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僕は食べて強くなる。  作者: 箸野不仕付
第一幕 孵化する蟲達
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1-5 特殊組織

「え?」


ついさっきまでビニール袋に、きっちりとまでは行かないが並べられていた缶やビンはカーペットに散乱していて、整えられて敷かれていたコタツの毛布は一方向にだけ引っ張られたようにぐしゃぐしゃになっていた。


ここまでは、誰かの家で飲んだ後は日常の光景だったが、僕が思わず声を上げたのには、別の理由があった。


一つは、僕が居て、町田がいない事。


口論の末に怒って出て行った線は、町田の家なのだから考えられなかった。


もしそれほど怒ったのなら、僕は追い出されるか、自分から出て行ったはずなのだ。


口論になったまでは覚えている。


ただ結末は記憶に無いし、僕の記憶の最後には町田はまだ居た。


缶ビールが二本しか空いていない事を考えると、その後に仲直りして記憶を無くすまで酒を飲んだというのは考えられないし、そもそも僕は酒で記憶を無くした事はない。強いとかじゃなくて、無理に飲まないから。


そしてもう一つは、僕が能力を持っていた事。


能力を持てば自分でわかるってこういう事なのかと感動する暇が無かったのは、その能力の内容が原因だった。


自分の身体に持つ物の力を増幅させる能力。


町田がさっきまで自慢していた能力、目の前で実演した能力だった。


イメージとして浮かぶ力の使い方通りに、指先の皮膚の力を増幅させて、実演に割られたグラスの破片の特に鋭利な物を選んで、指先に突き立てる。


切れない所か、痛みすら感じ無かった。ただ、尖った物が当たっているという感覚だけはあって、不思議な感覚。


それは、紛れもなく町田の能力だった。


能力の発現が遅い人もいる、という解析者の言葉を思い出した。


友人と同じ能力なんて偶然もあるもんなのかと思うと同時に、昨日自分に焦ってた理由があっさり解決して、町田への申し訳無さで一杯になった。


町田に謝ろう。さっき喧嘩したこと。


それで、今度は僕の奢りで酒を飲み直そう。同じ能力だったって分かれば、町田の奴、偉い驚くだろうな。


ただ気掛かりなのは、能力付与の注射を受けていない事。


こんなに大事なことだけぽっかり忘れるなんて、あり得るのだろうか。


仮に小さい頃の症状が再発したとしたら…。


「ただいま、電話に出ることができません。ピーっと鳴ったらお名前…」

「出ないか…」


その後も5分置きに電話を掛けても、町田が電話に出ることは無くて、留守番のお姉さんの声が聞こえるだけだった。


保谷に町田から電話がいっていないか、保谷に電話をかけようとした時に、修造の携帯に電話が掛かってきた。


「これって確か…」


能力開発機構日本支部の番号がスマートフォンの画面に表示される。能力付与の時に、再検査の為に登録した電話番号。


スマートフォンの時間を見ると、検査の時間になっていた。


僕にとっては、さっき起きたはずの口喧嘩から既に16時間経っていた事に今気付く。


修造は、一度コールが切れた能力開発機構に電話を掛け直して、今から1時間後に検査の約束を取り付けた。


