キーリのお使い ~ホーリードラゴンと言う名の伝説龍~
「おい、見付かったか?」
「いえ、まだっす……」
「くそっ! あのお転婆娘め!」
またあの馬鹿が抜け出したのだ。
いつも危ないから止めろと言っているのだが……。
「妹は? 妹は見付かりましたか!?」
「済まねえなヴォル。まだ見付かってないんだ……」
「はぁ、どこまで行ったんすかねぇ……」
最初はいつもと同じですぐ帰ってくると思っていた。でも、いつもの様に半刻で帰って来なかったのだ。
そして既にアイツが姿を消してから、一刻半が過ぎている。
アイツ――ヴェッツェーニア――は才能の塊だった。
剣を教われば教官を翻弄して見せ、弓矢を教われば百ナレイも離れた距離から百発百中という具合だ。
だが、アイツの一番の才能は回避と気配遮断を使った短剣術だった。
回避能力は種族柄かなり高い上に、彼女自身にもかなりの才があった。
それを用いた短剣術は対人でも対魔物でも、十分に通用するレベルだったんだ。
しかも毎回検問をすり抜けて外に出ていたせいで、いつの間にか気配遮断なんてスキルを身に付けやがった!
今じゃ検問を通るアイツに、気付く事さえ出来やしねえ!
今回もそうだ。俺達が気付いたのはアイツの兄が心配して訪ねてきたからだ。
「ワグナー先輩! 何かあっちの方で騒ぎが起きてるみたいっすよ!?」
「ったく、何だってこんな時に!」
こっちはあの馬鹿を探すのに手一杯なんだよ!
これ以上の騒ぎは勘弁してくれよ……。
そんな俺の想いを裏切るかの様に、街全体が濃い霧に包まれたのだ……。
◇ ◇ ◇
キーリ達はそれから半刻も経たずに、目的の街シャンティナに着いた。
「確か、街中に入るには門を潜る必要があったな」
昔の記憶を引っ張り出して、街の傍の列の少し後ろへと静かに降り立った。
彼女に一斉に視線が集まるが、少しの間時間が停止した様に静寂に包まれた。
そして、少しした後ざわめきが広がっていく。
「おい、今後ろの彼女飛んで来なかった!?」
「ああ……。それより、翼と角を持った獣人なんて居たか?」
「いやそれよりも。彼女目茶苦茶綺麗じゃねえか!?」
「いやいや違うだろ!? お前らあの血塗れの状態に注目しろよ!!」
静かに降り立ったと言っても、騒ぎにならないとは限らない。
「到着したぞ」
「寒いよぅ……。怖いよぅ……」
「キュー……」
「ああ……、済まんな。魔法で保護するのを忘れていた」
人化した状態で他人を乗せた事が無かったからなぁ……。
「ところで、これはなんの騒ぎだ?」
キーリは近くに居た人間の男にそう質問する。
「――ああ、俺か!? と言うか姉ちゃん、本気で言ってんのか?」
「ああ、本気も何も今来たところなんだから分かる訳が無いだろ?」
「いや、そう言う意味じゃねえんだが……。まあ良い。この騒ぎ原因は姉ちゃん達だよ」
「私達? 何故だ?」
確か、門を勝手に潜ったり上空から直接街に入るのは駄目だった筈だが、他にも何かやってはならない事があっただろうか?
「おいおい! ここまで言って分からないのかよ!! 人間は飛べねえんだよ! そんな中に、姉ちゃんみたいな美人が空から降りて来たんだ。しかも、血塗れでだ!」
「なるほど、血塗れは良くないのか……。”クリーン”――。これで良いのか?」
キーリは魔法で血に汚れた自分とヴェッツェーニアを綺麗にした。
「あ、ああ……。姉ちゃん、本当に別嬪だな……」
「ふむ、ありがとうと言った方が良いだろうな」
「ああ、どういたしまして。――じゃなくてだな! 姉ちゃんのインパクトで意識が持っていかれたが、怪我してるんじゃないのか!?」
「怪我?」
「血塗れだったじゃないか!!」
「ああ、あれか。私の方はオーガの返り血だから心配するな。コイツはオーガに襲われた時に怪我をしてたが、先程治癒魔法で治したしな」
うん? 周りの人間達がポカンとしているが、何か間違えたのだろうか?
