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最高の花火玉の製作

元の最高の花火玉の製作1・2を纏めました。

 慌ただしかった期末テストが終わり、後は夏休みに突入するだけである。

 尤もそれは普通の学生の場合であり、翔の場合は此処からが本番である。と言うのも、友人達に言った通りこれから夏休みの河川敷での花火大会に向けて、最高の花火玉を一つ作る予定だからだ。


 翔が参加する花火大会は、割りと大きな花火大会で、毎年三千人くらいのお客さんが集まってくる。

 そんな大会に翔の花火を流石に何個も使わせてくれるはずもなく、翔はたった一つの花火のみの参加になっていた。

 その為、例のドラゴン花火を完成させて打ち上げる予定だった。もし完成しなかった場合はユニコーンの花火に交換する手筈だ。


 そんな挑戦をしている翔は今、自分の部屋で唸っていた。


「うぅ、どうしても顔のパーツが上手くいかない……」


 彼が使っているのは、最近になって出てきた高性能花火シミュレータだ。

 VRゴーグルとVRグローブを使ったもので、リアルにかなり近い花火の作成と打ち上げをシミュレート出来る物である。具体的には、大きさや詰め方、星の種類や打ち上げの強弱、回転状態などを計算し炸裂した際の花火を再現してくれる。

 翔は一旦紙に星の詰め方をデザインした後、花火シミュレータでテストを行っていた。結果は惨敗ではあるが……。


「あの詰め方で行けると思ったんだけどなぁ……」

「おい翔!!」


 悩んでいる翔の部屋に、父親の輝明が怒鳴り込んできた。


「なに、父さん?」

「VRシミュレータばかりしてないで、たまには本物の火薬に触れろ!」

「でも、まだドラゴン花火が完成しないんだよ……」

「VRは所詮VRだ。触覚は再現出来てないし、作成時の湿度や気温も考慮してない。本物の火薬に触れておかないと、翔が今作っている花火ばかりか、他の花火も作れなくなるぞ?」

