これくらいかのう……。何か分からない部分はあったかのう?」
「多分大丈夫です」「問題ありません」「大丈夫だ」「ワイも大丈夫やで」
「ふむ、ならばこれでカケル達は晴れて漆黒級冒険者と言う訳じゃ」
「冒険者……」
カケルだけが少し感慨深そうにしていたが、他のメンバーは特に感動などは無いようだ。
「冒険者プレートはもう出来てる筈じゃから、後で受付から受け取るが良い」
そう言われてカケル達は講義室を後にすると、ローグから言われた通りに受付でプレートを受け取る事にした。
受け取ったプレートは真っ黒な長方形の形をしており、中央が円状に白抜きされていてその中には何やら変なマークが二つ鎮座していた。
マークの色も黒で縁の模様等も合わせて、何と言うか入りたての冒険者が持つには不釣り合いのデザインだった。
「これで、カケル様は冒険者の一員ですね! 早速、依頼を受けてみますか?」
「はい!」
「依頼はあちらに掲示されているので、好きな依頼を持って来て下さいね」
「分りました」
カケル達は言われた通りに掲示板の前へと向かう。
そしてカケルは、掲示板から依頼を選ぼうとしたのだが……。
「読めない……」
「私も読めないな。昔学んだ筈なんだが、どうもそれとは違うらしい」
「ワイも無理やな。知ってる文字とは別物や」
カケルは翻訳が機能しなかった。
どうやら、自動音声言語翻訳とは正に音声のみに反応して翻訳するスキルらしい。
そしてキーリとツィードの二人は、知っている文字が古すぎて役に立たなかった。
それは現代語の読み書きが出来ず、古語の読み書きは出来るようなものである。
「私は読めますけど、主様はどんなのがお望みですか?」
「良かった! ミミが読めたんだ。うーんと、確か航君が言うにはこう言う時――」
航との会話で覚えていたのは、異世界冒険者に於ける初めての依頼としてよく上がる物。所謂お約束的な依頼だ。
初級冒険者が受ける依頼ではあるが、命のやり取りが発生する為小さな子供や戦いを避けたい者は先のなんでも屋的な依頼を受注する事が多い。
カケル達の場合、全員が戦闘経験を持つ為問題無いだろう。
「――と言う事で、ゴブリン退治と薬草採取の依頼って無いかな?」
「――ゴブリン退治と薬草採取は、常駐依頼として張り出されてるみたいですね」
そう言って、ミミは二枚の紙を黒い手で指し示した。
常駐依頼とは通常の依頼とは違い、張り紙を剥がす必要は無く依頼を態々受ける必要も無い。
更に誰かが依頼を完了したとしても依頼が無くなる事はなく、何回でも依頼を受ける事が可能な物になっている。
但し基本的に初心者の救済的な側面がある為、上位冒険者がこの依頼を受けると白い目で見られたりするのである。
「本当にこれを受けられるのですか……?」
「はい。僕達は初心者ですし、最初は安全に行こうかなと」
「安全……」
確かに安全であろう。ゴブリン程度であれば、例え巣の中に放り込まれても問題ないようなメンバーだ。
寧ろゴブリンが可哀想になるレベルである。
エルティナが疑問を呈していたが、結局引き受けた依頼は常駐依頼の薬草の採取とゴブリン五匹の退治だった。
まず薬草採取だが、一応決められた種類の薬草を十本程度取ってくれば完了である。
一応と付くのは、他の種類の薬草でも雑草で無ければ受け取って貰えるからだ。
たまに初心者が高級な薬草を採取してくる事があって、その場合は非常に多くの額の報酬が払われる為にビギナーズラックで小金持ちになる者も居たりする。
もう一つのゴブリン退治は、言葉そのままである。
あっと言う間に増える害虫の様な存在であるゴブリンを、実戦訓練代わりに駆除してもらおうと言う依頼である。
但し此方には注意事項がある。
かなり弱い魔物であるとされているゴブリンだが、ある程度の知能を有している為に、洞窟や森の中等の障害物の多い場所で戦うと、不意打ちを受けやすい為に出来るだけ開けた場所で戦う事と言われるのだ。
また群れて行動する事も多い為、最初のうちは個人なら一匹ずつ。チームを組むなら、チーム人数より少ない数の相手をする様にと言われている。
因みに脅威度は確かに低いゴブリンだが、人型である故に殺した時に受ける精神的ダメージは中々に大きかったりする。
その為、ゴブリンを殺る時は誰か上位冒険者と一緒に実行した方が良いとされている。
実際殺す事を躊躇って返り討ちに遭った者や、殺した光景が頭から離れず冒険者を辞める者が年に何人もは出て来るからだ。
まぁ、何はともあれ初のお仕事である。
依頼を受けたカケル達は、その足でシャンティナの北門へと向かうのだった――。
ゴブリン退治と薬草採取を基本ですよね。
次はシャンティナの外での冒険活動になります。




