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キーリのお使い ~ルト商店とおろおろ涙~

うーん、今回も一万文字を超えてしまった……。


 指導を終わらせたキーリは、ローグやエルティナ、ガルクと一緒に何時もの受付に来ていた。


「アイタタタ……」

「お祖父ちゃん大丈夫?」

「ローグ、お前少しは自分の歳を考えろよ! あんな無茶な戦い方しやがって……」

「何を言うか! キーリと、ホーリードラゴンと戦える機会なぞ、一生に一度あれば良い方なんじゃぞ!? 儂にその機会をみすみす無駄にしろと言うのか!!」

「いや、そうは言わねえけどよう……」


 所謂昔の血が疼くと言うヤツだろうか。

 キーリと戦っていたローグは、それはもうハッスルしていた。 

 彼は現役時代てグラップラーだったらしく、殴る蹴るは勿論の事、相手を投げ飛ばしたり、時には相手の武器を奪って使ったりと、かなり特殊な戦い方をしていたらしい。

 その戦い方はキーリとの模擬戦でも現れており、途中までは一番キーリを翻弄したと言って良いだろう。

 ただローグが途中で腰を痛めて、エルティナストップが掛かってしまったのだが……。


「なあ、私は昨日の素材の件で呼ばれたんじゃないのか?」

「おお、そうじゃったそうじゃった。キーリ、お前さんの持って来た素材の剥ぎ取りと査定が終わったんじゃ。()めて――」


 ローグが示した金額は、凡そ金貨三百枚と言う途方も無い金額だった。

 但しこれは総合ギルドでの買取価格である為、もしオークションに出したり商人に売ったりしたのであれば、更に高い価格が付いたであろう。


 内訳として高かったのは、クラーケンやソードローカスト等の最重量級の魔物達である。

 バッタ君達は単純に取れる素材の量が多いのは勿論、その耐久力や攻撃力故に中々狩られる事が無い魔物達なのである。

 それ故にかなり希少な素材となっており、同じ重さの嘆きのラット等と比較しても、かなりの高値で買い取って貰えたのである。


「――それでじゃ。キーリはこの料金を全て砂糖に変えるのかね?」

「そのつもりだが、駄目なのか?」

「マジかよ……。キーリ、お前どんだけ甘党なんだよ!!」


 金貨三百枚と言えば、日本円に換算すれば三億円の価値がある。

 日本で三億円分の砂糖を下さいと言ったら、狂人を見る様な目をされるかも知れない。

 何せ通常価格の砂糖なら千五百トン、最高級と言われる和三盆でも百トンは買える金額なのだから。


 この世界に()いて砂糖の価格はかなり高い。確かに高いのだが、それでも金貨三百枚分の砂糖は馬鹿げている量になるだろう。


「いや、私は別に甘党と言う訳では無いぞ? そもそも私の仲間が菓子を作ろうとしたのも、子供達が強請(ねだ)ってきたからだしな」

「子供達ですか? キーリさんは、お子さんがいらしたんですか?」

「いや、私の子供では無いぞ? そもそも違う種族だしな。一番精神年齢が低いから、そう呼んでるだけだ」

「へぇ、どんな子達なんですか?」

「妖精族の一種のライトフェアリーだな。体長はこれくらいで、薄く透けた羽根が四枚背中に生えている種族だ。そうそう、夜になると淡く光るのが特徴的だな」


 キーリは手でライフェアリーの体長を示しながら、エルティナに向かって説明した。

 すると――。


「よ、妖精さんですか!?」

「あ、ああ……」


 妖精の(くだり)でエルティナが声を張り上げながら、キーリに顔を近付けた。