「うぅ、分かったよぅ」


 半ば無理やり、一階の花火部屋に連れていかれた翔。


「久しぶりだな、翔坊」

「おお、翔君久しぶりだね」


 黙々と作業する職人の中、二人の職人が翔に声を掛けた。


繁爺(しげじい)お久しぶり!」

「ふん翔坊(かけるぼう)、腕が鈍ったりしてないじゃろうな?」

「うん、テスト期間は時間を見付けてVRシミュレータをしてたし、大丈夫だと思うよ」

「鷲はVRは好かん!」


 繁爺と呼ばれたのは海藤繁蔵(かいどうしげぞう)。今年で八十歳になる輝明の会社の中では最高齢の花火師だ。

 頑固な職人のイメージのまんまで、寡黙ではあるが翔の事は孫のように可愛がっている。尤も花火の事となれば手加減はしないが。

 そんな彼はやや短髪の白髪頭に、何処で付けたのか堅気に見えない頬の傷があるのが特徴だ。

 身長は高く、百八十はあるだろうか。腰も曲がっておらず、見た目の迫力は満点である。


「あははは。えと、幸大(こうだい)さんもお久しぶりです」

「ああ翔君。テストは大丈夫だったかい?」

「ええ、燈ちゃん達と一緒にしっかり勉強しましたから。結果が出るのはもう少し後ですが、今回は問題無いと思います」

「それは良かった。ところで、燈ちゃんは迷惑を掛けていないかい?」

「ええ、大丈夫ですよ」

「もしかして燈ちゃんは、苛められたりしてないかい? ああ、心配だ。あの娘はマイペースな所があるから、目をつけられたりしてないだろうか? それに――」


 幸大と呼ばれた男性の名は神谷幸大(かみやこうだい)、つまり神谷燈の実の父親にあたる。

 職人には珍しく、細身で柔和な顔をしている。

 髪は茶髪で耳にピアスをしており、軽薄な感じではあるが、別にそこまで軽薄な訳ではない。花火の事になるとやはり花火師なのか、何処までも真剣に向き合う男である。


 だが、娘が絡むともう駄目だ。仕事も放り投げるし、全体的に役に立たない。

 今も長ったらしく娘を心配しているが、ただの過保護な親バカの典型例である。

 この父親が甘やかしたにも関わらず、母親がしっかり教育したようで、燈が我が儘な性格にならなかったのは幸いと言えよう。


「ストップ! ストップ! 幸大さん、前にも話しましたが燈ちゃんはクラスの人気者ですよ。もし燈ちゃんに何かしようものなら、クラスで村八分にされますよ」

「うぅ、しかしだね。燈ちゃんは可愛いから嫉妬されたりとか、変な虫が付いたりとかするんじゃ?」

「確かに可愛いですが、嫉妬の対象と言うよりも小動物的可愛さのマスコットになってますよ。変な虫に関しては、クラスの女子達が許さないんじゃないかと」

「そうかい? それなら良いけど……。なら、愛しのマイリトルレディの学校での様子を聞こうかな」


 それから、幸大の気が済むまで燈の事について話した。

 無駄話が終わった後は、輝明の言った通り花火作りを開始する。


「翔坊は菊と牡丹を、それぞれ赤と緑で五個ずつ作ってくれ」

「大きさは幾つで作れば良い?」

「今回は四号玉じゃな。玉込めしてる途中と玉込めが終わった際に、儂か幸大に見せる事を忘れるな」

「うん、分かった」


 先ずは菊を作る。

 玉込めがある程度出来たので、今手透きの幸大に見せる。


「幸大さん、菊ですけど、こんな感じで進めても問題無いですか?」

「見せてごらん。――うん、良いと思うよ。次は合わせる前に、もう一度見せてね」

「はい、分かりました」


 もう半球も玉込めし、幸大に見せてから両球を合わせる。その後、玉張りをして竜頭を付ける前にも確認をして貰う。最後に竜頭を付けて、完成したら自分が作った証しにシールを貼る。

 本来はシールを貼る必要は無いのだが、まだ未熟な為注意喚起の為のシールである。つまり、この花火玉は正常に動作しない可能性がありますから、注意して下さいと言った内容の物である。


 花火師としては甚だ不本意ではあるが、僕が未熟なのは事実だから仕方ない。

 その後更に菊を二個、牡丹を一個作成した。

 テスト明けに作ったクオリティとしては及第点だと思う。


「翔坊、もう良いぞ。上がれ」

「はい、お疲れ様でした。お先に失礼します」

「ああ、お疲れ」

「翔、明日もVRやってないで来いよ?」

「翔君、お疲れ様~」


 作業を終えた翔は、輝明や繁爺、幸大に見送られながら花火工房を後にした。


 工房で花火作りを終えた翔は、再びVRシミュレータでドラゴン花火の製作に取り掛かる。


 煮詰まって来たら過去の花火を見てみる。過去にも、キャラクターを使った花火は幾つか在るので、参考になる事は多い。だがやはり、過去の花火も細かい部分に違和感を感じる。

 そもそも、打ち上げ花火は点で作った絵を、放射状に拡散させる事で大きな絵として夜空に描き出される。その為、拡散した状態で見ると、点の距離がかなり離れており細かな部分を描写するには、星の数が足りないのだ。


 それを解決したのが、翔の父親の輝明である。彼は小割物の中に詰めた星を炸裂時に集めて、一つの花火にする事を思い付いた。つまり、小玉の星を互いに飛ばし合い、点同士の隙間を互いに埋めるようにを細分化する訳だ。

 だが、細分化した場合は難易度が跳ね上がる。と言うのも、複数の小玉の飛ぶ方向とそれぞれの星の飛ぶ方向を調整する必要があるからだ。


 また、彼は一つの花火だけでなく、複数を同時に打ち上げる事により、ゴッホやモネの有名な絵画を夜空に描いたこともある。星を長方形状に並べてキャンバスとし、その中に物や人物を描画する。描かれた絵画は緻密で、打ち上げ花火のレベルを越えているのだ。


 そんな離れ業を成し遂げた彼は、何時からか花火の魔術師と呼ばれるようになっていたらしい。

 そんな途方無い技術を使えば、ドラゴン花火は完成するだろうが、翔にはまだ扱える物では無い。尤も、輝明しか使えないような技術を、時間を掛けたとしても手に出来るかどうかも怪しいが……。


