最初で最後の晴れ舞台
軽めのスプラッタ表現が出てきます。
お食事中には読まない方が良いかも知れません。
そしてついに花火大会当日がやって来た。
「”翔っちの花火楽しみにしているよ”っと、送信!」
「楽しみだね、燈ちゃん!」
「うん! 結局、翔っちはどんな花火を作ったんだろうね?」
「そう言えば内緒とか言ってたな」
「うーん、やっぱりドラゴンにしたのかな?」
「ドラゴンかぁ、翔っちが作るとどんなのになるんだろう?」
「西欧風って言ってたし、スマホゲームで出てくるようなデフォルメした可愛いヤツじゃねえかな?」
「それとも、リアルなヤツが来ちゃったりして!?」
「流石の翔君でも、リアルなドラゴンは難しいんじゃないかな?」
「うーん、そうかも……」
「翔の花火も楽しみだけど、やっぱり輝明さんの花火も楽しみだな」
航達としては、翔の花火は友人としては楽しみなのだが、やはり目玉となるのは輝明の花火である。
「ああ、確かに!」
「おじさん、次はどんな魔術を見せてくれるんだろう?」
「私的には、ダリのあの時計の絵とかが良いかも」
「紗耶香っち、ダリって誰?」
「燈、それはちと寒いと思うぞ?」
「えっ?」
「そうだね。燈ちゃん、そこでギャグに持っていかなくても……」
「ち、違うよ! ギャグじゃなくて、本当に誰か分からなかったんだもん!!」
「またまた、誤魔化さなくても大丈夫だぜ? 燈もギャグが言いたくなる事あるもんな?」
「そうね、燈ちゃんのギャグはショックだけど、一番の親友として広い心で受け止めるわ」
「嘘じゃないもん。本当に誰か分からなかったんだもん!」
花火大会に浮かれているからか、普段ストッパー役の紗耶香まで悪乗りして、航と一緒に燈を弄る。
「とまあ、燈を弄るのはこれくらいにしておくか」
「そうね、燈ちゃんのアワアワした姿が堪能出来たし満足だわ」
「うぅぅ、二人とも酷いよ!!」
「そう言うな、俺も紗耶香も燈を弄って心を洗ってるんだからさ!」
「むう、何それ!?」
「大丈夫よ燈ちゃん。とっても可愛かったから」
「そう言う問題じゃなーい!!」
「そうそう、ダリって言うのはね。十九世紀後半のフランスの有名な画家で、ゴッホやモネとかに並ぶ凄い画家なのよ。それで時計の絵って言うのはダリの代表作の一つで、”記憶の固執”ってタイトルのグニャリとした時計が特徴の作品なんだよ」
「突然話が戻ったな……」
「紗耶香っちは、そのダリって人の時計の絵が見たいって事だよね? その時計の絵って、何処が気に入ったの?」
「何処って言われると困るけど、柔らかな時計の絵と対照的な硬い風景のアンバランス差が好きなんだよ」
「うーん、説明されても分からないや」
「ちょっと待ってね。――ああ、これこれ!」
紗耶香はスマホを取り出して少し弄ると、燈に向かって画面を見せた。
「うわぁ凄い! 時計が溶けてるよ? チーズみたい」
「しかし、不思議な絵だよなぁ。ダリは何でこんな絵を描こうとしたんだろう?」
スマホの画面を、横から覗いていた航はそう呟いた。
「うーん、どうしてなんだろう? そう言われると分かんないや」
「紗耶香っちも航っちも、難しいこと考えずに見たままを感じれば良いんじゃない?」
「そうね、確かに良い絵に理由は要らないかも」
「燈、お前たまに良い事言うよな?」
「たまには余計だと思うんだけど?」
燈が頬を膨らませて抗議するが、二人は取り合わずに微笑ましそうに笑っているだけだった。
余談ではあるが、記憶の固執はカマンベールチーズの溶けていく様を見ていたダリが、その様子から構想を得て書いた作品だと言われている。
なので、その絵を見てチーズみたいと言う感想を持つのは中々に的を得ているのである。
そんな風にじゃれていると、花火大会の開始の時間になった。
「おっ、そろそろか」
「楽しみだね!」
「今年はどんな花火が出てくるかな」
ヒュー……ドーン。
待ちに待った花火大会の幕開けだ。
◇ ◇ ◇
航達が花火大会の空気にはしゃいでる一方、輝明達花火職人は打ち上げ地点近くで集まっていた。