 妖精は元々人間との関わりが薄く、警戒心も強い為、見た事がある者が非常に少ない種族である。

 だが、その小さな体と可愛らしい容姿は女性のハートを鷲掴みにするらしく、一度は見てみたい種族として人気になっているとかいないとか……。


 なお、ライトフェアリーに関しては美容の神の様にも扱われてるので、知っている人からすれば妖精と言う事よりもこちらの方が気になるであろう。

 因みに神様扱いされているのは、彼等が老けない事だけが理由ではなく、羽根の鱗粉にかなりの美容効果があるのも理由の一つだったりする。


「エルティナ、落ち着けよ! キーリが困ってるぞ?」

「え? あ、すいません! つい……」

「いや、構わないが……。ライトフェアリーが珍しいのか?」

「いえ、ライトフェアリーと言う種族は知らないのですが、あの可愛らしい妖精族と聞いたのでつい……」

「ふむ、良く分からんが、妖精を飼うのはお勧めしないぞ?」


 妖精を、まるで鳥と同じ様な扱いで飼う人間が昔居たのだ。

 勿論、今でも裏には居るのかも知れないが、表向きはそんな人間は居ないとされている。


 と言うのも、妖精と言うのは種族としては非力なのだが、非常に強大な力を持つ種族と友好関係を結んでいる事が多いのだ。

 過去の人間達はそれを知らずに妖精を捕まえ過ぎて、自ら厄災を呼び込んだと言う逸話が残っているのだ。

 それが分かった現代に於いては、妖精達は小さくても人種であり、小動物と同じ様に扱うのは駄目であるとの決まりを国が出していたりするのだ。


「飼うつもりなんてとんでもない! 一目見たいたけですよ!」

「そ、そうか……。あーっと、もし機会があれば此方に来てみるか?」

「良いんですか!?」

「あ、ああ……。機会があればだからな?」

「はい!」


 気圧されるキーリに対して、エルティナはとても良い笑顔でそう答えた。


「どうも話が逸れたようじゃな。それで、結局キーリはどうするのじゃ?」

「金貨三百枚はら砂糖に換算すると具体的にどれくらいの量になるんだ?」

「そうじゃなぁ……。恐らく、三十ガルン程になるじゃろうて」

「うーむ、それは流石に多いな……」


 ローグの言ったガルンは、この世界での重さの単位だ。

 地球の単位にすれば、二トンちょっとになる。

 このガルンは、七十四キログラムを一とする単位であり、ナレイと同じく、一万倍と一万分の一の単位も存在し、一リアガルンが一ガルンの一万倍になる。

 そしてルアガルンが、ガルンの一万分の一になる単位である。


 また、この単位は先の長さの単位であるナレイと同じ系列であり、例の偉人であるガルナレイの名前の前半部分を取った単位になる。

 ガルナレイの体重を一とし作られている為、七十四キログラムと同等になっているのだ。


 そしてその三十ガルンだが、少なくとも個人で扱う量では無い。

 元々超高給な調味料の為、一般的には十ルアガルン――七十四グラム――くらいで止めるだろう。

 何せ十ルアガルンでさえ、銀貨一枚掛かる計算である。

 更にその量は使い切る前に、湿気てしまうだろう。


「それで、どうするんじゃ?」

「そうだな――」


 キーリが出した結論は、残りをお金のままに保管すると言った物だった。

 具体的には、取り敢えず砂糖一ガルンを購入し、残りの二十九ガルン分は足りなくなったら買い足しに来る参段である。

 とは言え、一ガルンあれば一日に一ホールケーキを作ったとしても七百四十日、ほぼ二年間もの間作り続けれる事になる。

