2 *レッツエンジョイ高校生*
「って、GW終わっちゃったじゃん!!」
昼休み、クラスの面々が談笑しながら持ち寄った弁当をつつく中、最近ようやくイタいコのイメージから抜け出しつつあった未來の叫び声が響いた。
一カ月の努力がむなしく泡沫と消えていく。
「GWが終わっちゃったらもう高校でのポジションも大体決まっちゃってるじゃん! イタいコじゃなくても地味なコになっちゃうじゃん!」
いま現在イタいコという称号が再びクラスメイトたちの脳内を駆け巡っている最中なのだが、生粋のイタいコ来春未來はそんなことには気づかない。
汚名挽回という間違った覚え方を地でいく少女だった。
しかし、そんな中でも、未來のことを温かい目で見てくれる者は存在した。
その他大勢は『温かい』ではなく『生温かい』視線を送っているわけだが。
「みくちゃん、急に大声出したら、皆がびっくりしちゃうよ? とりあえず、座ろう?」
「ううう、ちぃちゃあんんんん」
机に広げられた弁当を押しのけ、数少ない理解者たるちぃちゃん──紅桃茅子に泣きつく未來。
幼稚園時代からの幼馴染であり、未來とは正反対に落ち着いた雰囲気の少女である。
長い黒髪をちょうちょの形の髪飾りでまとめ、肩口から下している。やわらそうなほっぺたは、甘いパンを頬張って膨らんでいる。
「……それお昼ごはん? あまくない?」
「美味しいよ~」
「なんか量もすごいけど……」
「美味しいよ~」
「あたしも甘いものは好きだけど、流石にこれは無理だなあ~」
「美味しいけどなあ」
机には大量のパン(しかもほとんどが菓子パンだった)が積み上げられている。今どき珍しいカロリーを気にしない女子らしい。
「それでみくちゃん、どうしたの? GWが終わったことなんて、朝のHRで先生が散々言ってたよ?」
「午前中の授業を消化してようやく実感が沸いてきたよ! GWは、終わっちゃったんだよ!」
「だから、そんなに大声出さなくてもわかってるって……」
「いいや、声を大にして言わせてもらうよ! GWは、お・わ・っ・ちゃ・っ・た・ん・だ・よ!!!」
「しつこい!!」
なかなか大声を出すことのない茅子がつい声を張り上げてしまうくらいには鬱陶しかった。
しつこい人間は嫌われるというが、むしろさっさと見切りをつけられていないことが不思議である。
現に十年来の友人など茅子を除いて他にいない。
「あのね、どれだけ終わったことを嘆いても、失われた日々は戻ってこないんだよ?」
「耳が痛い! 新学期のあたしに聞かせたい!」
「GWは終わっちゃったけど、まだまだ楽しいことはきっとあるから、下を向かないで頑張ろう?」
「心が痛い! なんか涙出そうになってきた!」
幼馴染に諭される女子高生の姿がここにあった。
「ていうか別に、連休が終わっちゃったことを嘆いてるわけじゃないんだよ」
「そうなの?」
ようやくひと息ついて席につき食事を再開した未來の言葉に、茅子は首を傾げる。
「そうだよ。GWは家族で海に行ったり、色々楽しかったもん」
「まだ五月なのに海に行ったの?」
「江の島行ってきた。楽しかったけど、やっぱり寒いよね」
「それで、GWが終わったことが悲しいんじゃないなら、なにが悲しいの?」
気を抜くとすぐに話が逸れる辺りは、普通の女子高生らしいのかもしれない。
逸れた話題を茅子が戻す。
「高校生になってもう一カ月だよ。それなのにあたしは食事と睡眠と学校と宿題を繰り返すだけ。無為に日々を送ってしまっていたんだよ!」
「高校生としては、特に問題ない生活だと思うけれど……」
「JKとしては大問題だよ!」
「じぇいけー……?」
話を聞きながらもそもそと菓子パンを消化し続ける茅子。
ある種いつも通りの幼馴染の奇行に落ち着いた態度を見せるオーディエンスに対し、あくまで鼻息荒く演説を続ける自称JK。
「JKっていうのはね、放課後は友達と遊びに行ったり、土日は友達とご飯食べに行ったり、連休は家族じゃなくて友達と旅行に行ったりするんだよ!」
「友達ありきな人たちなんだね、じぇいけーって」
「下駄箱に恋文が入ってたり、屋上で告白されたり、夏祭りで一緒に花火を見たりするんだよ!」
「それじゃ私、じぇいけーになれる気しないなあ」
「たーまやー!」
大声で妄想を垂れ流すイタいコ。
後半は憧れのJK像というよりは少女漫画の憧れシチュだろう。しかもわりと古いタイプの。
「そんな、まさに青春!って感じの高校生活を、あたしは送りたいわけですよ」
「別に、放課後に遊びに行くくらい、付き合うよ?」
「ちぃちゃんはお店の手伝いあるじゃん」
茅子の家は地元で人気の洋菓子店だ。
名物商品は桃のタルト。何を隠そう未來が新学期の自己紹介で話していた〈ラペーシュ〉というケーキ屋のことであり、茅子は毎日その手伝いでウエイトレスをやっているのだ。
