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僕は食べて強くなる。  作者: 箸野不仕付
第一幕 孵化する蟲達
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1-8 達観

僕は確かに混乱していた。混乱している最中だ。


それでも混乱している事を自覚している僕もいる。混乱した自分を冷めた目で見ている冷静な僕がいる。


意識がはっきりした時、僕は目の前で起きている事象が整理できずに混乱した。いや正確には町田のニュースが流れ始めた時、既に混乱していた。


冷静な意識が産まれたのは、僕に新しく三つの能力がある事を理解した瞬間。能力『達観』を持っていた事に気付いた瞬間からだった。


この意識が産まれたばかりの時、達観しながらも僕はまだ現状が飲み込めずに焦っていた。


恐らく僕は人を襲ったのだろう、しかし何故襲った?本能だけが食べたのはしょうがないと言っていた。


僕と対峙していた人間はネットで制服を見た事がある特殊組織だろう、しかし何故僕と向き合っている?


僕を虫と蚊と吸生蚊と呼ぶ龍二について…何を言っているのか分からなかった。特殊組織の制服を着て、特殊組織の一人として僕と対峙している事も併せて分からなかった。


増幅で能力の強化を思い付いたのは、現状を少しでも把握する為に能力『地獄耳』で特殊組織隊員同士の会話を聞こうとした時の事だった。大柄の男と龍二の会話はギリギリ聞けたが、後ろにいた男と女の会話が聞こえずらいと感じた時に地獄耳の増幅を試みた。


冒頭、男の隊員が女の隊員に何を言ってるのかは分からなかった。聞こえたのは、その後の女隊員の会話からだ。


「馬鹿。十中八九、あいつに食べられた残骸の…人間の持っていた能力よ。作戦会議で言っていたでしょう。吸生蚊の特性を考えれば、能力を自身に再構築してもおかしくないって」


この女の言葉、龍二が言っていた吸生蚊。これらの意味を理解する為に、ここで能力『達観』に増幅を使った。

霧が晴れたように焦りと混乱が消えて、「わからないだろ」と言った男に思わず「能力ですよ」と答えてしまった後、混乱していた方が都合が良いと判断した僕は、また身体を本当に混乱状態に戻した。演技ではない。冷静な僕の意識介入を辞めて、混乱した意識だけを僕の身体に残したのだ。


こうして混乱で予測不能な行動をしながら、大事な場面で冷静になり、攻撃を防いでいるのだ。遠距離から攻撃が飛んでくれば混乱した本能に任せて反射的に火花で相殺し、近付いてくる攻撃は冷静に火花で威嚇。


歴戦の戦闘組織に所属する人間だからこそ、間合いや読みを重視する。自分にさえ予測不能な行動を読めるはずがない。実戦での成功と特殊組織の戸惑いに僕が考えるだけの時間は稼げると踏んだ。


ただ、消耗戦なのは揺るぎない事実。特に大柄な男の一撃は増幅で防御しても、ある程度の痛みを伴う。表面的な防御力は上げられても、ダメージを受ければ、何の訓練もしていない普通の青年の僕の身体は悲鳴を上げる。


しかし、チャンスはあるはず。


解析者に僕の能力データが間違いないか確認した男。あの焦り様は僕相手に予想以上に苦戦していると見ていい。ならば、業を煮やした誰かが無理矢理にでも隙を作ろうとしてくるはずだ。


その時は、そう思考した数秒後に訪れた。突っ込んできた男が僕の火花での威嚇に、ドス黒い湯気の様な物を纏った手刀で無理矢理相殺して、なお懐に飛び込んで来る。


大柄な男の「勝負を急ぐな!」という声が聞こえて来た時には、僕の()の指は男の腹部を捉えていた。直後、男の腹部から光が咲く。大袈裟に吹っ飛ぶでも無く、僕の足の先で少し身体を浮かせ、焦げた臭いを発すると、地面にゆっくり倒れこむ。


男の仲間達が叫ぶのと同時に僕は本能に従って、爆発して血だらけの腹部に口を付け血を啜る。再構築するのは、能力『呪炎(じゅえん)』と男が経験してきた戦闘の記憶、仕方。これで僕は特殊組織レベルの攻撃能力と戦闘経験を手に入れた。複数の能力を持つ事を考えれば奴等以上の戦闘能力を持っているといっても良いのではないか。


もう混乱状態でいる必要は無くなった。混乱している本能をしまって、達観で産まれた冷静な僕を身体に入れる。



舐めていた訳では無かった。それでも部隊が負けるとは思っていなかった。ましてや、犠牲者を出すとは思いもしなかった。


士気を高める意味も込めて、瀕死に至った場合は保谷の能力の糧となってもらうと言った。隊員達も「油断するな」という意は組んでいた。


それが間違いだった。油断するなというレベルの相手では無かった。「死ぬ気で行け」と言うべき相手。その時点で既に舐めていたし、油断していたのだ。


データ不足は言い訳にならない。特殊組織は常に未知との戦闘。戦闘のスタイルが歪だった事は負けた理由に挙げてすらならない事だ。


そのはずなのに、能力戦闘のスペシャリストを自負するプライドが、無意識にレアなケースを消していた。混乱した。混乱した頭に手足がついてこないのは、当たり前の事。大事な手足をミスでもぎ取られた。


「…保谷くん。彼は戦闘の経験はないはずだよね」


機構から提出されたデータには、書いていなかった。奴に戦闘経験はない。それでも言葉に出さずに居られなかったのは、仲間が殺された自責から自分を守る為と更に凶悪化した吸生蚊に混乱していたからだろう。


「ない…はずです。聞いた事ないです」

「そうか。いやそうだな。すまない」


頭が回らない中、必死に頭を回す。俺が冷静でなくてどうする。俺が新人の時、どんな窮地でも冷静な判断で隊を導いた副隊長を思い出せ。


「隊長!!ここは一気に攻めましょう!無力化なんて言ってられない。殺しましょう!」

「殺すだと!?管理されている俺達が命令に背くような事してみろ!一巻の終わりだ!」

「ならばどうする!?どの道そうでもしないと、そういう気で行かないと殺されるぞ!」

「あんたら少し落ち着きなよ!距離を保ちながら隊長の考えを待つの!」

「こいつの言う通り、隊長の指示を待つべきだ!いや、待て!副隊長命令だ!」


隊員達がざわつく。


…この状況を打破できる人物は、今の特殊組織にはいない。が、自衛組織にならいる。強さだけじゃない。知識も強さも兼ね備えた我が第一部隊の功労者が二人。


良いのだろうか。なんと酷な事だろう。きっとあの人は「お前もまだまだだな」なんて軽く流して来てくれる。それに甘えて良いのだろうか。


「隊長!指示を!」

「隊長!!」


しかし、俺にはこいつらを守る義務がある。如何に残酷だとしても、ここは隊長としての役割が勝る。


「お前らぁ!!全力で持ちこたえろ!応援要請を発令する!持ちこたえれば、この状況を確実に打破できる!」

「…了解!!いいか!?保谷を全力で守れ!!一定の距離を保ちつつ、遠距離で威嚇しろ!」


「応!」と隊員達から言葉が出る。隊長が打破できると言い切った。隊長達にざわつきは一瞬にしてまとまりを見せる。


「伝令!!自衛組織、青梅(おうめ)真三郎(しんさぶろう)大佐と昭島忠彦中佐の両二名に応援要請をお願い申し上げろ!」

「はっ!!」




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