第一王子の過去と能力
少し胸糞……?
多分、そんなに気にする必要は無い筈です。
今回はいつもより少し長めです。
話を切る場所が無かったので、少し長くなりました。
「これが俺の知る限りの正しい歴史だ」
セゥアルは、長い話をそう締め括った。
一方のラヴァンは、セゥアルから聞いた話を思い返していた。
彼の話が本当であれば、北の者達が南を恨むのは当然と言えた。そして、鬼神ヒエン・グランス言う男が、どれ程歪められて伝えられているのかが分かる。
「分かったか? アタシがお前達を敵視する理由が!」
沈黙しているラヴァン達目掛けて、リエルが吠える。
「アタシの親父は殺されたんだよ! お前達に!! なあ、あの時のアタシの気持ちが分かるか!? なあ、おい!!」
彼女はラヴァンに掴み掛かりながら、先程まで押し殺していた憎しみを垂れ流す。
小柄な彼女の何処に、それ程の憎しみがあったのだろうか。
彼女はそんな強い憎しみで濁った目を、ラヴァンへと向けた。
「アタシの人生は、あの日粉々に壊された! 今のアタシは亡霊だ。なあ、返してくれよ! アタシの人生返せよ!! アタシの親父を返せよ!!!」
私は、何も言い返す事が出来なかった。
彼女の年齢で、ここまで濁った目をした人物を見た事が無い……。
その濁り具合が、彼女の人生を物語っていた。
そんな強い憎しみを抱いて生きてきた彼女に、どんな言葉を掛ければ良いと言うのだろうか?
年代的には、お祖父様の統治時代の事とは言え私は王子なのだ。責任の一端は私にもある筈である。
そんな私が、彼女に何を言えるというのだろうか……。
「返してくれよ……。アタシは親父やお袋と、家族で暮らしたかっただけなんだよ……」
リエルはそう言いながら、その場に崩れ落ちた。
それは、過ぎ去った過去の幸せだった日常。
そして、今は手に入らない非現実的な夢物語だ。
「済まんな。今日は泊まって貰って構わないから、話は明日以降にさせてくれ」
「ああ……。分かった……」
リエルの状態を見たセゥアルは、ラヴァン達に相談を明日にする様に打診した。
ラヴァン達も先の話を聞かされた後に、お願い事をする気も起きずリエルの部屋から立ち去る事となった。
◇ ◇ ◇
セゥアルの案内で二人纏めて一部屋に押し込まれたが、普段なら騒ぐ筈のサリアが全くの無反応だった。
「サリア、どうした?」
「い、いえ……。なんでもありません……」
「なんでもない事は無いだろ?」
ベッドは辛うじて二つあるが、サリアがラヴァンと一つの部屋に押し込まれて騒がない訳が無いのだ。
「すいません殿下……。私は北の存在が分からなくなって来ました……」
サリアは滔々と、自分の気持ちを語る。
サリアは元々伯爵家の令嬢であり、勿論北と南が分裂した時の歴史も学んでいる。
しかし彼女の学んだ歴史では、今回の様な事は出て来なかった。
確かに南側が北側を裏切った的な事は学んだのだが、もっとフワッとしており下手すれば北側が原因でその事が発生したかの様にも取れるのである。
だが、リエル達はその部分の歴史を全く違う観点から語った。
そして、その言葉には非常に重みがあった。あの言葉を聞いて、全てを嘘だと断ずる事はサリアには出来なかった。
特にリエルの南に対する呪詛は、余りにも真に迫っていた。
もし、彼等の言葉全てが真実であったとしたならば、南が北側にした事は許される事では無いだろう。
北側が分裂するのも、無理は無いとさえ思う。
正直今の冷戦状態が不思議なくらいだ。全面戦争になっていてもおかしくはない。
そして、二人とも伯爵令嬢と言う立場でありながら、戦う事を選んだサリアとリエル。
だが、片や人を護る為の騎士となり、片や人を殺す為の鬼となった。
似た境遇の二人が、此れ程までに違う人生を歩んでいるのだ。
それを、その当人が気にしない筈は無い。
