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鬼神と鬼人

過去話です。

胸糞、スプラッタ表現があるので、苦手な方、お食事中の方はご注意下さい。

 十二年前のこの国は、まだ分裂しては居なかった。

 その国、ヴィルトヘルト王国の中心にヒエン・グランスと言う人物は居た。

 鬼神と呼ばれる彼は、圧倒的な武力を誇るこの国の要だ。

 彼の家はその武勲から伯爵を冠しており、領民からの信頼も厚い領主である。


「また戦争ですか?」

「そうだ。此度の戦いでは敵国の要塞都市を奪い取り、攻めの橋頭堡(きょうとうほ)にするのだ」

「しかし陛下、()の国は私共の国を攻めて来た事は無いではありませんか!!」

「黙れ! 此度の戦争は決定事項である。ヒエン・グランスよ、お前は最前線にて要塞都市に風穴を開けてもらう。異論は無いな?」

「――はい……」


 ヒエンは戦争が嫌いだった。

 だが一方で、彼はここでの暮らし好きだった。

 だからこそ彼は陛下の命令で何度も戦場を駆け巡り、その度に武勲を上げていたのだ。

 その武勲は凄まじく、物によっては一人で小さな拠点を落とした事すらあった。


 そして付いた異名が鬼神。それは余りにも強過ぎた彼の武威と、彼の赤髪とが相俟(あいま)って付けられた名だ。

 曰く鬼神は人に非ず。鬼神と相対する事あらば、()の人生はそこで(つい)えたり。

 これは、周辺国で(うた)われていると言う内容だ。


 鬼神は再び戦場へと向かう。家族や領民の暮らしを守る為に……。


 ◇ ◇ ◇


 それは圧倒的だった……。


「化物……」


 攻め入った要塞からの弓を全て薙ぎ払い、そのまま要塞の正門を破壊した鬼神に敵兵から恐怖の視線が注がれる。

 降り注ぐ何百もの弓矢を一薙ぎで振り払い、要塞都市の名に相応しい鉄で作られた門を一撃で破壊したのだから無理は無い。

 彼の武器は一ナレイ――約二メートル――はある巨大な大剣である。常人ならば両手ですら振るえない様な大剣を、彼は片手で軽々と振り回していた。


「怯むな! 相手は一人だ!! 突撃せよ!!」


 敵国の将と思われる男が、兵士に対して命令を下す。

 三方向から来る敵兵を、鬼神は次々に薙ぎ倒して行った。


 だが鬼神の右斜め後方から、何処に潜んでいたのか敵兵が近付いて来る。

 敵兵の剣が振り上げられ、それは鬼神へと命中するかに思えた。

 だが――。


「師匠! ちょっと無茶ですよ!!」


 そんな風に少し怒りながら、年若い声の青年らしき人物が後ろから敵兵を斬り倒した。


「何を言う! 事実さっきの兵士くらいなら、弟子のお前でも倒せただろうに!!」


 どうやら弟子が来るのを分かっていて、放置していた敵兵らしい……。


「んな無茶苦茶な……」

(うるさ)い! 俺には可愛い妻と娘が待ってるんだ! こんな下らない事はさっさと終わらすぞ!!」


 鬼神の近くに居た、まだ年若い声の青年らしき人物は鬼神の弟子である。

 そんな弟子は、周辺国から鬼人と呼ばれていた。

 鬼神の弟子でべらぼうに強いが、鬼神とは違い人の枠に収まっているから付いた異名だと言う。


「さっさとって……。師匠、ここ要塞都市ですよ!? そんなすぐに攻め落とすなんて……」

「そんな事は知らん! 今日中に落とすぞ!!」

「まさか鬼神と鬼人……!?」

「ひ、怯むな! 相手はたった二人だ!! 数で押し潰せ!!」

「分かりましたよ! 後でご飯奢って下さいね!!」