 そんな状況では、次に買うのはいつになる事やら……。


 なお人間と違い魔物はかなりタフな為、二年間ケーキだけで過ごしたとしても糖尿病等で死ぬ事は無い。


「分かった。それくらいなら、ルトで事足りるじゃろ。儂の方から伝えておくわい」

「ああ、助かる。砂糖が揃うのにはどれくらい掛かりそうだ?」


 確かに高級調味料ではあるが、取引量は高々一ガルンである。

 つまり、――。


「恐らく、今日中に揃うんじゃないかの?」

「そうなのか?」

「そうじゃのう、キーリも一緒にルトまで来てみるかの?」


 キーリは少し悩んだ後に、答えを返した。


「――そうだな。ニアの姿も見ておきたいしな」

「決まりじゃな」

「キーリさんも行くなら私も行きます!」

「俺も久々に行ってみるか」

「エルティナ、お前は駄目じゃ!」

「何でよ、お祖父ちゃん!!」

「支部長じゃ! それにお前は受付の仕事が残ってるじゃろうが!」

「そ、それは……」

「まぁ、仕方無いわな」


 ローグの言葉にエルティナは、言葉を詰まらせる。


「と言う訳で、お前は留守番じゃ」

「うぅ……。分かりました……」

「それじゃあキーリ早速行くかの?」

「ああ、案内頼む」

「じゃあなエルティナ、良い子で待ってろよ!」

「ガルクさん煩いです! キーリさん、支部長、早く帰って来て下さいね!」


 そんなエルティナの言葉を背に、ローグ、キーリ、ガルクの三人はルト商店へと歩み出した。


 ルト商店は中規模商店の一つで、東南東の一角に居を構えている。

 その誠実な仕事ぶりは商業界隈ではかなり有名で、質の低い物は絶対に売らないと言うポリシーはエルティナも知っていた程だ。


「ここがルトじゃよ」

「これがルト……」


 キーリの目に入って来たルト商店は、やや小じんまりとした店で、木造のその店は優しい雰囲気を醸し出していた。

 表に掲げられた看板には麦が三本描かれており、その店の扱っている品物を示唆していた。


「おーい、さっさと入ろうぜ?」

「ああ、そうじゃな。キーリ入るぞ?」

「ああ……」


 中に入ると昼過ぎなのに多くの人で賑わっており、そこまで大きく無い店舗がヨリ一層小さく感じられた。

 ルトで主に売っているのは、麦を始めとする食料品と食器等の日用品らしい。

 それ以外にも、布や服、アクセサリー何かも少しだが置いてあった。


「へぇ、良い雰囲気のお店だな」

「だろ? いやぁ、久々に来たけどヴォルのお店は落ち着くわ」

「何でお前さんが誇らしげに答えるんじゃ……?」


 キーリへのガルクの返答に、ローグは呆れ気味に呟いた。

 そんな一行は店内をゆっくりと回る。


「なぁ、何か見られてないか?」

「あぁ、見られてるな」

「何で見られてるんだ?」

「キーリ、お主本気で言っているのか?」

「私が原因か? やはり羽は目立つのだろうか?」

「それもそうなんじゃが……」


 確かに羽と角は目立つ。だが、問題はキーリとガルクの容姿にあった。

 しかも、ガルクはかなりの有名人で、ローグも知っている人にとっては相当な人物である。

 そんな人物と一緒に居る絶世の美女が、気にならない訳が無い。


『あの綺麗な女性、ガルクさんの彼女かな?』

『ええ? でも種族が違わない?』

『絵になる二人よねぇ……』


 そんなヒソヒソ声も、キーリの聴力で拾ってしまう。


(私がこの男の彼女だと? ふざけるな!)


