決意と心情
「私は南ヴィルトヘルトの鼻つまみ者だ。そもそも、父上は私の事などどうでも良いのだろう。そして、戦争を止めたいのは私の能力故だ。この能力が呪われている事は知っているが、事前に何かをすれば最悪の事態を回避出来る事も知っている」
ラヴァンはエルゼファルトから予知と言う言葉を言われても、自分の能力を呪われた能力としてしか思っていなかった。
何故なら自分の能力が危険予知だとしても、避けられなかったのは自身のミスであり、それは彼等を呪い殺した事と同義だと……。
それは過去に二度、呪いから逃れた出来事があっても変わらなかった。
ラヴァン自身が彼等の死を、自分のせいじゃ無いんだと受け入れないと駄目なのだろう。
「だから私に協力してはくれないか? 私の能力は必ず当たる。確実に誰かが死ぬんだ」
「――だが、戦争で人が死ぬのは当たり前だろ? 何を今更……」
「確かにそうだ。戦争は必ず人が死ぬ。だから――」
だから、戦争前には必ず嫌な予感がしていた。
だが、今回は予感の強さが違う!
感じからすると、今回は大量に人が死ぬ感じだろう。
強さからしても、恐らく村一つ程度の規模じゃない……。
何故多くの人が死ぬと、分かるのかと聞いたな?
それは戦争や、数年前に起こった流行病の時と受ける予感の種類が同じだからだ。
親しい人が死ぬ時と、明らかに種類が違うのだ。
「――理由は分かった。だがもう一つ教えろ」
「何をだ?」
「何故お前は、家族から見捨てられてまで他人の為に何かをしようと思える?」
リエルは先程までの殺気を霧散させ、睨む様な目付きでラヴァンと目を合わせながら尋ねた。
「何故、か……。そうだな――」
最初は他人など、どうでも良かった。
私は父上に見限られ、そのまま死んで行くと思っていたからな。
多分、気にする余裕も興味自体が無かったのだろう。
だが、私の元にサリアが来た。
暫くすると、クヤナ公とも知り会えた。
知ってるか? あの食わせ者は曾孫にデレデレなのだぞ?
エルゼファルトの事を話しながら、ラヴァンが少しだけクスリと笑う。
こうして、私の友好関係は少しずつ再び広がって行った。
クヤナ公には弟も居る。彼は弟の事も大切にしていた。
他にも、その弟の妻や子供。そのまた子供などなど。
クヤナ公は私とは面識の無い者達の事を、笑いながら話してくれた。
そして、ある時気付いたのさ。
私とは全く関係の無い者も、誰かにとっては大切な者ではないかとね。
今思えば、当たり前の事なんだ。
だが、その時は唖然としたよ。何故今まで気付かなかったのかとね……。
それに気付いてからは、戦争や流行病等も気にするようになった。
そして、せめて少しでも命が救われるようにと努力を重ねた。
「まぁ、私の立場上大した事は出来なかったし、それが役に立ったのかも分からないけどね」
ラヴァンはそう締め括って、肩をすくめた。
「…………」
「へぇ……、優しいんだな? 王子様?」
「優しくなど無いさ。ただ巡り巡って、近しい人が悲しむのを見たくないだけさ。それに私の王子などと言う肩書きは、何の意味も持たない伽藍堂だよ」
ラヴァンはセゥアルの言葉に、少し寂しげに答えた。
「さて、質問はこれで終わりかい?」
「…………」
リエルは沈黙していた口を開きながら、先程までよりも小さな声でラヴァンに尋ねる。
「もう一つ……。何故お前は復讐に走らない? 父親が憎くは無いのか?」
その言葉にラヴァンは、先程よりも一層悲しそうな顔をしながらゆっくりと答えた。
「私は、父上を恨んだ事など一度も無いよ」
「何故だ!?」
「恨みは無い……。ただあるのは寂しさと……、後悔……だろうね……」
「後悔……?」
ラヴァンが語るのは彼が居て、彼の両親が居て、下に居る二人の弟も一緒にただ仲良く暮らす。
そんな、望み過ぎでは無い筈の光景。だが、もう決して手に入らない夢物語だ。
ラヴァンは自分が母親を助けていれば、そんな未来があったのでは無いかと自問し、助けられなかった過去を後悔していた。
そんな風にラヴァンが過去を思い返しながら説明し、哀愁を漂わせているとリエルが音を立てて席を立った。
「――おっちゃん、後で部屋に来てくれ」
「あいよ」
セゥアルに一言掛けると、ラヴァン達の事を無視するかの様に食堂を後にした。
「なあ、私は何かマズい事を言ったのだろうか?」
「いや? そんな事は無いんじゃねえか? どうせ、小便でも我慢してただけだろ」
セゥアルのそのあまりにもな言葉に、サリアとリエルの後ろに立っていたメイド達から冷ややかな視線がセゥアルへと突き刺さった。
一方のセゥアルは全く気にする事無く、肉を喰らいつつエールを喉へと流し込んでいた――。
◇ ◇ ◇
「リエル、邪魔するぜ!」
セゥアルが懲りもせずに、リエルの扉をノック無しに開くと、そこには机に肘を付いて難しい顔をしたリエルが居た。
「リエル?」
「あぁ、おっちゃんもう来てたのか……」
「リエル、大丈夫か? 具合でも悪いのか?」
セゥアルは先程のラヴァン達の前での発言とは打って変わって、非常に心配そうな声でリエルに具合を尋ねた。
「体調は問題ないよ」
