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20 *舞台のあとで*

「はあー……終わっちゃったねえ」

 未來、直、茅子の三人は、軽音部の部室である視聴覚室で、朝と同じように円状に向かい合って座っていた。

 『らぶりぃ☆みんと』の初ライブとなる文化祭のステージが終わってから、まだ一時間と経っていない。未來の心臓は、まるで今なおあのステージの上にいるかのように、あるいはステージに立っていたときよりもずっと激しく、早鐘を打っていた。

「当たり前だけど、あのあとの合唱部のステージの方が、あたしたちのときよりも盛り上がってたねえ。終わったときとか拍手喝采だったよ」

「でも、演奏してる間は、私たちの方が盛り上がってたよ」

「そりゃ合唱は歌ってる最中は静かにするもんだからな……」

「あ、なんか部活見学のときのトラウマが蘇る……」

 たしかに、未來たち軽音部よりも、合唱部の方が終わったときの拍手の量は多かった。

 この学校ではそういうことはしないが、もしも客にアンケートをとって各出し物で順位をつけるようなことがあれば、確実に軽音部は合唱部に負けるだろう。

 それは一重に練習量の差でもあるのだろうし、バンドを結成したばかりの未來たちよりも結束が高かったからとか、理由を上げればきキリがないだろう。

 けれど。

「別に、いいんじゃないかな」

「みくちゃん……」

「勝ったとか負けたとか、あっちの方が良かったとか、そういうのって重要じゃないと思うんだ──あたしたちにはあたしたちの、合唱部には合唱部のステージがある。自分たちのステージを精一杯、目いっぱい楽しめれば、それでいいと思うよ」