「殿下、本当に北に助けを求めるべきなのでしょうか? 正直、彼等の言葉の殆どは真実だと思います。そんな彼等に、助けを仰ぐのは正しいのでしょうか?」
「そうだな……。正直私にも分からない。私の知っている歴史は、サリアと同じだからな……」
ラヴァンは先程のサリアの言葉を吟味しながら、ゆっくりとサリアに答えていく。
「――だが、それでも助けを求めなければなるまい。此度の戦争はそれ程にマズい気がするのだ……」
これ程焦りを覚えたのは、母上が死んでしまう間際の時以来だった。
ならば、今回も同じかそれ以上の何かが起こる可能性がある――。
「明日、リエルに話をしてみよう。まずはそこからだ」
「畏まりました……」
「あぁ、それじゃあもう寝ようか」
「畏まり……」
「どうした?」
「あ、あの、殿下! 私達は、今同じ部屋に居ります!!」
「そうだな。それが、どうした?」
「どうしたではありません!! 年頃の男女が同じ部屋で過ごすなど、あってはなりません!! しかも、殿下とだなんて……」
サリアが今更気付いたかの様に、顔を赤くしながら捲し立てる。
それに対する、ラヴァンの答えは素っ気無かった。
「何を言っている? 行きでの野宿も似たような物では無いか?」
「野宿と宿で泊まるのは全然違います!!」
「良く分からないが、今更部屋を替えてもらう事も出来んし、諦めて寝るのが良いのではないだろうか?」
「そ、そんな……!?」
「ふわぁ……。済まん、そろそろ私は眠いから寝るぞ……」
混乱しているサリアを置いて、ラヴァンがベッドに潜り込むと、殆ど時間も経たず静かな寝息が聞こえて来た。
そんなラヴァンを見て、サリアは言いたい事を全て押さえ付けながら、ベッドへと入って行くのであった……。
◇ ◇ ◇
次の日の朝、ラヴァンとサリアは適当に準備を整えると部屋の外へと出る。
「昨日はしっかり見ていなかったが、優しい色調の屋敷だな」
「そうですね……」
ラヴァンの言葉にサリアは、赤い目を擦りながら返事をした。どうやら、しっかり眠れなかったらしい……。
ラヴァンの言う通り、屋敷の中は落ち着いた雰囲気の色をしており、置いてある物も派手な物が無かった。
時折、懸命に働いている幼いメイドとすれ違う。
昨日も感じたが、彼女達はとても真剣に仕事に打ち込んでいた。
そこから感じ取れるのは、この屋敷で働く事への誇り。
屋敷の主を知った後では、変態の可能性は皆無だ。
恐らくリエルが、何らかの補助として雇っているのだろう。
そしてもう一つ目に入るのは、昨日は気付かなかった床や壁の黒い染み。
昨日の説明を聞けば、その正体は自ずと分かる。
そう、長い時間を経て変色した血の痕だ。
この屋敷では、多くの使用人が殺された筈。
そんな事があったのだから、下手したらレイスが発生してもおかしくないのだが、屋敷の中は非常に澄んだ空気が充満している。
その理由までは分からないが、少なくともレイスが発生する事態にはなっていないだろう。
二人はそんな観察をしながら、食堂へと足を運ぶ。
昨日、起きたら此処に来いと言われていたのだ。
二人が中へと入ると、部屋の奥から怒号が飛んで来た。
「遅えんだよ!! お前ら何様のつもりだ!! 三の刻には来いと言っていただろうが!!」
怒号の主であるリエルは長テーブルの一番奥の上座に一人で座り、その左隣にはセゥアルが座っていた。
そして、リエルの後方には二人のメイドが控えていた。
リエルからは僅かに殺気が滲んで来ているが、昨夜よりは大分マシである。
メイド達に考慮しているのか、それともラヴァン達を少しは認めたのか……。
いずれにしてもこれ以上怒らせる必要も無いので、ラヴァンは謝罪をする事にした。
「済まない。そこまで詳しい時間帯が分からず、遅くなってしまった。次からは気を付けるので、許して欲しい」