申し訳無いと思いつつ、鍵をかけずに町田の部屋を出て、自転車で検査場の国分寺町(こくぶんじまち)に向かう。



「やはり、能力の発現が遅かっただけのようですね。御自身でも能力があるとわかりますよね」

「はい。ですがこの能力、昨日友人が持っていた能力と同じで…実際に友人が能力を使うのも見せて貰ったんです。これって…偶然ですか?」

「基本的に能力の譲度(じょうど)は、あり得ません。一時的にコピーできる能力の例はありますが、その場合、解析者にはコピー能力が映ります」

「やっぱりたまたま同じ能力だったって事ですか?」

「そう考えるのが妥当です。こんなレア能力が身内二人に付与されるケースは、珍しいですが、会場が違うなら全く無いケースではありません」

「そうですか…わかりました。ありがとうございます」

「いえ、せっかくレア能力を手に入れたんですから、もっと喜んで良いと思いますよ」


喜ぶような気分じゃ無かった。


もし検査員の言うことが本当だったら、僕は意味も無く町田に喧嘩を売って、楽しみにしていた飲み会をぶち壊したのだ。


しかも、自身の記憶に能力付与の注射をされた記憶は無いし、口喧嘩の途中からの記憶も無い。


良い能力を手に入れた喜びより、自責の念と幼少の頃に物心付くのが遅く記憶がない…表しようがない恐怖の方が大きかったからだ。


元気なく一例をして出て行こうとすると、検査員と解析者が不思議そうに顔を合わせて、海外ドラマの様な手振りを交えていたのが横目に映った。


安心した訳でも無いのに、腹が減る僕のお腹は、僕に似て意地っ張りだ。


小さい時は、といっても小学4年生の頃からの記憶だが、僕は急にところ構わず腹を鳴らした。


迷子になって帰ってきた時も、先生に怒られてる時も、赤点を免れるかの大事なテストの時も。


そんな時は決まって目が霞んだ。


そして両親も先生も周りの友人もなんだかみんな美味しそうに見えた。


そのことを一度、保谷と町田に話した時は病院に行けって言われたっけ。


もうないからと笑い話、冗談ってことで終わったけど。


高校生になる頃には、そんな事は無くなっていたのに、昨日飲み会で食べるつもりだったのが、食べ損ねたせいか、久しぶりにこんな形で腹が減った。


目が霞む。


国分寺町にある行き着けのラーメン屋『しゅんすけ』に行こう。


こういう時はガッツリ食べるのが良いんだ。油そばを大盛りでガッツリ。


腹を満たしたら、また町田と…そういや電話しそびれた保谷に電話しよう。


謝って、町田に同じ能力持ってたって自慢して、嫌な事は忘れて…勝手だけど。


ふと、ビルに設置された大型モニターに目をやると、行方不明者のニュースが流れる。


霞んだ目で、よく見ると町田の家の近くだった。


まさか、と率直に思った。


腹が減ってるから、今なら分かった。普通だったらわからなかったけど今ならわかる。分かりたくは無かった。


…行方不明者の名前が町田だった時、なんだか大型モニターに責められて、それを見てる通行人も僕を責めているようで、腹を減らしながら、腹を立てた。


町田と喧嘩してた時みたいに苛ついた。



強くなった目の霞にも苛つきながら、苛つきながら、苛つきながら…修造の視界がはっきりとして目の前に飛び込んで来たのは、三人の人間の残骸(・・)と、自分と向き合う『JAPAN-TS』のロゴが前面に強調された制服に身を包む複数の男女…の中にいる保谷の姿だった。


