最初の一歩
花火玉が出来上がったら次は、打ち上げ会場とお客さんの確保である。
まず、打ち上げ会場をと思いカケルがミミに良い場所は無いかと尋ねてみると、キーリの方が詳しいとの事だったのでキーリの所へ行って尋ねてみる。
「キーリ! 花火が完成したから、テストで打ち上げを行いたいんだ。花火が視認可能で、天井がかなり高いか、もしくは天井自体が無い部屋は無いかな?」
「花火が見れる天井が高い部屋か……。なら、天空の無限階段の部屋が良いかもな」
「天空の無限階段?」
何だろう? そのゲームのラストに出て来そうで、出て来なさそうな名前は?
「ああ、天空の無限階段の部屋は、天高く聳え立つ塔の中に、無限とも思える階段が設置してあるダンジョン内の一区画だ」
キーリに詳しい情報を聞くと、塔の高さは凡そ五百リアナレイ――凡そ一万キロ――、階段の長さは三千リアナレイ――凡そ六万キロ――を越えるらしい。
なにその傍迷惑な階段は? そんな階段を登ろうとする人の気が知れないね。
ってか、一万キロって大気圏突破してなかったっけな?
因みに、魔物はキーリのようなドラゴンを初め、空を飛ぶタイプの魔物が数多く存在するとの事。
キーリはこのダンジョン内の覇者側に位置するので、知能が高い魔物は大抵近付いてこない。
だが、この間では知能が低い癖に実力が高いソードローカストの様な魔物が居るので、もし戦闘に入ったら逃げるようにとの事を注意されてしまった。
「なるほど。因みに、塔自体はどれくらいの衝撃に耐えられるの?」
「耐性ねぇ……。しっかりした表現かは分からないが、私のホーリーブレスが当たったくらいなら問題なかったぞ?」
ホーリーブレスの威力が分からない!
何号玉レベルの威力なんだろう? もしくは、黒色火薬の量で示してもらえると良いんだけど……。
「主様、花火が塔にぶつかった時の影響を気にされているのであれば、問題はありませんよ」
「それは、どうして?」
「天空の無限階段がある、区画の広さの問題ですね。少なくとも、塔と周囲の壁まで四半リアナレイ――五キロほど――は離れていますから」
「それなら大丈夫そうかな。キーリ、他に障害になりそうなものは無いかな? 例えば、背丈の高い木々とか」
「確かに木はあるが、高さが低いし数は疎らだぞ?」
「木々ですが、先程の四半リアナレイの間に数本枯れ木があるくらいですね」
「なら大丈夫だね。キーリ、道案内宜しくね」
「ああ、任せておけ」
いつもの空き地区画から、一度聖域に戻り、反対側の出口を進む。
通路はいつもの空き地区画に続く通路に似ているが、いつもの砂や石の構成とは違い、岩石ばかりが目につく構成だ。
「さあ、着いたぞ。天空の無限階段の部屋だ」
「これは、凄いね……」
「知識で得た情報と違い、自分の目で見る天空塔は迫力が違いますね……」
通路から開けた空間に出た僕達は、天空塔と呼ばれる狂ったような高さの塔に目を奪われていた。
塔と壁が四半リアナレイは離れているので、最低でも四半平方リアナレイ――百平方キロメートル――、実際にはもっと広い空間であると推測される。
地面は岩石状で、枯れ木がチラホラ生えているのが見える。
天空塔はそんな空間の中央に位置し、離れた位置から上を見上げても頂上が見えない。入口付近は円錐状の形に広がっており、上部に行くに従い直径が小さくなっていく。ある一定の細さまでいくと、円柱状で遥か上まで塔が伸びている。
塔は窓らしきものや、フロアらしきものがあり、ちょくちょく魔物らしきものが休んでいる姿が見受けられた。
そして、見上げた先には大空が広がっており、相変わらず本当に屋内なのかと言いたくなる空間だった。
「ねぇ、あの塔って終わりはあるんだよね?」
「ああ、天空塔は無限階段と言われてはいるが実際には有限だ。確か階段の数が大体五千万段だったと思うぞ?」
五千万!! 五千万って……。
確か東京タワーが六百段だったよね? えーと、って事は……。八万倍!?
