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襲撃者と巻き添えを食う者

 時は少し(さかのぼ)る――。


「ヒッヒッヒ。これはたまげたねえ」


 仄暗い部屋の中で、怪しげな老女の声が響く。


「集まって来た魔物が台無しじゃ。それにしても……、この強力な魔物達は何処から来たのかねぇ……?」


 彼女の前には、大きな球の一部を切り取った様な形の鏡が置いてあった。

 その中心部分は手前に出っ張っており、その分だけ映った光景が歪んでいた。

 だが、映った光景は目の前の老女では無く、ある街の様子が映し出されていた。

 その街の名前とは、混沌都市シャンティナ。

 そう、現在魔物の大群に襲われているガライアム王国の街である。


「ヒッヒッヒ! 面白いねえ。あの魔物共を捕まえて実験が出来れば、もっと楽しい領域に立てるかも知れないねぇ」


 老女は街が襲われていても何とも思わず、それよりもその魔物の大群を狩る側に回っている数体の魔物に注目していた。

 その魔物とは、勿論カケル達の事だ。


「おやおや! これは凄いねえ。この魔法に気付くのかい!!」


 鏡の向こうから、ミミが此方を見上げていたのだ。

 明らかに偶然ではなく、レインと視線を合わせる様に……。

 レインはそれを見ると、残念そうに鏡を操作しシャンティナの光景を消した。


「ヒッヒッヒ! もしかしたら、この場所まで特定されたかもねぇ。怖や怖や……」


 怖いと口にしながらも、全く恐怖を感じさせない口調でそう彼女は呟く。

 そして、そのまま彼女は部屋を後にした。


 その時、彼女は最後まで気付かなかった。

 先程まで使っていた鏡が、薄く白いモヤに覆われているのを……。


 ◇ ◇ ◇


 そらから数日後、レイン達に招集命令が掛かった。


「クソババア! 遅いんだよ!!」

「おや、小娘。まだ生きてたのかい?」

「こんのクソババア……」

「止めろ! 陛下の前だ!!」

「くっ……」

「済まないねえスターク坊や」

「構わん。それよりも、これで集まったな。レヴィン早速報告しろ!」

「はい、はーい」


 レヴィンの報告に拠れば、魔物に襲撃させたシャンティナは未だに健在らしい。

 それどころか、何人かの人と魔物によって攻撃を仕掛けていた魔物が一掃されたらしい。

 しかも、監視を行っていた部下が気付かれたらしく、警告の攻撃まで行ってだ。


「それは、お前の部下の失態では無いのか?」


 静かに聞いていたグレナンが、レヴィンに疑問を呈する。


「まっさかぁー! そんなポカするような愚図なら既に殺してるよー」


 そう笑いながらレヴィンは返すが、目が全然笑っていなかった。

 更に詳しい事を話を聞くと、レヴィンの部下はシャンティナの四方の門から、それぞれニ百ナレイ程離れて監視していたらしい。

 それぞれの門には三人ずつ違う場所に配置していたのだが、その悉くが気付かれたのだと言う。


「お前の部下の失態で無いなら、攻撃の余波が偶然届いただけでは無いのか?」

「アハハハ! あれが偶然? んな訳無いじゃん! バラバラの三人のすぐ側を、全部同じくらいの距離で攻撃が通ったんだよ? それも全部の門で!!」


 有り得ないと言った表情で、グレナンの言葉を一蹴する。


「それで、報告をした者はどうした?」

「勿論殺したよ? 失態は無くても、敵に補足されたのは事実だしね。そんな危ない手駒、もう使えないよー」

「そうか、分かった。他にはあるか?」


 レヴィンは更に情報を追加する。

 魔物寄せの少年が破壊された事。それに伴い、部下を一人捕らえられた事。

 領主館に向かったレヴィンが直接見たのは、高位の魔物が人化した姿だった……。


「まさか、イルマ姉さんが居るとは思わなかったけどね。お陰で、僕の存在がバレちゃったよ……」

「何だと!? まさか、つけられてないだろうな?」

「それは大丈夫。しっかり()いてきたから」

「ふむ。お前がそう言うのなら大丈夫だろう。グレナンもそれで良いか?」

「はっ! 陛下がそう仰るのであれば……」


 グレナンはスタークの言葉に、不承不承頷いた。

 だが、別の者から声が上がる。


「その事なんじゃがのう、スターク坊や?」

「何だ、レイン?」

「もしかしたら、あたし達の場所がバレたかも知れないねぇ?」

「どう言う事だ?」


 スタークの質問に、レインは先日の光景の事を告げる。


(にわ)かには信じられんな……」

「ヒッヒッヒ! そりゃあたしもだよ。まさか、あの魔道具を感知出来る様な存在が居るとはねぇ」


 先日レインが使っていた鏡は遥か昔の魔道具で、数年前に南の遺跡から発掘された物である。

 その魔道具は南ヴィルトヘルトにおいて、最高レベルの妨害魔術も探知魔術も効かなかった代物なのだ。

 しかも、何処までの距離なら映せるか実現したところ、大陸全土を網羅してしまう様な魔道具であった。

 では魔力の消費が大きいのではと思われたのだが、どうやら連続使用は半日まで可能で、全て消費仕切っても二刻程放っておけば完全に使用した魔力が元に戻るらしいと言う魔力消費の少なさである。