そう言って、ラヴァンは入り口付近で頭を下げた。
「まぁ、まぁ……。あんまりカリカリするとメシが不味くなるぜ? アイツも謝ってるんだから、リエルも許してやれよ」
「ふん! さっさと座れ!!」
セゥアルに諭されると、リエルがセゥアルの正面の二席を指しながらそう述べた。
どうやら、そこへ座れと言う意味らしい。
二人は黙って席へと着く。順番は奥から、ラヴァン、サリアの順番だ。
「何故お前がアタシの隣なんだ!!」
「いやいや! 上座に王子が座るのは当然じゃね!?」
リエルの理不尽な怒りに、セゥアルがツッコミを入れる。
「ちっ! まぁ良い。おい! 食事を持って来い!」
「は、はい……!」
後ろに居たメイドの片方に、リエルは怒鳴りながら食膳を持ってくるように言った。
その言葉を受けて、そのメイドは慌てたように部屋横の扉から出て行った。
「おい、おい……。ちびっ子メイドに当たるなよ。可哀想だろ?」
「ふん!」
どうやら相当にご機嫌斜めらしい。
「もう少し力を抜けって! なっ? 食事は楽しくだろ?」
セゥアルがそう言ったが、リエルは無言で黙り込み食堂に重い空気が充満する。
リエルの後ろに居るもう一人のメイドも、重い空気に絶えきれず非常に逃げたそうにしていた。
そんな空気の中、先程出て行ったメイドと、他数名が料理らしきワゴンを運んで来た。
そして全てを並べ終わると、先程のメイドはリエルの後ろに、それ以外のメイドはワゴンを持って食堂から出て行った。
「さあ、食べるぞ! リエル、お前もむくれてないで食え!!」
セゥアルはそう言うと、セゥアルにだけ出されていた、木のジョッキを口に含んだ。
そう。それはエールである。
「くぅー!! 美味え!」
「この飲ん兵衛が……」
「ああん? 酒くらい好きに飲ませろよ! 昨日も一昨日も全然飲んでないんだぞ!?」
一昨日は知らないが、昨日はしこたま飲んでたよな?
ラヴァンはそう思ったが、言葉には出さなかった。
単純にお腹が空いていたのも確かだが、藪を突いては蛇が出そうだから止めたのだ。
そんなラヴァン達を尻目に、セゥアルはどんどんとお酒が進み、口が滑らかになってくる。
そのせいか、彼は本題を口にしてしまう。
「それで? 南ヴィルトヘルトの王子様は、北に何しに来たんだっけな?」
その言葉に、他の三人が動きを止める。
そして、ラヴァンはナイフとフォークを皿に置くと、姿勢を正した。
「ラヴァン殿には既に話したが、グランス殿に――」
「リエルと呼べ! お前に親父の姓を呼ばれるだけでもイライラする!!」
「済まない……。リエル殿に頼みがある」
「アタシに頼みだぁ……?」
「現在、南が戦争の準備をしてる事を知ってるか?」
「当たり前だ! 忌々しい……。あそこは何にも変わらねえな……」
「その戦争を止める為に、手を貸して貰えないだろうか?」
「何だと……!? アタシに、今更南を攻め込めとでも言うのかよ!!」
まるで牙を剥いた様に、リエルがラヴァンを睨む。
「攻め込むとは言ってない。ただ、此度の戦争を止めたいのだ」
「分かんねぇな。お前は、南の王子だろ? 何故国の、お前の父親の決定に逆らおうとする?」
「そうだな。少しだけ私の話を聞いてくれ……」
そう前置きして、ラヴァンの口から語られるのは彼の過去だった――。
◇ ◇ ◇
この国の第一王子であるラヴァン・ルーラ・ヴィルトヘルトは、父であるスタークと母であるメツェニーニヤの間に産まれた。
メツェニーニヤは公爵家の大変美しい令嬢なのだが、その反面身体が強くは無かった。
それこそ、ラヴァンを産んだ後は大半をベッドの上で過ごす様な女性だったのだ。
「ははうえ……」
「どうしたのラヴァン?」
「なんか、こわいの……」
「何が怖いのかしら?」
「わかんない……」