 そんな声を拾ってしまったキーリは不機嫌になる。

 ガルクは彼女のタイプでは無いし、そもそもさっきの挑発行為で好感度はだだ下がりだったのだ。


「どうしたキーリ? 何か不機嫌に見えるが?」

「何でもない! それより、お前はもう少し離れろ!」

「ああ……。もしかしてまださっきの事怒ってるのか? あれは済まなかったって!」

「怒ってなどいない! 良いからさっさと離れろ!」

「やっぱり怒ってるじゃん! だから、アレはキーリの危険性を確かめる為であってなぁ……」


 別にキーリは、先の事でそこまで怒ってる訳では無い。

 それなのに今キーリが、声を荒げているのは――。


『あら? 痴話喧嘩かしら?』

『若いって良いわねぇ~』

『こら、ガルクちゃん! あんな可愛らしい女の子怒らせちゃ駄目じゃない!』


 店に居たおばさま方の、会話にイラついているせいであった。

 ガルクのせいとも言えるが、ローグを無意識に無視しているおばさま方の方が問題であろう。


 とまあ、こんなやり取りをしていれば目立つ訳で――。


「一体何の騒ぎ……! キーリさん……? それにガルクにギルマスまで、一体どうしたんですか?」

「ん? 確か、ヴォルデルクだったか……。済まんな騒がせて」

「よう! 久々だな」

「ヴォルデルクや、騒がせて済まんのう……」


 騒ぎを聞き付けてヴォルデルクが出て来たようだ。


『まぁ! ヴォルちゃんとの三角関係かしら?』

『どちらも良い男だわぁ』

『あのお爺ちゃん邪魔ね! 折角の良い絵が台無しじゃない!』


 ヴォルデルクの出現におばさま方の話が加速しているが、無視しておいて良いだろう。例えローグの扱いが酷くとも……。


 そんな会話を背に、ヴォルデルクにローグが代表してここに来た要件を伝える。


「そうですか。砂糖を……」

「そうじゃ、一ガロンじゃが用意可能かの?」

「すいません、キーリさんの砂糖は確保していたのですが、そこまでの量だとは思いませんで砂糖の残りが一ガロンも無いのです。ですので申し訳無いのですが、明日の昼まで待ってもらっても良いですか?」

「儂は構わんが、キーリはどうじゃ?」

「ああ、私も構わない」

「俺も構わないぜ?」

「貴様には黙ってろ!」


 元より、そこまでの急ぎでは無いのだ。

 キーリはそう判断し、本日はルト商店を後にした。


「結局、買えなかったな」

「まあ、仕方無いじゃろ。キーリ、お主はルト以外を使うつもりは無いんじゃろ?」

「そうだな。急いでいれば別だが、今回はヴォルデルクの所で買うつもりだ」


 キーリとしては、相手の礼を無碍にするつもりは無い。

 真っ当な理由が有れば別だが、今回はヴォルデルクを立てるつもりであった。


「そうか。相変わらず、お主は面白いのぅ」

「ん? どう言う意味だ?」

「ほっほっほ!」


 その問い掛けを無視して、ローグは可笑しそうに笑った。


「暇になったんなら、キーリの送別会でも開こうぜ!」

「おお、それは良いのう!」

「送別会?」

「おう! 飲んで語って、喰らって歌うのさ!!」

「意味が分らん……」

「コイツの言う事は適当じゃが、一理あるかも知れんのう」


 まあ、送別会にしろ歓迎会にしろ、ただ騒ぐ名目が欲しいだけの事は良くある事である。


「難しく考えるなよ! 飲み食いしながら騒ぐだけだ!」

「そう……なのか……?」


 キーリが疑問に思いながらも話は進み、支部長が場を押さえてガルクが人を集める事になった。


「そうだ、キーリ! 短い期間だったが、ギルド員以外に知り合いは誰か居るか?」

「そうだな……」


 キーリはルト商店のヴォルデルクとヴェッツェーニア、門番の一人であるワグナー、この街の兵士の部隊長であるゲヤルト、後は武具屋のボルマと領主であるティザークの名を挙げた。