 そんな太古に失われた筈の技術の魔道具を感知したと言う時点で、相当に危険な存在なのは確実だ。

 しかも全体で万を超える魔物を一掃し、レヴィンの部下にも気付くとなると名実共に超級の化物なのは確実であろう。


「分かった。敵に気付かれたと言う想定で動く。今回は完全に失敗だ。レヴィンとレインは、敵の情報を出来るだけ集めろ!」

「はいよー」

「ヒッヒッヒ。仕方無いねぇ」

「グレナン、お前は兵の強化に努めろ! 最悪籠城戦になっても大丈夫な様にだ!」

「心得た」

「ヤーテ、お前は暫くの間あの国に行って、国の上部を落とせ! 敵の情報を丸裸にしろ!!」

「畏まりました」

「行け!」


 スタークの言葉で、彼等は部屋から出て行った。

 そうして誰も居なくなった部屋で、スタークは呟く様に言う。


「まだだ……。まだ、終わらせんぞ……」


 それは執念の籠もった呟きで、彼の意志の強さが感じられる物だった――。


 ◇ ◇ ◇


 ラヴァンが北の街へと来てから、数十日が経過していた。

 だが、彼とて無為に時間を過ごしていた訳では無い。

 此処で暮らしていればすぐに分かるのだが、彼等の協力を得るにはリエルの信頼を得るのが一番の近道なのだ。


 何故なら、彼等が自分達の意見を出す際に一番気にしているのはリエルの意見だからだ。

 リエル自身に強大な決定権は無いにも関わらず、彼女が一言希望を漏らすだけで翌日には全体が彼女の希望に沿って動いていたりするのだ。

 彼女自身はその気が無くとも、愛されている彼女は彼等の中心に存在する。

 ならば、彼女に気に入られるのが協力を仰ぐ上での一番の近道となる。


 それを理解していたラヴァンは、まずリエルと仲良くなろうとしたのである。

 とは言え、第一印象は最悪だ。

 片や父親殺しの南ヴィルトヘルトの王子、片やいきなり槍を喉に突き付ける様な少女だ。

 その為、ラヴァンはまず南の王子と言っても非道をする様な人物では無い事。そして、彼女の敵では無い事を知って貰おうと頑張っていた。

 具体的には彼女の執務の手伝いや、泥臭い土木や畑仕事等など。サリアが止めるのも聞かずに、一心不乱に取り組んでいった。

 その甲斐もあってか、住民から向けられる感情が一部を除き殺意から嫌悪へと引き下げられていた。

 更にリエルからの感情も幾分か和らいでおり、今では殺意を向けられる回数も激減していた。


 そんな、少しだけ馴染んで来たある日の事……。


「あれ? あの鳥は……」


 朝ラヴァン起きると、部屋の窓をコツコツと突く小鳥が居た。

 その小鳥に見覚えがあったラヴァンは、窓を開けて小鳥を中へと招き入れた。

 その小鳥の足首には、小さな紙が巻かれていた。

 ラヴァンはその紙を取ると、小鳥に対して水と餌をやる。

 その小鳥は俗にメッセージバードと呼ばれており、緊急の通信手段の一つで日本で言う所の伝書鳩である。

 ラヴァンが見た事があったのも、いざと言う時の為に実物を見て通信の仕方を学んでいたからだ。


「ありがとな」


 そう声を掛け、小鳥から受け取った紙を広げるラヴァン。

 暫くすると、精悍なその顔が歪んでしまった。

 そこに書いてあった事はこうだ。


 ――南ヴィルトヘルトが魔物によってシャンティナへの先制攻撃を仕掛けるも、返り討ちに合い現在は特別警戒中です。

 ――魔物による襲撃が今回の要だったようです。

 ――私も勘付かれる恐れがあるので、これ以上の情報は渡せないと思います。

 ――殿下は、そのまま北に居て下さい。


 勿論、手紙の主はクヤナ公だろう。

 問題なのは、書いてある内容だ。

 シャンティナへの攻撃が思った以上に早かった事と、その攻撃に魔物を利用していたらしいと言う事。

 確か南ヴィルトヘルトには、優秀なテイマーは居なかった筈だ。

 無論外部から引き入れたり、私に悟られない様に隠し持っていた可能性はあるが……。

 だが、戦争の要になる程のテイマーならば、もう少し知れていても良さそうなものだが……。


 何れにしろ、私は一歩遅かった様だ。

 たが、クヤナ公の書き方からすると、父上はまだ諦めていないのか?

