里帰り
三匹のペットが街に来てから少しの月日が流れた。
季節はついに冬に突入し始め、かなり気温も下がっていた。
つい先日シャンティナにも初雪も見られ、これから本格的な冬が来る事が予想される。
混沌都市シャンティナに限らずだが、この世界の冬とは人の流れが止まる季節だ。
行商や冒険者、物見遊山の客等など。
殆どの人間は家や宿に閉じ籠もり、春が来るのも待ち続けるのだ。
謂わば人間版の冬眠と言ったところか。
それに伴いギルドでの依頼も著しく減り、更に魔物さえも冬眠したのか姿を見せる事が少なくなっていた。
その為ギルドは、正に開店休業状態となっていたのだ。
「それで、お主達はこの街を去ると?」
「去ると言うより帰郷ですね。里帰りって言葉、こっちの世界じゃ在りませんか?」
「有るにはあるが、貴族くらいしか殆ど使わない言葉じゃの」
この世界にも、帰郷や里帰りと言う概念は存在する。
だが長期の休みを取る事自体が珍しく、一般的な平民の場合は休めば休んだだけ貧乏になる為、帰郷とは一般的の場合数年に一度出来れば良い方だったりした。
また、平民の殆どは自分の産まれた村や町から出ない為、故郷と言う物自体が殆ど使われない言葉であった。
冒険者や行商の場合はその限りでは無いが、それでも毎年帰郷するのはやはり貴族くらいのものなのだ。
「ふむ。お主達の里とは何処になるんじゃ?」
「えーと、魔の森の先にある嘆きの洞窟ってご存知ですか?」
嘆きの洞窟。それは、遥か昔に付けられた名前である。
魔の森の更に奥深くにある事で殆どの者に知られておらず、その名を知っているのはほんの僅かだ。
そして、その名の由来は現代までは伝わっていない……。
「また、珍しい地名を聞いたわい……」
「あ、ご存知なんですね! 僕達は、その中にあるダンジョンで暮らしてました」
「……は? すまん、もう一度言ってくれんかのぅ……?」
「ですから、僕達は嘆きの洞窟内のダンジョンで暮らしてました!」
ダンジョン。
カケルはダンジョンを自給自足可能な便利な環境だと思っているが、事はそんなに単純なものでは無い。
ダンジョンとは魔素があれば無限に資源を生み出す物で、金鉱以上の価値を持つ可能性がある代物なのだ。
勿論、大した物が出て来ず価値の無い物も多いのだが、少なくともカケル達が住んでいるダンジョンは非常に価値の高いものであった。
そもそもカケル達が住んでいるダンジョンは引き篭もり型であり、内部形状もテイマーの手に依ってかなり変えられており一般のダンジョンとはかなり異なる為に、あれを普通と思ってはならないのである。
「ダンジョンじゃと……!?」
「はい」
「それはどんなダンジョンなのじゃ!?」
「え? えーと――」
カケルは、自分達の暮らしていたダンジョンの事について説明を行う。
取れる食料や鉱石、風景、更には隣人達の事を……。
「全く凄まじいのう……」
「あ、でも冒険者や兵士を送り込んで来るのは勘弁して下さいね?」
「これだけの情報を聞かせておきながら、儂にそれを無視しろと……?」
「はい。ミノちゃんさんや、ピヨちゃんさんが暮らしてますし、何より領主様とかよりも偉い方が暮らしてますから」
「領主より偉い方……?」
「はい、神様がお一方暮らしてます。あ、この場合一柱って言うのが正しいんでしょうか?」
「…………は?」
それは先程のカケルが話した情報の印象を、全て塗り潰す程の特大級の爆弾だった。
この世界の神は日本と違い、一般の人が見れる形で顕現する事がある。
顕現する事で有名なのは、あのヴァルトロ・ディロスだ。
この世界に於いては享楽神として崇められており、祭り等を開催しているといつの間にか派手な格好の爺さんが混ざっている事があるのだ。
ヴァルトロが混ざってくる祭りは大成功だと言われており、開催する側からはヴァルトロが混ざりたくなるくらいの祭りをやろうみたいな意気込み持っている者も居る。
なおシャンティナで行った戦勝会では混ざってなかったが、これはごく当たり前の事で彼は楽しさ優先で悲しみ等が渦巻く系統の祭りや催し物には参加しないのだ。それが、どんなに楽しそうな物であっても……。
「……それは、もしやお主を転生させたと言う享楽神のヴァルトロ様かのう?」
「いえ、ヴァルトロ様じゃなくて、その娘さんにあたるリリアン様ですね」
「…………」
その神の名前にローグは絶句する。
リリアンはヴァルトロの娘であり、この世界の主神と言われている神である。
日本で言えば伊邪那岐と天照大神の関係に近いだろうか?