「凄え顔触れだな! まあ良いや。支部長、領主と部隊長はそっちで頼んでも良いか? 俺は残りの人物に声を掛けるからよ!」

「了解じゃよ。そっちは任せて、お前さんはギルドでの声掛けに専念すれば良い」

「おお、助かる!」


 こうして、キーリの送別会が開かれる事となった。

 滞在期間はまだ二日だが、与えた影響の濃さからすれば送別会が開かれてもおかしくは無いレベルだろう。

 因みにこの後、領主館にキーリが呼び出されていた事を思い出したローグにより、キーリが領主達一行を館に行ったついでに誘う事になった。


 ◇ ◇ ◇


 総合ギルドの支部長であるローグと、会っていた次の日――。


「貴殿がこの街の領主か?」


 私は、例のホーリードラゴンと直接対峙していた。


「そうだ、私がこの街の領主。シェランド伯爵家が当主、ティザーク・シェランドと言う。宜しくな」

「ああ、これは丁寧に済まない。知っているかもだが、私はホーリードラゴンのキーリ・サーヴァインだ」


 ホーリードラゴンであるキーリ・サーヴァインの第一印象は、何処かに仕える騎士ようであった。

 そしてそれと同時に感じたのは、この女と敵対するのは危険だと言う元冒険者の勘だった。


「今日は招集に応じてくれて感謝する。貴女の事はサーヴァイン殿と呼んでも宜しいか?」

「別にキーリで良いぞ?」

「分かった。ではキーリ殿、貴女の口から直接聞きたいのだが、この街には何をしに来たのだ?」


 答えの分かりきった質問を、キーリ殿に投げ掛ける。

 予想通りに、仲間の依頼で砂糖を買いに来たと返ってくる。


「では、何故仲間の方では無く、キーリ殿が此方に来たのだ?」


 だから私は、一歩踏み込んだ質問をする。


 キーリ殿はホーリードラゴンである。恐らく龍の中でも上位に位置するであろう彼女を派遣した仲間の……、つまり危険な魔物の情報が知りたかった。


「ああ……。それはだな……」


 何故言い(よど)む? 言い淀む理由があると言う事か?


「何か言い難い理由でも……?」


 そう聞きつつもティザークは、少し警戒をしていた。

 もしかすると、胃が痛くなりそうな情報が飛び出す可能性があるからだ。


「まあ、確かにな。私の仲間なのだが、私を除いた誰一人として人化が出来ないのだ。いや、もう一人居る事には居るんだが、アイツはなぁ……」


 少なくとも彼女には、複数の仲間が居るらしい。

 しかも一人は人化が可能な存在のようだ……。

 取り敢えず、人化出来ない仲間を寄越さないってのは、多分こちらへの配慮だろうな。

 人化せずに魔物が来たら、流石のシャンティナも受け容れは無理だっただろうからな。

 それはそうと、その人化出来るもう一人の存在が気になるな……。


「人化出来る、もう一人に任せるのは駄目だったのか?」

「まあ、なんて言うかアイツは人化を殆ど使わないんだ。後、性格に難ありでな?」


 キーリの言うアイツとは、言うまでも無くツィードの事だ。

 性格に難ありとキーリは言っていたが、それはキーリ目線での事であり、彼のコミュニケーション能力は非常に高い。

 しかもかなり温厚であり、友好的な間柄を築く上で障害とは成り得ない。


 但し言葉遣いが相当軽い為、彼女の様な真面目な人物とは反りが合わない。

 例えば、王侯貴族との席にツィードを例のスキル無しで出すと、誰かが怒り出すのは必死であろう。


 彼のスキルをオンにするか、王族と言う事を全面に出せば問題無しかも知れないが……。


「ああ……、成る程な」


 人化に不慣れはなのは兎も角、性格に難ありでは困る。

 話していて温厚そうなキーリ殿ですら、コチラはパニックになっているのだからなぁ……。


「安心しろ」

「え?」

「私は危害を加えられない限り、人間を害する気は無いぞ?」

「どうして……」


 まさか、態度に出ていたか!?


「為政者が気にする事は、時代が変化しても変わらないさ」

「それはどう言う……?」

「昔、同じような目をした為政者が居たのさ。お前と同じ様に私を警戒していてな。だから、今回も同じだと思っただけさ」


 そう言う事か……。敵わないな全く……。


「だがら、そんな所に隠れてないでこっちに出て来い」


 キーリは今居る応接部屋の横にある扉に向かって、そう声を投げ掛けた。


「キーリ殿?」


 その部屋は、今誰も使ってない筈。

 キーリ殿は、一体誰に話し掛けているのだろうか?


 ギイッ……!