「ああ、良いだろう。んじゃ、メシ前の運動と洒落込むか!!」


 そして、たった二人の蹂躪劇が始まる……。


 鬼人は着実に相手の攻撃を回避してから、カウンターで相手を斬り殺す。

 それに対して鬼神は、相手の攻撃ごと斬り殺していた。


 鬼人は最初の位置からかなり移動していたが、鬼神は侵入した位置から一歩も動いてはいなかった。


 そして、鬼神が五百人、鬼人が百人程殺した時の事。


「ひぃひぃ……。もう無理、限界……」

「だらしないな。それでも俺の弟子か?」

「化物の師匠と比べないで下さい! 俺はまだ人間の枠内なんですよ!!」

「情けない……。お前が言う人間の枠などすぐに超えれるだろうに……」

「だから、師匠と比べないで下さい!!」


 鬼の師弟は軽口を叩きながらも、着実に敵を減らして行く。

 周囲には死体が散乱し、足の踏み場が少なくなって来ていた。


 そんな状態なのだから、彼等の見た目も想像が付くと言う物だ。


「鬼だ……」


 敵兵の誰かがそう呟いた。

 鬼の師弟の鎧は返り血で真っ赤に染まり、頭に付けた兜が角の様に見えたのだ……。


 鬼の師弟は、それからも止まらなかった。

 斬り刻み、突き刺し、跳ね飛ばす……。


 彼等が動く度に、敵兵の命が失われて行く……。

 そして、敵兵の戦死者が一万程になった時……。


「撤退! 撤退だ!! この都市は捨てる!!」


 そんな声が敵将から聞こえると、あれ程激しい攻撃をしていた敵兵が裏門へと逃げて行く。


「師匠、アイツ等逃げますよ!?」

「別に構わん。今回の目的は此処を奪う事だ」


 こうして先行した鬼の師弟のみで要塞都市を落とし、管理は他の兵士へと任せて二人は帰路へと着いた。


 鬼神は帰路を急いでいた。

 彼の足の速さは瞬間的には速くとも、持続的に馬よりも速い訳では無い。

 従って鬼神は自分の足では無く、馬に乗って自分の領地へと戻っていた。その後には、かなりキツそうにしながら鬼人が馬で駆けている。

 因みに帰路を急ぐ理由は、鬼神が家族に早く会いたいからである。


「師匠、キツいです……。そろそろ休みましょうよ!」

「何を言うか! 休んでなんていたら、今日中に帰れないではないか!!」

「いやいや、元々一日で帰れる距離じゃないですからね!?」


 行きは足並みを揃える為に一週間掛けて歩んで来た道だ。いくら馬で駆け抜けてるとは言え、一日で帰れるような距離では無いのだ。


「くっ! ()くなる上は俺だけで走れば……」

「師匠……。それが出来たらもう人間じゃありませんよ……」


 鬼人が呆れながら、師匠に対して物を言う。


「無念……」


 流石の鬼神もそこまでの事は出来なかったのか、はたまた人間を捨てる事は躊躇われたのかは分からないが、速度を少し緩めて休憩する事になった。

 幾ら馬とは言え、休み無しで駆け抜けれる訳では無いのだから。


 その後も休憩を挟みつつ移動し、夜は野宿をしながら駆け抜ける事三日、遂に鬼神の領地へと戻って来たのだった。

 そして鬼神は脇目も振らずに、自分の屋敷へと飛び込んだ。


「今、帰ったぞ!! 済まんな……遅く……なって……」


 鬼神が大声を掛けるが、それに反応する者は居なかった……。

 その代りに鬼神を出迎えたのは、三日前に見ていた様な血の海と死体の山だった。


「し、師匠……!? これは一体……」


 鬼神がその光景を見て唖然としていると、鬼人が後から追い付いてきた様だ。


「う……」

「おい! 何があった!!」

