閑話―混沌都市の暗雲
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「はあ、何か面白い事起こらないかねぇ~」
「ティザーク様、ボヤいてないで早く書類を仕上げてください!」
「そうは言ってもさぁシェーラ。これだけ書類仕事ばっかりだと嫌になってくるんだよ?」
ここはガライアム王国の南西に位置する、混沌都市シャンティナ。
領主はティザーク・シェランド、混沌都市以外に幾つかの土地を管理している貴族だ。
彼の階級は王族を除く公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の内の伯爵に当たる。
そんな彼は執務椅子に座りながら、少し茶色がかったサラサラの金髪と、碧眼の整った顔が残念に見える程、気だるそうな表情をしている。
痩せている割には身長が高く、百九十センチメートル程はあるだろうか。とは言え筋肉も相応に付いているので、ひょろ長いと言う程では無いが。
そして、ティザークが今居るのは領主館の二階執務室。機能美に溢れた作りになっており、他の貴族と違い高価な絵画や壺などは一切置いてはいない。
「文句言わないで下さい!! この時期は特に忙しいんですよ? 大体貴方はいつもいつも――」
そんなティザークを叱っているのはシェーラ・シェランド、彼の妻であり秘書の位置にも付いている信頼出来る部下でもある。
ライトブラウンの少しウェーブの掛かった髪を肩下まで流し、グレーの瞳は彼女の冷静沈着な心を表しているようでもある。
今はティザークを叱っているせいで、表情が歪んでいるがかなりの美人である。身長はティザークよりも十センチメートル程低いが、スタイルも良く現代日本ならキャリアウーマンの広告モデルになれる程であろう。
バン!
「パパーー!!」
「ミリー!!」
ティザークが執務室のドアを開けて飛び込んで来た、幼い少女を膝の上に抱きかかえる。
彼女はミリーの愛称で呼ばれている、ティザークとシェーラの娘であるミリエラ・シェランド。
歳は五歳になったばかりで、父親譲りの茶色掛かった金色の髪の毛を、シェーラとは違いストレートに腰辺りまで伸ばしている。
瞳の色は彼らの遺伝に左右されなかったのか綺麗なブルーで、ふっくらした頬と真っ白な肌とが相まって、現代であればお人形さんみたいだと言われる事であろう。
「ミリー、今日も可愛いねぇ~」
「えへへ~」
「こらミリー! 先程のドアの開け方は何ですか!? それに、お父様は今職務中ですよ? 後で遊んであげますから、大人しく待っていなさい」
「うぅ……」
「シェーラ、少しくらい良いだろう? ミリー、パパとお話しようか?」
「うん!!」
「はぁ、しょうがないですね……」
シェーラは仕方が無いと言いながらも頬は緩んでおり、ミリーが可愛くて仕方ないのはティザークだけでは無いらしい。
そんな家族の楽しい休息時間になってから少し経った頃、執務室のドアを叩く音がした。
「入れ」
「ティザーク様失礼します。――えっと、家族団欒中申し訳ないのですが緊急事案が発生しました」
「それは、愛しのミリーと遊ぶよりも重要な事なのだろうな?」
「えっ? えーっと、出直してきます」
「出直さなくても良いです。ティザーク様、お仕事の時間です。意識を切り替えてください」
「はぁ、仕方ない。それで緊急事案とはなんだ?」
キリっとした表情で部下に対して尋ねるティザークだが、膝の上にミリーが居る事であまり表情を変えても意味は無い。
「はい、それがですね……。南地区で育てていた作物が、スライムの大繁殖により全滅したそうです……」
シャンティナの南地区は広大な作物地帯で、シャンティナの都市の主な作物はここで賄っている。
外から持ち込む物もあるものの、シャンティナの食料自給率は八割を超えているのである。
「南地区でスライムの大繁殖だとっ!? それで、そのスライムはどうなった! 住民は無事か!?」
「はっ! 住民に大きな被害は無く、スライムは冒険者ギルドの方で処理したとの事です」
「そうか……。だとすると、懸念事案は作物の被害のみだな?」
「はい!」
「住民に被害が及ばなかったのは幸いですが、作物の全滅は痛いですね……」
「そうだな。だが起こってしまった事は仕方あるまい。この時期の作物の買い付けは高く付くであろうが、食糧難になるよりはマシだ。他の領から買い付けを進めてくれ!!」
「はっ!! 早速買い付けに当たってみます」
それから礼をして部下は去っていった。
「はぁ、この時期に作物の被害とはついてないな……」
「パパ大丈夫? 皆が困っているなら、ミリーお食事減らしても大丈夫だよ?」
「聞いたかシェーラ!! ミリーはやっぱり天使だったんだ!!」
「はいはい……。ミリー、貴女は心配しなくても大丈夫よ。全部お父様が何とかしてくれるからね?」
「うん……。パパ、ママ、ミリーに出来る事があったら何でも言ってね! ミリーがんばるから!!」
「「ミリー!!」」