 そんな音を立てて扉が開く。

 そこから顔を出したのは――。


「パパ、ドラゴンさん、のぞき見してごめんなさい……」

「すいませんでした……」

「ミリー!? それにシェーラも!」


 扉の向こうから現れたのは、ティザークの娘と妻だった。


「最初から見ていたな? どうして、私とティザークの会話を覗き見していたんだ?」


 キーリは目線をシェーラでは無く、ミリエラに固定して問い掛ける。


「それはですね――」

「今、私はこの娘に聞いている。貴女は黙っていて貰おうか」


 キーリはミリエラの代わりに答えようとした、シェーラの言葉をぶった切る。


「あ、あの、その、えと……」


 キーリに問い掛けられて、ミリエラが(ども)る。

 別にキーリは威圧していたり、鋭い視線をミリエラに飛ばしたりはしていない。

 それでも吃っているのは、ミリエラが怒られると思っているからである。


 キーリはその完成され過ぎた美貌から、黙っていると少し怖い印象を受ける傾向にある。

 今のキーリは、正にその印象が前面に出ていた。


「…………」


 キーリは無言で、ミリエラの言葉を待つ。


「あ、あの、ミリーが悪いの……」

「それは、覗き見した事についてか?」

「う、うん……」


 ミリエラはいつ怒られるのかとビクビクとしており、見る者によっては保護欲が湧く姿をしていた。

 現にシェーラとティザークは、ミリエラを助けたいのを我慢しているみたいだ。


「その謝罪は今は要らない。もう一度問おう。何故覗き見していた?」

「あ、う、その、えと……」


 言葉を積み重ねられる度に責められてる気がして、段々とミリエラの目が潤んでくる。


「…………」

「う、うわーん!! ごめんなざい…………! ミ、ミリーが……ひっく。ドラゴンさんと……、ぐす……。と、友達になりたぐで、うっく……。それで、き、気になっで、ぐす……。覗き見しちゃったの……。びえーん……!!!」


 ついには耐え切れなくなって、ミリエラは泣き出してしまった。


「へ?」


 その光景に一番ビックリしたのはキーリである。

 ただ単に覗き見の理由を聞いていたら、ミリエラが泣き出してしまったのだから。


「びえーん……!!」


 まさしくギャン泣きである。

 辺りにミリエラの泣き声が響き渡る。


「おい、泣くな!!」

「ひっ……。びえーん……!!!」


 泣く子に怒鳴っても逆効果である。

 キーリに怒鳴られた事により、泣き声は更に激しくなっていく。


「ああっ! もうっ!」

「キーリ殿!? ま、待って下さい!!」


 キーリは席を立って、ミリエラの元へと向う。

 その行動を勘違いしたのか、ティザークが慌てて止めに入った。


 そしてシェーラも勘違いしたようで、ミリエラとキーリとの間に立ち塞がる。


「キーリ様、先程の件は謝ります! ですから、ですから娘だけは……!!」


 キーリは、シェーラの言葉を聞いても止まらない。

 ただ、ただ無言で歩いて行く。


「シェーラの謝罪で足りないのであれば、私の命をもって支払います! ですからキーリ殿、ミリエラだけは赦してやって下さい!!」


 ティザークが先回りして、シェーラの隣にミリエラを守る様に並んだ。


 キーリは歩く。ただ、ミリエラに向かって……。


「びえーん……!!」

「とうか、どうかお願いします!!」

「娘の命だけはっ……!!!」


 頭を下げて懇願していた二人を、キーリは無視してすり抜ける。


「あっ……」


 誰の言葉だっただろうか?

