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キーリのお使い ~領主の苦悩とギルマスの苦悩~

今回はかなり短いです。


 コンコン――。


「入れ」

「失礼します」


 珍しく一人で仕事していたティザークは、扉のノックの音を聞いて入室の許可を出した。

 扉を開けて執務室に入って来たのは、シェランド家に仕える数少ないメイドの一人だ。

 現在二十代前半の彼女はやや癖のあるダークブラウンの髪を肩まで伸ばしており、黒い瞳と浅黒い肌をしていた。

 身長はそこそこ高く八千四百ルアナレイ――百六十五センチほど――くらいで、少し意思が強そうな吊り目がティザークを見ていた。


 因みにメイドの数が少ないのは、メイドの仕事の殆どをシェーラがカバーしてしまうためである。


「どうした、イルナ?」

「はいティザーク様。お客様がお待ちになっておりますが、如何致しましょうか?」

「客? 誰だ?」

「総合ギルドのヴナン支部長です」

「ふむ、ローグが? 分かった行こう」

「畏まりました」


 ローグが何の用だ?

 もしかして、例のドラゴンの件か?


 執務室から出たティザークは、ローグが待つ部屋へと向かう。

 その道すがらティザークは、やや後ろから付いて来るメイド――イルナ――へと話し掛けた。


「どうだ? もう此処での暮らしには慣れたか?」

「はい! まだ不慣れな事は御座いますが、ここの皆さんにはとても良くして頂いて、何とかやっていけています」

「そうか、それは良かった」


 ティザークが、彼女を拾って(・・・)来たのは三年程前だ。

 当時彼女は他の街で迫害を受け、縋る想いでこの混沌都市に来ていた。

 だが、この混沌都市ですら彼女を受け入れてはくれなかった。


 その原因は、彼女の肌に浮かんだ模様にある。

 彼女の肌には、腕と足、背中に掛けて、まるで何かの魔法陣の様な模様が赤く光りながら浮かんでいるのだ。

 それを不気味がって、誰も彼女を雇ってはくれなかったのである。


 それを偶然知ったティザークは、彼女をシャンティナ家のメイドへと引き入れた。

 そんな事情もあり、彼女のメイド服は特注のデザインになっている。

 手首や足首が一切露出せず、そもそも長い筈のスカートの丈が更に長くなっていた。

 下手したら裾を踏んづけて転びそうな丈であり、手には手袋、足には靴下を履いている為、露出して見えるのは彼女の首から上だけとなっていた。


「ティザーク様、改めてわたしなんかを拾って下さりありがとう御座います!」

「気にするな。その分しっかりと働いてくれればそれで良いさ」

「はい!」


 そんな話をしながら、ティザーク達はローグが居る部屋へと辿り着く。


「ローグ、待たせたな」


 部屋に入ったティザークは、ローグの向かいの席に座る。


「いや、そこまで待ってはおらんよ。忙しい時に済まんな」


 ティザークが座ると、イルナは彼の前に新しく紅茶を用意する。


「構わん。ミリーちゃんと遊んでいた訳でもないしな。――ああ、済まんなイルナ」

「お前も昔から、ちっとも変わらないな……」


 イルナの主人でもあるティザークは領主を継ぐ前に、長兄の癖に冒険者をしていた時期がある。

 快楽主義のティザークは、楽しいと思える依頼なら少ない金額や低いランクでも、お構い無しに選んでいた為かなり目立っていたのだ。

 ティザークはその時の縁で、ローグとも知り合いになっていた。


 またこの頃は、楽しい事の基準がミリエラと遊ぶ事になっていて、ティザークの溺愛ぶりは周知の事実となっていた。

 もし、シェーラが居なければ街の統治にも差し障りが出ていたかも知れない。

 それは、ローグが来たと言う事実に対しての返事からも想像出来るだろう。


 そんなティザークと対峙しているローグは、彼の言を聞いて呆れていた。


「当たり前だ」


 イルナは呆れていたローグに対して、既に置いてあったティーカップへと新しく紅茶を注いだ。


「おお、済まんのぅ」

「いえ、お気になさらず」


 一連のお世話を終えたイルナは、ティザークの後ろへと控えた。

