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キーリのお使い ~疾風の洗礼~

「そろそろ戻るか」


 ボルマに武器の作成を依頼した後、キーリは適当に辺りをぶらついていた。


 今の時刻は六刻半くらいだ。

 戻るには些か早いのだが、大体の店を回ってしまったので、少しヒマになってしまっていたのだ。


「だから、早く戻って来たんですね?」

「ああ。それで、まだ泊まる場所の許可が取れてないなら、修練場を貸してもらえないか?」


 総合ギルドに戻って来たキーリは、エルティナに対してそう問い掛けた。


「確かにまだ支部長は戻って来てないですね。修練場を貸すことは可能ですが、何をするのですか?」

「なに、少し暇だからな。素振りでもしておこうと思ってな」

「そういう事ですか。それなら問題有りませんよ」 


 エルティナがご案内しますと言って席を立つ。

 キーリがその後ろに付いていくと、地下へと続く階段が現れた。


「地下にあるのか?」

「はい。やはりどうしても音が(うるさ)いですからね」


 総合ギルドには、冒険者部門の為に修練場が設けられている。

 そこで初心者は腕を磨くのである。また、実力試験を行う場所でもある。


「中々広いな。昔よりもやりやすそうだ」


 地下へと続く階段を下り終わると、修練場が目の前に現れた。

 壁や天井は石で作られており、床は剥き出しの地面で土埃が舞っている。

 壁の所々にランタンの様な明かりが灯っており、地下であるにも関わらず十分な光源を確保していた。


 そしてその修練場の中では数十人の冒険者達が、模擬戦をしていたり素振りをしていた。


「昔ですか?」

「ああ、二千三百年前くらいに来た時は、修練場は地上にあってな。広さを確保出来なかったせいか、かなり狭く作られていたな。しかも、あの日は生憎と嵐でな。雨と風が凄かったからな――」