 ミリエラの元へと辿り着いたキーリは、手を軽く振り上げて――。


「「止め――!!」」


 その手で優しく、ミリエラを包み込んだ。


「「へ?」」


 キーリは膝を床に付けながら、ミリエラの背中へと優しく手を回して抱き締めたのだ。


「ド、ドラゴンさん……?」

「泣くな……。私は泣いた子供を慰める術を知らない。だから、これ位しか出来ない」


 何時ものビキニアーマーに羽衣が加わった様な姿であれば、抱き締めた時にミリエラは痛がったかも知れない。


 だが、今のキーリの衣装はドレス姿になっていた。

 何処かの貴族が着ていそうなデザインで、腰の部分がかなり細くなっているドレスだ。

 色は優しげな青をベースに、所々に金色の刺繍が施されている。

 そんな姿に変化したのは、ミリエラを抱き締めると同時の事であった。


 一連の事をしたキーリは、心の内では狼狽していた。

 ライトフェアリーを子供と考えれば、彼女は子育て経験千年以上の超ベテランだ。

 だが、ライトフェアリー達はほぼ勝手に育っていく為、子育て経験とするには弱過ぎる。

 その為彼女は、泣いた子供をあやす事すらした事が無かった。

 今の行動も、昔見た人間の模倣でしかないのだ。


「ぐす……。ドラゴンさん、どうして……?」

「どうしても何も、何故お前は泣くのだ? 私はただ理由を聞いただけだ」

「おこってないの?」

「別に怒ってなどいない。何故怒っていると思ったのだ?」


 キーリはミリエラから、拙い言葉で泣いた理由を聞き出した。

 それによると――。


「そうか……。私の言葉遣いが怒ってるように聞こえたか」

「うん……」


 黙って問い質すキーリの姿は、ミリエラだけで無く殆どの子供には怒ってる様に見えるだろう。

 一概にキーリが悪い訳ではないが、彼女の聞き方がマズかったのも確かである。


「済まんな。私はどうにも不器用なようだ。――それでも良ければ、友になってはくれないか?」

「――え? いいの?」

「言葉遣いが不器用な私では駄目か?」

「ううん! そんな事無い! ミリーもお友達になりたい!」

「そうか。なら今から、私達は友達だな!」

「わ、わっ!!」


 キーリはミリエラを抱きかかえると、そのまま立ち上がった。

 そして、ミリエラを抱っこしたまま後ろを振り向くのだが――。


「何故、お前達まで泣いている……」


 振り向いた先では、ティザークとシェーラが静かに涙を流していた。

 それを見たキーリは、やや唖然としながら質問をした。


「さ、先の光景に感動してしまいまして!」

「私もです! とても、とでも感動しました!」

「そ、そうか……」


 キーリは、予想以上に強い語気での返事に少し引いていた。

 一方のティザークは目の前の光景に、感動が心中を駆け巡っていた。


 あぁ……、素晴らしい光景が目の前にある……。

 キーリ殿が席を立たれた時はどうしようかと思ったが、ミリーを抱き締めた時の彼女の姿を見たら全てが吹き飛んだな……。

 あの時キーリ殿は無害だと確信した。あんな抱擁が出来る女性が有害である筈が無い!


 ティザークの理論はタダの感情論に成り下がってるが、彼にその判断を下させるくらいに、先程からの光景は絵になったのだ。

 惜しむらくは二人とも背後斜め横から見ていた為に、キーリが殆ど見れてなかったと言う事か……。


「良く分からんが、続きと行こうか。まだ、私に聞く事が有るのだろう?」


 そうキーリは言いながら、席へと戻って座った。

 ドレス姿で、ミリエラを抱きかかえたまま……。


「ああ、そうだな。シェーラも此方に来なさい」

「はい」


 ティザークとシェーラが、対面に座った所で会話が再開される。

 それは先程とは違い、とても穏やかで心が暖かくなる物だった。

 そうして、穏やかな会話の時間が過ぎて行き……。


「では、キーリ殿。今日は色々と済まなかったな」

「今日はありがとう御座いました」

「キーリお姉ちゃん、今日はありがとう!」

「ああ、それではな」


 そう挨拶をして、キーリは扉を開けようとして、戻って来た。


「どうした? 忘れ物か?」

「忘れ物と言えばそうだな。私は明日にはこの街を出る予定なんだ」

「もう帰るのか?」

「お早いお帰りなのですね……」

「キーリお姉ちゃん帰っちゃうの……?」

「ああ、元々は砂糖を買う為だけに来たつもりだからな。それで、ガルクとローグのヤツが太陽と月の宿で送別会を開くらしいんだが、お前達も参加するか?」


 確かにそう言っていたな。と、言う事砂糖が揃ったのだろう。

 そして、送別会か……。ふむ……。


「よし、参加しよう」

「パパ?」

「貴方が参加するなんて珍しいわね?」

「あぁ、確かにな。だが、キーリ殿とは長い付き合いになりそうな気がするんだよ。ならば、送別会に参加した方が良いだろう? まあ、単なる勘でしかないが……」


 キーリ殿が関わり合いを断たない限り、重要な人物となるのは間違い無いだろう。

 そして彼女自身の、非常に好感が持てる性格も今日良く分かった。

 ならば為政者としても、ミリーの父親としても、そして一人の人間としても彼女とは良い関係を築きたいと思うのは当然だ。


 そんな思いのティザーク達が参加する事が決まった所で、今度こそキーリは領主館を後にする事にしたのだった……。

と言う訳で、おろおろ涙を流していたのはミリエラでした。


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