父である伊邪那岐を知らなくても、娘である天照大神なら知ってると言う人は多いだろう。
尤も、ヴァルトロの場合は国産みや神産み等の大層な肩書きも無く、単に遊び回っている陽気な爺さんみたいな捉え方の人が多いが……。
さて、ヴァルトロとは違い大層な肩書きを持つリリアンだが、それが本当に嘆きの洞窟に居るとなれば一大事である。
それは何故か。
この世界に於いて、リリアンを信仰する者は非常に多い。
そして、そのリリアンを祀っている最大の宗派は、神聖国が管理する聖リリアン教だ。
この大陸に於いてと言う注釈が付くが、殆どの国に聖リリアン教の教会が建てられており、こと人間に於いてであれば五割以上が信じる宗派なのである。
問題は、そこ総本山が神聖国の中の大聖堂だと言う事だ。
大聖堂はリリアンと現世を繋ぐ唯一の場所であり、神託が齎される聖地でもあると言われているのだ。
では、そのリリアンが総本山では無く、嘆きの洞窟に顕現されていると知られればどうなるだろうか。
もしかすると、宗教戦争にも発展するかも知れない。
何せ、つい最近も総本山の大聖堂にリリアン様が顕現されたと言う情報が神聖国より出ているからだ。
もし嘆きの洞窟にリリアン住んでおり、そこから彼女が動いてないとなると、つい最近の顕現は神聖国が作り出した虚言の可能性が出て来る。
いや、どちらも事実だったとしても問題があるだろう。何故なら、大聖堂はリリアンと現世を繋ぐ唯一の場所と言う前提が崩れるからである。
そうなれば後は分かるだろう……。
都合の悪い真実は、闇に葬るに限るのだから……。
「あの、ローグさん……?」
「儂は何も聞かなかった事にする」
「え?」
「カケルも、リリアン様が居ると言う事は今後誰にも言うでないぞ!!」
「あ、あの……?」
「良いな!?」
「は、はい……!!」
ローグはそのリスクを考えて、全てを聞かなかった事にした。
賢明な判断であろう。
ダンジョンに目が眩んで、国が戦火に巻き込まれたら一大事である。
「話がズレたのう。取り敢えず、お主が里帰りする事は分かったわい。里帰りの事はティザークに伝えても?」
「あ、はい。寧ろ、こちらからお願いしたいです」
「分かった。ならば、伝えておこう」
「お願いします」
その後、カケルは馴染みの人達にも挨拶をしてから、ペット達も全員引き連れて懐かしの我が家へと帰る事にしたのだった……。
◇ ◇ ◇
「はぁっ!? 里帰りされた!?」
「そうだ」
「いやいやティザーク! 彼等の里ってどこだよ!?」
「どうも、魔の森の奥深くにあるらしいよ?」
カケル達が帰郷して数日が経過した頃、入れ違いにヴァイスがシャンティナへとやって来ていた。
理由は勿論、王都への滞在許可の件だ。
「魔の森の奥深く……」
「あぁ、詳しい場所は言ってなかったらしいけど、レナって人間の少女からしても結構快適な場所らしいよ?」
「いや、そんな事は聞いていないが……」
年端も行かない少女が快適だと言ってるのだから、人間にとっても快適な場所なのだろう。
だが、聞きたいのはそんな事では無いとヴァイスは思う。
いや、全く気にならないと言ったら嘘なのだが……。
「気になっていそうだっからついな……。それで、ヴァイスの要件は急ぎなのかい? 急ぎじゃないのなら、伝言くらいは受け取っておくけど?」
「あぁ……。春には最低限整えれそうだから、迎えを寄越すって伝えるつもりだったんだ」
結局国は秘密裏に王都へ滞在させる事にし、その対応すらも時間が必要と判断しカケル達が訪れるのは二ヶ月ほど先の春先に先送りしていた。
今回はその決定報告な訳だ。
その後二人は必要な情報を共有し、件の魔物達を話題に夜まで酒盛りを始めるのだった……。
次あたりから重い話に入る予定です。