「うぅ、やっぱり顔がなぁ……」


 やはり上手くいかない。

 因みに翔も駄目元で、一度父親のやり方をVRシミュレータで試してみた事があるのだが、余りに難しくて匙を投げたのだった。

 と言っても、複数の花火を使う高度な方ではなく、一つの花火の比較的簡単な方だったのだが。


「うーん、やっぱりドラゴンを再現するには星の数が足りないのかなぁ……」


 結局この日もドラゴン花火は完成せず、VRシミュレータで練習するだけになった。

 そして次の日、翔は再び花火作りに参加していた。


「ねぇ、繁爺?」

「何だ、翔坊?」


 互いに玉込めしながら会話をする。


「作りたい花火の形に対して、星が少なすぎる場合、繁爺ならどう解決する?」

「それは儂よりも、輝明の奴に聞いた方が良いと思うがの」

「父さんの場合は例の技術て解決出来るけど、僕にはまだ再現出来ないから……」

「まあ、確かにの……。あやつは星を自在に操る術に長け過ぎておるからのぅ」

「何々、何の話し? おじさんも混ぜてよ」

「幸大か、翔坊が星を増やす方法を知りたいと言っているのじゃよ」

「ああ、今回の花火大会で参加するヤツか」

「丁度良い、お主も案を出せ」


 それから二人と話し合った結果、思い付く星の増やし方は、父の特殊な方法を除き三つ出てきた。


 一つはシンプルに花火玉を大きくする事。だがこれは、参加するに当たって父に決められた花火玉の大きさを守れないので却下だ。


 二つ目は割薬を減らして星を増やす方法。当たり前だが、割薬を減らせば星の拡散する距離は短くなってしまう。最悪、この手法はアリだが、あまり使いたく無い手法でもある。


 最後は明強剤(めいきょうざい)を使う方法だ。これは、読んで字のごとく明かりを強める薬剤を使用するもので、金属と燃焼促進剤に練り込むと通常の燃焼時に比べ、二倍から三倍程度の光量に増幅される。つまり、星のサイズを半分程度に抑えたとしても、見え方には影響を及ぼしにくくなると言う事だ。


「明強剤ってのは聞いたことが無かったんだけど、この工房では使ってないんですか?」

「ああ翔君、それは仕方ないと思うよ。明強剤が出てきたのはつい数ヶ月前だからね」

「だから知らなかったのか……。幸大さんは、明強剤使った事があるんですか?」

「開発者の一人に知り合いが居てね、テスターとして使用した事があるよ」

「実際使った使い勝手は、どうだったんですか?」

「そうだね、練り込む工程が入るから少し制作工数は増えるけど大した手間じゃないし、燃焼金属や燃焼促進剤を節約出来るし、環境や人への影響もテスト済みでかなり使い勝手は良いと思うよ。多分、近い将来明強剤が入っている花火が主流になるんじゃ無いかな?」

「そんなに凄い薬剤なんだ。うーん、VRシミュレータでテストしてみたいんだけど、パッチはまだだろうしなぁ……」

「ああ、それなら明強剤の商品ページにVRのパッチがあったと思うよ?」

「本当!? 早速やってみる!!」

「翔君!?」


 幸大にパッチの存在を教わった翔は、挨拶も忘れ部屋へと駆けて行った。


「ったく翔坊め、本当に部屋に戻りおったわ!」

「あはは、翔君は花火に対しては猪突猛進だよね」

「全くだわい。仕方ない、残りは儂らで片付けるとするかの」

「繁爺って、何だかんだ翔君に甘いよね」

「ふん、口を動かす暇があったら手を動かすのじゃ!」

「はいはい」


 ◇ ◇ ◇


 部屋に戻った翔は、VRにパッチを当てて明強剤を試していた。


「凄い……。星の数が一・五倍から二倍は入るようになった」


 明強剤を練り込むと、予想以上に綺麗に発光したため、星のサイズをかなり縮める事が出来たのだ。

 翔はその隙間に星を追加で入れ、ドラゴンの輪郭に充てていく。


「やった!! ついにドラゴンの顔部分が見れるレベルになってきた」


 更にブラッシュアップをすると、デフォルメしたドラゴンが完成した。だが、明強剤を使った事により、それでもまだ余裕があった。


 そして、テンションが上がった翔はデフォルメではなく、リアルテイストのドラゴン花火を作り始めたのだった。


VRゴーグルとVRグローブを使った花火シミュレータは、翔のお気に入りの練習方法です。

火薬を使わないため手が汚れず、それなのに触感や見た目などを再現してくれるため、材料費が掛からない練習方法として、この世界の中では若者を中心に人気の練習方法になります。


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