「姉ちゃん、あんた大概だな……」
「何がだ?」
「オーガを倒したってだけでも大概だが、その上治癒魔術とかもう……」
「驚く様な箇所があったか?」
この男は何を言っているんだ?
別に驚く様な事は無い筈だが……。
「いやいや! オーガなんて普通一人倒せるものじゃないし、治癒魔術に至っては教会関係者以外で使える奴を初めて見たぜ……」
「なに? 今の人間はそこまで弱いのか!? 私が知ってる人間なら、オーガ程度くらい数十匹同時に相手にしても問題無かった筈だが……」
「「それは人間じゃない!!」」
キーリの目の前に居た男と、腕の中のヴェッツェーニアが同時に否定した。
「ニア、もう大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫です。なので、降ろして貰えますか?」
ヴェッツェーニアは地面に足を降ろしてから、続いて疑問をキーリにぶつける。
「――それよりも、あんな化け物を数十匹相手に立ち回るとか、キーリお姉さんの言っているのは本当に人間ですか!?」
「間違いなく人間だった筈なんだが……」
「キーリお姉さんは大概なので、周りの人も大概なのでしょう。それよりも、先程は助けていただきありがとうございました!」
キーリを正面にしてしっかりとお辞儀をしながら、ヴェッツェーニアはお礼を述べる。
「別に大した事はしていないさ。久し振りに運動も出来たしな!」
「あれが運動扱い……。いえ、キーリお姉さんはドラゴンと言ってましたね」
「「「ドラゴン……?」」」
ヴェッツェーニアの言葉に周りが反応する。
「ん? そう言えばニアは言ったが、ここでは言ってなかったな。私はホーリードラゴンだ。そうそう、さっき指摘し忘れていたが、ニアに掛けたのは正しくは治癒魔術ではなく治癒魔法だな」
「おい、姉ちゃん! 流石に嘘はどうかと思うぜ? お前さんが治癒魔法を使えるホーリードラゴン? 嘘を吐くにしても、もっとマシな嘘をお勧めするぞ?」
はて、何故嘘だと思われるのだ?
「うーん、正直ボクもお姉さんがドラゴンだとは信じられないんだよね。まあ、お姉さんの実力と治癒魔法の効果は確かだったけど……」
「お前もか? ふむ、ならば証明してみようか」
とは言えどうするか……。龍化すると人間を踏み潰してしまいそうだしな……。
となると、魔法かスキルで何か――。
そう言えば、ミミに面白そうな魔法を教わったな。あれを使ってみるか。
「ニア、それとお前。この街全域に虹を掛けてみせよう。それくらい出来ればドラゴンだと信じれるか?」
「虹ですか? 確かにそんな広範囲に影響を齎す事が出来るのは、エルフでも居なさそうだけど……」
「そうか……。お前はどうだ?」
「俺か? まあ、ドラゴンかどうかは兎も角として、間違いなく人間技じゃないだろうな」
「ならやろうか――」
ミミに教わったものの中で、攻撃力が皆無であり敵の錯乱を目的にした物と、鑑賞用くらいにしか意味がない魔法。
これらを組み合わせる。
「”濃霧”……」
キーリの声に合わせて、シャンティナが濃い霧に覆われ始めた。
「霧? これは姉ちゃんが?」
その質問に応える事なく、キーリは次の魔法を唱える。
「”天気雨”……」
キーリの言葉に反応し、雲も掛かっていないのに関わらず街に小雨が降り始めた。
キーリは更に次の魔法を唱える。
「”太陽創造”……」
その言葉に応えて現れたのは、まるで太陽の様に眩しく輝く球体の光源だった。
光源の数は三つ。光源はキーリの元を離れると、街とキーリ達を挟むかのように並び地上を照らし始めた。
そしてキーリが呼んだ小雨と濃霧に太陽光が反応し、辺りに白虹と七色の虹が架かり始める。
光源が複数あるせいなのか、虹は白と七色それぞれが複数現れたようだ。
まだ街から少し距離があるお陰か、キーリが居る位置からはそれをある程度見渡す事が出来た。
「どうだ? わりと綺麗に出来ただろ?」
