1-12 能力の自我
「隊長…嘘だろ…」
その悲報は隊員達を引き連れて逃げる最中に訪れた。
伝令から告げられた事実に先ほどまで馬車のように回していた脚の力が抜けていくのを感じた。
戦場で生きる以上、常に生と死が付きまとう。それはよく理解していた。だから隊員の一人が殺された時も涙を堪えて、感情を殺して、騒つく隊員達に落ち着くよう命令を出せた。俺にとって仲間の死は非日常であって日常だからだ。
第一部隊は、特殊組織最強の部隊。敵国の拠点を瞬く間に攻め落し、将の首を攫う。そう呼ばれ始めてから今までその称号をほしいままにしてきた。日本が平和なのはこの力による物が大きかった。
最強の第一部隊を作ったのが、青梅真三郎と昭島忠彦ならば、育ててきたのは立川義弘に違いない。隊員達の長所を活かし、決して驕らず、立場を感じさせないフランクな物言いで曲者揃いの部隊をまとめてきた。
自身は尊敬する二人の猿真似だと謙遜するが、人一倍努力家なのを全隊員が知っていた。だからどんな奴もあの人の人間性に惚れた。
俺もその一人だ。
あの人の助けになりたい。あの人の刀になりたい。あの人の右腕になりたい。
国がどうなろうが、どうでも良かった。それでもあの人が国の為に戦うのであれば、喜んで国の為に戦った。それだけで俺は第一部隊副隊長に登り詰めた。
それがたった今、死に様すら見れないで、命令とは言えあの人を残して逃げた結果、生きがいを無くしたのだ。
「もう…どうでもいいかもしれない」
口から出てしまった言ってはいけない言葉。同時に頰に痛みと熱さを感じる。方向を見ると可愛くない同期の女が俺を睨んで言った。
「あんたは本当に馬鹿。隊長がどんな気持ちで保谷に託したかわからないの?」
お前は悲しくないのかと言いかけて、今度は言葉を喉元にしまう事が出来た。
普段弱音も吐かない女が普段以上に強気な顔で涙を流していたから、屁をこいた奴に屁をこいたか聞くくらいの意味が無い言葉だと気付いたからだった。
分かっていた。俺達を逃す為に死んだ事。
俺の仕事はあの人を守る事じゃ無い。あの人の命令を遂行させる手伝いをする事だ。
隊員達を逃がせと命令されたなら俺はそれを遂行させなきゃいけない。
「ほんと、可愛くねー女だな。…でも目が覚めたわ」
》
翼で空に逃げなければ僕はもうとっくに死んでいただろう。
糞親父よりも圧倒的に速く、間を詰めてくる。いや、この速さの前では最早、間なんて無いと思った方が良いのかもしれない。
雷。これが今の保谷を表現するのに一番適した言葉だろう。
常に手に纏った雷光が、動くと同時に一直線に僕に伸びてくる。ただ違うのは、その雷は雲から降りるのでは無く、地上から空に伸びる事くらいだ。
空中で方向転換は出来ない。その一点だけが僕の命綱であり、保谷に刺せる刀でもあった。
動いたと判断した瞬間に身体一つ…用心して身体二つ分移動する。そうすれば確実に攻撃は避けられる。
そして跳躍の高さに限界が来ると、恐らく僕と同じ…正確には青梅さんの増幅の使い方を真似て急速に着々する。恐らく隙を見せない為に。
ただ着地点が予想出来るなら必ず攻撃のタイミングはあるはずだ。制空権がある限り僕の優勢にかわりない。
気になるとすれば一つ。僕と違って、戦闘経験は奪えないはずなのに、ここまで能力を使いこなしてるのか、だ。
ある程度なら予想はつく。僕が残骸を食ってる間にあの三人が使い方について軽くレクチャーした可能性だ。そうでもなければ僕の初撃、あの一瞬で目に増幅を使って動体視力を上げる判断が出来るだろうか。
しかし、そこまでの時間があっただろうか。無いはずだ。確かに地獄耳は使って居なかったから、内容は聞こえなかった。それでも鴉を食べた後、僕は冷静だったのだ。彼奴らが手を出せないと判断したから頰のダメージを回復する為に残骸を貪った。時間はそんなにかかって居ないはずだ。
「今なら分かるぜ修造。お前が町田を食った理由」
「…」
話には乗らなかった。痛さで学んだ。糞親父に殴られて。常に保谷の動きに集中する。
僕が答えなくても保谷は勝手に話を進めた。
「本能だろ。俺は虫じゃないが、俺の能力の本能が…言ってくるんだ。奪えってな」
僕が吸生蚊と気付いてから、僕の中のある記憶はより鮮明になった。胎児の時の記憶。いや、僕が幼虫だった時の記憶。
殺して奪って生き残る。それだけを考えて兄弟を食い殺した記憶。
保谷がさっき言った「俺は幼虫だ」という言葉。
奪う能力。
「羨ましくて仕方が無いんだよ。吸生蚊の特性が!」
》
「能力は自分の考え方や経験、様々な事が作用して能力が発現するんですよね?」
「そうだよ」
「なら能力は自分自身と言って良いと思うのですが、どうでしょうか」
「面白い考察だね。でも残念。少し違う。言ったよね。あくまであれは変態なんだ」
「ではもう一人の自分という考え方ならどうですか」
「素晴らしい!自分であって自分じゃない。だから発現した能力にも、もしかしたら自我があるかもね」
「自我…ですか?」
「人間には自分でもわからない深層心理があるでしょう。それが元になった可能性もあるとしたら…知らない自分が出て来る訳でしょ?…ま、例えだね」
入院患者が着るような服に身を包む男は、指を顎に当てて唸る。
「まぁまぁ。もうすぐ君と同じ、その可能性を研究できる人間が手に入るんだ。続きはそれからにしよう」
ジョージが話を終えると共に、能力開発機構の構成員が研究室に入って来る。
「ジョージ博士。会議の時間です」
「無粋だねぇ。浪漫の話の時間に。君も彼を見習いなさい。君達よりよっぽど感が良い」
「はぁ…なんの話ですか?」
「うーん相変わらず察しが悪いねぇ君」