 危うく飛ばされそうだったと、キーリは苦笑いした。

 キーリはドラゴンとは言え、別に人化した時までその重量を引き継いでいる訳ではない。

 従って、人間が飛ぶような風が吹けばキーリもまた飛んでしまう訳だ。

 まあ、人間とは違いどれだけ錐揉(きりも)みして地面に叩きつけられても、その衝撃程度では死ぬ事は有り得ないのだが……。

 そこについては、エルティナも分かっているだろう。


「へえー、昔は外に修練場があったんですね」


 キーリはそうだと返事をしてから、修練場の注意事項は昔と同じかと聞いた。

 そんな昔の事をエルティナが知る訳も無いので、彼女は改めて注意事項を伝る。


 とは言え、そんなに難しい物は無い。

 修練場を破壊するなとか、周りの人の迷惑になるなとか、それくらいである。

 ただ一つ重要なのは、もし模擬戦を誰かと行うなら模擬武器を使えと言うものだ。

 過去に実剣を使った模擬戦で死人が出てから、この決まりが出来たらしい。


「模擬武器……?」

「はい、あれですね」


 エルティナが指し示した先には、木製の大きな箱が幾つか置いてあった。

 キーリ達が移動して中を覗くと、そこには剣や槍等の様々な武器が入っていた。

 そしてそのどれもが刃を潰されており、少なくともこれを使えば切り傷や刺し傷等で死ぬ可能性はかなり低くなりそうだ。

 尤も殆どの武器は金属製の為、メイス等の打撃武器と同等の威力はあるのだが……。


「なるほどな。刃を潰してあるのか」

「はい。勿論完全に負傷を防げる訳ではありませんが、この対策でかなり負傷が減ったのも事実です」


 そんな会話をしていると、近くに居た男が一人やって来た。

 その男は、鍛え抜かれた鋼のような細身の身体をしており、彼の顔は鋭い目と合わせて人を何人も殺した事があるような凄みを持っている。

 髪の色はセピア色で、首まであるようなロングヘアーを無造作に流していた。


「よう、エルティナ!」

「ザランさん!?」

「ん? 新人か?」

「い、いえ……。新人と言うよりは真逆の様な、そうでも無いような……」

「うん?」


 まあ、二千三百年前に登録したきりの人を、新人と呼ぶかどうかは微妙な所だろう。

 エルティナがそんな事を考えていると、その男は彼女の言い方に疑問を感じながらもキーリへと声を掛けた。


「まあ良いや。そこの新人!」

「私の事か?」

「ああ、そうだ。お前中々やりそうだな? 俺と一戦交えないか?」

「ザランさん。この人は……」

「大丈夫だ」


 キーリはエルティナの言葉を、手で遮りながら言葉を掛けた。


「キーリさん?」

「ザランとか言ったな? 私の名はキーリ・サーヴァインだ。一戦お願いしても良いか?」

「氏名持ちかよ……。なぁ貴族様よう、俺は手加減出来ないが構わないか?」

「ああ、構わない。それと私は貴族じゃないから気にするな」

「へえ、そうかよ」


 その後模擬戦のルールを決める。

 とは言えそんなに難しい事は無い。どちらかが降参するか、戦闘不能と判断されたらその時点で終了。後は、生命に関わるスキル等を使用しないと言う事くらいだ。


「じゃあやるか」

「ああ」


 キーリとザランは互いに刃が潰してある得物を持ち、修練場脇の空いてるスペースにて向かい合う。

 二人の持っている獲物は、どちらも同じロングソードの模擬剣である。


「エルティナ、スタートの合図をしてくれ」

「え? 私?」

「ああ、そうだな。エルティナ頼む」


 キーリとザランは、互いに構えの姿勢を取った。


「あぁ! もう、分かったわよ!! よーい――、スタート!!」


 スタートの声が掛かるとキーリとザランは、ほぼ同時に間合いを詰める。


 ガキンッ!!


 模擬武器同士がぶつかる音が、甲高く辺りに鳴り響く。

 剣同士をぶつけ合ったまま、ザランがキーリに顔を近付けて声を掛ける。


「へえ……。新入り、お前俺の動きに付いてこれるなんてやるじゃねえか!!」

「ザランこそ! 人間にしてはかなり速いなっ!!」


 キーリはそう答えた直後に、ザランを剣毎弾き飛ばした。


 だが、ザランも負けてはいない。

 弾き飛ばされる直前に、自ら後ろに飛ぶ事では威力を弱めたらしく、危なげ無く着地を決めていた。


「やるな! 自ら飛ばされて威力を削ぐとはな!」

「良く言うぜ! 大の男を軽々吹き飛ばした癖によ!!」


 ザランが再び距離を詰めてくる。


 それに対してキーリは剣を上段に構えて、ザランの剣を捌くつもりらしい。


「そう簡単にカウンターは狙わせないぜ? ”疾風加速”!!」


 そこからザランのラッシュが始まる。


 ガン、ガン、ガンと規則正しく剣と剣が触れ合う音が鳴り続ける。


 その音はまるで、戦いの開始を告げる戦太鼓の様だった。


 ◇ ◇ ◇


 凄い……。それしか言葉が浮かばなかった。

 私は目の前の光景を見ながら、そんな感想を抱いていた。


 そもそもこうなったのは、キーリさんを修練場に案内していたら、あの疾風のザランさんがキーリさんに模擬戦を申し込んできた事に起因する。


 ザランさんは怖い見た目と違って根は良い人なんだけど、強い相手を見ると挑む癖があるからなぁ……。

 はぁ……、その結果が目の前の光景なんだよね。

 でも、キーリさんもキーリさんだよ! あんな簡単に頷いちゃうなんて!


 この一戦が始まってから、修練を止めてこちらを見る人が増えている。

 それを証明する様に、今も色々な囁き声がエルティナの耳に聴こえてくるのだ。


「おい! あのザランの攻撃を防いでるぜ!?」

「ああ……。彼女一体何者だ?」

「何だよ……。あの速さ……」

「うん? なんだあの女? ザランの攻撃に、手も足も出てねぇじゃねえか!」


 この修練場において、一番注目されてるのは確かだろう。

 そして最後の彼の言う通り、キーリさんは防戦一方だ。ホーリードラゴンとは、果たしてあの程度のものなのだろうか?