キーリは少し胸を反らしながら、男とニアに話し掛けた。
「いやキーリお姉さん。確かに綺麗だけど!」
「霧を出すなんて聞いてないぞ!?」
そもそも虹は水を通る際の光の色による屈折率の違いが要因で、空中の水分で屈折した光が反射して七色に見える現象だ。
発生条件として必要になるのは、以下の四つである。
大きな粒の水蒸気が空気中に含まれる事。
強い太陽の光が存在する事。
自分の後ろに太陽が存在する事。
太陽の高さが低い事。
但し、白虹は濃霧と言う細かい水蒸気に反応して反射するので、七色に分離する事なく白色として現れる訳だ。
キーリがやったのは、光を反射や屈折させる為の水分を霧と雨として発生させる事と、強い光源を用意する事だ。
光源に関しては太陽があるのだが、位置が駄目だった場合に作ったらしい。
「原理は良く分からんが、ああすると虹が発生するらしいぞ? 擬似的に雨上がりの状態を作っているとか何とか……」
「そうなのか……」
「キーリお姉さん、本当に人種じゃなかったんだ……」
一連のやり取りを見ていた周りの人から、驚きと本当にドラゴンなのかと言う疑問の声が上がる。
そして、それは相当に目立った。
そこに二人組みの男達が駆けてくる。
「おい! この霧は貴様等の仕業か!?」
「ワグナーのおっちゃん?」
そこに来たのは、革鎧を纏い剣を腰に差した門番達だった。
その片方のワグナーと言われた男は、大柄で中々筋肉質の身体をしていた。
年の頃は三十くらいで、癖の付いた茶色の髪とブルーの瞳が特徴的だ。
顔も中々の男前なのだが、その体格とキーリ達を睨む様な目が、格好良いと言うよりも怖い印象を与えていた。
「ニア!?」
「なんだ? ニアの知り合いか?」
「えへへ……。えと、いつもボクに怒ってばかりの人かな……?」
目を泳がせながらヴェッツェーニアが答える。
「お前がいつも門をすり抜けて、街の外に出ていくからだろうが!!」
それに対して怒鳴り返すワグナー。
当たり前だが、街の門は黙って通り抜ける事は許されてない。
それはつまり、ヴェッツェーニアは問題児の一員だと言う事である。
「ごめんなさい……」
「む? そう殊勝な態度だと拍子抜けなんだが……」
「ああ、今日は死にかけたからその影響じゃないか?」
「死にかけた!?」
驚くワグナーにキーリは、先程のオーガとの事について話す。
「オーガとは……。ニア、お前良く無事だったな……?」
「無事じゃない……。お姉さんが居なかったら死んでたよ……」
ヴェッツェーニアは少し涙ぐみながら、キーリが来る前の事を話す。
「そうか……。ニア、運が良かったな。えと、お嬢さん?」
「キーリだ。キーリ・サーヴァインと言う」
「氏名持ち!? いえ、失礼しました。サーヴァインさん、ニアを助けていただいて本当にありがとうございます!」
氏名持ちに一瞬驚いたワグナーだったが、すぐに自分を取り戻しキーリに向かってお辞儀をしながら感謝の言葉を述べた。
「助けたいから助けただけだ。気にするな」
「それでも! 本当に、本当にありがとうございます!!」
丁寧に感謝の言葉を述べるワグナーの腰の角度は最早九十度に近い。
いくら知り合いとは言え、ここまで真摯にお礼を述べる者がどれ程居るだろうか。
「分かった、礼は受け入れよう。その代わりと言ってはなんだが、私達のチェックを早める事は出来ないか?」
「早めるですか……?」
疑問に思ったワグナーは顔を上げた。
「私はここまで飛んで来たのだがな、どうも目立ったようでな。視線が少し気になるのだ」
「おいおい! あんな事までしていた姉ちゃんがそれを言うのか!?」
飛んで来たところまでは兎も角、それ以上に目立ったのは魔法を使ったキーリの自業自得である。
それに対しての男の突っ込みも妥当だと言えよう。
なお、先程まであった霧や太陽はワグナーが来た時には既に役目を終えて消えていた