その言葉に堪らなくなったのか、ティザークだけではなくシェーラまで一緒にミリーに抱きつく。
そんな仲の良い家族はミリーを交えて、食糧難の懸念事項をオブラートに被せながら話し合っていた。
◇ ◇ ◇
そんな風にほのぼのした会議をしていた日から十日程経った頃、再びティザークの部下が執務室を訪ねて来た。
コンコン。
「入れ」
「ティザーク様、し、失礼いたします。せ、先日の作物の件で続報をお持ちしました」
「顔色が悪いが何があった?」
彼の部下は顔を真っ青にして、言葉を震わせながら喋っていた。
何か良くない事案が発生した。ティザークはそう判断する。
「はっ! シャンティナと交流のある他の領でもスライムが大繁殖し自領で精一杯なため、シャンティナからの買い付けは受け付けられないとの事です……」
「何だと!?」
ティザークは、思わず立ち上がって机に手を打ち付ける。
「不味いですね。そうなると交流が無い領から輸入するか、他国からの輸入にする必要があります」
「そ、それなんですが……」
「まだ何かあるの?」
「はい、一応交流の無い領の情報も調べたところによると、スライム以外の被害もあるものの殆どの領内で作物が全滅との事です……」
「殆どの領内で作物が全滅ですって!? 私達の領内だけではなく王国規模だなんて……。このままだと、近い未来に飢饉になってしまうわ!」
「国内全域となると、自然的とは言えそうに無いな。人為的と見るのが普通だろう。人為的だと仮定して何か情報は無いか?」
「はっ! これはまだ未確認の情報なのですが――」
部下が言うにはシャンティナの南区域で、帝国の兵士を見たとの噂が流れているとの事。また、他の領地でも似たような噂が流れているらしい……。
「帝国の仕業か……。いや、欺瞞の可能性もあるか……」
「帝国の仕業だとしたら、王国が飢饉に陥り疲弊したところで、戦争を仕掛けて叩く気でしょうか?」
「帝国が元凶なら可能性は高いだろうな……。姿を晒していたのは、計略が成功する自信があったのか何なのか。もしも、帝国が相手なら作物を潰す事に成功したのだから、戦争は避けられんだろうな」
「ティザーク様、戦争の心配は尤もですが、最優先は食物の確保かと思います」
「そうだな。帝国の事は一旦置いておこう。ただ、帝国への警戒は高めておけ!!」
「御意!」
「さて、作物の代替品の当てだがそんなに多くはない。国内で代替品が手に入らないのであれば、帝国、神聖国、後は獣王国くらいだろう」
「はい」
「だが、帝国は今回の件で論外だ。それに神聖国も、王国全土から買い付けを行うとすれば、私達の領土までは回ってこないだろう。とすると頼みの綱は獣王国となる訳だが……」
「彼等の国に買い付けを申請して賄いきれるか、よね」
獣王国と呼ばれる国は、正式名をラクトニア王国と言い、文字通り獣人が多数を占める亜人国家だ。
国家の規模で言えばガライアム王国の三割程度の国土しか無いのだが、獣人は強靭な肉体を持つため一般市民が此方の兵士より強いことがざらにある。その為、国家の規模以上に重要視される国である。
だが、一方で亜人嫌いの国民も多く、獣人は奴隷にされたり、見下される事も多い人種でもある。
また農業が盛んで、国の規模よりは多くの作物が作られている為、今回の件でもある程度の食糧の確保が可能となる筈である。
「そうだな。だが、動かなければ飢饉になるだけだ。先ずは獣王国に食糧の買い付けの申し入れを。それで賄いきれるのであれば良し、無理であればエルフの国に対しても打診をする!」
「はっ! ですが、エルフの国とは国交がありません。今から打診しても間に合わない可能性が大きいかと……」
「それについては少し此方で当てがある。此方の当てが外れた場合には打診を頼む!」
「御意! では早速獣王国への打診をして参ります」
そう言って部下は出ていった。
「ティザーク様、エルフの国の当てとは?」
「ああその事だが、早速打診しに行くぞ。ミリーも連れていくから呼んでこい」
「ミリーも連れていくの? 大丈夫?」
「ああ、シェーラが思っているような危険は無いぞ」
「分かりました。連れてきます」
そう言って連れてきたミリーとティザーク、シェーラの三人で訪れたのは宿屋だった。
「おーい、ミランダさん! マリクスは居るか?」
「あら領主様じゃないか! 旦那は今料理中だよ」
「そうか、手が空いたら私達のテーブルまで来てくれるよう話しておいてくれ」
「はいよ! 注文はどうするね? シェーラ様とミリーちゃんも注文するんだろ?」
「私はいつもので。シェーラとミリーはお任せで御願いする」
「はいよ!」
そう言ってミランダは飲み物だけ先に置いていくと厨房に入っていった。
「ねぇ、どういう事? ここミランダさんの宿屋じゃない! エルフの国の当てってのはどうしたのよ?」
「まあ待て、先ずは乾杯しよう」
ティザークはそう言って、乾杯した後に話し始めた。
「シェーラは、やっぱり知らなかったんだな?」
「やっぱりって何がよ?」
「ミランダの旦那さんが、エルフだって事だよ」