「さて皆さん、今年も花火大会の季節がやって来ました。私達、花火師の晴れ舞台です。日頃の成果を思う存分披露して下さい。また、安全第一でお願いします。特に初参加の方は、経験者から指示を仰ぎ安全に十分留意して下さい。それでは、今回の成功を祈願して。たまや~!」
「「「かぎや~!」」」
「では、持ち場に着いてください」
輝明の声に反応し各自持ち場に着いていく。
なお、既に打ち上げの準備は完了しており、後は時間になったら点火アクションを起こすのみである。
各自散った後に残っているのは、翔とその両親だけだ。
「さて翔、初めての打ち上げだな。今回はラスト二分前に一発だけ、単発打ち上げをして貰う。数は一発だけだが、しっかり糧にしろよ!」
「うん、勿論だよ父さん」
「後、今回は翔の打ち上げをしっかり見たかったから、父さんは翔の打ち上げ以降は出番が無い」
「えっ? そうなの?」
「ええそうよ翔ちゃん。貴方の勇姿、私達がしっかり目に焼き付けるわ」
「母さん、そう言う風に言われると少し緊張するよ」
「翔ちゃん大丈夫よ。貴方は何時も通りにやれば良いのよ」
「そうだな。翔は何時も通りにやれば良い。結果は勝手に着いてくるからな」
「うん。でも僕にとって初めての打ち上げ参加だからね、気合いを入れていくよ」
それに対して輝明は、目を細めながら「そうか」とだけ呟いた。
「輝明さん、そろそろ始まるわよ?」
「おっと、そうだったな。翔、皆の花火をしっかり見ておけよ?」
「うん、勿論!」
輝明が打ち上げ場に移動してすぐに、皆の花火の打ち上げが始まった……。
「凄い……。流石父さん……」
「うんうん、輝明さん今年も絶好調じゃない!」
「今年はゴッホか……。それは良いとしても、今年は明らかに描画が細かかった気がするんだけど?」
「あの人、明強剤を大会直前に仕入れて使ったらしいわよ?」
「明強剤を?」
「ええ、翔ちゃんが使っているのを見て使いたくなったらしいわ」
「ああ、だから突然工房に置いてある明強剤の量が増えていたのか……」
その後も、夜空を飾る様々な花が咲き誇る。菊、牡丹、八重芯変化菊、三重芯変化菊……。また、夜空を照らすは色とりどりの光、赤、青、緑……。そして同時に聴こえてくる心地の良い音と漂う硝煙。それらが混ざり合い夏の夜空を綺麗に飾る。
一方の地上は多くの人々で溢れていた。人々は浴衣で着飾り、会話を楽しみ、お酒や食べ物でお腹を満たす。そうして夜空を見上げながら花火を楽しむ。
遥か昔から日本で行われてきた伝統文化がそこには根付いていた。
「よし、俺の出番はこれで終わりだ。翔、次はお前の番だぞ?」
「うん、それじゃあ行ってくるね」
「ええ、翔ちゃんしっかりね!」
両親に見送られた翔は、自分の花火玉を持ちながら打ち上げ場所へと足を向ける。と言っても、待機場所からは三百メートルくらいしか離れていない。
たどり着いた先には打ち上げ筒が設置されており、筒には電気コードが何本か刺さり、その先にはパソコンが繋がっている。
昔は手作業で打ち上げていたが、今は一部を除きコンピューター制御で打ち上げるのが一般的だ。
今回はその例外にあたる。コンピューター制御は安全で簡単だが、打ち上げの実感に乏しい。その為、花火玉のセットと打ち上げボタン部分のみ手動で行う事になったのだ。
花火玉の竜頭を掴み、打ち上げ筒の中に落とし込む。すぐに近くの打ち上げ操作場に移動する。後は打ち上げ時刻になったらスイッチを押すだけだ。
やっとここまで来た。三歳から練習を初めて十二年、ついに公の場で打ち上げが出来ると思うと感慨深い。
後八分……。
今でも焼き付いている、三歳の頃に見たあの錦冠菊。僕はあれを見て花火師になりたいと思ったんだ。僕の目指す光景であり、僕の原点だから、いつかあの光景を越える物を作りたいな。
後六分……。
手を真っ黒にしながら、一日中玉込めしたこともあったっけ。あの頃は玉込めの重要性さえも解ってなかったなぁ。
後四分……。
今回は結局、明強剤に頼っちゃったけど明強剤に頼るにしても、父さんのような綺麗な花火を作れるようになりたいなぁ。
後二分……。
さて、感慨に耽るは止めて、足を進めなくちゃ。花火師としての始めの一歩をしっかり歩もう!