「何人も雇う余裕があれば、いいんだけどねえ」
「人気なのにそんなに羽振りがいい感じしないよね」
「地元で人気レベルだからねえ」
「もっとこう、イチゴショートをアピールするべきなんじゃないかな!」
「それ、みくちゃんの好きなメニューだよね。うちの看板は桃のタルトなんだけど……」
「タルトも美味しいよね!」
「それで、じぇいけーになりたいんだっけ?」
未來も茅子もすでに春からJKではあるのだが、未來はその単語に余計な憧れを抱いているようだし、茅子に至っては「じぇいけー」という発音からしてJKの意味を理解しているかすら怪しい。
「いろいろ言ってたけど、一番は、何を求めてるの? 友達? 恋人?」
「恋人なんて、そんなの恥ずかしいよ~」
「それじゃ、友達?」
「友達が欲しいってはっきり言っちゃうと、なんか本格的にぼっちっぽいよね」
「?? それじゃあ、何が欲しいの?」
未來の話は真面目に聞かないくらいで丁度いいということをついつい忘れがちになる茅子だった。
真面目に聞くのが馬鹿らしくなって離れてしまわないところが、彼女のいいところだろう。普通ならば五分と話していられない。
「あたしはね、何が欲しいっていうか──そう、キラキラした毎日を望んでるんだよ!」
「キラキラした、毎日」
未來の言葉が反復されるときは大抵意味が伝わっていないときである。
もちろん今回も例外ではない。
「高校を卒業するときに、『あっという間だったけど、思い出してみると色々なことがあったね』って笑いながら話せるような、そんな日々を送りたいんだよ!」
「んん、よくわかんないけど、要するに、さっき言ってた旅行やら花火やらをすることが、その『キラキラした毎日』ってことなの?」
「大体そんな感じ! まあそこらへんはざっくり臨機応変にね」
「よくわからないけど、」
『よくわからないけど』というのは未來が最も聞き慣れた言葉である。
人生のトレンドワードだ。
「青春したいなら、部活とか、やってみたら?」
最後の菓子パンを牛乳で飲み下し、茅子は言った。
その言葉に、未來は雷に打たれたような衝撃を受ける。
まさに天啓だった。
「部活……!」
「あれ、そんなにすごいこと言ったつもり、ないんだけど……」
「いや、目から鱗だよ! スケイルトゥアイズだよ!」
「それ、鱗が目に入っちゃってるからね?」
どちらかというとスケイル”フロム”アイズである。
正しく訳そうと思うとまた変わってくるが。
「英語の授業は昼休みが終わってからだよ! いまはちぃちゃんの素晴らしいアイデアを讃える時間だよ!」
「讃える時間なの? 実行するかどうか考える時間じゃなくて?」
「考えるけど、まずは讃えさせてよ!」
「いやちょっと、そういうのは流石に、恥ずかしいから」
真顔で拒否され、しょんぼりする未來。
そんなに讃えたかったのか。
「それで、部活やるにしても、何部に入るつもりなの?」
「ん? んん~……うちの高校って、何部があるんだっけ?」
「神崎先生が、昇降口の掲示板に勧誘ポスターがあるって、言ってたじゃない。一か月前に」
「一か月前のことなんて覚えてないよ~」
その調子でクラスメイトたちも例の自己紹介を忘れていてくれればいいのだが。
「ええっと、たしか、うちは運動部よりも文化系の部活の方が盛んらしいよ」
「文化系? 外国のことを調べるの?」
「それは”異”文化系かな。いや、たしかそんな部もあった気がするけど……」
何気に色々な部がある高校だ。その程度はむしろ普通の範疇だろう。
「あとは美術部とか合唱部とか料理部とか占い研とか」
「ほへえ~、ほんとにいっぱいあるんだね~」
「この中からひとつを選ぶのはたしかに難しいかもね」
先程からやけにすらすらと部の例を挙げていると思ったら、どうやらスマートフォンで学校のサイトを観ていたらしい。
画面を覗いてみるとたしかに、パッと見ただけでは何が書かれているのか脳が理解を放棄してしまうくらいの、おびただしい数の部活動が列挙されている。
「この、山岳研究会っていうのは運動部じゃないの? 文化部の欄に入ってるけど」
「山に登るんじゃなくて、近所の山で地表の調査とかをするんだって」
「ああ、だから『研究会』なのか……」
この分では、名前通りの部ではないところは他にもありそうだ。
どんな部活かを知るためには、やはり直接見に行った方が確実だろう。
「よおっし、それじゃあ早速、部活見学と洒落込みますか!」
「洒落込まないで。もうお昼休み終わるし、多分どっちにしても放課後にならないと活動してないよ」
立ち上がっていずこかへ走り出そうとする幼馴染を必死で止める茅子。
その甲斐あって、午後一発目の授業である英語の教師が教室に入ってくるまで、暴走特急〈らいは〉号を引き留めることに成功したのだった。