「確かに有限かもだけど、長すぎるねそれは……。キーリ、とりあえず壁と塔から離れた場所で、開けた空間は無いかな?」
「ならこっちだな」
そう言われて着いたのは、塔と壁の丁度真ん中くらい。地面は岩石状だが平坦で打ち上げに問題は無さそうだ。
「うん、良さそうだね。じゃあ早速テストに向けて準備してみるかな」
「遂にこの目で花火を見れるんだな!」
「期待しているところ悪いけど、材料とかの問題で数が少ないし派手さにも欠けるよ?」
「それでも、期待するなと言うのは無理な話だ。あんな綺麗な花火が見れるかもなんだぞ?」
「まあ、過度な期待をせずに待っててよ。打ち上げ自体は暗くなってからだけど、ここってどれくらいで暗くなるのかな?」
一応ここは部屋と言う事なのだが、見たところ部屋と言う名の屋外に見える。
実際上を見上げると太陽も出ており、これで天井が無いと言うのであれば分かるのだが、話を聞くと天井自体は存在するらしいと言う事なのだ。
ならば、あの太陽はいつ沈むのかが分からない為、カケルはミミに質問してみた。
「それなら、後二刻程で暗くなりますよ。実際の太陽では無いので、大体四刻周期で明るくなったり暗くなったりしますね」
「後二刻か……。キーリ、聖域に居るライトフェアリー達って移動出来るのかな?」
「ずっと離れるのは無理だが、私に付いていれば数日離れるくらいなら問題ないぞ?」
「そしたら、ライトフェアリー達にも声を掛けようか? 尤も、余り期待されても困るけど」
「それは良いな! あいつらも喜ぶと思うぞ」
「声を掛けるのは、キーリに頼んでも良いかな?」
「ああ、任せろ!」
「じゃあ、二刻後にここに集合で!」
集合を決めて別れた後、僕は筒を水平に設置し、花火玉をすぐに使えるように並べておいた。
準備は余り時間を掛けずに完了した。
まだ後、一刻半以上ありそうだ。やることが無くて暇になったな――。
ミミと二人きりだし、丁度良い機会かな。
「ミミ、今まで僕をサポートしてきてくれてありがとうね」
「――突然何ですか?」
「今までお世話になってきたのに、しっかりとお礼を言ったこと無かったなと思ってさ」
「――お礼は要りませんよ。それが私の仕事ですので」
「それでもありがとう。ミミが居なければ僕はここまで来れなかった。いつもは照れ臭くて言えないけど、本当に感謝しているんだよ?」
「主様……」
ミミは何だかんだ言いながらも、僕の事を支えてくれた。
だから、本当に感謝してるんだよ?
「いっつも迷惑掛けているし、何かを与える事も出来ない情けない主だけど、これからも支えてくれるかな?」
「そんな事ありせんよ。主様から学んでる事は多いんですよ? ですから、そんなに卑屈にならないで下さい」
ミミがデレた!? 僕の事を貶さず褒めてくれるなんて!
ヤバい……。結構嬉しい……。
繁爺に褒められた時くらい嬉しいかも!
カケルは今までの事をミミと話しながら、暗くなるまでの時間を過ごした。
そして空には満天の星空が広がり、打ち上げ花火の舞台は整った。
会場は天空の無限階段の部屋。観客はミミ、キーリ、ツィード、そしてライトフェアリー達の計二十三人と少ないが、初舞台としては悪くないだろう。
「皆、集まってくれてありがとう!」
「気にするな」
「気にせんでええで!」
「気にしないで下さい」
「「「早く、花火見せてー!!」」」
「もう少し待ってね」
そんな声に苦笑しながら、カケルは言葉を続ける。
僕はあの日、自ら作った花火に殺された。
あの身体から血が喪われる感覚は、生涯忘れられないと思う。
でも、今こうしてまた花火師を目指せてる。
それはあのド派手な神様のお陰だ。そして何より、此処に居る皆のお陰なんだ。
だから、皆に感謝を捧げよう!
そして、ここから花火師としての道を再び歩み始めよう!
「――じゃあ、挨拶はこれくらいにして。花火の試し打ちを始めようか!」
カケルの声に、待ちかねた観客が騒ぎ出す。
その声を尻目に、カケルは打ち上げ場所へと向かった。
カケルが選んだ打ち上げ場所は、観客が居る場所と大岩で遮られている。
距離もそこそこ離れているので、最悪の惨事にはならないだろうと彼は考えていた。
カケルにとってこの試し打ちは、転生してから初めての打ち上げだ。
どうしても、前回の事が頭に過るのは仕方無いだろう。
その不安から、カケルは僅かに身体が震えていた。
(やるとは言ったけど、また失敗したらどうしよう……。もう一度死んだら次は無いよね……)
カケルは転生してから、アンデッドになった影響から恐怖や不安に対して鈍感になっていた。
だから、自分よりも大きな魔物に対して戦えたし、何よりこんな世界に放り出されても気丈に振る舞えたのだ。
だがそんなカケルでも、死因となった花火の打ち上げは不安でしょうがない。
でも、これを乗り越えなきゃ花火師になんてなれないよね。
僕は絶対に、世界一の花火師になってやるんだ! そう決めたんだ!