「だ、旦那様……。申し訳……ありません。奥方様が……何者か……に連れ……去られて……しまいました……」

「何だと!? 娘は、娘はどうした!?」

「申し……訳あり……ません……。分から……ないの……です……」

「連れ去った者の手掛かりは!?」

「十日……以内に……此処へ来いと……」


 執事は何かが書かれた羊皮紙を鬼神に渡すと、そのまま静かに息絶えた……。


「クソッ! 巫山戯(ふざけ)やがって!!」


 羊皮紙を読んだ鬼神はそれを握りつぶしながら、怒りを(あらわ)にする。


「師匠? それには何と?」

「妻を助けたくば十日以内に、北山の(ふもと)の山小屋に一人で来いだと……」

「師匠、まさか一人行く気ですか!? 確実に罠ですよ!!」

「そうだな。だが妻を助ける為ならば、罠毎叩き伏せてやる!!」


 敵に対して怒りに反応して、鬼神から殺気が漏れ出てくる。


「だが、その前に先ずは娘を探す。おい、馬鹿弟子! 手伝え!!」

「は、はい!!」


 それから二人は手分けして、屋敷の中を探し始めた。


「リエルちゃーん! パパだぞ!? 出て来てくれ!!」

「リエル! 出て来てくれー!!」


 ガタッ……。


 二人で手分けして探していると、二階から物音が聞こえて来た。


「おいっ!」

「はいっ!」


 互いに頷き合った二人は、階段を駆け登り二階へと赴く。


「リエルちゃん! 居るなら、返事してくれー!!」

「リエルー!」


 再び音がした先を確認すると、それは鬼神と妻の寝室だった。

 中に入ると本来なら気が休まる筈の部屋は、仕えていたメイドの血で真っ赤に染まっていた。

 そして、その血の持ち主と思われるメイドがベッドと床に数人倒れていたのだ。


「リエルちゃん!?」

「リエル、返事をしてくれ!!」

「…………?」


 三度聞こえて来た物音と声は、ベッド横の壁の中から聞こえて来た。


「師匠これは?」

「隠し部屋だ。リエルちゃんに強請(ねだ)られて作ったごっこ遊びの隠し部屋だったのだが、まさか役に立つ時が来ようとはな……」


 鬼神は苦い顔をしながら、壁の何箇所かを押し込んで隠し部屋の扉を開いた。


「パ……パ……?」

「リエル!!」


 鬼神は隠し部屋の中で、ぐちゃぐちゃの顔をしていた我が子を強く抱き締める。


「パ、パパ……! リエル何も出来なかった……。ママが、つれて行かれるのをだまって見ているしか出来なかったよ……」


 リエルは嗚咽を洩らしながらも、鬼神の腕の中で母の連れて行かれた時の事を話す。


「大丈夫、大丈夫だから。ママは必ずパパが連れ帰るからね」


 一通りリエルを慰めた鬼神は、後ろで静かに見守っていた弟子に声を掛ける。


「すまんが、リエルを預かっておいてくれないか?」

「まさか師匠、一人で行く気ですか!?」

「ああ。犯人はどうやら俺に怨みがあるらしいからな……」


 だからリエルを頼む。そう言って師匠は俺にリエルを預けて、完全武装で外へと駆け出して行った。


「にぃに……。パパは大丈夫だよね……?」

「あぁ、大丈夫だ。なんたってリエルのパパは鬼神だからな!」


 そうリエルには言った物の、俺は不安が拭えなかった。

 戦場では確かに無敵とも言える師匠だが、別に不死身な訳でも無いのだ。怪我もするし、病気だって掛かる。

 鬼の血が入ってるなんて言われてるけど、あの人はどれだけ強くても人間なんだよ……。


 そして、俺の予感は的中した……。

 最悪の形で――。


 ドッゴーン!!!