「オラオラどうした!! この程度で終わりか?」

「そんな訳無いじゃないか! 折角やり合うのだから楽しまないとな!!」


 いや違う……。彼女はこんな時に笑っているんだから。

 楽しくて楽しくて、仕方が無いと言う笑顔だ。


「――ああ、ザラン。その攻撃は悪手だ。もっと、私の動きを見極めた方が良いぞ?」

「クソ!」


 それに、まだ彼女は余裕がある。幾つかザランさんの攻撃に対して指摘してのも見て取れる……。


 彼女がまた笑う……。

 彼女のそれは綺麗な笑顔ではあるのだけど、時折ゾクッと悪寒を感じる事がある。


「おい、アイツ笑ってるぜ?」

「あぁ、頭おかしいんじゃねえか?」


 外野が好き勝手述べるが、彼女は頭がおかしいのではなく、本能的に闘いを求めているのではと思う。

 なんたって彼女は、あの戦闘種族と呼ばれるドラゴンなのだから……。


 ◇ ◇ ◇


 ったく、何だよこの女は!?

 上辺は上手く取り繕ってはいるが、正直勝てる気がしねえ!


 俺は疾風だぞ!? 速さだけならあのガルクにさえ負けてない!

 それなのにこの女ときたら、俺の攻撃に付いて来るどころか、全ての攻撃を完璧に防いでやがる!!


 しかもあの腕力……。下手したら、ガルクより強いんじゃないか?


「やるじゃないか!」


 そんな俺の思考を邪魔するかのように、上から目線の言葉が掛けられる。


「お前、馬鹿にしてんのか!?」


 クソが! こうなったら俺のとっておきを使ってやる!!


 ザランはキーリと距離を取る。


「何だ? もう終いか?」

「そんな訳無いだろ? ”舜動”!!」


 コイツは俺の切り札の一つだ。

 舜動は疾風加速の上位スキルで、疾風加速が疾風の様に駆け抜ける事が可能になるスキルなら、舜動は目にも映らず瞬間移動した様に見える速度で動ける様になるスキルだ。


「はっ!!」


 そのスキルを使用して彼女の方へと向かうと、初めて彼女の顔に驚愕の色が広がった。


 だが、もう遅い!

 俺はキーリが剣を構えている正面を避け、横をすり抜けて背後への攻撃を加える。


 ガキン!


「なっ?」


 完全に不意を付いた筈だ……。


 なのに何故あの女が、俺の剣を受け止めている!?


「やるな! 久し振りに楽しめそうだ!!」

「クソが!! はあっ!!」


 俺が続けて死角から斬りかかると、その全てを防がれる。


「楽しいな! なあ、ザランもそう思わないか?」

「思わねえよ!!」


 冗談じゃねぇ!! 氏名持ちのボンボンかと思えば、とんだ戦闘狂じゃねえか!!


「それは残念……。私は楽しいのだがな?」


 コイツは一体何なんだよ! 正面、背面、側面、どの方向からも攻撃が通じねえ!


 フェイントを入れても、攻撃の速度を上げてもだ!


 それどころか――。


「まだ上がるのか! ザラン、お前凄いぞ!!」


 俺が速度を上げても、彼女を楽しませるだけらしい。


 これ程の絶世の美女からの称賛だ。

 少しくらい嬉しくなるかと思ったが、今回は全く嬉しくないな……。


 彼女がまだ全力に程遠いのもあるだろう。何せ、反撃らしき反撃すらしてないのだから……。


「クソ!! 甜めやがって!!」


 絶対一撃入れてやる!!


