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魅惑の踊り子

 半透明で頭の上に輪っかがついている奴は、幽霊ではなく零体キル状態を表す。

 治療術師の蘇生レイズを何度も何度も拒んだ俺だが、小遣い千円をケチる代わりに30分ほど零体専用のスペースで休んでいる必要がある。階段脇に白線が引かれており、ここで休んでいる者はそれなりんに多い。


「あれ、虎ちゃん?」


 などとハスキーボイスで話しかけてくる彼女も、半透明なことから零体だと分かる。

 褐色の肌、JK服、そして見事に膨らんだ胸元と魅惑的な容姿ではある。しかしこいつはいわゆるネカマだ。


「よう、翼。そっちも死んだか」

「あはは、ボクは踊り子だし逃げることも出来なくて……」


 さっき説明したが彼女……いや、彼も特殊系にあたる。能力は「他者への強化」に注力しており、自身の戦闘力は皆無だ。おおかた改札口までダッシュしている所をやられたのだろう。


 踊り子という職は勝ち組だ。

 男は認められていないのか例外なく女性へと姿を変えられ、しかしお色気レベルは高く、大抵の奴らは野球選手などと結婚をする。


 ちなみに俺の職業は「勇ちゃ」だ。いわゆる勇者のバッタモノで、引き立て役としてそこそこの強さを持つ。田舎であれば勇者と間違われ、そして本物の勇者が来たあと町中の人たちから唾を吐かれる。


 だから俺は何がなんでも勇者野郎を殺したい。実際、事故に見せかけて2回くらい殺してる。だから俺に友達はほとんどいない。


「虎ちゃんは嫌われ者だからねぇ。わざわざ新宿に出てくる時点でお察しだよ。なんならボクとパーティー組む?」

「パーティーって……おっぱい揉んでも怒られない?」


 うーんと翼はプラチナブロンドの髪を揺らしてしばし悩む。

 嫌な予感は見事に的中し、雑踏のなか制服の上着を脱ぎ始める。とたん、周囲の男たちは俺も含めて凝視した。


 ばつんっと弾き出された乳房は、シャツに包まれていても自己主張が激しい。いや、本来シャツなんて薄っぺらいものだ。これだけボリュームがあれば、その下にある乳という存在はムチムチと伝わってしまう。


 そして翼はボタンを途中まで外し、それからこちらへ暗がりの谷間を覗かせる。はいどうぞと向けているのは、この中へ手を入れてOKという意味か。そうだな、そういう意味なんだな?

 いくらネカマでも色っぽいものは色っぽい。そしてけしからん乳をいくらでも揉めるなら、もう「こいつは女ってことにしない?」と脳内で悪魔が囁いてくる。


 ぷくっとした唇は艶があり、そっと開かれた。


「ね、触って、いいよ……」


 触りたい、触りたい、たとえネカマでも踊り子とか意味分からん職業でも、ガキのころ面倒見て風呂に入れてやった仲だとしても、男でもヤロウでも乳は乳だろうが!


 胸元へ入り込む数センチ手前で俺の手はぶるぶる震えた。それはもう何か変な薬でもやってんのかってくらいに。しかし……。


「……なんてな。お前を試しただけさ」

「やっぱり。虎ちゃんは偽とはいえ勇者だしね」


 ああ、手を出したら5回殺すってこいつの親から言われてるからな。

 キラキラした瞳の通り翼は信用してくれているというのに、肝心のご両親から疑われてるなんて。まったく、何かあったとしたら菓子折りでも持っていかなきゃならんとは。

 というかさっき俺の言った「試した」って意味分からんし。どちらかというと「俺の理性を試した」と言うほうが近いな。


 さて、休憩時間デスペナルティのあいだも通路は人で賑わっている。貴重なAランクモンスターへあやかろうとする者、そしてマスコミなどが騒ぎに一役買っていた。

 それを眺めながら翼は不思議そうに話しかけてくる。


「それで、あんまり詳しくないけどベヒモスにしては強すぎない?」

「ああ、政府が改造したベヒモスだからな」


 そう言うと、紺色の瞳を彼は見開いた。

 あれは政府の秘密組織が生み出した厄災であり、証拠隠滅をしたがしつこい野党から暴かれてしまった。そのせいで躍起になって隠したが、残念ながらマスコミ連中は鼻が良い。というかたぶん野党が情報を流してるんだろうけど。


「ま、そんなのはどうでもいい。ぼちぼち休憩時間デスペナルティも終わるし、俺がきれいさっぱり片付けてやるさ」

「ふうん、それじゃあボクの強化バフはいる?」


 おお、踊り子のバフかぁ。久々にもらおうかな。

 強化バフというのは一時的なレベル上昇や攻撃力アップなど様々なご利益がある。だというのに世間的には人気が無い。彼がパーティーとして求められないのには、とある理由があるのだ。


 翼は、褐色の腕で俺の手を掴み、そして立ち上がらせる。

 そして頭を揺すってリズムを刻むと、彼の踊りダンスは始まった。両手をひらひらさせ、全身を揺すり、そして胸元を強調させるよう見せ付けてくる。

 色っぽいことこの上無いが、それとまったく同じ動きで俺が踊っているのは……つまりはそういうことだ。踊り子と同じ動きをすることで同調シンクロ率は高まり、術の効果は上昇する。


 こうして駅の片隅でズンズンと向かい合って踊る様子は、俺だけ滑稽に見えることだろう。しかし俺は決して気にしない。ぴょんぴょんと跳ねながら一周をしても、鳥のように両手をバタバタさせても俺の顔は冷静だ。


 じゃんっ、と踊りきったあと「同調シンクロ率97%。3レベル上昇効果です」という案内が流れた。ふう、と汗をぬぐって振り向くと、ついでのようにテレビから撮影されていた。ああ、くそ、死にてえ。こんなミニゲームなんて用意するから踊り子は人気が無いんだよ。


「さて、じゃあ俺は行くが翼はどうする?」

「虎ちゃんが『片付ける』って言ったからには、ボクに出番は無いよ。頑張ってね」


 そう言い、ひらひらと手を振って翼は立ち去っていった。

 外に出ると陽光に照らされ、眩しい笑顔を向けてくる。どうやらあいつも休憩時間デスペナルティの時間が切れたらしい。それとも俺に付き合ってくれたかね。


「ん、それじゃあ気合を入れて処分してくるか」


 ネカマとはいえ人と話せると気が楽になれる。

 うーんと伸びをひとつし、俺は再度新宿改札口を目指して歩き出した。


 そう、全てを無に帰すために。

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