閑話―地獄の淵の少女
二度目の閑話なのですが、前の閑話違って胸糞が悪くなる表現や残虐な表現がかなり含まれていると思います。
お食事中などにはご注意ください。
「またお前か、γ3!!」
「申し訳ありません、ご主人様……」
頭を下げた少女の目の前には、目を覆いたくなるような醜さの豚が居る。
その男は無駄な贅肉を悪趣味で豪華な服で飾り、少女に対して見下すような視線と舐め回すような視線を同時に向けていた。
そんな豚を目の前に、此処は何処なのだろう、目の前の男に何故従っているのだろうと、少女はいつもの自答をする。
だがモヤが掛かったかのように、彼女の記憶は答えてくれない。
この少女はγ3と呼ばれている、豚の奴隷の内の一人だ。
襤褸布を纏った様な貫頭衣姿で、元は愛らしかったであろう容姿も生気を失い目が虚ろになった状態では不気味さしか感じられない。
そして彼女の呼ばれた名前は、名前であって名前では無い。ただの記号であり、役割と順番を示すだけの物だ。
ここでの生活には、名前と言うものは必要ない。人権も無ければ、意志の自由さえ存在しないのだから……。
「また壺を割りおってからに!! この壺一つで、お前の様な奴隷を幾つ買えると思っている!?」
「申し訳ありません……」
そんなに怒るなら、私を殺せば良いのに……。と、少女は思うが、その思考は直ぐに霧散させられる。
「ふん! お前の妹は、お前のせいで壊れたと言うのに呑気な物だな?」
「私に妹は居りません――」
何度も豚から投げ掛けられた、意味を持たない質問だ。
何故なら、私に妹は居ない。
なのに何故その事を考えると、悲しそうに笑う一人の少女の事が脳裏に過るのだろうか?
彼女は一体誰なのだろう? そして、何故悲しそうに笑うのだろうか?
「旦那様……、この者ですがやはり――可能性があります」
「ちっ! 俺の楽しみは半減するが、コイツは身体が使えるならそれで良い」
(何を話しているの? 私は何と言われたの?)
少女には、豚の後ろに控えていた、執事の男が話す内容の一部が聞き取れない。
「部屋に戻しておけ!」
「畏まりました」
豚の声に答えた執事が、何も言わずに少女の首に巻き付いている首輪を引っ張る。
彼女は首が締まらない様に、執事の後を付いて行く。
「入りなさい……」
執事がそう言いながら開けた扉はは、檻の様な部屋の扉だった。
先程通ってきた木造の廊下と違い、鉄製の格子で出来た扉と廊下との間仕切りが有った。
部屋の中には、複数の女性が虚ろな目をして座り込んでいる。
歳の頃は連れて来られたγ3を含めて、十歳未満から二十歳後半くらいだ。
そんな女性の中の一人に他から少し離れた位置で、壁に掛かっている拘束具に磔にされている者が居た。
γ3を皆が集まる中に放り込んだ執事は、扉を閉め拘束された彼女の元に向かう。
「γ17、一晩経ちましたが考えは変わりましたか?」
「ふざけるな! 私はお前達の道具じゃない!!」
「そうですか……」
執事はγ17と呼ばれた彼女に対して、取り出した大振りのナイフを降り下ろす。
降り下ろしたナイフは、彼女の腕を軽々と斬り飛ばした。
「ぎゃあああああ!!」
γ17は痛みに耐え兼ね悲鳴を上げる。
斬られた腕からは、勢い良く血が噴き出し部屋に居る他の女性を血染めにする。
その光景と血濡れになった現実に、悲鳴を上げる女性達。
「まだ終わりませんよ?」
片腕を飛ばされた後も、片足を斬り飛ばし、腹にナイフを突き立て臓物を抉り出す。
「がは…………」
「それが貴女の、意思を貫いた結果です」
「…………」
γ17は既に喋れるだけの、体力が無いのだろう。呻き声を上げるだけで、執事に話し掛けらても返答が無い……。
「では終わりです」
執事の振りかぶったナイフは、彼女の首を的確に捉え、斬られた首は宙を舞いながら部屋の中央に落ちた。
首から噴き出した血は、執事の黒い燕尾服を更に黒く染め上げる。
部屋の中に居た女性は泣き叫ぶ者や、失神する者、歯をガタガタと震わせて居る者、無反応の者など反応は様々だ。
「貴女達も、こうなりたく無いのであれば抵抗しない事ですね」
執事はγ17と呼ばれた彼女の遺体をそのままに、入ってきた扉から血をし垂らせながら出て行った。
この光景を作り出した執事が居なくなっても、泣き声や歯を震わせる音は消えない。
γ3はこの光景を見ても、泣いたり喚いたりはしない。
何故なら見慣れた光景だからだ。
ある時は抵抗をした女性が殺され、ある時は不要品だと言われた女性が殺される。
此処に居る女性達は、人として扱われない。物として扱われ壊される。
それが何度も、何度も、何度もだ……。
そんな環境においてγ3は運良く処分されずに、三年の月日を此処で過ごした。
だからだろうか、隣で誰かが殺された程度で動く心は既に失われてしまっていたのだ。
そんな少女は、この光景を見る度に思う。
此処が何処かは分からない。
それでも、一つ分かるの事がある。
それは、此処が地獄だと言う事だ。
だから少女は乞い願う。
(死神様、死神様。早く私を迎えに来て下さい…………)
◇ ◇ ◇
醜い豚が、少女の上で踊ってる。
「γ3はやはり具合が良い」
既に最初に感じた痛みは無い。ただ早く終わってくれと願うだけ。
「ふう……。おい! γ3を部屋に戻しておけ!!」
「畏まりました」
何処からか現れた執事が、彼女と散乱していた服を持って豚の部屋から出る。
執事は、風呂場の様な場所で彼女を浄めると、服を着せてまたあの部屋に彼女を押し込んだ。
無理矢理体力を消費させられた彼女は、床に投げられたままの体勢で泥のように眠った。
◇ ◇ ◇
この頃夜に呼ばれる事が多い……。
豚に貪られるのは鳥肌が立つが、この首輪が有る限り反抗する事は赦されない。
そして今日もγの役割を果たしに、豚の部屋へと向かう。
何時ものように行為が終った後、執事がいつもと違う行動をする。
「旦那様、……この娘……が……ないかと」
「何だと? ……だと……のか?」
声が遠くて一部しか聞こえない。何を話しているののだろうか?