 俺は温存していた、全てのスキルを発動する事にする。


「”剣速加速”! ”瞬間加速”! ”虎牙(こが)十連斬”!!」


 舜動で身体の速度は加速するが、その速さ故に攻撃可能な回数は減ってしまう。

 それを剣速加速で攻撃速度を上昇させる事で補い、瞬間加速で更に身体速度を加速させる。そこに叩き込むのは、俺の最高連撃回数を誇る高速の十連撃だ。

 これが駄目なら、完全に打つ手が無いたろう……。


 今度こそ、本気で驚いたのが見て取れた。

 だが相手に対応させる暇は与えない。


 右足、左足、右腕、左腕、首、心臓、様々な箇所に反撃し難い位置から攻撃を仕掛ける。


 ガ、ガ、ガ、ガ……。


 そんな高速の連撃をザランが加えた為、キーリの体勢が少しずつ崩れて行く。

 そしてついに――。


 ドカッと言う鈍い音と共に、キーリの身体にまともにザランの剣が当たった。

 そしてその攻撃と共に、キーリが少し後ろに後退させられる。


「どうだ! 一撃当てたぞ?」


 ザランが聞くが、キーリは顔を伏せたまま何も言わない……。


 痛みで声も出せないか?

 ハンッ! 相手を見下すから、こうなるのさ!


「――ハハッ! アハハハッ!!」


 だが、突然キーリが笑い出した。


「キーリさん?」


 エルティナが、疑問に思って声を掛ける。


「ザラン! お前、最高だな!! 久し振りにモロに攻撃を食らったぞ? これなら、一つ枷を取っても大丈夫そうだな!」


 枷を取る?

 どう言う意味だ?


「ザラン、耐えて見せろよ?」


 それはどう言う――。


「ッ!?」


 何だ、このプレッシャーは!?


「行くぞ? ”身体強化――”……」


 その直後、彼女の姿が完全に掻き消えた。

 そして次の瞬間、死の予感とも言うべき嫌な予感が過る。


 俺はそのカンに従い、武器を前方へと構えた。


 ガスッ!!


 俺のカンは当り、武器と腕が折れそうな程の衝撃が剣から伝わって来た。

 実際に今の一撃で、刃が無い筈の武器が刃こぼれしてしまった。


「ザラン、流石だな!! だが、まだまだ行くぞ?」


 そこからの展開は一方的だった。


 キーリの加える攻撃はどれも威力が段違いであり、更に彼女の攻撃が全く見えないのだ。


 それでもザランが何とか防いでいるのは、全ての攻撃が防ぎ易い位置に加えられているのと、圧倒的に威圧により攻撃方向をハッキリと伝えているからであった。


「ああ……、楽しいな……。ザラン、もう一段階速度を上げるぞ?」


 そのキーリの言葉に応える声は無い。

 既に、ザランにはそれに応えるだけの余裕が無いのだから……。


 何なんだよ……。何なんだよ、この女は!!


 もう速度に付いて行けないとかそんなレベルじゃない!

 明らかに手加減されているのに、一番動きやすい状態を保っているのに、この俺が、疾風と呼ばれているこの俺が防ぐので精一杯だ!


 本当にお前は何なんだよ!!


「さあ、そろそろ仕舞いにするぞ? 楽しませてくれた礼に、一つ技を見せてやる――」


 技だと?