「おう保谷。電話する手間が省けた。町田の行方知らないか?」


どういう状況なのか聞く前に、平然と動揺せずにこんな口を叩くのは、何より先ず、誰かに違うと言って欲しかったんだと思う。


「黙れ()が。昭島修造を真似した虫が、修造みたいに喋るなよ」

「蚊?何言ってんだ。俺は人間だし、修造だよ。それより町田はどうしたんだよ」

「怒らせたいのか。町田はお前が食ったんだろうが」

「いい加減にしろよ。お前こそ、僕を怒らせたいのか!?」


町田の能力の他に、3つの能力が増えていた事とその能力の内容は、今はどうでもいい事だ。


本能がしょうがないと言っているのだから、残骸(ごはん)は、しょうがないのだ。


『しゅんすけ』に行く前にご飯があっただけなのだ。


食欲を早く満たしたかっただけ。


そう思えば、町田も今ならしょうがなかったと思える。



「保谷くん。君はまだ能力を持っていないんだから、気持ちはわかるが挑発してはいけない」


180cmを越える保谷よりもう10cmは大きいかという大柄な体格の男が、保谷の肩に手を置いて、後ろに下げる。


「…すいません。熱くなって、昨日から配属の新人なのに調子に乗って…」

「良い。俺は君の度胸を評価してるんだ。新人が中々、国家を揺るがす化け物の退治に名乗りをあげるなんて大したものだ」

「化け物…。本当にあいつは、修造じゃなくて、吸生蚊なんですよね…」

「そうだ。人類で初めて吸生蚊に体液を吸われた被験者昭島修造は、我々が保護している。と言ってもあくまで研究対象としてだが、丁重に保護されているのは事実だ」

「でもあいつは…」

「本当に自分が昭島修造本人と思っているだろうね」

「…」


口では一丁前に蚊や化け物と罵ったが、彼と友人として過ごして来た時間は本物だったから。


昭島修造の本物とは一切面識が無いし、保谷にとっては目の前の化け物が昭島修造だった。


それでも共通の友人である町田を手に掛けた。


一度自身との話が途切れると、何を言う訳でもなく呆然と何を考えてるかもわからないような顔をして立っている修造を見ていると、複雑だった。


「全部聞こえてる。おい保谷。これはなんかのドッキリなのか?俺はただ食事をしていただけ…え?おい嘘だろ?まさか俺は食っちまったのか!?この人達を…あぁそうだ。食べたんだった」


呆然と立っていたかと思えば、急に顔が青ざめていき、汗をかきはじめ、慌てる。


かと思えば、急におとなしくなって、独り言を言っている。


急に身体を震わせ始め、キョロキョロと自分の食べた残骸を見渡している。


明らかな混乱状態になっていた。


「この距離で、この声の会話が聞こえるのか…蚊の力か?」


男隊員の一人が呟くと、隣にいた女隊員が男の頭を叩いて、わざとらしく溜息をつくと、十中八九ここにいる残骸が持っていた能力だと説く。


「わからないだろそんなこと」


男がムッとした様子で返すと、さっきまで震えていた修造が何事も無かったようにケロっとして、能力ですと伝えて来る。


「…情緒不安定だな。何らかのきっかけで最近、蚊としての本能が目覚めたんだろう。吸生蚊の特性として身体的に優れた生き物、ゾウやゴリラ等を狙う傾向にあるのだが、人間に変態するとこうなるのか…人間を食べると能力を再構築できるとは厄介だな」


保谷に隊長と呼ばれた男が一歩前に出る。


「しかし、能力も少なく情緒不安定の今が好機と見た。みんな、俺の合図で一斉に攻撃を開始しろ。保谷、お前は…致命傷を負った隊員を」

「助けるんですね」

「違う。殺すんだ。トドメを刺せ」

「は?」

「お前の能力は、もしここであいつを無力化出来なかった時に、増えていくあいつの能力に唯一対抗できる能力だ。あいつみたいに血を吸ってコピーできるならともかく、お前は殺さなきゃ発動しない能力だからな」


でも、と食い下がろうとした保谷だったが他の隊員から肩に手を置かれた。


顔を見ると、先ほど頭を叩かれて馬鹿にされていた男隊員が無言で笑みを浮かべて親指をたてている。


保谷が呆然としていると、慌てて口を開いて、みんな死ぬ覚悟はできてるって意味だからとコソっと言われた。


「ダサ。説明したらダサい事して、説明しちゃうって」

「うるせーな!クソアマ。マジで可愛くねぇ」

「ま、私達ワザと死ぬ事は無いから」

「無視をするな!でもまぁそういうことだ」

「あの子友達なんでしょ。辛いと思うけど、国を守る為…君の友達のような犠牲者を出さない為に、頑張りましょ」

「…はい!」


この人達なら修造を止めてくれる。


そう信じた保谷は、覚悟を決め、仲間を殺す為のナイフを握りしめて隊長の合図を待った。


「おい保谷。いい加減答えてくれよ。町田はどこに…」

「今だ!!」


修造の声をかき消すように隊長の合図が発令される。


隊員達は一斉に方々へ散り、修造を取り囲む陣形を作ると、息つく暇も無しに攻撃に入る。



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