スケルトンの正体
何もかも諦めて、そのまま息絶える筈だった……。
だがその時、ガルクの耳に何かが聴こえてくる。
「幻聴……も……かよ……」
ここは魔の森の中だ。それは聞こえる筈がない物だった。
その筈なのに、それは次の瞬間にはガルクの耳がハッキリと聞き取る。
「あの、大丈夫ですか!?」
「えっ……?」
そんな言葉の発生源を探すと、ガルクを真上から覗き込む人影があったのだ。
その人影は真っ白なローブを纏っており光の具合で分かりにくいが、人間では有り得ない程に顔が白かった。
「うわぁ! マズいよミミ!! この人、顔が土気色だよ!? どうしよう!?」
「主様、落ち着いてください。先ずは鑑定するんですよ」
「そうだね。”鑑定”!!」
そんな感じで話している人物の姿を、ガルクは漸く目で捉えた。
(スケルトンか……? いや、スケルトンなんて生易しい存在じゃねえな……。冒険者が見たのはコイツなんだろうさ……)
「うわぁ! 致死毒だってミミ!! どうしよう!?」
「主様の、為さりたい様にすれば宜しいかと」
(コイツは一体何だ? 人語を話して会話するとは……。グレータースケルトンでも無ければ、ワイトでも無さそうだが……)
ガルクの口は動かなくとも、まだ思考は正常の範疇らしい。その思考を使って、目の前の骸骨の正体を考えていた。
「そうだね。じゃあ、”ハイキュア”!!」
(ハイキュア!? ハイキュアだと!? ハイキュアと言えば、一部の聖職者のみが使える光属性の高位魔術のはずだ! それをアンデッドが……? そう言えば光魔術を使えるって話だったが、あれは本当だったのか……)
ガルクの悩みも無視し、ハイキュアはガルクの致死毒を取り除く。
「損傷した箇所も治さないと……。”ライトヒール”!」
(凄い……。なんだこの回復力は……。俺の腕が再生していく……)
致死毒とジャイアントグリズリーにより損傷した肉体を回復させた事により、ガルクはやっと会話が可能な状態になった。
立ち上がったガルクに対して、アンデッドは具合を尋ねる。
「えと、治療出来たと思いますが、お兄さん大丈夫ですか?」
「あ、ああ。治療して貰い感謝する……」
「良いんですよ。困った時はお互い様です!」
そう目の前のアンデッドは言ったが、ガルクは混乱の極みにあった。
(困った時はお互い様!? 生者を憎むアンデッドがか!? いや、それも気になるが、先程の光属性の魔術も有り得ない!!)
アンデッドと言えば、問答無用で生者を襲う存在であり、得意な魔術と言えば闇属性が当たり前である。
それを、ハイキュアのような高レベルの光魔術や、部分欠損を再生するレベルのライトヒールを使用するアンデッドなどガルクは見た事が無い。
しかも、困った時はお互い様と来たもんだ。ガルクからすれば、もう意味が分からないだろう。
「そ、そうか……。済まんが、アンタが欲しがりそうな物は、今は持ち合わせて無いんだ。治療代は今度でも構わないか?」
「へっ? 治療代?」
「主様、魔法や魔術による治療は、その属性レベルによって、莫大な治療代が支払われる仕組みのようです」
「えっ? でも僕は別にそんなつもりじゃあ……」
「主様は単なる善意かも知れませんが、相手からすれば怪しいアンデッドがいきなり治療した訳です。何か対価が無ければ、相手の警戒心が解けませんよ? 尤もアンデッドに対して警戒を緩める事があるかは分かりませんが」
「えっ? えっ?」
ガルクの目の前のアンデッドは、傍らにいる黒ウサギの言に戸惑って混乱していた。
(この黒ウサギは、人間の常識を知っているのか? 黒ウサギとスケルトン系のアンデッドの組み合わせか……。やはり知らないな)
流石にこの組み合わせの魔物が手配されていたら、記憶の片隅程度には残るだろう。
「うーん、良く分からないけど僕が怪しいから、具体的な対価を要求しろって事だよね?」
「そうですね」
(それは確かに正しいんだが、そのやり取りを、俺が聞こえる範囲で話すのはどうなんだ?)
