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容赦無い治療

スプラッタ表現があるので、お食事中の方などは注意してください

 ある日の昼下がり、食後の洗い物をしているとミミが話し掛けてきた。


「主様、今良いですか?」

「ん? どうしたの?」

「どうも、洞窟入り口の壁辺りに人間が居るようです」

「また冒険者? 何回も懲りずに、あの森に来るとか無茶し過ぎでしょ……。もう少し、安全に行動して欲しいよね……」

「いえ、それが今回は冒険者では無いようでして……」

「へぇ、じゃあどういう人が居るの?」

「人間の子供です」

「子供!?」

「はい、少々死に掛けのようですが」

「それを早く言ってよ!!」


 ミミの言葉に驚いたカケルは、慌ててキーリ、セレナ、ツィードを引き連れて魔の森の中へとミミに転移して貰う。


「ミミ、その子供は何処に居るの!?」

「あちらの方向に居ます」


 カケルが目を向けると、今まさにその子供が大型の魔物に喰い殺されようとしている瞬間だった。

 それを見たカケルは、全力で走りながらウィンドウカッターを使用し魔物の首を刈り取る。


「良かった……。間に合った……」


 カケルは子供の肩を抱いてそう呟いた。

 そして続けて――。


「もう、大丈夫。後は僕に任せて」


 そう子供に声を掛けると、子供は安堵したのか気を失ってしまった。

 その前に何かを呟いていた気がするが、カケルには良く聞こえて無かった。

 カケルは気絶した子供をその場に優しく横たえると、もう一匹の魔物に目を向けた。


「……ねぇ。君達がコレをやったのかな……?」


 カケルが珍しく抑揚の無い声で、もう一匹の魔物――大ムカデの魔物――に問い掛ける。

 一方の大ムカデは突然乱入して来て、同族を殺したカケルに警戒しているのか、ギチギチと威嚇音を発している。

 それでも逃げないのは一匹目の大ムカデよりも、二匹目の大ムカデの方が遥かに大きいからであろうか。


 ギチギチッ!


 そして先程よりも大きな不快音を上げながら、大ムカデはカケル目掛けて飛び掛かってきた。


「そうか、聞く気無しと……。じゃあ、死んで! ”風刃乱舞(ふうじんらんぶ)”!」


 カケルが呪文を唱えると、先程とは違い空気の刃が何十個も出現し大ムカデを斬り刻んで行く。


 グギャッー!!