「そうなの!?」
「ミリー知ってたよ! ミランダおばちゃんとマリクスおじちゃんとの子供だから、ニーナちゃんとナックくんはハーフエルフなんだって言ってたよ?」
ニーナとナックは、ミランダとマリクスの子供でハーフエルフである。
ミランダも昔は美人だったらしく、美男美女の子供である二人は幼いながらも相当整った顔をしており、成長すれば何人からも言い寄られるのは目に見えている。
しかし、昔はミランダもマリクスとお似合いだったのだが、今はホストと人妻もしくは不倫カップルにしか見えない、残念な琵琶樽体型になってしまっている。
「ミリー、ママが知らなかったのによく知ってたねぇ~」
「えへへ~」
「――それで、ミランダさんの旦那さんに、繋ぎを御願いするって事?」
「まあ、受けてくれたら良いなって程度かな」
そんな話をしている最中に、丁度マリクスがやって来た。
「ティザーク遅くなって済まんな」
「おお、来たか。マリクスもシェーラとは初対面だよな? マリクス、こいつが俺の妻で秘書のシェーラだ」
「初めまして。シェーラと申します。何時も夫と娘がお世話になっているようで」
「おお! お噂はかねがね。ミランダの夫のマリクスと申します。此方こそミリーちゃんには、息子達と遊んでもらって助かっていますよ」
彼が、エルフでありミランダの旦那のマリクスだ。
エルフ。亜人に属する彼等は、人間よりも長命であり、病気などにならなければ凡そ千年以上は生きると言われている。
見た目は美形が多く、耳が尖っているのが特徴である。また、魔術や魔法に長けており、極めれば人間よりも遥かに強大な術を行使出来るらしい。
そして、そのエルフであるマリクスは圧倒的な美形の長身痩躯で、ミランダとの対比が凄い事になっている。
髪は薄緑色のロングヘアーを肩下まで流しており、真っ白な肌と合わせて下手したら女性に間違えられそうな見た目になっている。
そんなマリクスとその後世間話に花を咲かせる大人達だったが、ミリーには詰まらなかったらしい。
「ねぇパパ。ニーナちゃん達と遊んできて良い?」
「おお良いぞ! 怪我しないように気をつけて遊べよ~」
「はーい!」
ミリーが去っていった後。
「さて、本題を聞かせてもらおうか?」
そうマリクスは言い放った。
「そうだな。回りくどいのは好かんからぶっちゃけると、シャンティナの食糧が足らん! この時期に収穫する筈の作物が全滅したんで、今は食糧をかき集めている最中だ」
「そらまたぶっちゃけたな……。それでお前はエルフである俺に、エルフの国と繋いで欲しいと?」
「察しが良いな! それで頼めないか?」
「マリクスさん御願い出来ないでしょうか? 獣王国からの買い付けで賄えれば良いのですが、正直厳しい気がするのです」
「うーん協力したいのは山々なんだけど、俺も長い間帰ってないんで確約は出来ないかなぁ。ただ、ティザークとシェーラさんの頼みだし、出来る限りの努力はさせて貰うよ。それに、愛しの妻が傷つく姿は見たくないしね!」
彼は、薄緑色の髪の毛をかき上げながら微笑んだ。
微笑んだ拍子に、彼の歯が窓から入ってくる日光を反射してキラりと光った。
カケルが居たら、ややドン引きしたかも知れない。
「マリクス感謝する!」
「マリクスさん、ありがとうございます」
その後ティザーク達は、具体的な買い付け条件を伝えて宿を後にした。
場所は変わって執務室。ミリーは遊び疲れたのか今はお昼寝中だ。
「ふぅ……、これで何とかなれば良いんだが」
「ティザーク様、作物が足らなかった場合を考えて、魔物の肉の買い取りを増やしておいた方が良いんじゃないですか?」
魔物の肉は魔素が含まれている為か、動物の肉よりも日保ちがする特長を持つ。
加工をせずに常温で保存したとしても、半年は腐らない優れものである。
「ああ、忘れるところだった。ありがとう」
何時もの部下を呼びつけ、エルフの国の件と魔物の肉の買い取りの件を話す。
そして部下を下がらせる。
「魔物の肉は、あまり期待できないかも知れないな……」
「もうすぐ冬に入りますものね……」
「それもあるのだが、スライムの増殖をやってのけた連中が、魔物の肉の存在を見逃すとは思えないんだ」
「食べられる魔物を排除したとでも?」
「そうだな。丸ごと排除しなくても勢力圏を狂わせるだけで、かなりの影響が出るはずだ」
稀に強い個体が出たりすると、魔物の勢力圏が乱れる場合がある。その場合、普段居ない筈の強い種が移動してきたりするので、冒険者達の死亡率は跳ね上がる。
そして一度その情報が駆け巡ると、警戒して冒険者達自身が外に出るのを控える事も多くなるのだ。
「いずれにしても打てる手は打った。問題なく事が運んでくれれば良いんだが……」
「そうですね……」
こうしてガライアム王国に少しずつ、暗雲が立ち込めつつあった……。
今回は新登場の人物と、国などの地名が多く出てきました。
本当はもう少し少なくする予定だったのですが、話の流れからあまり省略出来ませんでした。