「うーん、そうだね……。あっ、そうだ! お兄さん、多分近くの街の人ですよね?」
「あ、ああ……。そうだが?」
「その街って大きいですか?」
その質問の意図は何だ? 何が目的だ? 街を襲う下準備とでも言うのか!?
ガルクがそんな事を考えているとは露知らず、アンデッドは質問を重ねて行った。
「そっか……。混沌都市シャンティナですか……。良いですね…………」
(何が良いんだ!? 防衛上の情報でも聞くのかと思って警戒していたが、話題は見当外れの事ばかり。だから安心していたのだが、何かマズったのだろうか……。もしもの時は俺が命を賭けてでも……)
ガルクが悩んでいる事も知らずに、アンデッドは思考を回らせる。
「よし、決めた!! お兄さん、今度僕を街に案内し下さい! それを今回の治療代とします!」
(何だと!?)
アンデッドの提案は、ガルクにはこう聴こえた。
お前の街を蹂躙する為に案内せよ。それがお前を助けた対価だと。
ガルクの完全なる被害妄想なのだが、これは彼も悪い。
彼の様なアンデッドを街に案内せよと言われれば、大抵の人は街を滅ぼす気か? と思案するのは間違いないのだから。
「それで、どうですかね?」
「どう、だと!? ふざけるな!! 幾ら俺が貴族失格だろうと、街の人達を売ることが出来る訳無いだろうが!!」
ガルクはアンデッド好きにはさせないとばかりに、先程拾った左手側の剣を両手持ちで構えた。
「ひっ……。ね、ねぇ、ミミ。このお兄さん何で怒ってるのかな? それに街の人を売るって……」
「はぁ……。主様の先程の言葉が原因ですよ?」
「それはどういう?」
「それは――」
アンデッドと、黒ウサギの会話が聴こえてくる。
俺が怒ってる理由が分からないだと!?
お前から言っておきながら、何を言っている!?
「ああそうか……。確かにお前達アンデッドにとって、死は通過点でしか無いだろうな。街に攻め込むのも、仲間を集めたいだけなのかも知れない。だがな、俺達人間にとっては、死んだらそれで終わりなんだよ!!」
「ひぃー、何か良く分からないけど、絶対怒ってるって。攻め込むって何処から出たんだよぅ……」
ガルクの怒っている様子に、アンデッドは疑問と共に泣き言を口にしていた。
「何処からだと……? お前が……、お前がその口で説明したんじゃねえか!!」
「ひぃー、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「ですから――」
「まあ良い。お前達がその気なら、俺がここで食い止めてやる!」
ガルクは脚に力を込めると、一気にアンデッドの元に疾走する。
「そこの人間、いい加減にしろ!!」
が、ガルクはアンデッドに攻撃が届く前に黒い手に捕捉され、地面に前のめりに倒れてしまった。
「なっ!?」
「先程から私が説明しようとしてるのに、邪魔ばかりして! 何様ですか!?」
ガルクが目線を横の黒ウサギにやると、怒った様な視線をガルクに向けていた。
(ヤバい! コイツはヤバい……!!)
