鬼の覚醒
今回も過去編です。
スプラッタ表現や、残忍な表現が多いので、食事中の方などは注意してください。
葬式が終わり鬼神ヒエン・グランスとその奥方様の墓が建てられてから、暫くすると奴等がやって来た。
「ヒエン・グランスが死んだらしいな?」
突然やって来た革鎧の兵士の格好をしたそいつ等は、そう無遠慮に鬼人に問い質した。
「そうですが、どちら様ですか?」
「我々は王都よりの使者である」
「はぁ……。それでその使者様が、何用ですか……?」
この時運命が確定したのだ。
次に言った彼等の言葉によって……。
「ヒエン・グランスの死去により、グランス家はお取り潰しとなり、グランス領はバークレイ領へと併合する」
「リエルが居る筈ですよね? 何故、彼女が跡継ぎにならないのですか?」
鬼人は腸が煮えくり返りそうになりながらも、冷静を装いながら丁寧に理由を尋ねる。
それに対する応えは――。
「リエル……? あぁ、化物の娘か……。良いか、此処は人間の国だ。化物が住む場所では無い! どうせなら、あの時一緒に死ねば良かったのに……」
そう宣ったのだ。
俺は頭に血が登り、目の前の奴等を八つ裂きにしようと考えた。
だが、それよりも早く動いた者が居た……。
「パパのわるぐちを言うな!」
「なっ……」
いつの間にか俺の腰に掛けていた筈の短槍が消えており、その槍はリエルの手に握られていた。
槍を持った彼女は先程の言葉を発した男の懐に入り込んでおり、手に握られた槍は男の心臓をしっかりと貫通している。
それは、確実にその男を死に至らしめる一撃だった……。
「おい、リエル……!?」
「このクソガキが!! よくも、隊長を……!!」
俺が唖然としていると、隊長を殺されて激怒した隊員達が、リエルに向けて剣を振り下ろして来た。
「しまっ……!」
しまった!! 敵に隙を見せるなんて!! まずい、間に合わ――!!
だが、彼女は冷静だった。いや、冷静過ぎた……。
心臓から槍を引き抜くと、剣を振り下ろそうとしていた隊員の一人の懐に入り込み、再び心臓へと深く突き刺した。
彼女の動きは荒い……。
多分攻撃のパターンも、突き刺すしかないのだろう……。
だが、彼女の動きは鬼神と呼ばれた師匠を彷彿とさせた。
訓練もして無い筈の少女が、攻撃を躱しながら相手を蹂躪していく。
普通の少女なら、既に死んでいるだろう。
だが彼女は結局俺の手を借りる事無く、五人の男を皆殺しにしてしまった。
「にぃに、リエル殺しちゃった……」
彼女の顔は涙に濡れており、呼吸も荒い。
だが、目はギラギラと光っており、未だに戦闘態勢にあるのが見て取れた。
それを見た俺は、思わずリエルを抱き締める……。
「にぃに……?」
「リエルもう良い……。敵はもう居ないから、武器を降ろせ……」
カランと音を立てて、短槍が床に転がった。
「にぃに………、にぃに……」
リエルは鬼人に抱き着くと、声を上げながら泣き出した……。
結局この事がトドメとなった。
使者はあの時と言う言葉を使っていた。
更に、南から使者が来るには日が早すぎた。此れらを以ってして師匠と奥方様を殺した犯人は南の人間だと断定されたのである。
犯人が確定した事を広場で鬼人が領民に伝えると、大地が震える程の怒号が広場に広がった。
それは、鬼神と奥方を殺された事の領民の怒りであり、南の人間達への怒りである。
そして此処から、長い内戦が始まったのだった――。
一ヶ月後、南は先の使者を切り捨てた事を北のグランス領改めバークレイ領での反乱だと捉えたのか、この地に制圧の為の軍を送ってきた。
「聞け! この土地は陛下から賜ったバークレイ領だ。無駄な抵抗は止めて投降しろ!!」
恐らくは、良くある鎮圧の前口上だったのだろう。
確かにこの軍隊の人数を見れば萎縮して、反乱を諦めるのが普通なのかも知れない。
だがここに居たのは、鬼神を心の底から慕っていた者達ばかりだった。
だから彼等の前口上は、火に油を注ぐ行為でしか無かったのだ……。
「安心しろ! 投降すれば――がはっ……」
「投降すればなんだって?」
