キーリのお使い ~お使い完了~
明くる日の朝、ミランダが食堂を見るとそこは酷い有り様だった。
「あーあ……。こりゃ酷いね……」
エールがなみなみ入っていた筈の樽は何個も空になっており、酒気が食堂の辺りに蔓延している。
男共はいびきを掻きながら大の字に床で寝ており、エルティナを始めとする女性も寝息を立てて無防備な姿を見せていた。
そしてそんな中――。
「ようミランダ! お早うさん」
「女将、もう起きたのか。朝早いのぅ」
「む? もう、そんな時間か……」
「結局、一睡も出来なかったか……」
「もしかして、そろそろ撤収か? まだ飲み足りねぇな……」
「女将、済まないな。こんな荒れ放題で」
ガルク、ローグ、ゲヤルト、ザラン、ボルマ、キーリの六人はまだ起きていた。
彼等の手には木のジョッキが握られており、まだ飲んでいた事を伺わせる。
「ほれ酔っぱらい共、そろそろ撤収の時間だよ!」
そんな彼等にミランダは撤収を告げる。
と言っても、こんな状況を全て片付けるのはかなり掛かりそうだ。
ミランダはまだ起きていた六人を使いつつ、寝ている連中を起こしに入った。
ミランダの判断で彼女とキーリは女性を、残りは野郎共を起こす担当だ。
流石に野郎が女性を起こす担当なのは、危険と判断したのだろう。
起こされた数人がトイレに駆け込むが、飲み明かしの何時もの光景である。
床にそのまましないだけ、遥かにマシと言う物だ。
酔っぱらいを全員起こした後は、ミランダに邪魔だと言われて皆叩き出されていた。
そこからは現地解散である。宿に戻って行く者や、大通りに行って腹拵えをしようとする者など様々である。
そんな中、先の六人の内ゲヤルトとボルマは仕事に戻り、残りの四人はルトへと向かっていた。
勿論、エルティナやワグナーも仕事があるので現地解散組である。
朝のシャンティナの大通りは、静かなようで喧騒が聴こえる様な、朝の市場の独特な雰囲気を放っていた。
そんな中を歩きながら、一行はルトへと辿り着く。
「おーい、ヴォル! もう起きてっかー?」
ルトに入ったガルクは、乱暴な声を上げてヴォルデルクを呼び出す。
「はいはい、只今……! ああ、皆さん! おはよう御座います! 昨日ぶりですね!」
「ようヴォル! キーリの砂糖は揃ってるか?」
「揃ってますけど、ガルクさんとザランさんはキーリさんの付き添いですか?」
「あぁ、少し大口の取引に興味があってな」
「そんなに見ていて、面白い物では無いと思うんですが……」
「まぁ良いじゃねぇか! 別に見られて困る物でも無いんだろう?」
「それは、そうですが……」
「ガルクの言う通りだ。俺達にも見せてくれよ」
ヴォルデルクは納得がいかなかったようだが、別に見られて困る物でも無かった為キーリと合わせて彼等を奥へと案内した。
ルト商店に限らず、大口の取引となると別室での個別取引が多い。
取引金額が多くなる為、数多くの目に晒すのは不用心だし、その顧客を大切にしていると言う店側の誠意にもなるからだ。
所謂VIP待遇と言うヤツである。
「キーリさん、砂糖を運んで来るのでこの部屋で待っていて貰えますか?」
「あぁ、分かった」
そう言って部屋を出たヴォルデルクが、暫くして台車を押しながら戻って来た。
「お待たせしました。キーリさん要望の砂糖一ガルンです」
「凄え量だな!」
一ガルンの砂糖は樽に入れられており、数にして三つもの樽が台車に乗せられていた。
「何せ一ガルンですからね。一樽に収まる量ではありませんよ」
「キーリよ。これだけあれば、相当の期間持つんじゃないかの?」
「恐らくな。それでヴォルデルク、一ガルンで幾らになる?」