 途中魔物が苦しそうな声を上げたが、カケルは構わず魔法を発動し続け、最後にはそこに細切れになった大ムカデの死体だけが残った。


 カケルは周りに敵が居ない事を確認すると、改めて襲われていた子供を見た。

 子供はどうやら、幼い少女の様だ。

 だが、その姿は無事とは言い難かった。


 彼女は全身が血だらけで、閉じられている筈の目は片方が眼球ごと(えぐ)れており、左手と右足は途中から魔物に食い千切られていた。

 それ以上に目を引くのは、お腹から飛び出した腸と思われる細長い臓物だ。腸を含めてお腹の臓器は幾つも破壊されており、生きているのが不思議なレベルの様相であった。


「…………」

「こいつは……」

「っ……」

「酷い有り様だな……」


 カケルに追い付いた皆も、彼女を見て顔を(しか)める。

 カケルはその有り様に唖然としていたが、気を取り直すとライトヒールを使用した。

 だが、ライトヒールは彼女を一瞬光で包み込むと、そのまま何の効果も(もたら)さずに消えて行ってしまった。


「え? どうして……!?」


 カケルは焦りを募らせながらも、何回か魔法を掛ける。

 だがその全てが、彼女を回復させる事無く消えて行ったのだった。

 試しにダークヒールも使ってみるが、此方も同じ様に効果を発してくれなかった。


「どけ、カケル! 私がやってやる!!」


 キーリはカケルの隣で、フルリカバーを唱える。

 だがライトヒールよりも遥かに高い効力を持つ筈のフルリカバーでも、彼女には何の影響も与える事が出来なかった。


「何故だ!?」

「どうして……」

「主様、この人間恐らくカルマ値が零だと思います」

「カルマ値が零……!?」


 ライトヒールの回復量はカルマ値のプラス量に依存し、ダークヒールの回復量はカルマ値にマイナス量に依存する。

 これは、キーリの使うフルリカバーも同じ事だ。


 だが、カルマ値が丁度零の場合、どちらのヒールも回復量が零になってしまうのだ。

 勿論カケルも、その事は学んでいたのだが、こんな年齢になってもカルマ値が零の人物が居る事は想定していなかった。

 何故ならこれは、本来赤ん坊の時だけに引き起こる症状のだからだ。


「どうしよう!? どうしたら助けれるの!?」


 少女の容態は最悪だ。

 気持ちなしか、呼吸が弱まって来た気さえする。

 そして、流れ出す血液の量が余りにも酷い……。


「ミミお願い! この子を助けてあげて! 僕には助け方が分からないんだ!」

「私からもお願い! ミミちゃん、彼女を助けてあげて!!」

「ミミちゃん、ワイからも頼むで!」

「私からもお願いする!」


 見も知らずの人間を助ける為に、彼等はミミに頼み込んでいた。

 ミミはその頼みを聞いた後、ゆっくりと口を開いた。


「――お断りします」

「「「えっ?」」」

「ミミ?」

「もしかしたら既に分かっているかも知れませんが、私は人間が嫌いです。態々(わざわざ)殺すつもりはありませんが、助けるつもりもありません」


 ミミからの返答は、明確な拒絶だった。

 その理由として彼女は、人間が嫌いだと言った。


 態々殺す程には嫌いじゃないと言っていたが、それは死にそうな子供を見殺しにする程度には嫌っていると言う事だ。

 カケルには、彼女が何故人間を嫌うかは分らない。

 だがカケルも、目の前の命が失われようとしている時に、ハイそうですかと引き下がる訳には行かなかった。


「そんな事言わないでお願いだよ! このままだと、この子が死んじゃうよ!!」

「そこまで言うなら、主様自身が何とかしてみてください」

「それが出来ないから、ミミに頼んでいるんじゃないか!?」


 ミミが素っ気なく返答するが、カケルも必死で食らい付く。


「いえ、今の主様にも可能な方法はあります。カオスヒールと言う名前の魔法を使うんです」

「カオス……ヒール……?」

「はい、ライトヒールとダークヒールを、同時に使う要領で発動可能です。それで治療してみて下さい」


 カオスヒールはライトヒールとダークヒールのカルマ値に依存する特性を引き継がない魔法で、カルマ値に関係無く対象を回復可能であるらしい。

 カオスヒールはライトヒールとダークヒール双方の特長を持ち、魔素を効率に使用出来るためカケルの魔力量でも間に合うだろうとの事。


 キーリやツィードじゃ駄目なのかと言いたい所だが、カオスヒールは闇属性と相反する光属性の双方を第五レベル程度までは使える必要があるらしい。

 その条件で行くと、キーリとミミは片方の属性が全く使えないので論外。

 ツィードとセレナは、使用する為に必要なレベルに達していなかったのだ。


「でも、ぶっつけ本番なんて……」

「なら、この人間は死ぬだけですよ」

「カケルちゃん、お願い!」

「カケル、お前だけが頼りなんだ!!」

「カケル坊、お前さんなら出来るで!!」

「あああっ! もう分かったよ!!」


 ミミの脅しと仲間の励ましにヤケクソになったカケルは、カオスヒールを使う事に決めた。


 大丈夫、ライトヒールもダークヒールも使い方は分かってる。後はそれを、同時に使うつもりで混ぜれば良いだけだ。


 カケルは少女に手を掲げ、視覚を閉ざす。手の平に魔力が集まるのを感じつつ、ライトヒールとダークヒールの術式をそれぞれの手に準備する。


 後はこれを混ぜて彼女に掛けつつ、彼女の体の再構築のイメージをすれば良いはずだ。

 絶対にこの子を助ける!