 それを待っていたかのように、ティザークがローグへと話し掛ける。


「それで、ローグが直々に来るとはどうした?」

「お前の方でも掴んでるかも知れんが、この街にドラゴンが入り込んだ」

「やはり、その話か……」

「ああ。それでそのドラゴンだが、名前はキーリ・サーヴァイン。種族はホーリードラゴンだ」

「ホーリードラゴン!? しかもネームドかよ!!」


 ローグからの情報を聞き、ティザークは驚いた。


 確かに、かなり強力な魔物の可能性はあったが、ネームドのホーリードラゴンとはな……。


「ああ、そうだ」

「――具体的に、どれ位の能力か分かるか?」


 流石に呆けては居られないな。

 種族がホーリードラゴンだったのは幸いかも知れないが、対策を立てる必要が無いとは言えないだろう。


「――儂は彼女の魔力の一端に触れる機会があったのたがな……。あれは別格だったぞ? 強過ぎる魔力の奔流に、押し潰されるかと思ったわい!!」


 ローグはそう言うと、目の前の紅茶を口にした。


「お前がそこまで言う相手か……」


 それは対策を立てられるレベルなのだろうか?


「因みに、ランクは最低でも宵闇(よいやみ)ランクらしいぞ?」


 ティーカップを持ちながら、苦笑いを浮かべるローグ。


「おいおい……。最低でも宵闇かよ……」


 冒険者のランクは力を過信して起こった昔の過ちを繰り返さない為に、人間には到達出来ないと言われているランクを含んでいると言われている。

 そのランクの一つが宵闇ランクだ。


 冒険者のランクは漆黒から始まり、繊翳(せんえい)――僅かな影の意――、幽暗(ゆうあん)――ほの暗いの意――、夕闇、宵闇、常闇とランクが上がっていく。

 更に、漆黒以外はプラスとマイナス表記があるので、ランクは合計で十六段階に分かれている訳だ。

 だが、実質的には夕闇ランクが最上位のランクとされており、夕闇プラス以降は人間に到達出来るランクでは無いとされている。

 昔よりも判定が緩くなっている可能性も否定出来ないが、現在の判定でさえ夕闇クラスは一騎当千の実力があると言われている。

 その上の宵闇に至っては、一騎当万のレベルでやっと到達出来るのだと言う。


 そして今回ローグは、対象のホーリードラゴンのランクを、最低でも宵闇ランクであると言った。

 それはすなわち、万の兵を使っても抑えれないレベルと言う意味である。


 あれ? 確か、そのドラゴンには仲間が居たよな? それって下手すればこの街だけじゃなくて、ガライアム王国ごと滅びるんじゃ……?


「そうじゃ! じゃから、ギルドは彼女と友好的に接するつもりじゃよ。それ以外に方法も無いしのぅ……」

「それを言いに来たのか?」


 ギルドのスタンスを、俺に示しに来たって事か?

 まあ、重要な事ではあるよな。下手したらホーリードラゴンと、やり合う可能性があるんだから……。

 まあ、やり合う事になったらこの街は終わりそうだけどな!


「それもあるがの……。ここに来たのは、彼女の宿泊先の件じゃよ」


 一気に話が平和的になったな……。

 ――ん? いや、待て! 宿泊!?


「待て! 宿泊先って事は、そのホーリードラゴンは街に泊まるのか!?」

「ホーリードラゴンではなく、キーリ・サーヴァインじゃな」

「だぁ面倒くさい!! それで、そのキーリは街に泊まるのか?」

「そうじゃ。素材の査定も終わっておらんし、まだ砂糖も集めておらんから数日は留まると思うぞ?」


 マジか……。一日でも胃が痛いのに、それが数日とか……。


「――はぁ……。それで? 宿泊先の件とは具体的に何の事だ? 人化出来るのであれば、普通に宿屋を紹介すれば良いだろう?」


 別に今は宿屋の繁忙期じゃない。宿屋の一部屋くらい、何処でも空いている筈だ。

 適当な宿屋は紹介出来ないって事かも知れないが、宿屋ならローグの方が私なんかより十分熟知しているだろうさ。

 なのに何故?


「キーリがの……。寝る時は、人化を解いて寝たいと言い出したのじゃ……」


 人化を解く……?

 おい、それってドラゴン形態になるって事だよな?