先程まではアンデッドしか目に入っていなかった。だが、この黒ウサギから感じる威圧感が、今までの魔物と比べ物にならない程に余りに強大だったのだ。
その威圧に当てられたガルクは、顔色が一気に悪くなった。
「良いですか? 主様はそもそも、街を攻めようとは思っていません!」
「な、何を言っている……?」
「主様も主様です! 自分の見た目を計算に入れて下さい! 主様は生者を憎むアンデッドなんですよ!? 街に行きたいと言えば、イコール攻め滅ぼしたいと意訳されるのは自明の理じゃないですか!?」
「えっ!? そんな意訳になっていたの?」
「当たり前です!! そもそも主様はいつもいつも――」
ガルクの目の前では黒ウサギが、自分の何倍もの大きさのアンデッドに向かって説教している。
アンデッドの方は怒られてシュンとしているのか、先程までよりも少し小さく見えた。
(だが、この光景どこかで見た気が……)
ガルクの脳裏に、ある昔の光景が浮かんだ。
(ああ、そうか……。これは俺の――)
ガルクはとある貧乏男爵の、三男として産まれた。
貴族の三男なんて、使い道が殆ど無いのにな……。
それでも親父達は俺に、兄貴達と同じ様に教育を施してくれた。まあ、結局はそれが嫌で逃げ出したんだがな……。
そんな教育係が、お袋よりも年上のおばさんだった。
彼女はかなり厳しかったよな。良く叱られたりしたものだ……。
そんな光景と、今の目の前の光景は被るんだよ。
そんな事を思い出したガルクにとって目の前の光景は、黒ウサギがアンデッドの教育係として、叱っている様にしか見えなかった。
「くはははは!!」
「お兄さん……?」
「どうしましたか人間? とうとう、壊れましたか?」
ガルクは彼等の言葉を聞いて、自分の視野の狭さを実感する。
全く、俺も先入観に踊らされてたと言うわけか……。今思えば、警戒すべきは黒ウサギの方で、アンデッドの方はそこまで警戒しなくても良かったのだろうな。
ガルクがそう結論付けた理由としては、アンデッドが自分の事ををお兄さんと敬いを入れて呼ぶのに対して、黒ウサギが人間と見下したように呼ぶからである。
これが、演技だったらどうしようも無いが、ガルクは恐らく本心だろうと思っていた。
先程自分を治療した際のアンデッドの焦りや治った際の安堵、そして先程感じた黒ウサギの自分に対する微かな憎悪。そのどちらも本物だと思えたからであった。
「ははっ、壊れてはいないさ。あんたらのやり取りが懐かしかったのと、自分の目の曇り具合に思わず笑ったのさ」
「良く分かりませんが、問題無いのであれば良かったです」
全く、さっきは彼を敵だと決め付けていたのだろうな。今見れば、漂う気配も驚くほど澄んでいる事が分かる。
「ああ、問題無いぜ? もう暴れないから、この拘束を解いて貰えると嬉しいんだが?」
「ああっ、すいません! ミミ、僕は大丈夫だからお兄さんの拘束を解いて貰えないかな?」
「仕方ありませんね。人間、次に暴れるようなら息の根を止めますよ?」
拘束が解かれて、やっと立ち上がれたガルクは剣を鞘に納めて、アンデッド達に向かい合った。
「ふぅ……、やっと開放されたぜ。そうそう、俺の名前はガルク・ソルレイクと言うんだ。あんたらの事はなんて呼べば良い?」
「ソルレイクさんですね? 先程は勘違いをさせてしまってすいません。僕の名前はカケル・ソラノです。カケルと呼んで貰って構いません。宜しくお願いしますね!」
「――ミミです」
「カケルにミミか……。良い名前だな」
「有難う御座います。ソルレイクさんも良い名前ですよ!」
そんなアンデッド――カケル――の返答に、ガルクは苦笑しながら返答する。
「カケル、俺の事はガルクで良いぞ? それに敬語も不要だ」
「え? ですが、年上に向かってため口と言うのも……」
「年上って……。カケル、お前幾つだよ?」
「えーと、人間だった頃に十四で死んで、この姿になってからは三ヶ月くらいですかね」
「嘘だろ!? 生後三ヶ月!? しかも、人間だった頃の記憶があるのか!?」
カケルに対して、根掘り葉掘り聞いてくるガルク。
カケルも問われた内容に対して、特に誤魔化す事無く答えて行った。
「マジかよ……。異世界で死んだ後、ヴァルトロ様にスケルトンとして蘇らせて貰っただ!? これは俺の手に負える事案じゃねえよ!!」
幾ら夕闇ランクと言っても限度がある!!
享楽神のヴァルトロ様が魂の管理を行った事も初耳だが、スケルトンに心と魂が宿ってるって事実も重大事項だ。
そして何よりも、カケルが異世界から来たって部分が一番ヤバい!