前口上を述べていた筈の将の首は、いつの間にか鬼人の手に収まっていた。
鬼人はその首を掲げながら、嘲る様に首の無い死体へと話し掛けていた。
「なっ……。貴様将軍をっ……!」
「ああ、殺したさ。で、それがどうした? 今から全員殺すのだから関係ないだろ?」
鬼人はそう言って薄く笑う。
それを皮切りに、両者はぶつかり始める。
鬼人が圧倒的な力で敵に斬り込み、周囲でも領民と兵士が衝突していた。
そんな中、鬼人と共に圧倒的な戦果を上げていた者がもう一人……。
「ギャッ!」
「や、止め……」
「殺す! 父さんを殺した奴等は、全員殺し尽くす!!」
そこにはまだ幼い筈の少女が、鬼となって敵を殺し続けていた。
その顔に以前の可愛らしさは無く、悪鬼羅刹の様に眼前の敵だけを睨んでいた。
リエルが、初めて人を殺めてから一ヶ月。
彼女の怨みは、強くなっていくばかりだった。
蝶よ花よと可愛がられて育てられた少女は、憎悪に身を委ね心は大人へと変貌していた……。
それは鬼神が最も嫌った事。戦いに身を置く事無く、女の子らしく幸せに過ごして欲しいと言う願いは、この上なく無残に打ち砕かれていたのだった……。
今や彼女は、鬼神児と呼ばれる程に強くなっていた。
そんな彼女は戦場で、敵の血に身体を真っ赤に染め上げ、次の獲物を探していた……。
それは身体こそ小さいが正に鬼と言える姿で、周りの敵の心を震え上がらせたのだった。
「姫様だけに負担を掛けさすな! 俺らも続くぞ!!」
「「おう!!」」
この一ヶ月、リエルだけではなく領民も鍛錬漬けにされていた。
使者を殺した時の発表されたあの日、領民達は南に抗う事を決めた。
それを決めた当日から、鬼人による強化訓練が始まったのだ。
それは鬼神から教えられたやり方で、大の男でも音を上げる程の厳しさだった。
だが、実際には誰一人として音を上げなかった。
誰よりも幼い少女が、目の前で歯を食いしばって鬼人の訓練を着々とこなしていたからだ。
鬼神の血が影響しているからか、彼女の身体能力は素晴らしかった。
だからなのか、彼女だけに鬼人は特別メニューを課していたのである。
彼女は領民達の数倍の重りを身に纏いながら、領民達の数倍の距離を走り込み、領民達の数倍厳しく鬼人に打ちのめされていた。
特に模擬戦は酷かった。
模擬刀とは言え、鉄の塊で幼い少女を滅多打ちにしており、何度領民達から止めてくれと言う声が上がったか分からない。
だが、当の彼女がそれを許さなかった。
何度打ち据えられても立ち上がり、来る敵を見据えて虐待にも見える様な訓練に付いて行ったのだ。
そんな姿を見ていた領民達は、音を上げる真似など出来なかった。
幼い少女が頑張っているのに、俺達大人が音を上げてどうすると言った意地もあっただろう。
だからだろうか? 誰一人掛けることなく鬼人の訓練に付いて行ったのだ。
その結果が、今まさに表れている。
兵士を一人で相手取れる程に強い者はそうは居ない。だから数人で兵士を相手取っているのだが、兵士と比べて領民の士気の高さは段違いだった。
「お前ら罪人共に、負ける訳にはいかない!!」
「絶対に赦さない!!」
「俺達の敬愛する主を奪いやがって!! 殺す!! 殺してやる!!」
領民達は怒りと憎しみ、そして鬼神や奥方、リエルへの親愛で動いていた。
一方の南からやって来た兵士達は、その迫力に戸惑っていた。
罪人はコイツ等では無かったのか? 領主を奪うとはどう言う事なのかと……。
戦場に疑問を持ち込むなど、本来であれば自殺行為である。
だが、それでも考えずにはいられなかった兵士達は、疑問を解消されないままに次々と地面を血に染め上げていった……。
一方は領主を殺されて怒りに駆られた者達、一方は将を殺され烏合の衆と化し自分達の正しさに疑問を懐きながら戦う者達。
その心の有り様は、戦場に大きな影響を与えた。
「聞いてねえよ! 簡単な鎮圧任務じゃなかったのかよ!」
「何なんだよコイツ等……! 手足が斬られてるのに、何でまだ向かって来るんだよ!!」
普通の人間は手足を斬られたら、痛みで動けなくなる。