 どんだけ広いスペースが必要なんだよ!!


 だが、ローグに聞いてみると彼女は龍としては小柄らしく、十ナレイ四方の場所があれば事足りるのだと言われた。

 十ナレイ四方か……。

 確かにその広さであれば、確保出来ない広さではない。

 問題は何処を貸すかだが……。

 いや、それよりも――。


「なあ、一度明日にでもキーリ・サーヴァインに会う事は出来ないか?」

「何じゃ? 領主直々に会うつもりかの?」

「流石に放っておける案件じゃないだろ?」


 そう、放っておける程の軽いものでは無い。

 私は直に会って、見極める必要があると考えていた。

 部下は危ないとか言いそうだが、そもそも最低でも宵闇級の奴が居る街に、安全な場所など無いからな。


「分かった。儂の方から伝えておこう」

「ああ、それと宿泊の件だが――」


 正直、ドラゴンの姿で街に居て欲しくは無いが、今はあまり気にしない事にする。


 そして、ティザークが寝床として提案したのは、この街の兵の為に用意されている修練場だ。

 そこは雨の日も修練を可能にする為に屋内に設置されており、三十ナレイ四方と天井の高さが十ナレイはある巨大空間だ。

 天井の高さが異様に高いのは、この世界の兵士は、一部スキルや魔術等による修練も行う為である。


「よし、これで問題なかろう。儂は帰って彼女に伝えて来るとしようかの」

「ああ。手間を掛けたな。他にも伝える事はあるか?」

「――そう言えば、彼女が大量に魔物の肉を持って来てくれていたぞ? 魔物肉を大量に欲していたじゃろう?」

「おお! それは嬉しいな! どれくらいの量確保出来たんだ?」


 その問いに対してローグはティザークに確保した量を伝えた。


「ほう! 結構な量が確保出来たんだな!」

「そうじゃな。これで、例の依頼は取り下げられるのかの?」

「あぁ……、それは厳しいな。色々手を尽くしてはいるが、まだ全然量が足りてないからな……」


 確かにキーリが持ち込んだ魔物の肉の量は多かった。

 だが、そもそもティザークが必要としている肉の量が膨大なのである。

 その現状では、ティザークも依頼を取り下げる事は出来ないのだ。


「そうか、それは仕方ないのう……」

「済まんな、こればかりはな……。また他に何かあれば伝えてくれ」

「分かったわい。はぁ、しかし今晩は徹夜かのぅ……」


 必要な事を話し終わったローグは、ボヤキながら領主の館を後にした。


「はぁ……、ドラゴンの件は何とかなりそうか……」


 疲れた頭を癒やすように、砂糖を追加で加えた紅茶を一気に口に含む。


「お疲れ様です、ティザーク様」


 イルナは紅茶が無くなったティザークのティーカップに、新しく暖かい紅茶を継ぎ足した。


「ありがとうイルナ。いや、本当にどうなってんだかなぁ……。作物は全滅するわ、ドラゴンは飛来するわ……。今年は散々だな」


 ティザークは疲労から、つい愚痴を零してしまう。

 ティザークが愚痴るのも仕方無いだろう。

 どちらも下手すれば、シャンティナが壊滅するのだから……。


「作物は兎も角、ホーリードラゴン様の件は悪い事、とは言えないのでは無いでしょうか?」

「まあなぁ……」


 ホーリードラゴンが街に来るのは為政者にとっては凶事でしかないが、領民にとってはこの上ない吉事なのであろうな。

 特に一部の信者にとっては、泣く程に嬉しい事かも知れない。


 とは言え、為政者の私にとってはやはり凶事だな……。あぁ、胃が痛い……。


「明日の顔合わせ次第では、肩の力を抜けるのではありませんか?」


 私の心配事を察したイルナは、そう言って気遣ってくれた。


「そうだな。明日になればもう少し分かるだろうさ」


 そうして私は心と胃の平穏の為に、ドラゴンの話を止めてイルナと世間話に興じるのだった。


シェランド伯爵家は、伯爵家にしてはメイドや執事の数が圧倒的に少ないです。

シェーラの家事能力はかなり高く、平民と同じように伯爵夫人自らが料理を作ったりしています。

ここら辺はまた何処かで触れるかもです。


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