「お願いこの子を助けて! ”カオスヒール”!!」


 カケルは視界を再び開いて、彼女に視線を再び合わせながら魔法を発動する。

 両手から放たれた魔力は渦を巻きながら混ぜ合わさり、彼女の身体を黒と白の光が包んでいく。

 数分、いや数十分程経っただろうか。彼女を取り巻く光が消え去り、その光の下から出てきたのは、左手と右足、そしてお腹と頭、左右の眼球で色が少々違う身体だった。


「――成功した?」

「及第点ですね。身体構造は正常に修復されていますが、色が違いますし視力が回復して居ません。ですが、失った血も元に戻っているようですし、死ぬ事は無いでしょう」

「よ、良かった……」

「「「良かった……」」」


 取り敢えずの危機は脱したみたいだが、流石に体力は戻って無いらしく目を覚ます気配は無い。

 そこで、危険な魔の森に寝かせておくよりはと言う事で少女を聖域の神殿に運び込み、誰も使っていないベッド上にゆっくりと寝かせた。


 それから数刻程経つと、少女が目を覚ました。


「う、うーん……」

「あっ! 気が付いた!?」


 カケルは少女の顔を覗き込む。


「っ!? がっ、骸骨……!?」


 少女は目を覚ましたが、目の前の光景に驚いてしまい再び気を失ってしまった。


「あっ……」

「主様……」

「カケル……」

「カケルちゃん……」

「カケル坊……」


 仲間がカケルを責める様に、名前を口にする。


「いや、だって! 顔を覗き込むだけで、気絶するとは思わないじゃん!」

「主様はいい加減、自身の顔が怖い事を自覚するべきですね」


 蔓延する微妙な空気にカケルが反論するが、少女を驚かせて気絶させたのは事実である。

 しかもその後のミミの顔が怖いと言う言葉にショックを受けて、カケルは部屋の隅に移動していじけてしまった。


 そんな事があった後だったので、カケルとミミ、ツィードの人外組は少し距離を置き、セレナとキーリがメインで話す事にした。

 ツィードは人化可能なのに距離を置いたのは、同性の方が彼女も安心するだろうとの配慮からである。


 そして、再び少女が起きる。


「う、うーん……」

「あ? 気が付いた? 気分はどう? 痛い所は無い?」

「――は、はぁ……?」

「ああ、(まく)し立ててゴメンね。私はセレナ・クレイスト。宜しくね!」

「同じくキーリ・サーヴァインだ。宜しく頼む」

「これはご丁寧にありがとう御座います。セレナ・クレイスト様とキーリ・サーヴァイン様ですね。私はγ3と言います」

「「γ3……?」」


 少女――γ3――の名前に、彼女達は疑問を抱いた。

 自分達が知る人間達の名前の響きからは、程遠かったからである。


「あ、あの、セレナ様とキーリ様はご主人様のお知り合いでは無いのですか……?」

「うーんと、貴女が言うご主人様ってのが誰かは分からないわ」

「私もだな。――なあ、お前」

「はい、なんでしようか?」

「気を失う前の事は思い出せるか?」


 少女は少し思案すると、次第に顔色が悪くなっていき、最後には真っ青になってセレナ達に慌てて質問をし始めた。


「わ、私はなんて事を!! クレイスト様、サーヴァイン様、死神様は何処ですか!?」

「え、えと、死神……?」

「ふむ……。もしかしてお前が言っている死神ってのは、あそこでいじけている白い骸骨の事か?」


 キーリが指し示した先には、先程からのの字を書いていじけているカケルが居た。

 時折、”子供に怖がられた……。僕の顔は怖い……”と、ボソボソとした呟きが聞こえてくるのが憐憫(れんびん)を誘う。


「あぁっ! ――死神様! 申し訳ございません!! あの時は記憶が曖昧で、驚いてしまっただけなんです!!」


 少女はベッドから飛び起きると、カケルの目の前まで行き土下座を始めた。


 カケルはその言葉を聞くと、驚かれたと言う事で再び落ち込んで居た。

 そこへ――。


「がふっ……」

「え?」


 ウジウジした姿を見たミミはいい加減ウザくなって来て、カケルの顎を足で蹴り上げたのだった。


「主様、いい加減ウザいです。シャキッとして下さい! シャキッと!」

「で、でも僕子供に怖がられて……」

「主様は骸骨なんですよ? そもそも、怖がられないこの環境が普通じゃないんですよ!」

「あ、あの……」