「えーと、良く分かりませんが、先にチェックを行うのは構いませんよ。それ位でしたら、私の権限で何とかなります」
キーリのここまで飛んで来た発言を聞いて、目を見開いているワグナーがそう返答する。
ここまで目立ってしまったのだ。それを理由にチェックを早める事は十分に可能である。
それが無くとも、そもそもキーリは氏名持ちなのだ。それを理由にチェックを早めたと言っても、門番が責められる事は無いだろう。
と言うのも、この国では氏名持ちイコール貴族だからだ。
この国において平民は名前のみであり、貴族は氏名と名前、王族はそれに加えてミドルネームを持っているのである。
勿論、他国や人間以外の種族においては違う付け方もあるだろう。
だが、この国をはじめとし幾つかの国がこの形式を取っている為、氏名持ちは丁寧に扱われる事が多いのだ。
「ああ、助かる」
「でしたら、こちらに来ていただけますか? そちらは、お連れ様ですか?」
「俺か? いや、違うぜ? 姉ちゃんとはここで喋っていただけだ」
「分かりました。ではサーヴァインさんとニアはこちらに」
ワグナーともう一人の門番はキーリとヴェッツェーニアを伴い、門の横に立てられている建物の中へと案内した。
そこは都市の周りを囲んでいる防御壁と一体化するように作られており、強固な石造りの建造物と言った雰囲気であった。
中に入るとヒンヤリとした空気が、キーリの頬を撫でるように通り過ぎる。
あまり光が入って来ない為全体的に薄暗く、風の通りも悪い様で少し黴臭い匂いが漂ってくる。
「こちらの椅子にどうぞ」
そんな建物の中を移動し、幾つかある部屋の一つに通された。
キーリ達が椅子に座った後、向かい合って座ったワグナーと門番が座り、ワグナーが再び話しかけてくる。
「ではサーヴァインさん、少し質問に答えて頂きます。まず、貴女は何の為に、この街に来たのですか?」
幾らヴェッツェーニアの恩人とは言え、角が生え翼を持った怪しい人物を質問も無しに街に入れる訳にはいかないのだ。
「街に来た目的は、砂糖を買う為だな」
「砂糖ですか……? 貴女は商人――じゃないですよね?」
キーリの服装を見て、商人の判断を否定する門番。
どう見ても戦いに特化した服装で、商人の服装では無いと判断されるのも当然だろう。
「ああ、商人では無いな。私の仲間がお菓子を作ると言うのでな。私はその買い出しだ」
「……では次の質問です。サーヴァインさん、ここまではどうやって来ましたか?
ワグナーはやや訝しげな目をキーリに向けながら、次の質問へと移行する。
「ん? 移動手段か? 勿論、この翼で飛んで来たぞ?」
対するキーリの答えはシンプルだ。
お前は何処を見ているのだと言わんばかりの口調である。
「翼ですか……」
「何だ? 疑っているのか?」
「ワグナーのおっちゃん、キーリお姉ちゃんが翼で飛んで来た事ならボクが証明するよ?」
「ニア?」
「ボクとうーちゃんは、キーリお姉ちゃんに抱き抱えられて飛んで来たんだから!」
ヴェッツェーニアはそう証言した。
因みにもう片方の証人のうーちゃんは、ヴェッツェーニアの肩の上で器用にお休み中である。
「分かりました。信用しましょう。では最後に身分を証明出来る物を持っていますか?」
「ああ、ギルドカードがある。これで良いか?」
ワグナーに向ってキーリは、懐から何かを取り出し手渡した。
少し古びたそれは、やや鈍色に輝く黒色のカードだった。
「サーヴァインさん、これは?」
「二千三百年ほど前に作ったギルドカードだ」
「二千三百年前……?」
実はキーリ、昔シャンティナに来た事がある。
当時も今回のように大騒ぎになりつつも、なんとか街に入る事が出来た。その際にギルドが気を利かせて発行してくれていたのだ。
「確認させて貰っても?」
「ああ、構わない」
受け取ったカードを見たワグナーは、後ろにあったピラミッド状の道具を机に持って来た。
そしてそのピラミッドに、黒いカードを翳した。