「そうか……。なら、あの王子の発言が原因か?」
「うん……。ねぇ、にぃに……。リエルはどうすれば良いのかな……?」
リエルの言葉遣いは幼い頃に戻っており、ラヴァンの言葉によって彼女が受けた衝撃が滲み出ていた。
「お前の好きにすれば良いさ。もし、あの話を聞いた上で彼奴等を殺したいってなら協力してやる」
「殺す……」
「あぁ、やるか?」
「ううん、殺さないよ……。リエルにアイツは殺せないよ……」
最初見た時は、良いとこのお坊ちゃんだと思った。
次のにぃにの言葉を聞いて、怒りを抑えられずに槍を突き付けた。
そして、お父さんを侮辱された事に頭に血が登った。多分、にぃにが止めてくれなかったらあそこで殺していたと思う。
でも今日の話を聞いて、よく分からなくなった。
今でも憎いのは確かだと思う。南の王子と聞くだけで、腸が煮えくり返る。
でも、アイツは幸せを満喫してるだけのクソ野郎じゃなかった。
変な能力のせいで孤立し、父親から捨てられて化物呼ばわりされた。
なのに、アイツは人の為に動いている。
アイツは近しい人の為と言ったが、それならもっと見捨てる事が出来る人数は増える筈なんだ。
最悪、国を捨てる選択肢だってあった筈だ。
なのに、アイツはそれを選ばなかった……。
そんな奴を殺せない……。
いや、殺したくないんだ。
「殺したくは無いよ……。でも、協力したいかは分からない……」
「そうか……。なら、それで良いんじゃねぇか?」
「え?」
「見極めの時間が必要って事だろ? なら、そう言えば良い」
「でも! 助けを求めるって事は、時間が無いんじゃ!?」
「それは彼奴等の都合だろ? 俺等には関係無いぞ」
「それは……、そうかもだけど……」
「なら、今決断して助けるか?」
「それは……」
そんな事出来る訳ない。
この決断は、領民に死んでくれと言う類の物だ。
それを、そんな簡単に決めれる訳が無い。
「なら、それで良いんだよ。お前が全てを背負う必要は無い。もし重けりゃ、俺に投げつければ良い! 俺はお前の兄貴だからな!」
そう言ったセゥアルはいつものだらし無さは無く、真剣でいてリエルへの思い遣りに溢れていた。
『――いつも、こうなら格好良いのに……』
「何か言ったか?」
「なんでも無いよ。ありがとね、相談に乗ってくれて」
そう言ってリエルは、セゥアルに笑い掛ける。
「気にするな! さっきも言った通り、俺はお前の兄貴だからな」
セゥアルはそう気障ったらしく言いながら、リエルの頭をぐしゃぐしゃと撫でていた。
「ちょっ! 止めてよ! 髪が乱れるでしょ!?」
「なぁに、恥ずかしがってんだよ! 昔は良くこうしただろ?」
「昔の話でしよ!? もう、子供じゃないんだから恥ずかしいよ!!」
「俺にとってはまだまだ子供だ! それに誰にも見られて無いじゃねえか?」
セゥアルはそう言って、リエルの言葉も聞かずに思う存分頭を撫でたのだった――。
◇ ◇ ◇
あの朝食の後、私達は暫く経ってリエル殿から呼び出しを受けていた。
恐らくは、頼み事への返答だろうか?
「殿下、彼女は引き受けてくれますかね?」
「さぁな……、だが断られても諦める訳にはいくまい」
私達は不安を抱えながら、彼女の部屋へとやって来た。
コンコン……。
「入ってくれ」
「失礼する」
「失礼致します」
リエルの許可が出た為、二人はドアを開けて中へと入った。
「ラヴァン、サリア、よく来たな……」
「それで、ご用件とは?」
「――勿論、お前達がアタシに言った事についてだ」
「はい……」
「結論だけ言おう。アタシはお前達を完全に信用出来ない」
駄目だったか……。だがっ……!
私が口を開こうとすると、リエル殿が手でそれを制した。
「まぁ待て、まだ話は終わりじゃない。まずお前の言う、戦争の予定日はいつだ?」
「あ、あぁ……。今日から一ヶ月後だった筈だ……」
「なるほど。ならばこうしよう。アタシは今すぐに結論は出せない。だから、お前達を見極めようと思う。そして、結論は二十日後までに出すとしよう」
「見極める……?」
「ああ、そうだ。おっちゃんは剣を交えれば分かるらしいが、生憎とアタシはそこまで剣の世界に生きちゃいないからな。だから、お前達と一緒に過ごして見極めようと思う。コイツがアタシが今出せる精一杯の誠意だ。これでどうだ?」
「感謝する! 信頼して貰えるかは、私次第なのだろう? ならば、それで十分だ!」
ラヴァンは、リエルの出した結論に力強く頷いた。
頭ごなしに否定される可能性が高いと思っていただけに、ラヴァンからすれば十分な結果なのだ。
後は自分達次第。ならば、しっかりと見極めて頂こうか。
ラヴァンはそう思いながら、リエルに微笑んだ。
「リエル殿これから、よろしく頼む!」
「あ、あぁ……」
リエルは微笑みながら出されたラヴァンの手を、恐る恐る握った。
その周りではセゥアルがニヤニヤ笑いをし、サリアが仏頂面でその光景を眺めていた。
戦争は凡そ一ヶ月後。それまでに、何としてでも彼等の信頼を得なくては。
ラヴァンは心の中でそう決意したのだった――。
よし! これでラヴァン側は一先ず終了です。
次は別の場面へと移ります。