カケルが異世界の知識部分をどれだけ持っているかにもよるが、カケルから聞いた話だけでも争いが起こる可能性は十分にあるな……。
なお、ガルクが異世界を警戒している理由として、この世界とは別の世界にあると言われている魔界の存在がある。
遥か昔、魔界から召喚された悪魔が齎した魔法一つで、複数の国が滅んだと言われているのだ。
だが、逆に魔界から齎された技術によって、繁栄した国もあるのだと言う。
お伽噺とも言われているのだが、異世界が齎す利益と損害をガルクの頭に過ぎらせたのはこの話が原因である。
「ご、ごめんなさい、ソルレイクさん」
「ああ、カケルのせいじゃねえよ。後、敬語と呼び方な?」
「あ、えと、うん分かったよガルク。これで良いかな?」
「ああ、それなら問題無いぜ? なあ、改めてカケルの、街に行く目的を教えてくれるか?」
「え? うん、えっと――」
アンデッド改めカケルから説明された理由は、最初に思い込んでいたような酷い理由では無かった。
だが、一方で理解出来る様な物でも無かった。
「つまりカケルは街で見世物をして、金を稼ぎたいと?」
「端的に言えばそうかな?」
そう、アンデッドが見世物をすると来たもんだ。
アンデッドの見世物なんて言おう物なら、普通生者の殺戮のような物しか思い浮かばないだろうよ。
だが、カケルが言ったのは夜空に光る花を咲かせると言う、若い女が好きそうな内容だった。
夜空に花を咲かせる事を、ハナビと言うらしい。
それなら庭師が近いんじゃないのかと聞くと、まだ鍛冶師の方が近いかもと意味が分からない返答が返ってきた。
「正直分からねえな。ハナビってのは一体どういう物なんだ?」
「うーんとそうだね……。ミミ、例のアレお願いしても良いかな?」
「はぁ、仕方ありませんね」
「例のアレ……?」
俺がカケルの返答を疑問に思っていると、黒ウサギのミミが俺の肩に乗っかって来て頭に触れてきた。
「おいっ、ミミ! テメエ!」
「黙れ人間!」
正直、性格上であればカケルが触れてきた方が安心出来るくらいだ。この黒ウサギは絶対にヤバいと思い、振り払おうと思っていたんだが……。
「何だこれは……?」
周りの光景がいきなり変化したのだ。
そして何より、余りにも鮮やかな光の奔流が夜空に散りばめられたのである。
これはもしかして……?
「人間、それが主様の言っていた花火です。更に言うのなら、主様の御父上の花火になります」
「これがハナビ……」
見とれるような綺麗さだった。花なのだから庭師? 女が好きそうな見世物? これはそんなチャチなレベルでは無い。
これは、貴族が買うような宝石も超えるような輝きで、瞬きの間だけ夜空を照らす儚い花だ。
これを見るためなら、金を幾らでも払うと言う貴族も出て来るだろう。
それほどの光景だった。
「ああ、終わってしまったか……」
先程まで見えていた光景が消えて元の光景に戻ると、思わずそう呟いてしまった。
だが、呟いてから唖然とした。
何故なら此処は魔の森の中なのだ。先程の光景は間違いなく幻術だ。ならば、視覚が閉ざされた事に対して、他の感覚を研ぎ澄ましておかなければならない筈なのだ。
それを幻術に見とれて、他の感覚を研ぎ澄ますどころか鈍らせるとは……。
「で、どうだった?」
カケルがやや食い気味に聞いてくる。
まるで、感想を待ちきれないとばかりにだ。
ガルクは、そんなカケルに苦笑しながら答えた。
「ああ、最高だった。どう見世物に持っていくかは分からんが、少なくとも金がある貴族には受け入れられるだろう」
「本当!?」
「ああ、本当だ」
「良かった……。僕の世界では大人気だけど、此方の世界で受け入れられるかは分からなかったから不安だったんだよ」
確かに、国を越えての商売どころか、世界を越えての商売みたいな物だもんな。
そりゃ不安に思わない方がおかしいか……。
「だがな、カケル。俺に出来るのは、精々ギルマスへの報告と、街に入る際に一言添えるくらいだぞ?」
「十分だよ! 有難うガルク!! 街に入る時に、ガルクな名前を出せば良いのかな?」
「ああ、それで問題無いだろ」
良かった。
これで、例のスケルトンの問題は解決だろう――。
本当は今回でガルクの話は終わる筈だったんですが、話が長すぎたので一旦ここで区切りました。
次の話で終わって、その後は二章のラストへと向かって行く予定です。