そして、打ち上げ時刻……。
「いっけぇ!」
翔が打ち上げのボタンを押す事により、花火玉に点火と打ち上げが自動で行われる。
「よし、打ち上げは成功。後は綺麗に開いてくれるかどうか」
打ち上げ操作のテントから出て、打ち上げた花火を目で追う。今か今かと、花開く瞬間を待つ翔。
そしてついに、打ち上げた花火玉が最高高度に達した。
「さあ、綺麗に開いてよ!」
だが、翔の願いも虚しく、花火は炸裂しない。
最高のタイミングは逃したが、まだ少し高度が下がっただけだ。ベターのタイミングはまだ逃してない。
そんな翔の思いを嘲笑うように、花火玉は落下速度を増しながら落ちていく。
「なんで!? 何時も通りの親導の長さにしたし、玉込めも上手くいったのに!」
既に花火玉は炸裂するのに適した高度よりも下に落ちており、失敗になってしまったのは確実だ。翔は顔を少し下に向けながら、顎に手をやり考え込む。
「それとも、明強剤の使い方を間違えた? でも、練習の時はしっかり炸裂してたはず…………」
花火玉は更に高度を下げる。
「おい、馬鹿! 翔、戻れ!!」
「翔ちゃん、上!!」
「えっ?」
失敗のショックのあまり、考え込んでいた翔に対してそんな声が飛んできた。
翔が視線を向けると、そこには輝明と影子が走ってくるのが見えた。
上? その言葉通りに上空を見上げる。
「あっ……」
そこには、翔に向かって落ちてくるような花火玉があった。
僕は何をしてるんだよ!? 黒玉からは、距離を取るのが当たり前なのに! まずい、兎に角逃げなきゃ!
翔は父と母の元に逃げようとするが……。
ドゴーン!!
全ては遅かった。翔のすぐ傍からけたたましい破裂音が響き、強烈な爆風が翔を襲う。爆風に巻き込まれた翔は、数メートル飛ばされ倒れ込んでしまった。
「翔!!」「翔ちゃん!!」
両親の声を聞き、翔は立ち上がって両親の元に向かおうとした。だが、立ち上がれず倒れ込んでしまう。
疑問に思い自分の足に視線を向けると、すぐに疑問は解消された。
「あ……が……」
右足が根元から無くなっていたからである。足だけでは無い、右半身の殆どが損傷を受けていた。おびただしい量の血が流れ出て、血の海の上には腸と思われる紐状の太い物が乗っていた。
「翔ちゃん!! しっかりして!!」
「翔! 今救急車を呼んだから、持ちこたえろよ!!」
「……と……さ……、……かあ……ん……」
「翔ちゃん駄目よ! 死なないで!!」
「翔、死ぬなよ! 世界一の花火師になるんだろ!?」
「……僕は……の……花火師……」
翔の両親も頭では分かっているのだろう。影子は滂沱の涙を流しながら懸命に翔に話し掛け、輝明は目に涙を浮かべながらも必死に話し掛けてきている。
だが、二人の呼び掛けも虚しく、翔の反応は喪われていく……。
「……だ……死に……く……いなぁ……」
生きたいと想いながら見上げた夜空には、昔見たのと同じ錦冠菊が大きく夜空を飾っていた。
ああ、良かった。花火大会は無事に終わったのか……。父さん、母さん、最期に迷惑掛けてごめんなさい……。
「翔!!?」「翔ちゃん!!?」
僕が最期に見たのは、そんな夜空を背景に泣いている両親の姿だった……。
翔がついに死んでしまいました。
転生ものなのに、死ぬまでが結構長かったですかね?