「行くぞ? ”乱れ紅雨(こうう)”!」


 キーリのその言葉の直後に、激痛と共に俺の身体は宙に舞った。

 その時俺には、何が起こったか全く分からなかった。


 そして俺の意識は、地面にぶつかったのを最後にそこで途切れた……。


 ◇ ◇ ◇


 目の前で、何が起こったのか全く分からなかった。

 ザランさんが負けたのは確かだと思うのだけど、途中から全く目で追い掛けられなかったのだ。


「嘘だろ? ザランが負けたのか?」

「疾風のザランが速度で負けたのか……?」

「なあ、途中から見えなかったんだが、何が起こったんだ?」

「そんなん、俺が聞きたいわ!!」


 そんな中、キーリがザランへとゆっくり近付く。


「キーリさん?」

「ああ、少しやり過ぎたからな。”ライトヒール”――」


 キーリの言葉に反応して、ザランの体が光に包まれる。

 そして、ザランの傷がゆっくりと治り始めた。


「このくらいで止めておくか」


 そう言ってキーリは、治療の途中で治癒魔法を取り止めた。


「どうして、途中で止めたんですか?」

「痛みは成長の糧になるからな。最低限死なないレベルまで回復させたし、これ以上はザランの糧を奪う事になるだろう?」

「そう言う物なんですか……」

「ああ。それよりも、コイツは弁償対象か?」


 そう言って、キーリは持っていたロングソードの模擬剣をエルティナに見せる。

 キーリとザランの剣は、先程の打ち合いで寿命を迎え、ポッキリと根本から折れていたのだ。


「それなら、弁償代わりに模擬戦をしながら剣の指導をしてみんかの?」

「お祖父ちゃん!?」

「エルティナ、仕事中は支部長じゃよ!」


 その後にローグの話しを聞くと、キーリに指導者として冒険者達を鍛えて欲しいと言う事と、自分自身も教わってみたいと言われた。


「おじ……支部長、自分が教わりたいだけなんじゃ……」

「その理由が大きいのは事実じゃな。だがキーリの実力の一部でも、冒険者達に身に付けばと思ったのも事実じゃよ?」


 支部長の言い分も分かった。

 確かにキーリさんは強い。

 しかも、単なる力押しでは無く、技術を持ってしての強さを持ってるみたいだし。


「ふむ、別に請け負っても良いが、私が教えられるのは感覚くらいの物だぞ?」

「ああ、それで問題なかろうよ。キーリの様なレベルの者との戦う機会は、十分に奴等の糧になるじゃろうからのう」


 キーリとの模擬戦が、彼等の糧になるのは事実だろう。

 人によっては絶望するかも知れないが、調子に乗ってる者は鼻っ柱を折られ、強さに貪欲な者はキーリから助言を言われるまでもなく、そこから何か学ぶ事だろう。


「ふむ、それならば引き受けよう」

「おお! 助かる! では、明日の朝から頼むぞ!! 時刻はそうじゃな――。三の刻くらいでどうじゃ?」

「ああ、それで構わない」


 今更だが、この世界において時刻の認識は曖昧である。

 ローグが言った三の刻とは大体地球で言う七時の事だが、スマホがある訳でも無く腕時計の様な物も非常に高価な為、一般人がいつでも何処でも時刻を知れる訳ではない。


 では何で知るかと言えば、一つはこの街において鳴り響く鐘の音だ。

 三の刻、五の刻、七の刻においてのみ、鐘が街に鳴り響くためそれを目安にするのだ。


 もう一つは、中央広場を始めとする幾つかの屋外に置いてある時計だ。

 ただこの時計は日本で普段見る様な時計では無く、日時計と月時計かセットになった物で曇の日には使えない欠点がある。

 とは言え、半刻くらいまでなら正確に読み取る事が出来る為、こちらもかなり重宝されている


 最後の一つは、総合ギルドや幾つかの施設内に設置されている時計の魔道具だ。

 定期的に魔石を取り替える必要があるが、天候に左右される事無く時刻が知れる優れものだ。

 但し非常に高価である事と、盗まれやすい物の為、置いてある施設はかなり少ないのが欠点である。


 そしてこれらの時計事情から、半刻単位――凡そ一時間半――でしか時刻の指定がされないのが一般的であり、この世界の住民は時間に対して非常にルーズであると言えよう。