 例えばライトフェアリー達は人間の子供の様だが、実際には妖精であり骸骨程度に怖がる様な精神をしていない。

 キーリ以下の大人達は言わずもがなだ。

 この環境は魔物しか居ないと言う環境の為、人間を基準にした環境とはかなり異なった部分があるのだ。

 まあそもそも、生肉に血を(したた)らせながら齧り付く様な者達が、人間での一般に数えられる訳が無いのだ。


「あ、うん……。そうだね……。僕は骸骨……。人間から見たら化物……」

「あ、えと……」

「ああ、ゴメンね。驚かせちゃって。怖いなら、近付かなくても大丈夫だよ? あっちのお姉さん達に、お世話して貰えれば良いからさ……」


 そうγ3に話すカケルの言葉には、隠し切れない哀愁が漂っていた。

 その言葉に、γ3は焦っていた。

 曲がりなりにも、目の前の骸骨は命の恩人である。しかも、あの死神様なのだ。

 神に対して、自分は何て態度を取ったのだろうと後悔が彼女の心を(むしば)んだ。


「死神様、本当に申し訳ありませんでした。私程度の命では物足りないでしょうが、死神様が望むならお納め下さい!」

「へ……?」


 一方のカケルは、少女の言葉の意味が分からなかった。

 死神呼びもそうだが、何故助けた少女の命を貰わないといけないのだろうと。

 そんな疑問を懐きつつ少女の目を見ていると、その事をどう受け取ったのか分からないが、γ3が言葉を発した。


「なるほど……。死神様は、私自身の手で命を散らすのをご所望なのですね」


 そう言って、少女は自らの首に手を掛けた。

 その光景に暫く唖然としてカケルだったが、彼女が行っている行為の意味に気が付くと慌てて止めに入った。

 そして、何とか彼女の手を外すと首には痛々しい手の形の跡が残っていた。


「そんな簡単に命を捨てないでくれ!」


 カオスヒールを使い、皮下出血を治したカケルは、γ3に向かってそう怒鳴りつけた。


「え、えと、では私は死神様にどうお詫びすれば宜しいのでしょうか?」

「驚かれたのはショックだったけど、それは僕の容姿の問題だから気にしないで……」


 カケルは自分で言っていて悲しくなって来たが、彼の姿が凶悪なのだから仕方無い。

 別にγ3の様な子供ではなく、大人でさえ目の前にカケルが居たら驚いたであろうから……。


 何はともあれ仕切り直しである。


「気を取り直して、自己紹介と行こうか。僕の名前はカケル・ソラノだよ。君の名前は?」

「死神様はカケル・ソラノ様と言うのですね! 名前を教えて頂き光栄です! 私はγ3と申します!」


 γ3の回答にカケルは首を傾げる。


「γ3? それが君の名前なの? 名前と言うよりも、何かの識別番号みたいに聞こえるけど……?」

「あ、すいません。確かにこれは元々の名前ではありませんでした。私の本当の名前は…………。名前は…………?」

「どうしたの?」

「私の名前……? 私の名前とは何でしょう? 私は、私は……。私とは誰何でしょうか……?」


 カケルの問い掛けに対して、γ3は名前が分からないと返したのだ。


「もしかして、記憶喪失……?」

「カケルちゃん、この娘は大丈夫なの?」

「記憶喪失だと? 自分の名前も覚えてないのか?」

「えらいこっちゃなぁ……」


 γ3とカケルの周りに集まって来た仲間がγ3の事を心配するが、ミミだけは冷静に少女の事を見ていた。


「そこの人間は、名前も分からないのですか?」

「ウサギさんが喋った!?」

「良いから答えなさい!」

「あ、はい……。どうやらそうみたいです。昔の事も、あまり思い出せないみたいで……」


 それを聞いたミミは、少し考えた後γ3の目を覗き込んだ。


「――読み取り完了しました」

「読み取り?」

「はい、この人間精神疾患を患ってるようです」

「「「精神疾患?」」」

「はい、主様の世界で言うところの解離性健忘(かいりせいけんぼう)とPTSDでしょうか」


 解離性健忘とは精神に大きな負担が掛かった事により、記憶の一部を封印する事によって本人を護る自己防衛反応の事を指す。

 もう一つのPTSD――心的外傷後ストレス傷害――とは精神に大きな負荷が掛かった後に、それがトラウマとなり突然その時の記憶がフラッシュバックしたり、驚きやすくなったり周囲の状況に敏感になったりと言う過覚醒症状や、その時の記憶に関する物から無意識に逃げたりする回避と呼ばれる症状を発症する。