覚悟を決めたカケルは、肺も無いのに一度深呼吸をすると、打ち上げの準備を開始する。
今回の打ち上げは、試し打ちの名目だ。
だから通常の打ち上げとは違い、一発の打ち上げ毎に時間を多く掛ける。
打ち上がった際の様子を、しっかりと観察する為である。
まずカケルは、打ち上げ筒の設定を行う。
花火の打ち上げ筒の種類は幾つかあるが、ミミが作ってくれたこの筒は手動タイプである。
点火は側面に付いている点火装置部分に、ファイアボールをぶつける事で起動する。
打ち上げ筒の準備が終わったカケルは、最後に一度大きく深呼吸を行う。
「よしっ!」
自分の頬を軽く両手で叩いたカケルは、気合を入れると一つ目の花火玉へと手を伸ばした。
花火玉の下側に、粘土状の打ち上げ火薬を張り付ける。
続いて竜頭を持って打ち上げ筒にゆっくりと花火玉を入れると、一旦打ち上げ筒との距離を取った。
安全が確保出来るだけの距離を取ったカケルは、打ち上げ筒の点火装置部分目掛けて小さなファイアボールを投げ付けた。
そのファイアボールは打ち上げ筒の点火を促し、シュポンと言う気が抜けた音と共に花火玉が空へと打ち上がった。
よし!
暴発せずに打ち上がった!
次は、黒玉にならないかどうかだけど……。
花火玉は地上から、距離をぐんぐんと突き離す。
目測百メートル……。
百二十メートル……。
百五十……。
二百……!
今っ!!
だが、花火玉は炸裂してくれない。
どうして!? また、黒玉……?
カケルは前世の教訓を生かして、打ち上げ場所から距離を稼ぎながらも上空へと目を凝らす。
花火玉は、一番良いタイミングを逃しながらも上昇を続ける。
そして、最高高度に達すると一瞬停止してから、高度を徐々に下げ始めた。
その高度が下がる度に、カケルは絶望へと追い遣られる。
カケルの心を占めるのは、どうしてと何でと言う疑問ばかりだ。
「何で炸裂してくれないんだよ!? 僕に……、僕に花火師としての道を歩ませてよ!!」
カケルの叫んだ声が辺りに響く。
そして、その叫びに押されたかの様に花火玉に変化が表れた。
ドンッ!
夜空に、一輪の花が咲いた。
カケルはそれを、唖然とした表情で見上げる。
カケルが唖然としてる間にも、花火の花弁がゆっくりと垂れて行く。
玉の座りは最悪だった。盆の形も、歪で見るに耐えない。肩の張りだって、合格点からは程遠い。
その他諸々の全てが最悪だった。もし、カケルの昔馴染の花火師に見せれば、全員が全員論外だと言う程に酷い花火だった。
だがそれでも、カケルにとっては成功だった。前世は歩みだそうとして、躓いてしまった花火師の第一歩。そして今世、彼は花火師としての第一歩を踏み出したのだ……。
そんなカケルの初めて成功させた花火は、奇しくも黄金に輝く錦冠菊だった。
冠菊は夜空を黄金に染上げると、ゆっくりと花弁を垂らしながら薄れていく。
そして、その短くも長い余韻が終わってもなお、カケルはその場を動こうとはしなかった。
その事に痺れを切らしたのか、ミミが様子を見に来たようだ。
「主様、如何しましたか?」
「ミミか…………。ははっ、情けないよね……。たった一発、打ち上げに成功しただけなのにね……」
「…………」
「僕はさ……、前世で花火の打ち上げに失敗したんだ――」
僕は花火の打ち上げで、最悪と言うのも生温い失敗をした。
だからだろうか、今日の打ち上げが楽しみだけど怖くもあったんだ。
そんな気持ちの所に、前と同じ様に高度を下げて行く花火玉があったんだ。
それを見て僕は、また黒玉なんじゃないかと、心が黒く塗り潰された様な気がしたんだ。
でも、そんな絶望してた所から一転して成功したんだ。
何て言うかな……。ははっ……。言葉にならないや……。
「主様、泣いているのですか?」
「え……?」
僕が泣いている?