「それで、私が泊まれる場所はあったのか?」

「ああ、兵士の為の修練場あるのでそこを使ってくれとの事だ」

「それは良かった。これで野宿する必要は無くなったみたいだな。済まないが、後で案内してくれ」


 支部長は必要な事を話したのか、この後階段を上って去って行く。

 その後支部長と話し終わったキーリさんは、ザランさんの近くで腰に差していた剣を使って素振りをし始めた。


 そして少し時間が経った頃、気絶していたザランが目を覚ました。


「う、うーん……」

「ザラン、起きたか?」


 キーリは素振り止めると、ザランにそう話し掛けた。


「ああそうか……。俺は負けたのか……」


 ザランは一瞬悔しそうな表情をした後、すぐに元の表情に戻してキーリに告げる。


「新人、いやキーリ! 俺に勝つとは凄えな!! 他の大陸か何処かで有名だったのか?」

「出身は別の大陸だが、有名だった訳ではないと思うぞ?」

「お前程の者がか!?」

「そもそも、人間と関わるのは二千三百年振りだからな。お前達が知らなくても無理ないさ」

「二千年……!? お前、人種じゃないのか……?」

「言ってなかったか? 私はホーリードラゴンだ」


 ザランが目を見開いて、驚愕の表情を浮かべる。

 だが、暫くすると納得した様な表情に変わった。


「なるほど、な……」

「ああ。だから負けた事を気にする必要は無いぞ? 寧ろ、私の枷を一つ取り去った事は誇って良い」

「素直に受け取れないが、一応礼を言っておく」


 やや憮然としながらも、ザランは礼を述べる。

 だが、事実ザランは強かった。キーリの枷を一つ取り去れるくらいに。


 ザランはそれでは不満な様だが、そもそも強力な魔物と人間を比べるのが間違いなのだ。

 人間よりも強靭な肉体を持ち、強力な魔法や魔術を圧倒的な魔力量で湯水の様に扱う。

 それを人間は、数の暴力と技術で以て抑えて来たのが現実だ。


 キーリはその強力な魔物に当たる為、本来多人数で挑んでも勝てない様な正真正銘の化け物なのである。

 確かに、力押しでは無く技術で以て倒されたのは不満なのかも知れないが……。


「おいっ! ホーリードラゴンって言葉が聞こえたぞ!?」

「いや、出任せだろ?」

「だが、あのザランに圧勝したぞ?」


 それに合わせて、先程の言葉が聞こえていた周囲が騒ぎ出す。


「さて、ザラン。先程の戦いはお前の糧になったか?」

「それはどう言う意味だ?」

「私は久々に楽しめたからな。お前にも利があって然るべきだろ?」

「ちっ! 嫌な奴だな全く!!」


 ザランからすれば、手も足も出ずに負けた様な模擬戦だ。

 確かに一撃は加えたが、あれはキーリが相当手加減していたからである。

 ザランは奥の手こそ使ってないが、全力も全力、幾つかの切り札さえ投入してその上で完敗したのだ。

 悔しさや苛立ちは勿論あるだろう。


 だが――。


「ああっ! そうだよ!! キーリとの戦いでは多くを学ばせて貰ったさ!!」


 事実、彼自身の糧にはなっていたのだ。

 一方で自身の本気が軽く()なされ、指導を混ぜる余裕すらある状況に苛立ちも募った。


「なら良かった。次はもっと強くなってくれよ? そしたらもっと楽しめそうだ」

「ちっ! 言ってろ!! 次はお前を倒してやるから覚悟しておけ!!」

「ああ、それでこそザランだ! 次に会うのを楽しみにしてるぞ!!」

「クソが!!」


 そして悪態をつきながら、ザランは練習場を出て行った。


「さてと……。次に私の相手をしてくれる奴は居ないかな?」


 キーリは楽しそうに笑みを浮かべながら、そう周りに居た冒険者達に話し掛ける。

 その笑顔と僅かなプレッシャーに縫い付けられたかの様に、先程まで騒いでいた冒険者達が鎮まってしまう。


 彼等の耳には、言外のこの言葉が聞こえた事だろう。

 『次の生贄になるのは誰だ?』と……。


うーん、やっぱり戦闘シーンは難しいですね。

模擬戦なので、難しいのかも知れませんが……。


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