 治療法としては、どちらもカウンセリングや催眠療法等の精神療法とバルビツール酸注射や抗鬱剤投与などの薬物療法がある。但し、どちらも長期に渡って取るのが一般的である。


「それは治せないの?」

「可能か不可能かで言えば可能です。但し記憶はそのままですから、その人間にとってはかなり辛いかも知れません」


 ミミが言うには彼女の現状は、辛い現実に目を背けるための自己防衛の姿だと言う。

 それを治すと言う事は、辛い現実に無理矢理目を向けさせる行為だとの事。しかも本来時間を掛けて、心の傷を癒すと同時に解離性健忘やPTSDを治すところを、短時間に精神疾患だけ取り除くため精神への負荷が高いらしい。

 更にその治療をすると次の解離性健忘やPTSDになる事もないため、現実から目を逸らして狂いたいのに狂えない状態でもあるのだと言う。


「つまり、ある意味で拷問とも言えるって事だよね?」

「そうですね。それでも治しますか?」


 カケルは悩んだ。だが、カケルには病を放って置く事が良い事とは思えなかった。


「――うん、お願いして良いかな?」

「私からもお願い!」

「ワイからも頼むわ」

「ああ、私からも頼む。私では治す方法もわからないしな」

「分かりました。但し先程も言ったように人間を助けたくはありません。主様と言えども対価を戴きます。主様はこの人間の為に何を差し出せますか?」

「差し出すって言われても、そんなに大層な対価は持ってないよ……。――えっと僕に出来ることで、一つミミの頼みを何でも聞くとかじゃ駄目かな?」


 その瞬間ミミの目が、見開いたような気がした。


「――分かりました。それで手を打ちましょう。常闇ウサギの名に懸けて完璧に治して見せましょう!」


 そう言うとミミは魔法を唱え始めた。


「治療が終わるまで寝てなさい、”スリープ”! ”パラライズ”!」

「ミミ!?」


 今のは恐らく、眠りの魔法と麻痺の魔法だ。


「今から行う治療は激痛を伴います。なので、眠り状態にして痛みの神経を麻痺させました。この後の治療は結構エグいので余り見ない方が良いですよ?」


 カケルがそれを断ると、ミミはカケルの前で治療を始める事にした。

 先ずは床では無く、再びベッドの上にγ3を寝かせる。

 次に魔法によって四肢をベッドに固定すると、最初に彼女が着けていた首輪を壊して首回りの肉を剥ぎ、骨が見えたところでヘルヒールと唱えて皮膚を再生させた。


 同様に右足の色が変わった箇所の肉を剥ぎ、同じ箇所に対してヘルヒールを掛け皮膚を再生する。

 左手とお腹、背中にも同じことを施すと、最後に顔の肉と頭皮を髪毎剥ぎ出した。更に続いて目玉を両方()()くと、同じようにヘルヒールを掛けて修復を行った。


 勿論、そんな事をすればベッドの上は血の海である。もっとも、最後にはクリーンの魔法で綺麗にしていたが。

 ミミは平気そうにしていたが、カケルは胃もないのに嘔吐(えず)いていた。


 そして、最後に心の(フォースド)強制的な(ノーマライゼーション)正常化(オブマインド)と、兎に角長ったらしい呪文を唱えていた。


「主様、大丈夫ですか? もう終わりましたよ?」

「うっぷ……、ありがとう。――彼女はどれくらいで目覚めそう?」

「早ければ数十分で目覚めますよ」


 わりと早く目覚めそうなので、刈り取ってあった麦、牛乳、砂糖を用いてオートミールを作ることにする。

 そしてオートミールを作る傍ら、先程の治療について聞くことにした。


「――ミミ、右足、左手、お腹、顔回りの治療はまだ分かるんだけど、首と背中、後両目も同じようにしたのはどうして?」

「それは私も思ったわ。ミミちゃんどうして?」

「まず、背中は大量の打ち傷を治すためです」

「打ち傷?」

「はい、恐らく鞭と思われる古傷が多数ありました。そのまま治療しても、傷が多すぎて面倒だったので剥ぎました」

「…………」

「面倒って、この娘が可哀想……」