 ならば、まだチャンスはあるか……。

 兵の出兵だけでも止めなければ……。

 リエル殿にダメ元で頼んで見るか……?


 決断したラヴァンは、リエルの執務室を訪ねた。


「どうした? 私に何か用か?」

「リエル殿、私の協力者から連絡が来た。南が魔物を使って戦争を仕掛け、それに失敗したようだ」

「何だと!?」


 共に聞いていたセゥアルが、驚いた声を上げる。


「セゥアル殿はまだ掴んで無かったのだな?」

「あぁ、面目無い……。軍部にばかり気を取られていた」

「おっちゃん仕方無いさ。魔物の軍勢で相手国を攻めるなんて、誰が考え付くんだよ。少なくとも、私から出て来る事は無いと思うけど?」

「そうは言うけどな。これは、俺の手落ちだ。ラヴァン、俺に時間をくれないか? この件について、少し調べてみようと思う」

「分かった」


 そして後日、再び三人にプラスしてサリアも合わせて集まった日の事。


「集まったな。んじゃ、この前の事を報告すっぞ?」


 そこから語られたのはシャンティナが万を超える魔物の大群に襲われた事と、その大半が数体の魔物によって駆逐された事だった。


「万を超える魔物の大群を、数体の魔物が駆逐!?」

「そうだ。仕入れた情報に依ると、中々に大物さんが揃っていたぜ?」

「大物ですか?」

「あぁ。聖獣と呼ばれるフェンリルとホーリードラゴン。そして、アンデッドで有名なリッチにあの月夜の悪魔だ」

「「「………………」」」


 中々なんて言葉に収まらない大物の魔物達に、セゥアル以外の三人は沈黙した。

 そして、いち早く復活したリエルが慌ててセゥアルに尋ねた。


「ま、待ておっちゃん! 聖獣達はまだ良い。いや、良くは無いけどまだ納得出来る。でも、リッチと月夜の悪魔ってマジなのか!?」

「厄災級の魔物がどうして人を……」

「そ、そうだ! お二人の言う通りだ! もしや、私達を揶揄(からか)っているのではなかろうな!?」

「まぁ、そう言うのは分かるけどよ……。コイツはマジなんだわ……。それに一番の問題は、そんな大物が俺達の敵に回る可能性がある事だ」


 そう敵である。

 南ヴィルトヘルトは、ガライアム王国に戦争を仕掛けた。

 そして、(くだん)の魔物達はガライアム王国に手を貸した。

 この時点で既に南ヴィルトヘルトは、魔物達の敵になっていると考えるべきだろう。


 北ヴィルトヘルトやラヴァン達からすれば、別に戦争をする気も敵対する気も無い。

 だが、魔物達が此方をヴィルトヘルトとして括って見ていた場合、戦争を仕掛けて来た敵国として扱われる可能性が高いのだ。


「なぁ、おっちゃん……。おっちゃんなら、聖獣や月夜の悪魔でも斬れるか?」

「無茶言うな!」

「でも、昔に使ったあの技なら!」

「もしかして、終焉(しゅうえん)(やいば)の事か?」


 セゥアルと問い掛けにリエルが頷く。

 終焉(しゅうえん)(やいば)とは、昔にセゥアルが南ヴィルトヘルトとの内戦の際に使っていた強力なスキルの事である。


「確かにあの技は強力だけどな。アレ、対人特化の技なんだよ……」


 触れた者が全て干からびてバラバラに崩れ去ると言う出鱈目な効果はあるのだが、敵に干渉する際にある程度の魔力で形作られた身体には作用しないようなのだ。

 つまり、有機物の身体を持つ人間には効果抜群なのだが、魔素の身体を持つ魔物に対しては非常に効果が薄くなるのである。

 そして、対象があの大物レベルならば、恐らくノーダメージになる可能性が非常に高いのだ。

 更に言えば、シールド系統の魔術でも一気に威力が軽減されてしまう。


「そうだったのか……」

「そうだ。なんで恐らく敵対すれば負けるだろうさ」

「でも、おっちゃんなら……」

「リエル、俺に期待しすぎだ。俺は師匠と違って鬼人だからな。そんな大物を狩れる様なたまじゃないんだ」


 でもとリエルが食い下がるが、セゥアルはヒエンと違って人間辞めてはないのだ。

 流石にそのレベルの魔物を斬れと言うのは、無茶が過ぎると言う物だ。


「分かった……」


 その後も話し合いは続けられたが、倒す事が出来ない以上は敵対しない事しか出来る事は無く、もしヴィルトヘルトに乗り込んで来た場合の交戦回避の方法を話すくらいしかラヴァン達には出来なかった――。


多分、後1、2話でこの章は完結する筈です。

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