僕は涙を流せないし、今は声も上げてはいない筈だった。
でも、あぁそうか…………。
――僕は、僕は今泣いているのか…………。
「僕は、僕は……」
嬉しくて堪らないんだ。
子供の頃から夢見て来た事の、第一歩を踏み出せて……。
それと同時に、多分とても悔しいんだと思う。
何で前世で、この成功を掴めなかったんだろう……。
何で黒玉に気付いた時に、すぐ逃げれなかったんだろう……。
何で――。
「主様……」
カケルは複雑な思いを抱いたまま、夜空を見上げて沈黙した。
ミミにはその姿が、静かに声を押し殺して泣いているように見えた。
ミミには、花火師になれずに死んでしまった気持ちも、その道を再び歩む事が出来た気持ちも、そしてその第一歩をやっと踏み出せた気持ちも分からない。
でも――。
「ミミ?」
「主様。我慢しなくても良いんですよ。心までも殺してしまったら、主様は完全な死人になってしまいます」
ミミは僕の正面に浮かぶと、そう声を掛けた。
ミミがどう言う意図で、その言葉を言ったのかは分からない。
だけど、そんな事を言われたら限界だった……。
カケルは目の前に居たミミを力一杯抱き締めると、声を上げて泣き始めた。
それは嬉しさ、悔しさ、情けなさ。そんな感情が複雑に絡み合った、心の底からの慟哭であった……。
「落ち着きましたか?」
「うん……。ゴメンね、強く抱き締めちゃって……」
一通り泣いてスッキリしたカケルは、気恥ずかしくて降ろしたミミから顔を反らしていた。
一方のミミは全く動揺しておらず、いつも通りである。
「いえ、構いませんよ。主様の泣いている可愛らしい姿も見れましたしね」
「ちょっ! ミミ!?」
それどころか、軽くカケルをからかう始末だ。
「ふふふっ……」
「っ! そ、それよりも、さっきミミ浮いてなかった?」
優しげな雰囲気でこちらを見るミミに耐えれなくなったカケルは、話をあからさまに逸らした。
とは言え、カケルが実際気になったのは確かだ。
先程までは感情が優先されてて気にならなかったが、今思うとウサギが宙に浮くのが当たり前の訳がない。
「ああ、これですか?」
「そう、それ!」
ミミが再び浮かびながら、カケルに尋ねた。
「ただの重力魔法ですよ。闇属性の魔法に属してます」
「重力!?」
ミミは驚くカケルに、簡単な説明を行う。
重力を操れる事。掛ける対象によって、必要な魔力が増減する事。魔力を持っていて抵抗している相手には効果が薄い事など。
そんなカケルの逃げによって発生した一通りの説明が終わると、ミミはカケルに重要な事を尋ねた。
「それで主様、花火の続きを打ち上げなくて良いんですか? 多分、キーリ様達も待って居られると思いますよ?」
「あ、やば……」
ミミに指摘されたカケルは大分間が空いてしまったが、二回目の打ち上げを行う事にした。
錦冠菊を最初に使ってしまったのは取り違えのミスだったが、その後も菊、牡丹、蜂等の様々な花火を打ち上げて行く。
打ち上げられた花火は辺りを照らしながら、夜空と言う名のキャンバスに一時の絵画を作り出す。
それらは、とてもじゃないが良い絵画とは言えなかっただろう。
それどころか、全て最悪の出来だったと言える。
だが、その全ての打ち上げに於いてただの一度も黒玉は出なかった。
この事実を持って、カケルはやっと前世での苦い記憶を払拭出来たのだった……。
あぁ……。終わっちゃったなぁ……。
満足出来る様な花火じゃなかったけど、これでやっと花火師の第一歩が歩み出せたんだ……。
そんな感傷に浸っていたカケルの元へと、キーリ達が駆けてくる。
「カケル、大成功じゃないか!」
「カケル坊、綺麗やったで!」
「綺麗だった」「また見たい!」「カケル兄ちゃん、花火って綺麗なんだね!!」
皆が喜んでいる姿を見ながら、カケルは幼い頃の事を思い出していた。
あの日僕は母さんに抱かれながら、父さんの花火を見上げていた。
夜空一面に咲く、綺麗な錦冠菊に目を奪われた。
いつか僕も、あの日の光景を超える花火を作りたいと思ったんだ。
でも、それ以上に強烈に焼きついていたのは、僕自身の感動と花火を見上げている観客の笑顔だった。
だから、僕は思ったんだ。
花火を通して、皆に感動と笑顔を与えたいと……。
ははっ、何だ……。出来てるじゃないか……。
世界一の花火師になりたいのは本当だけど、やっぱり僕は皆を笑顔にしたいんだ!
「「「綺麗な花火をありがとう!」」」
「うん! どういたしまして!」
父さんが居る位置は遥か高みだけど、一歩ずつ着実に近づいて行こう!
そして、次はもっとマシな花火を打ち上げてみせる!
こうしてカケル新たな目標を立て、彼の初の打ち上げは大成功のうちに終了したのだった。
ここまで読んで下さって、ありがとう御座います!
これでやっと、第一章完結です!
次から第二章に入ります。
第二章からは、もう少し物語の進行スピードを上げたいと思います。