「ミミの嬢ちゃん、痛覚麻痺させたとは言え容赦あらへんなぁ……」

「あぁ……」

「続いて首回りですが、これは首輪だけでなく首の肉自体に奴隷紋が埋め込まれていたためです」

「奴隷紋?」


 ミミの話によれば奴隷紋とは奴隷が主人に対して反抗しなくするための物で、主人に対しての攻撃や自害が出来なくなるらしい。

 この世界の奴隷は幾つかの種類に分かれ、借金奴隷、犯罪奴隷、使い捨て奴隷等が居ると言う。


 借金奴隷は借金を返せなくなった者が落ちる物で、一番奴隷の権利がしっかりしている。また、基本的に彼等に奴隷紋は使われない。

 犯罪奴隷は軽犯罪を犯した者が成るもので、奴隷紋を埋め込まれた首輪を着けるのが一般的だ。刑期が終わると解放される。

 使い捨て奴隷とはその名の通り、使い捨てにされる奴隷の名称だ。

 元々は重犯罪奴隷を示す言葉だったのだが、今では主に闇取引される違法奴隷を指す言葉となっている。

 彼等は首に直接奴隷紋を埋め込まれ、人生の全てを主人に捧げる事になる。また人権は全く無く、基本的に主人の持ち物として扱われる。


 そして彼女は首に埋め込まれた奴隷紋から、この使い捨て奴隷の可能性が高いのだと言う。

 重犯罪者かもしくは闇取引された人間か。違法奴隷の可能性が高いとは思うが、いずれにしろ彼女に直接聞けばいい話である。



 最後の両目に関してだが、これは監視用の呪いが埋め込まれていたとの事。

 転移してすぐに監視出来ない様に結界は張ったが、大元の眼球を刳り貫く事で解呪したらしい。


 呪いって……、彼女はどうやらただの使い捨て奴隷では無さそうだ。


 オートミールが大体出来上がった頃、彼女が丁度起きたらしい。

 カケルは今度はミスを犯さないように、少し離れた位置にて話を聞く事にした。


「……う、うーん」

「お? 目が覚めたようやな」

「大丈夫か?」

「猫さんと、サーヴァイン様……?」

「あはは、ツィードちゃん、猫さんだって~」

「まあ、猫蜘蛛やしな」

「――さっきのウサギさんも居る?」

「私はまんまウサギですからね」


 起きたばかりの彼女には、先ずは食事を振る舞う事にした。

 回復魔法は怪我は治せても、空腹はそのままだからだ。


 セレナがオートミールを差し出すと、彼女はおずおずと手を付け、味にびっくりしたと思うと辺りに飛沫が飛び散る勢いで掻き込み始めた。

 そして一段落すると、彼女はセレナに向かってお礼を述べた。


「クレイスト様、お食事ありがとう御座いました! とても美味しかったです!!」

「どう致しまして。でも、カケルちゃんに言ってあげた方が喜ぶわよ?」

「カケル様ですか……?」

「ほら、アソコに居るでしょう?」

「死神様……?」

「そう。この料理を作ったのはカケルちゃんだからね」

「死神様が私の為に料理を…………」


 γ3は感動した様な表情を浮かべる。

 セレナはその間にカケルを手招きして、彼女の前へと連れてきた。


「えと、僕が側に居ても大丈夫? 怖くない?」

「いえ! さっきは気絶してしまい、本当に申し訳ありませんでした! 料理もありがとう御座いました! とっても美味しかったです!!」


 γ3はそう言うと、カケルに会ってからやっと笑顔を浮かべた。

 その表情にホッとしたカケルは、そのまま質問に移る事にする。


「先ずは名前を教えて貰っても良いかな? 今は思い出せるよね?」

「はい、大丈夫です。私の名前はレナと申します」


 γ3改めレナの年齢は八歳で、やはり違法奴隷だったらしい。

 ガライアム王国のオートン子爵の所に居たらしいのだが、此処へは子爵の指示で治療魔術を使えるスケルトンを探しに来たらしい。


「治療魔術が使えるスケルトン……」

「カケルの事を探してたのか」

「カケル坊の事やな」

「ですね」

「やっぱり僕…………?」


 レナの回答に、カケルへ視線が集まった。

 その次に、どうしてその使い捨て奴隷になったのか尋ねた時だった――。