「本当はお礼にタダでお譲りしたいのですが、流石にこの量をお譲りすると店の経営に響いてしまいます」
「あぁ、それは分かっているから気にするな」
「ありがとう御座います。それで金額なのですが、金貨ニ枚で如何でしょうか?」
ヴォルデルクが、キーリの表情を伺いながら尋ねた。
その内容に、キーリが首を傾げる。
「うん? なあヴォルデルク、その価格は安過ぎないか? ローグに聞いた時は、一ガルンで金貨十枚だったと思うのだが……」
例えローグの提示金額が値引きなしだとしても、八割引きは値引し過ぎであろう。
「はい、私共の限界まで引き下げた価格で御座います。これでお礼になるとも思いませんが、私達の気持ちですのでどうぞお受け取り下さい」
「お前も頑固だな。分かった。その価格で買わせてもらおう」
キーリは袋から金貨二枚を取り出すと、ヴォルデルクに手渡した。
「ルト商店の太っ腹な部分を見たな」
「ああ、八割引きは安過ぎる」
「ヴォルよ、ルト商店は大丈夫なんじゃろな? 潰れて貰っては儂も困るぞ?」
あまりの安さにローグも心配していた。
「大丈夫ですよ。このくらいで潰れる程、軟な商店ではありませんから」
「ふむ、なら良いが……」
「ヴォルデルク、本当に大丈夫なんだよな?」
「はい。ですからどうぞお納め下さい」
「分かった」
キーリは最後の確認をした後で、ミミに貰った収納ポーチに砂糖を格納した。
それを見ていたヴォルデルクが、羨ましそうに声を上げる。
「ほう、収納ポーチですか! 羨ましいですね」
「これか? これは仲間が作ってくれたヤツだな。結構な量が入るし、時間が停止してるらしく食糧の保存には便利ではあるな」
「「「時間停止!?」」」
ヴォルデルクだけでは無く、ガルクとザランも驚きを隠せなかった。
それに対して、ローグが追い打ちを掛ける。
「それだけじゃないぞ? 量の方も凄まじいのじゃ。中に入っていた魔物の量じゃが――」
ローグが、キーリの収納ポーチに入っていた魔物の種類と量を告げる。
「凄いですね……」
「ヤベえな、それ!」
「あり得ん……」
その魔物の種類の大きさと、合計の収納量を聞いた三人が驚きの反応をする。
「仲間が一日も掛からずに作った物だぞ? 恐らく、アイツにとってそこまで高性能だとは思えないのだが……」
「「「…………」」」
絶句と言う表現がピッタリだろう。
キーリ以外の彼等は唖然とした表情を浮かべて、完全に動きが停止していた。
そんな中、逸早く再起動したヴォルデルクは吃りながらもキーリに質問をした。
「あ、あの、そうすると、このレベルの収納ポーチを、キーリさんの仲間は幾らでも作れるのですか!?」
「詳しくは知らんが、材料さえあれば可能なんじゃないか?」
「私に! 私にポーチを作って貰う事は可能でしょうか!?」
ヴォルデルクが身を乗り出しながら、キーリを問い質した。
「ヴォルデルク、近過ぎるぞ?」
「あ、し、失礼しました! えと、それでどうでしょうか?」
「ふむ、確約は出来ないな」
「そうですか……」
「だが、私から頼む位は承ろう」
「本当ですか!? ありがとう御座います!!」
これに関しては、ミミが作ってくれるかどうかが一番の争点である。
だから、キーリは確約出来ないし、ミミが作ってくれない可能性も十分にあるのだ。
その事はヴォルデルクに、十分言い聞かせておいた。
「では、そろそろ私は仲間の元に帰るとするか。ローグ、街を出る時も門を通る必要はあるか?」
「ああ、そうじゃな。それは必須じゃよ」
「分かった。ならば、外に出てから飛んで帰るとするか」
「キーリさん、また会いましょう!」
ヴォルデルクと別れたキーリは西門に向って進んで行く。
ガルク、ザラン、ローグを引き連れて……。