幼いラヴァンは、不安な心を怖いと表現した。
だが、何故不安なのか、何に対して不安なのか全く分かってはいなかった……。
「ははうえ……、おばあさまがしんじゃったよ……」
「皇太后様が……」
ラヴァンが怖いと口に出す様になってから、数日もしない内にラヴァンの祖母が無くなった。
それは、突然の事だったらしい……。
「ははうえ……、こわいよぅ……」
「今度はどうしたのかしら?」
「まえと、おなじかんじがする……」
そして、彼が似たような事を口にすると、数日後にはラヴァンと良く遊んでくれた庭師が死んだ。
その後もラヴァンの不安と、誰かの死は何回も一致した。それこそ、不気味な程に……。
彼が不安を口にすると人が死ぬ。そんな状況が続き、彼が呪われた忌み子であると言う噂が立ち始めてから、更に数年の月日が流れた……。
「何だ! 何なんだこれは!?」
「どうしたのラヴァン?」
「母上! 嫌な予感がするのです……」
「まぁ! いつものかしら?」
「はい……。ただ、いつもよりも嫌な予感が強いのです……」
そして彼は、最愛の母親を喪った。
彼の嫌な予感がしてから、三日後の事だった……。
「母上! 母上ー!!!」
この出来事が決定的だった。
「ラヴァン、メツェニーニヤを呪い殺して満足か?」
「違います、父上! 私は!!」
「黙れ! お前さえ居なければメツェニーニヤは……」
スタークは、メツェニーニヤを愛していた。
それを奪った我が子を、まるで仇の様に見ながら命令を出す。
「今後一切本城に入る事罷り成らぬ! お前は、西の離れで死ぬまで暮らせ!」
「父上待って下さい!!」
「黙れ化物! お前に父と呼ばれる謂れは無い!!」
「なっ…………」
この命令によりラヴァンは呪われた忌み子として、城の西側の離れに移され隔離される事となる。
離れに移されてから数日経った頃になっても、ラヴァンは父親であるスタークに言われた言葉を思い返していた。
「ははは……。化物か……」
それはこの数日間、何度も頭を巡った言葉だ。
スタークの冷たい眼差しと化物と言う言葉は、ラヴァンの心に大きな傷を残していた。
そして今まで考えない様にしていた、忌まわしき可能性が再び思い出されてくる。
「やはり、私は呪われているのだろうか……? 私が居なければ、母上は死なずに済んだのだろうか……?」
ラヴァンが何処までも沈む感情に溺れていると、ドアをノックする音が鳴り響いた。
「誰だ?」
「サリア・エンタヴォルナと申します。入室しても、宜しいでしょうか?」
「エンタヴォルナ……? 取り敢えず入れ」
「失礼致します」
そう言って入って来たのは、銀色の鎧を身に纏ったやや青っぽい金色の髪の若い女騎士だった。
「それで、私に何の用だ?」
「はっ! 本日付けでラヴァン殿下の護衛と、身の回りのお世話を任せられたサリア・エンタヴォルナと申します! これから宜しくお願い致します!!」
ラヴァンの側仕えとして選ばれたのが、サリア・エンタヴォルナと言う人物だった。
だが、ラヴァンからすると非常に疑問が残る人選である。
「君は、エンタヴォルナの分家の人間か?」
「いえ、私はエンタヴォルナ本家の人間でございます」
「なら何故君が選ばれた? 今の私の状況は知っているだろう?」
エンタヴォルナ。それはエンタヴォルナ伯爵の家名である。
エンタヴォルナ家は交易で財を成した家で、未だ落ち目では無い筈である。
ならば、その令嬢の使い道など幾らでもある筈だ。
同じ伯爵家との橋渡しとしても使えるし、もしかしたら公爵家へ嫁がせる事も可能かも知れない。
どちらにせよエンタヴォルナ本家の令嬢が、本来ラヴァンの様な忌み子の側仕えに選ばれる事などあり得る筈が無いのだ。
「はい、知っております」
「では、何故だ?」
「それは――」