すると、拒絶するような音が道具から鳴り響き、ピラミッドが淡く黄色に輝いた。
「駄目だったのか?」
「いえ、認識出来なかったみたいです。ギルドに行って直接確認をするので、此方で待っていて貰えますか?」
「そう言う事なら分かった」
「おい! お前は、サーヴァインさんに付いていろ!」
「分かったっす!」
ワグナーは返事を聞くとカードを持ったまま、扉の外へと駆け出して行った。
「えと、キーリお姉さん?」
先程の会話が一段落したと判断したヴェッツェーニアはキーリに向って話し掛けた。
「ん? なんだ?」
「改めて、助けてくれてありがとうございます!」
「ワグナーにも言ったが気にするな」
「でも、お姉さんが居なかったらボク……ボク……」
ヴェッツェーニアそう言い淀みながら、目に涙を浮かべてしまう……。
「泣くな、泣くな! お前は今こうして生きている。私はそれで十分満足だ」
ニアは暫く泣いていたが、顔を上げると決意を秘めた目でキーリに目を合わせる。
「あのキーリお姉さん、厚かましいとは思うのですが、ボクに剣技を教えて頂けませんか?」
「剣技を?」
「はい、ボクもっと強くなりたいんです!! 自分の身も守れないようでは駄目なんです!!」
「ふむ……。――まあ、良いだろう。だが、此処だと狭い。外に行こう」
「はい!!」
残っていた門番に外で模擬戦を行う事を告げ、キーリ達は門番と一緒に外へと向った。
◇ ◇ ◇
全く、どうなってんだか!
俺は先程のやり取りを思い出しながら、街の中を走っていた。
ニアが無事だったの良い。死に掛けたらしいが、今は無事なのだからそれで十分だ。
問題はそれを助けてくれたキーリ・サーヴァインと人物の存在だ。
彼女はニアを助けてくれた恩人である。だが、彼女の口から出た言葉とこのカードが胡散臭すぎるのだ。
カードは二千三百年前に作った? それは幾らなんでも馬鹿げているだろ!?
だがそれが幾ら怪しくても、ニアを救ってくれたのは確かなのだ。
だから、俺は今こうして走っていた――。
ギィッ……。
「おい! 支部長は居るか!?」
総合ギルドの扉を開けたワグナーは、すぐに受け付けに対して声を掛けた。
「あれ? ワグナーさんじゃないですか。どうしたんですか?」
「ある意味緊急事態だ! とてつもなく怪しい恩人が現れた!!」
「はあ……。意味が分かりませんが、怪しい人の対処はワグナーさん達の仕事では?」
「それだけならな。あの人を疑いたくは無いが、今回はギルドカードの偽造が怪しまれているんだ」
「カードの偽造……」
「それは確かに、儂等の担当かも知れんの」
受付嬢が呆気に取られていたその時、後ろから白髪頭のお爺さんが現れた。
頭こそ白髪頭だが腰は曲がっては居らず、彼が着ている燕尾服にも似た服装は、何処かの執事のようにも見える。
だが背丈はかなり高く、大柄な筈のワグナーよりも更に大きく見えた。
更に胸板も厚く腕も太い為、燕尾服のような服装が窮屈そうだ。
顔は傷だらけで、皺も合わさって独特な雰囲気を醸し出していた。
「お爺ちゃん!?」
「丁度良かった。支部長話がある!」
「分かった。先ずは、部屋に行こうか。後、エルティナや。儂の事は支部長と呼びなさい」
「あっ……。すいません、支部長!」
「よろしい。では行こうかの――」
支部長とワグナーは、二階にある一つの部屋に入った。
「それで? ギルドカードの偽造と聞こえたようじゃが?」
「ああ、これが問題のカードだ」
ワグナーは支部長に、ギルドカードを手渡した。
「ふーむ。確かに見た事が無いカードだの?」
「やはり偽造――」
「まあ、待て。これを持ってきた奴は、他に何か言ってなかったかの?」
「ああ言っていたぜ? 二千三百年前のカードだとよ」
「ふむ」
「まあ、流石にそれはなぁ……」
恩人を疑いたくは無いが幾らなんでも、二千年以上昔なんてのは有り得んだろう。
そう考えていたワグナーの思考を遮るように、支部長の声が聞こえてきた。