「なあ、何故私に付いて来るんだ?」
「そりゃあ、ホーリードラゴンの本来の姿を見たいからだろ!」
「儂はキーリの見送りじゃな」
「ホーリードラゴンに会える機会なんてまず無いからな。こう言う機会は逃したく無いのさ」
ローグは濁したが、要は野次馬根性丸出しの者達だと言う事だ。
西門を潜ると、丁度仕事中だったワグナーと会えたので、同僚に仕事を任せたワグナーも引き連れて西門横の荒野へと移動した。
「ここらで良いか。お前達、危ないから離れていろ!」
キーリは周りに人が居ない事を確認すると、人化を解いて元のドラゴンの姿へと戻った。
「これがキーリの本来の姿……」
「凄いのぅ。こんなに綺麗な龍が居るんじゃな」
「大きい……」
「本当にドラゴンだったんだな……」
「本当はそのままの姿で帰っても良かったのだがな。それだとお前達が詰まらないだろう?」
キーリは彼等の事を気遣って、態々人化を解いていた。
勿論、この姿の方が楽だとか速いなど利点はあるのだが、別に嘆きの洞窟までの距離なら人化のままでも対して変わらない為、彼等の要望を重視した結果であった。
彼等はそんなキーリの姿を、目に焼き付けるかの様にじっくりと見ていた。
彼等自身が言う通り、綺麗な龍をじっくり見る機会どころか、龍を目にする事すら無いのだから。
そもそもドラゴンと呼ばれる魔物は、大きく分けて三つに分類される。それは偽竜、竜、龍の三種類である。
まずは偽竜。その名の通り竜の偽者の意味合いを持ち、ワイバーン等がこれに当たる。
魔物の実力はドラゴン内で最弱であり、知能も非常に低い。尤も、人間にとってはかなり強力な魔物なのだが。
次は竜。偽竜に対しての本物の竜で、レッドドラゴン等がこれに当たる。
ドラゴンと言われて思い浮かべる代表格であり、知能も実力もドラゴン内では一般的である。
最後が龍。これは竜とは格が違う魔物で、天災の様に扱われる魔物達である。
キーリの種族であるホーリードラゴンはこの龍に属するドラゴンであり、彼女を見ると分かる通り桁外れの実力と知能を保持している魔物なのである。
ホーリードラゴン以外の龍も強力な種族ばかりで、一体で国を相手取れる様な化物ばかりの為、龍を見て生きている様な人物は非常に稀なのだ。
そんなキーリを、四人は思う存分に見続けた。
龍形態だから良いものを、人形態であれば完全にアウトである。
「さて、満足したか? 私はそろそろ帰ろうと思うが……」
「あぁ、珍しいもん見れたし満足だ」
「俺もだ」
「ああ、土産話が出来たし満足だよ」
「儂も満足じゃよ」
四人が満足した所で、キーリ帰る事にした。
「それじゃあ、また会おう」
「「「あぁ、またな!」」」
「また、来るんじゃよー!」
キーリは速度を落として飛びながら、この二日間の事に思いを馳せる。
久々の人間の街だったが、結構楽しめたな……。
次行く時は、カケルやミミも一緒に行けるともっと楽しめそうだ。
ツィード? あんな奴は知らん!
キーリは荒野を越え、森の中にひっそりと佇む嘆きの洞窟へと入る。
そこから人化して暫く歩くと、聖域がキーリの目の前に見えて来た。
「カケル、ミミ! 居るか!?」
「キーリ、お帰り!」
「お帰りなさいませ、キーリ様」
「キーリちゃん、ワイを忘れるとか酷いやんかー!!」
「キーリお姉ちゃんお帰りー!」「お帰りなさい!」「帰ったか!!」
キーリを出迎える仲間達。
種族は違えど、その光景はまるで家族のように暖かだ……。
その光景にキーリは、内心嬉しくなりながら皆に声を掛ける。
「ああ、ただいま!」
こうしてキーリは、短くも濃い時間のお使いを完了したのだった。
これにて、お使い終了です。
次はケーキの作成です。