「……ず、……して様子を……」
「ああ、……だな」
豚との会話が終った執事は、何時ものように彼女と服を持って外に出る。
風呂場で洗い服を着せるまでは同じだが、彼女の首輪を掴んで向かう先はいつもの部屋では無かった。
執事は彼女と共に、屋敷の地下へと向かう。
着いた場所は、いつもの部屋よりも更に肌寒い地下牢だった。
石を敷き詰めた床畳に、石を組み上げた壁。部屋に窓は無く、通路に面した鉄格子だけが唯一の通り道だ。
「入りなさい」
(今日は何でこの部屋なんだろう?)
γ3は疑問に思いながらも、部屋へと入っていく。
「貴女は今日から此処で過ごしなさい。夜のお務めも、暫くする必要はありません」
「それは、何故でしょうか?」
「それを知る必要はありません。貴女は人では無く物なのですから……」
そう返事をして直ぐに、執事は部屋を離れて行った。
γ3は、何故この部屋に連れてこられたかを考える。
知る必要が無いと言われても、彼女はまだ心まで操り人形では無いのだから。
今日の豚との会話が、発端なのは確実であろう。問題は何を話したのかである。
(私が何か大きなミスをしたの?)
だが、それならばムチ打ちにでもなる筈だ。
現に彼女の左足には、過去にミスをしてムチ打ちされた傷が今も残っている。
(じゃあ、何が原因なの?)
自分が隔離されていると感じた原因について、過去の記憶に一つだけ当てはまる物があった。
(もしかして、伝染病!?)
γ3の住んでいた村では、隣村にて伝染病を発症した住民を隔離したと言う噂が、一時期に出回った事があったのだ。
幸い発症したのは人間では無く、家畜だったので死人は出なかったと、苦い顔で話していた商人の姿が思い出される。
(――ああ、そうか……。死神様、やっと私を迎えに来て下さるのですね?)
γ3が歪な信仰をする死神。
それは、人間を死に追いやる神様だと言われている。
元気だった人が突然死んだり、感染症が蔓延したりするのも、この死神が原因だと信じられているのだ。
当たり前だが、死神を信仰する者など居ない。死神は畏れられる存在ではあるものの、どちらかと言うと、やり場の無い怒りを向ける対象として、扱われる神様なのである。
だが、γ3の信仰は違う。
この生き地獄に終止符を打ってくれる存在として、心から殺して欲しいと信仰しているのだ……。
(私はもう疲れました。安らかに眠らせて下さい……)
γ3は死を望む。だが、そんな時決まって現れるのは、あの脳裏に過る小さな少女だ。
小さな少女は、悲しそうに寂しそうにしながらγ3の方を見つめる。
「貴女は誰なの? 私は疲れたのよ……。もう死なせてよ……」
小さな少女は答えてはくれない。ただ悲し気に此方を見るだけだ。
「分かったわよ……。最期まで足掻けば良いんでしょ?」
悲しそうなあの少女を見ていると、心がざわめく。
最期まで足掻けば良いのかと問えば、少女は悲し気に笑う。
心の底から生きたいと願えば、少女もしっかり笑ってくれるのかとは思うが、γ3にそこまでの精神的余裕はない。
「でも、感染症ならもう駄目だよ……」
γ3が言う感染症は、地球で言う所の黒死病の様な甚大な被害を齎す病を指す。
「感染症なら助からない……」
小さな少女は泣きそうな顔をするが、何も答えてはくれない。
(――ねぇ死神様、私はどうすれば良いのかな?)