彼女はゆっくりと、自分の事を語り出す。
彼女は昔から伯爵令嬢でありながら、騎士に憧れて体を鍛えてばっかりだった。
逆に令嬢に必須の作法やダンス等は、てんで駄目だったと言う。
身体を鍛えすぎた結果彼女の身体には逞しい筋肉が付き、結婚適齢期になっても伯爵令嬢程の地位に居ながら、結婚のお相手が見つからなかったらしいのだ。
そんな時に彼女の父親の耳に飛び込んで来たのが、ラヴァンの護衛兼メイドの募集要項だった。
そして、彼女の父親は王家との結び付きと、ある利権の為に彼女を売ったらしい……。
彼女の父親からすれば、体の良い厄介払いだったのである。
「なるほどな……。君も私と同じなのか……」
「はっ! 恐れながら、側に置いて頂けると有り難いです!」
「分かった。許可しよう……」
「はっ! 有難う御座います!!」
その後、ラヴァンとサリアは半分隔離された状態で、長い時間を過ごす事となる。
隔離と言っても、本城への接近が禁止なだけで、城下町へ降りて行く事は許されていた。
本来第一王子であれば護衛を何人も連れて行く物だが、ラヴァンの場合は第一王子でありながら継承権を失っている為、襲う様な輩も居らずサリアのみの護衛となっていた。
ラヴァンはサリアが護衛に就いた事で、荒んだ心が少しずつ癒されていった。
ラヴァンとサリアが、クヤナ公爵と出会ったのはこの頃だ。
「ここは……?」
「おや、どなた様ですかな?」
城の本城以外の場所を探索していた彼等が訪れたのは、北塔にある兵の訓練場だった。
そこには、白髪の混じりの長髪をポニーテールに縛った初老の男が居た。
その左目はガラス玉の様な見た目をしていて、その目で見られたラヴァンはまるで心の中を透かされたような気がした。
「勝手に入って済まない。私は、ラヴァン・ルーラ・ヴィルトヘルトと言う」
「ほう……。貴方が……」
ラヴァンの名乗りに、更に無遠慮にジロジロと彼を見るとこう言った。
「なるほど、確かにメツェニーニヤに似てますね」
「なっ!? 貴方は一体……。貴方は母上をご存知なのか!?」
「失礼、名乗り遅れましたね。私は、エルゼファルト・クヤナと申します。メツェニーニヤ・クヤナは私の孫娘ですよ」
エルゼファルト・クヤナ公爵。彼はこの国に於いて、三本の指に入るような強さを持つ武人だと言われている。
だが、その真価は武力ではなく軍を率いる将としての才能だ。
そこらの将が数千の兵を率いるのが限界なのに比べ、彼は数万、下手したら数十万単位の兵を指揮する事が可能なのだと言う。
嘘か本当かは分からないが、それがエルゼファルト・クヤナと言う人物についてラヴァンが知っている事だった。
「貴方が、御祖父様なのか……」
「クヤナとお呼び下さい、ラヴァン殿下」
エルゼファルトと祖父と呼ぶとそれはすぐさま直され更に、彼自身の口からラヴァン殿下と言う名称を出されてしまった。
「分かった……。クヤナ公……」
「はい。しかし、大きくなられましたね――」
クヤナ公――エルゼファルト――は、ラヴァンを見ながらも今の彼では無く昔の彼を見ているようだった。
それはとても優しい顔で、孫の成長を見つめるただの老人にしか見えなかった。
それから暫くラヴァンと話したエルゼファルトは、ラヴァンにこんな提案をして来た。
「どうですか? ラヴァン殿下、私と一回打ち合って見ませんか?」
「クヤナ公爵様!?」
「分かった」
「殿下……!?」
その言葉にサリアが驚いたように反応するが、ラヴァンはそれに頷いた。
二人は模擬武器をそれぞれ手に持つと、五ナレイほど離れて構えた。
「ラヴァン殿下の方からどうぞ!」
「分かった。すぅ……、はぁっ!!」
ラヴァンは一度深呼吸をすると、気合と共にエルゼファルトへと向かって行く。
そして、その勢いのままに上段からの振り下ろしを行った。
ガキン!