 暫くすると師匠が向かった山小屋の方から、巨大な爆発音がした……。


「パパ……?」


 爆発音の方向が、父親の向かった方だと分かったのだろう。

 リエルは不安げに俺も見上げ、師匠の元へ行くと言って聞かなかった。


 結局俺から離れないと言う条件付きでリエルを連れて行く事に決め、領民と一緒に師匠が向かった山小屋へと向かった。

 そこには上半分が吹き飛んだ山小屋と腕が千切れたまま奥方様を抱き締めている師匠、そして身体がグチャグチャで人間かも分からない奥方様と思われる死体があった……。


「パパ……、ママ……?」

「師匠……、奥方様……」


 それが自分の両親だと分かると、リエルは両親の元へと走りだそうとする。

 そんなリエルを、俺は後から羽交い締めにした。


「にぃに、はなして! パパが……、ママが……」

「すいません、安全の確認をお願いします!」

「ああ……」


 飛び出そうとするリエルを押さえ付けながら、俺は連れて来た領民に調べてくれるように頼んだ。

 どんな力が加わったかは分からないが、屋根は吹き飛びあの師匠の鎧が変形しているのだ。安全が分かるまで、リエルを近付ける訳には行かない。


 今回連れて来た領民は、薬師、魔術師、元暗殺者と様々な技能を持った者を連れて来た。

 いずれも師匠に惚れて領民になった逸材で、山小屋がこうなった原因を調べてくれる筈だ。


 一通り調べ終わった彼等から聞いた報告は、リエルに聞かせるべきじゃなかったと後悔する物だった……。

 師匠も奥方様も既に死亡しており、その死因となったのは恐らく先程爆発音と毒だと言う。

 毒は奥方様の体内から大量出て来たらしく、恐らく奥方様の体内に仕込まれていたとの事。

 更に爆発についてだが、奥方様の身体の中央にそれらしき魔法陣が刻まれていたらしい……。

 つまりは、師匠は奥方様を助ける為に向かった先で、奥方様に仕込まれていた魔術と毒によって殺されたと言う訳だ……。


「誰が……、誰が師匠と奥方様を殺したんだ……?」


 自分でも分かる程に、俺の声は冷え切っていた。


「恐らく、南部の誰かじゃないのかと……」

「それは何故だ?」

「毒薬の成分から特殊な植物が見つかりました。これは大陸全土において、この国の南部と大陸の東西の両端にしか生息しておりません」


 更に話を聞くと、なるほど距離的にはこの国の南部が怪しいだろう。だが確定では無いよな? そう尋ねると、薬師と元暗殺者の領民では無く、魔術師が口を開いた。


「確かにそれだけでは確定ではありません。ですが……」


 魔術師の話では、魔法陣の方にも特徴的な物があったらしい。

 この国の南で取れる、魔素を多量に含んだ鉱石だ。それを粉にして魔法陣を書く際に使用しているのだと言う。

 だが、これも決定打では無かった。

 南部に罪を着せる為に動いた可能性は残っていたからだ。


「他に調べる事はあるか?」


 そう鬼人の問いに対して、周りの領民は首を振る。


「分かった。師匠と奥方様を埋葬しよう」

「にぃに!? パパとママを殺す気なの!?」

「リエル、師匠も奥方様ももう死んでいるんだ」

「そんなことないもん! リエルをおいてパパやママがしぬはずないもん! ないんだもん……」

「リエル……」


 リエル自身、自分が言っている事を信じれて無いのだろう。

 声は震えて、今にも感情が溢れそうだった。

 そんな彼女に鬼人は、膝を着きながら肩をしっかりと掴んで目を覗き込む。


「リエルよく聞いて。ママは身体を爆破されて亡くなった。そして、パパは毒で殺されたんだ」

「そんな事……」

「それが事実だ。リエルも本当は分かっているんだろ?」

「うそ……。うそだもん……」

「嘘じゃない。二人共殺されたんだ」


 現実を認めないリエルに、鬼人は無理やり現実を叩き込んだ……。


「いやぁぁぁ!!!!」


 辺りに絶叫が響き渡る。

 それは現実を無理矢理見せられた彼女の、心の底からの悲鳴だった。

 彼女は目から涙を流しながら、現実から逃れる様に暴れていた。

 そんな彼女を、鬼人は無言で強く抱きしめていた――。


 その後領民達による丁寧な葬式が執り行われ、この一帯の領主である鬼神ヒエン・グランスとその奥方は埋葬される事となる。

 鬼神とその奥方の人気は凄まじく、この街だけでは無く幾つか離れた街の人々も彼等の死を(いた)んでおり、わざわざなけなしの旅費を(はた)いてまで馬車で葬式にやって来ていた。

 誰もが涙を流し死者の安寧(あんねい)を願う姿は、他の場所では見られない亡くなったのが彼等だからこその光景だった……。


 そしてこの葬儀を最後に、鬼神であるヒエン・グランスは歴史から姿を消す事となる――。


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