1-3 吸生蚊
世界物事辞典
ー 吸生蚊
項目より一部抜粋
アフリカのジャングル奥地に生息する吸生蚊は、生物の体液を吸うことで、有機物のDNA組織を取り入れ、特徴を取捨選択し、自身の身体に再構築する事ができる。
多くの場合、吸生蚊が血を吸うのは1種族、1個体である。
考えられる理由として、吸血の際に生物の脳を現状より優れた物と本能で判断、再構築を行い、吸生蚊としての本能を忘れてしまうという事が挙げられる。
よって取捨選択の機会も自然と逃し、吸生蚊は、初めて血を吸った生物として一生を終える事が多いのだ。
生殖も血を吸った生物として行う為、吸生蚊自体の繁殖能力は低く、絶滅危惧種に指定されている。
個体数が少ない為、研究が進んでおらず、学者によって蚊が成虫というもの、血を吸って変態した先が成虫というものに分かれる。
しかし、変態した状態の蚊を判別するのは難しく、現状では蚊が成虫で変態は特性というのが有力。
また、都市伝説として能力開発機構の付与する能力は、この吸生蚊の特性、能力を利用し開発されているという。
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「おー来たか!おっと能力はまだ言うなよ。お前も俺ももう少し酒が入って…」
「その事なんだけどさ、真面目に聞いて欲しい事があるんだ」
「なんだぁしょうもない能力にでも当たっちまったか?後で笑ってやっから、取り敢えずせっかく買ったんだ。乾杯してからでも遅くねーだろ」
「…そうだな。乾杯」
自分の尋常でない焦りを事情も知らないこいつが、察する訳も無かった。当たり前だ。
冷静だったらわかる事を焦って気付かなかった。
苛立ち気味にビールの注がれたグラスを力無さげに、しかし苛立ちをぶつけるように友人のグラスに当てる。
いつもならチンと心地良い音が鳴るはずだったが、この日はコンと低い音が鳴った。
僕の表情を含めたその一連行為が、ただこの飲み会を楽しみにしていた友人の勘に障るのは想像に難しくなかった。
「…おいおい。そんなつまんねぇ乾杯があるかよ。よっぽど能力の話がしたいか。なぁ?」
「なんだよ。いいよ。乾杯して飲めば話を聞いてくれるんだろうが」
友人は、人に聞かせる溜息をついた後、右の眉を上げて、両目を細める。
こいつが自慢する時の顔だった。
何時もならなんとも思わない癖なのに、今日の僕には不快極まりなかった。
「俺の能力は、自分の身体に持つものの力を増幅させる力。勝ち組だよ。わかりにくいか?実際に見た方がわかるか」
友人はテーブルに置かれたグラスを摘むと、大した力を入れる素振りも無く、それをそのまま指で割った。友人の指からは血が滴る。
「今は、指の力を増幅させたんだ。皮膚の力も増幅させりゃ指も切らずに済んだのかな。…すげぇだろ。俺も信じられないよ。まさかこんな力が手に入るなんてさ」
グラスに入ったビールが飛び散った事に気付くと、一瞬顔を顰めて、僕にくれたビールをなんの悪気も無さそうに手に取り、それを飲んだ。
少し苛ついたが、それを敢えて顔には出さなかった。
僕が招いたこの口喧嘩、顔に出せばなんだか負けた気になってしまうと思ったからだ。
「飲みたくもねーんだろ。で、お前の能力は?」
一部始終最初から見ていた人が十人居れば、十人が僕が悪いと言うだろう。
しかし、案外、僕は意地っ張りなのだ。
凄い能力を聞いて動じてるのに、顔にも出さない。
能力を聞いてくる友人に素直に謝って相談すれば良いのに、能力を貰ってないと、別にどうでもいいような口調で白状するのだ。
それくらいには、僕は意地っ張りでどうしようもなく人間だった。
「僕は貰ってない」
「…大方、俺のが思ったより良い能力で、自分のしょうもない能力言いたくないんだろ?でも、もし本当だったら…今ならこれほど気分の良いことはないな」
「本当だよ。良かったな」
「お前の意地っ張りも相当だな。しょうもない嘘を付くなよ」
だから、自他共に意地っ張りな僕がこれを言ったのが不思議だった。
僕の記憶にあることが不思議だった。
「本当だよ。だからさ、可哀想な僕に、その能力くれよ」
それはどうしようもなく、本能な僕だった。