「良い気概ですね。ですが……」
「えっ?」
ラヴァンの剣を水平にする事で受け止めたエルゼファルトは、力一杯踏ん張っていたラヴァンの剣の重心をずらすように剣を斜めに滑らせた。
その事を考えていなかったラヴァンは体勢を崩し、エルゼファルトの右横へとつんのめってしまう。
「色々と甘いですね!」
「がはっ!」
「殿下……!?」
そして、体勢を崩したラヴァンの横っ腹目掛けて、剣を振り抜きラヴァンを弾き飛ばした。
「剣の腹で打ったので、そこまで痛くは無いでしょう?」
「はぁ……、はぁ……」
「クヤナ公爵様、もう止めてください!!」
ラヴァンの元へと来たサリアが、エルゼファルトに向けてそう懇願した。
「ま、待てサリア……。わ、私はまだやれる……」
「殿下!?」
「ほぅ……」
ラヴァンはサリアの肩に手を掛け、その言を制するとゆっくりと再びエルゼファルトと対峙した。
「クヤナ公、もう一手お願い出来るか?」
「えぇ、構いませんとも」
「では、行くぞ! はぁっ!!」
それから一刻後。地面にはボロボロで汗と砂に塗れた姿で倒れているラヴァンと、息一つ上がっていないエルゼファルトの姿があった。
「いやはや、見事な気概ですね! 年甲斐も無く少し興奮してしまいましたよ」
「そ……、そう……か……」
ラヴァンは幼い頃から、しっかりと剣術を教わっていた。それこそ、そこらの兵士程度には負けない程に……。
だが、エルゼファルトの前では赤子も同然だったようだ。
「ラヴァン殿下、貴方さえ宜しければ私の元で剣術を学びませんか?」
「な……に……?」
「いえ、その気概とその才能。埋もれさせておくには、惜しいと思いましてな」
そう言って、エルゼファルトはニヤニヤと笑う。
その笑いに怒ったのはサリアだ。
「クヤナ公爵様、貴方は殿下に対して何と言う――!!」
「ま……、待て…………」
それを遮り、剣を杖代わりに何とか立ち上がるラヴァン。
「何故……、何故私を構うのだ? 幾ら血が繋がってるとは言え、私は忌み子だ。私に構って被害を被るのはクヤナ公の方だと思うのだが?」
「忌み子……、忌み子ですか……。そんな物を本当に信じておられるのですか?」
「何を……」
「私は全く信じてませんがね。殿下は何故そんな物に振り回されているのですか?」
心底不思議そうに尋ねるエルゼファルトの姿は、ラヴァンに大して動揺を齎した。
「だ、だが……。実際に母上も、他の者も何人も亡くなって居るのだぞ!?」
「それが偶然では無いのであれば、殿下のそれは呪いでは無く予知の類でしょう」
その言葉はラヴァンに、天変地異とも思える程の衝撃を与えた。
今まで彼は呪いだと思い込み、更に周囲からも呪いだと言われていた事で、その可能性にすら辿り着く事が出来なかったからだ。
そしてそれはラヴァンの心の傷を少しだけ癒し、彼に新たな覚悟を芽生えさせた。
「クヤナ公、ありがとう……」
「ほぅ……。殿下、目つきが変わりましたね。先ほどまでの貴方よりも、余程良い目をしている……」
「クヤナ公、先ほどの提案を受けさせて貰おう。私は力が欲しい……。護るに足るだけの力が……」
「良いでしょう。先ほどまでは気まぐれでしたが、私も本気でお教え致します。勿論、サリア殿もですよ?」
「ひゃ、ひゃい!?」
呼ばれると思って居なかったのか、サリアが変な声を上げる。
その声にラヴァンとエルゼファルトは笑い声を上げ、辺りにはゆったりとした空気が満ちて行った。
その後、エルゼファルトに気に入られたラヴァンとサリアは徹底的に扱かれ、同年代に於いては敵無しと言える程の実力を得る事となる。
ラヴァンが忌み子と呼ばれてるのでそこまで友好関係は広がらなかったが、それでも少しずつ友好関係を広げて行き自分の信念に基づいて行動していった。
そしてついに、ラヴァンは二回だけだが呪いから逃れる事が出来たのだった――。
やっと、ラヴァン達の正式名称が出てきましたね!
他にも名前が出てきたので、記述しておきます。
・ラヴァン・ルーラ・ヴィルトヘルト
カケル以上に主人公してる王子様。
今回は彼の過去話の回でした。
・サリア・エンタヴォルナ
筋肉付けすぎで、婚期を逃した伯爵令嬢とは思えない人物。
普段は鎧で隠れているが、実はかなり筋肉質な身体をしている。
・エルゼファルト・クヤナ
ラヴァンの母親の祖父。ラヴァンからすれば、曽祖父に当たる。
ニヤニヤ笑いと左目の義眼が特徴で、ラヴァンとサリアの剣の師匠でもある。
・メツェニーニヤ・クヤナ(旧姓)
ラヴァンの母親。
ラヴァンは彼女の死去により父親に西の塔へと追いやられる事となる。