当たり前である。手足を切断された痛みなどそうそう耐えれる物では無いのだから……。
だが、彼等は違った。手足をもがれ、心臓を貫かれても、最後の最後まで動き続けた。まるで、ゾンビの様に……。
その光景は、更に南の兵の士気を低下させていった。
そして、次第に北側の優勢となっていく。
「さあ、フィナーレと行こうじゃないか!」
鬼人はそう呟くと、一気に敵陣のど真ん中へと移動する。
「馬鹿が! 鬼人と言えど、この数の攻撃を捌けるとでも思っているのか!?」
敵陣のど真ん中と言う事は、休み無く攻撃が飛来すると言う事だ。
確かに自分の攻撃も当てやすくなるが、本来やって良い様な行動では無い。
「ああ、捌けるさ。だから俺は鬼人と呼ばれているんだよ!」
「世迷い言を! 殺せ! 鬼人を殺せ!! 数で畳み掛けろ!!」
鬼人が飛び込んだ際に、少し周囲に空間が空いたが、今の言葉で全方位から鬼人へ攻撃が仕掛けられる。
「にぃに……!!?」
少し遠くで、リエルの心配そうな声が聞こえる。
「心配するな。俺は鬼人だ。さあ、どれだけ死ぬかな? ”戦嵐の風”!!」
彼の言葉に反応し、戦場を一陣の風が吹いた。
そして、彼の周囲を囲っていた敵兵が地に伏した。辺りに血を撒き散らしながら……。
「ひい、ふう、みい……。うーん、精々百人ってとこか……。師匠に怒られそうな成果だなぁ……」
「き、貴様! な、何をした……?」
「何って、少し本気を出しただけだぞ? 師匠に教わったスキルで、師匠なら今の攻撃で千人は殺せると思うんだがなぁ……。俺もまだまだか……」
鬼人はそう言って反省しているが、魔法なら兎も角一撃で百人の命を奪う様なスキルがそうそうある訳が無い。
それは鬼神の弟子である、鬼人と言う異名を再認識させる攻撃だった。
「さてと……」
「ひっ……!」
「お前ら覚悟は良いか? 俺の師匠を殺したんだ。それ相応の対価は支払って貰うぞ?」
怯える敵兵達に向かって、再び鬼人は歩み出す。
その命の芽を、全て摘み取る為に……。
「た、退却ー! 全員退却だーー!!」
恐らくは、ある程度指揮権を持つ者だろう。彼が、部隊に対して退却命令を出した。
それを見ていたリエルが、領民に命令を出す。
「逃がすな! 殺せ! 殺せ!! 皆殺しにしろ!!!」
「「「おうっ!!」」」
散り散りになって逃げようとする敵兵を、リエルと領民は次々と容赦なく殺していく。
そして、鬼人は――。
「もう撤退には遅いぜ? ”身体強化”! ”終焉の刃”!!」
鬼人が、逃げて行く敵兵達に向かって、今まで片手で振っていた剣を両手で振り抜いた。
すると、剣から黒紫色の斬撃波が扇状に広がっていく。
その斬撃波が敵に触れると、敵は一瞬のうちに干からびながらバラバラに崩れ落ちていった……。
この光景に唖然としていたのは、リエル達北側の者達だった。
そして、その隙を付いて斬撃波を逃れた南の兵士が数人逃げ帰って行った……。
その光景に怒りや憎しみを忘れて唖然としていたリエルは、鬼神が生きていた時の可愛らしい表情で彼に尋ねた。
「に、にぃに……。今のは……?」
「ん? ああ、戦嵐の風と同じくスキルだな。元々のスキルに魔術を合わせた物で、当たりさえすれば師匠さえ倒せる様な強力な物さ。まあ、編み出した時に師匠に滅多な事では使うなって言われたけどな」
「当たり前だよ!! 何アレ!! どう考えても人が使って良い技じゃないよ!! あんなの使われたら、軍だろうが何だろうがすぐ全滅しちゃうよ!!」
「いやぁ、そんなに簡単に使える物でも無いんだけどなぁ……。俺でも身体強化した上で一回使うのがやっとだし……」
こうして、北側は多くの領民を犠牲にしつつも、南の側に対して大勝利を収めたのだった。
しかも、敵兵の八割方を殲滅してである。
今回の内戦で八割の損失を出した南側はそれでも諦めずに、数年に渡り何度か兵を送って来る事となった。
だが、その悉くが鬼神とリエルの手により阻止され、互いに兵を消耗させながらも睨み合いに終止符は打てなかった。
そして鬼神が死んでから五年後を堺に、南から来る兵士が突如として途絶えたのだった――。