「そうとも言い切れんさ」
「……二千年以上も昔のカードを使う者が居ると?」
「例えばエルフなら、千年前のギルドカードを使ってもおかしくは無いじゃろ?」
「確かにエルフなら千年前のカードでもおかしくは無いだろさ。だが、二千年以上も前のカードだぞ!? 人種の寿命じゃ到達出来ない年月だ!!」
人種。それは人間や獣人、エルフやドワーフなど亜人を加えた人型の者達の総称だ。
その中で一番寿命が長い者がエルフで、長く生きる者は千年から千五百年の時を生きると言う。
だが、キーリが言ったのは二千三百年だ。
その年月を生き延びるのは流石のエルフでも不可能だ。
であるならば――。
「そう、人種では有り得ないじゃろうて。このカードを渡した者は、他に何か言っていたり、気になる特徴は無かったか?」
「そう言えば――」
翼と角が付いている事と、その翼で街まで飛んできたと言っていた事を伝えた。
「翼で飛んできたか……」
「飛んでくるのを見掛けた者も居たし、どうも本当の事らしいぞ?」
「何にしても、まずコイツを調べる必要があるの」
支部長はそう言って手の中にあるギルドカードを見詰めた。
「調べられるのか?」
「ああ」
支部長はそう言うとカードを、ピラミッド状の物を二つ逆さ合わせにした、砂時計の様な形の装置に翳した。
「”リードオール”!」
そして、翳した装置に向かってそう唱える。
「これは!?」
「どうした?」
「ハハハ……。コイツは……」
俺の目の前で、いきなり支部長が乾いた笑いをしだした。
「いきなりどうした? 何て書いてあったんだよ!!」
「はあ……、済まんの。想像以上に危ない情報が出てきてな。詳しい事は言えん。だが、彼女とは絶対に敵対するなよ? 下手すればこの都市が滅ぶぞ?」
「おいおい! 都市が滅ぶとか物騒だな?」
「…………」
「……マジなのか?」
「ああ、大マジじゃよ」
マジか……。
彼女が都市を滅ぼす事が出来る存在だと?
オーガに勝てたのは大した物だが、それだけじゃないって事か?
「なら、彼女は追い返すか?」
「いや、追い返す理由が無いぞ? それに、彼女とは友好的にしておいた方が良いじゃろうて!」
危険な側面を呑み込んでまで、友好関係を結びたい存在か……。
想像が付かんな……。
「分かった。ここは支部長を信用する事にする」
「ああ、済まんの。街に彼女を案内したら、ギルドへ真っ先に連れてきてくれんかの?」
「ギルドへか? まあ、それは構わないんだが……」
「そうか。くれぐれも丁重にお連れするんじゃぞ?」
「ああ、良く分からんが分かった」
まあ、とりあえず此処に連れてくれば良いか。
◇ ◇ ◇
ワグナーがキーリを、ギルドに案内するために部屋を出て行った。
「大丈夫かのう? 寧ろ儂が向かうべきじゃなかろうか?」
今回は流石のワグナーでも不安が残る。
正直胃がキリキリする。
そんな事を悩んでいた儂の目に、まだ表示したままだったギルドカードの情報が飛び込んでくる。
「彼女の名前はキーリ・サーヴァイン。性格は極めて温厚で社交的で、敵対しない限り慈悲深い存在である。非常に高度な剣技を扱い、魔法も使用出来る事から最低でも宵闇ランク以上と推定される。そして種族は――」
――ホーリードラゴン。
元素龍と呼ばれる種類の一種で、ドラゴンの中でも龍に位置する種族だ。
そして遥か昔に人々を救ったとされる伝説の聖獣であり、神の御使いとも呼ばれる信仰対象ですらあった。
その伝説は様々な形で伝わっており、昔話としても幾つか残っているのだ。
「まさかこの歳で、伝説の龍に会う機会に恵まれるとはのう……。願わくは彼女と親しくなって、色々と話を聞きたい物じゃなぁ……」
先程の憂いに満ちた表情とは打って代わり、彼の顔は好奇心を抑え切れない少年のような顔をしていた。
やっと街に着きました。
後は何とかして砂糖を確保する感じになります。




