1-6 違和感
私の息子、修造に違和感を持ったのはいつだっただろうか。
5才の時に同い年くらいの子供より明らかに成長が遅いという事が分かった頃か?
いや違う。どんなに成長が遅くても、この子の個性なのだと思えていた。
それでは、小学三年生の時?
迷子から戻った修造が、その日から急激に変わった。
遅れていた成長もその日からどんどん取り戻していって、小学六年生になる頃には他の子達と何ら変わりなくなった。
いや違う。確かに驚いたし嬉しかったが、違和感は感じなかった。
修造は修造だった。
…そうだ。思い出した。
俺が修造に違和感を感じたのは、初めて会った時だ。
修造は、私が任務中に産まれた子供だった。
長期出張の最中に妻が自宅で産み、会えるのを待ち侘びていた私が戻ってきて、念願の息子の顔を拝んだ時。
感動の方が大きかったのは揺るがない。それは自信を持って言える。
ただ、感動だけでは満たされなかった感情のほんの隙間に違和感があったのだ。
戦闘組織員として国内外で戦闘を経験した者にだけ分かる匂い。それをほのかに修造から感じた。
きっと任務が終わったばかりで疲れていたのだろう。
私はそう思うことにして、考えれば考えるほど感動を侵食して大きくなりそうな違和感を消し去った。
「この子は強くなるかもな」
この言葉一つで違和感を片付けた。
能力主義の世界で何を強くなるんだか。
私と同じ仕事かそれ以上の特殊組織になると言えば、産まれたばかりの子供に対して不謹慎だったかもしれない。
「嫌ですよ。貴方みたいな危険な仕事には就いて欲しくありません」
「精神面の話だ」
これが私が感じた違和感を納得させる為の精一杯の答えだった。
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息子が蚊だと聞いた時の男は、心中穏やかでは居られなかった。
いつも冷静で、指示も的確。中佐という立場を感じさせない立ち振る舞いから、部下の信頼を一挙に集めていた男が、報告してきた部下の胸ぐらを掴んで怒鳴り声を上げていた。
その怒号が昭島忠彦から発せられているものだと知った時の、周囲の隊員の顔はなんと素頓狂なものか。
今まで忠彦が戦闘中以外に怒号はおろか、大声を出した事は一度も無かったのだから無理もない。
本来ならすぐに止めなくてはいけない行動なのに、止めるべき立場にある大佐でさえ呆気に取られていた。
胸ぐらを掴まれた部下は、報告内容と心情を察すれば、俯く他無かった。
大佐がやっと自分のすべき事に気付いて、割って入って、怒号では無い、しかし大きく響く声で落ち着けと言うと忠彦はハッとした表情を浮かべた後、謝罪の言葉を胸ぐらを掴んだ隊員から、その場に居合わせた隊員群の順に述べて、目の前の大佐には感謝の言葉を述べた。
大佐、伝令と共に忠彦が部屋から出て行くと、先ほどの静けさから一変して、小さなささやきが積み重なり、大きなノイズで部屋は埋め尽くされる。
「息子が蚊ってどういう意味なんだ」
「さっきの中佐の怒り様、とんでもなかったぞ」
会話になる訳でも無く、各々が思う事が流れる部屋には異様な空気が流れていた。
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「現在、特殊組織が交戦中との事です」
「本当に息子…いや昭島修造で間違い無いんだな」
「送られてきた画像と個人データを照合した所、間違いないようです」
「人の体液を吸って、能力をコピーする。この情報が上がってると言う事は修造は既に人を殺めたのだろうな」
「確認しただけで4人です」
その情報を聞くと忠彦は深く息を吐くと、天を仰いで目頭を抑える。
戦術を考える時も見ない動作をしてる事から相当参ってるのは明らかだった。
忠彦の様子を見た大佐が代わりにと口を開く。
「…そうか。それで?まさかそれだけを報告しにきた訳じゃあるまい」
「はい。大変申し上げにくいのですが、特殊組織が苦戦を強いられている様で、大佐と中佐に力を貸して欲しいと」
「自衛に援軍要請とは、そこまで人を出したく無いか。特殊の奴ら」
「元特殊組織第一部隊長の大佐、副隊長の中佐が入れば制圧できると…私の口からは、それ以上は申し上げられません」
「人情を考えやがらねぇ。彼奴らは。昭島、お前今回は休め。制圧しないとは立場も仕事もあるから言えない。だがお前が応戦する必用はない」
「…息子の最期くらい、見せてくれませんか。世界から見たら蚊でも私には大事な息子なんです」
「中佐…」
「覚悟は出来てるんだろうな」
「勿論です。せめてこの手で」
大佐は、忠彦の目を見つめて意志の確認をすると、伝令に位置情報の送信を命じた。