「私達は村で……、村……で…………」

「どうしたの?」

「私達…………? あ……、ああ……、あああ……、うわああああああぁぁぁ…………!!!!」


 突然レナが叫び出した。


「ミミ!?」

「精神は正常です。恐らく、PTSDの原因になった記憶を取り戻したのかと」


 レナはその間も、同じ事を何度も喚いている。

 眼球が飛び出る程目を見開き、そこからは滂沱(ぼうだ)の涙が止めどなく溢れていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! 私さえ居なければ……! あの時森に行かなければ……! 私が貴女を……」


 どう言う状況かは、カケルには分からない。

 だが、言葉の端々から誰かが死んだ事、それを悔いている事、そしてそれが自分のせいだと思っている事は分かった。


「私のせいで……!! 貴女の代わりに、私が死ねば良かったのに!! 私が……!!」

「大丈夫! 大丈夫だから! それは君のせいじゃない!」

「私が……、私が……!」


 セレナやキーリ達も口々に(なだ)めるが、彼女の耳には入っていなかった。

 カケルはこの状況を打破する為に、先程から発していたレナの言葉を利用する事にした。


「それは君の罪じゃない! 僕の……、いや……、我の罪だ!」

「でも、私があの時……、私が……!」

「死は我の領分だ。お前の罪ではない。それでもなお、お前の罪だと言うのなら、死神である我がその全てを(ゆる)そう」


 カケルはレナの罪悪感を解消しようとしながら、彼女を優しく抱き締めた。

 カケルとしては安心出来るように気を使ったのだろうが、残念ながらレナからしたらゴツゴツしていて心音も聴こえず体温も無い為、安心材料にはならないてもあろう抱擁だったが……。


 だが、彼女自身が誰かに赦されたかったのかは分からないが、暫くカケルがあやしていると泣き声が小さくなって来た。


「す、すみません。もう大丈夫です……」


 やや恥しそうにしながら、レナはカケルの手から離れた。

 泣き跡は残っていたが、目には理性の光が戻って来ていた。


「そうか。レナ、少し疲れただろう? セレナとキーリと一緒に風呂にでも入って来ると良い」

「そうね。レナちゃん、一緒にお風呂に行きましょう?」

「お風呂……ですか……?」

「私も一緒に入るのか?」

「勿論よ! さぁ、行きましょう!!」

「え? あ、あの……」


 そう言うとセレナは、レナとキーリを連れて風呂へと向かって行った。

 そして、彼女達の姿が完全に見えなくなると、そこには地面に足と手を着いた姿のカケルが居た。

 見事なorzと言う奴である。


「ふふふっ……。主様、見事な死神様でしたね?」

「言わないでー!!」

「カケル坊、中々良かったで? 今後も死神として振る舞うん?」

「止めてー!! 仕方無いじゃん! レナちゃん自分の事責めてて見てられなかったんだから! 彼女が僕の事死神なんて言ってるし、丁度良いかと思ったんだよ!!」

「ふふっ……。それで、死神ですか」

「ええやん、ええやん! ワイ、そう言う心意気は大好きやで!!」


 レナの罪の意識を和らげる事には成功したカケルだが、彼自身の黒歴史を生み出してしまったらしい。

 そんなカケルの気持ちを無視して、容赦無く揶揄(からか)うミミとツィードは非常に楽しそうだった。

 カケルは暫くこのネタで、揶揄(からか)われるかも知れない――。

おかしいなぁ……。

この話で彼女の話は終わらせる予定だったんですけど……。


えーと、気を取り直して今回やっとγ3の本当の名前が出てきましたね。

γ3改めレナです。

今回はミミの容赦無い治療が目立ちますけど、カケルが初めて格好良く助けるシーンでもありますね


周りが強すぎるから仕方ありませんね

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