1-7 増幅
「液体の中身は全部同じなんだ。運が悪いとか仕組まれて悪い能力に当たったとか、失笑しちゃうよ」
「え?では何故、人によって能力が違うのですか?」
「あの液体は、吸生蚊が生物を吸血して己の体を変態させる時に分泌する脳内物質を元に製造されている。いや、もっと簡単に説明できるな」
白衣の男は、食事中のモルモットと睡眠中のモルモットが入ったケースを持ってきて、見慣れない大型の機械から伸びるコードの先に付く針を二匹のモルモットの眉間に差し込む。
きゅうという鳴き声と共に、さっきまで餌にがっついていたモルモットは食事を辞め、寝ていたモルモットは起き上がる。
「そりゃそうだろう。いきなり頭に針を刺されれば、驚いて食欲も無くなるし、とても寝る気にもならない」
「うーん。まぁそう見えるだろうね。普通は。でもこいつらは極限まで餌を抜いた個体と極限まで睡眠をさせなかった個体なんだよ」
「…なるほど。人間ならともかく、モルモットなら危険の前に欲が上回りますね」
「そういうこと。今のはね、食欲と睡眠欲の本能を抜き取ったんだ。面白いのはここから」
白衣の男は、先ほどモルモットに刺した針を交換して、再度眉間に差し込み、コードと針の繋ぎ目についたボタンを押した。
1回目の針を刺されるまで食事をしていてモルモットは、糸が切れたように急に睡眠を始め、寝ていたモルモットは餌にがっつき始める。
「それぞれの食欲と睡眠欲の本能を一度取り出して、別のモルモットに注入したんだ」
「確かに面白い実験ですが、それと能力付与の液体になんの関係があるんですか?」
「察しが悪いね。吸生蚊の変態するという本能の成分が入ってるんだよ。あの液体に」
「つまり、あの液体を注入する事で人間は変態していると…?」
「そういうこと。自分の身体の潜在意識や考え方を変態対象に能力として算出するよう改造してね」
「ランダムでは無く、自分次第だと」
「だから自分で自分の能力を理解できるのさ。二つ液体を注入しても結果は同じ。それに機構は言ってるじゃないか、能力の『発現』って」
「では何故、昭島修造は二つ以上の能力を持てるのですか?」
それを聞いた白衣の男は、大きく溜息をついて吸生蚊についての入門的な文献を開いて、再構築についての項を指差す。
「構築できるんだよ?潜在意識や考え方という部品を組み立てることくらい、生物の身体を模倣、変態、構築するより簡単に出来るとは思わないか?」
「…ありがとうございます。ジョージ博士。これで日本の能力開発は更に発展します。しかし、何故日本に情報提供と所属を?アフリカ合衆国への背信行為ですよね」
「研究者は知識欲の塊なんだ。勉強できればいいのさ。シュウゾウ・アキシマとリュウジ・ホウヤの件は頼むよ」
「お任せを。ただいま特殊組織が交戦中です。次期に捕獲できるかと」
それを聞くとジョージは、高笑いする。
「日本語は難しいね。次期じゃなくて時期。どの時期ですか?まぁゆっくり待つよ」
意味深な言葉を放つと、また研究に戻るのだった。
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能力を数個取得したからと言って、あくまで一般レベルの代物。それに戦闘経験も皆無。
放っておけば特A級の危険人物、もとい危険生物になるとは言え、現段階での危険度はせいぜいB級の判断だった。
それでも特殊組織を寄越したのには、理由があった。
一つは、万が一にも取り逃がせないこと。前述のように取り逃がせば、吸血によって能力が増加していき、どんどん手に負えなくなっていくから。
もう一つは、研究材料として捕獲する為。データに残る限りで、吸生蚊が初めて人類に変態した稀なケース。
能力開発機構にとって、能力開発を進める為に必要なキーパーソン。
殺さずに、余裕を持って無力化できる戦力が必要だった。
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「おい、解析班!奴の持つ能力データに間違いは無いんだろうな!?」
「間違いありません!あれは『火花』です!」
「じゃあなんだって!あの威力は!」
能力『増幅』と、体液を吸うことで人間が持っていた能力を自分の中に再構築できる吸生蚊の特性は、余りにも相性が良かった。
一人の人間に二つの能力が発現するケースはあり得ない常識。
二つの能力がどう作用するのか、特殊組織は理解していなかった。いや、理解する機会も必要も無かったのだ。
時間があれば、保谷龍二の殺した人間の能力を得る能力『奪取』からデータを取る事は出来たかもしれない。
しかし、保谷龍二の能力発動条件を考えれば、余程有事が続かなければ、どの道難しい事に変わりは無かった。
指から火花を散らせる能力『火花』は、所謂、糞能力とされていた。自分の指も熱く、火傷する事から気軽に嫌がらせも出来ない。
しかし、増幅と合わされば自分にダメージが行かない上に、火花自体の威力を大幅に上げることが出来るのだ。
火花という情報に捉われて、実際の威力とのギャップと被弾した場合どれだけのダメージが来るか分からない恐怖。
その二つが歴戦の戦闘部隊であるはずの特殊組織を混乱させた。
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特殊組織が混乱する中、ただ一人冷静な人間がいた。
それは部下に的確な指示を出さなくてはいけない立場にある組織の隊長でも無ければ、戦闘を見つめている保谷龍二でも、解析のプロで常に冷静さが求められる解析班でもない。
先程、取り乱していた昭島修造だった。