「昼までうじうじしてた奴の言うことじゃあないな」

「うっ……そ、それとこれとは別じゃないかな?」

 直から思わぬ言葉の棘が飛んできて、未來はたじろぐ。

 そんな未來を見て、棘を飛ばした当人はやれやれと苦笑した。

「で、実際どうなんだよ」

「え?」

「楽しめたのか? 最初のステージ」

 その質問の答えなんて、わかりきっていた。

 直も、訊くまでもないと思いながらの質問だっただろう。

 それでも、未來は口にした。

「もっちろん!」

 その顔を見ただけで答えがわかるような、満面の笑みで。

「……ったく、お前を見てると色々とバカバカしくなってくるな」

「バカって言った!?」

「そこに食いつくなよ……」

 的外れに憤慨する未來。

 直も茅子も、そんな未來を見て微笑んだ。

「………」

「……みくちゃん?」

 不意に、未來が真顔で黙り込んだ。

 茅子が様子を窺うと、未來は慌てて笑顔を取り繕う。

「ああいや、なんでもないの、なんでも!」

「みくちゃん?」

「うっ、ちぃちゃん顔怖い……」

 誤魔化そうとするも、茅子には通用しなかった。

 諦めて、未來は口を開く。

「……ライブ、楽しかったよね」

「? うん……」

「でもさ、観客みんなは、楽しんでくれてたのかなって」

 たしかに、盛り上がってはいた。

 けれど、自分たちのステージを観てくれたあの人たちは、本当に心の底から楽しんでくれていたのだろうか。

 楽しんでもらえるパフォーマンスを、出来ていたのだろうか。

「あたし、ちゃんと輝けてたのかな……」

 あの日観た、直のステージのように──あんな風に、輝けていたのだろうか。

「大丈夫」

 瞳に迷いを湛える未來に、しかし茅子は、しっかりとした口調でそう言い切った。

 目と目を合わせ、言う。

「輝いてたよ、みくちゃん──私たち、みんな」

「ちぃちゃん……」

「みくちゃん、言ってたよね。ステージの上と、お客さんとの一体感に憧れたって」

「……うん」

「どうだった? お客さんとの一体感、感じなかった?」

「……感じた」

 はっとした顔で、未來は答える。

「感じたよ、あたし。お客さんとの一体感」

「……うん。ステージが楽しかったって思うみくちゃんが、お客さんと一体感を感じたって言うなら、きっとお客さんも、ステージを楽しんでたんじゃないかな」

「……そっか」

 茅子の言葉に直も横で頷き、未來は呟く。

 その言葉を噛みしめ、目尻に涙を浮かべながら、もう一度小さく呟いた。

「そっかあ……」



「みんな、お疲れさま~」

 労いの言葉とともに神崎が部室に入って来たのは、そのすぐあとのことだった。

 その手には、みっつのアイスが入ったビニール袋が提げられている。

「これ、みんなで食べて」

「わあ! 愛ちゃん先生ないすぅ!」

「この袋、そこのコンビニのだよな」

「文化祭で色々売ってるのに、わざわざ、外に買いに行ったんですか?」

「どこも混み混みでして……」

 どうやら、大繁盛だったのは未來たちのクラスだけではなかったようだ。

 それが例年通りなのか今年限りのことなのかは、一年生である未來たちにはわからないが。

「それにこれ、先生からの差し入れじゃないの」

「え、じゃあ誰から?」

「わったしっだよーん」

 そう言ってひょっこりと扉の陰から現れたのは、ステージの前にクラスの店を手伝ってくれと言ってきたクラスメイト。

 豊前とよさきだった。

「豊前さん、どうして?」

 予想もしていなかった来客に、目を丸くする三人。

 直に至っては「誰だこいつ?」という顔をしている気がするが、本当にクラスメイトの顔すら覚えていないらしい。

「さっき手伝わせちゃったからね~。そのお詫びっていうか、お礼っていうか? あとは神崎先生が言ってた通りお疲れさまって感じかな」

「そうなんだ、ありがとね!」

 アイスのパッケージを開きながら礼を言う未來。

 ちなみに茅子は豊前が話している間にもう食べ始めていた。



 どうやら豊前はアイスを届けに来ただけだったらしく、今も忙しいというクラスの方へさっさと戻ってしまった。

 神崎も仕事があるからといずこかへ去り、視聴覚室には再び三人だけが残る。

 それぞれ選んだアイスを黙々と食べる。

「……それにしても、」

 口を開いたのは、いち早くチョコミントの棒アイスを食べ終えた直だった。

「もう、終わりなんだなあ」

「……終わり?」

 未來は、カップアイスを食べる手を止めて反応する。

「当面の目標にしてた文化祭のステージが終わって、なんか気が抜けちゃうっていうか……」

 窓の外に建つ体育館に視線を向け、遠い目をする直。

 未來も倣って窓の外を見やる。

「……終わりじゃ、ないよ」

 コーンアイスを堪能し終えた茅子が、ゆっくりと呟いた。

「たしかに、文化祭のステージは、終わっちゃったけど。まだまだこれから、いっぱいステージに立って、いっぱい、今日みたいな楽しい演奏をするんだ──そう思うと、寂しい気持ちなんて、なくなっちゃうでしょ?」

「紅桃……」

 にっこりと微笑む茅子を、直は唖然として見つめる。

 やがて直も微笑み、頷いた。

「むー……」

「ん? どうした来春」

 微笑み合う二人の横で、未來ひとりが頬を膨らませていた。

 何事かと尋ねると、なぜか余計にむくれる未來。

「ナオちゃんってさ」

「?」

「あたしたちのこと、苗字で呼ぶよね」

「……は?」

 思いの外どうでもいい答えが返ってきて、直は思わず間の抜けた声を出した。

「あたしたちはナオちゃんって呼んでるのにさ、なんか他人行儀だよね~」

「いや、別にいいだろ……」

「よくないよっ! これは由々しき問題だよ!」

 迫る未來に、呆れる直。

 助けを求めて茅子を見るが、

「私も、名前で呼んでほしいなあ」

 この場に直の味方はいなかった。

 諦め、溜息を吐く直。

 溜息を吐くと幸せが逃げると言うが、その言に乗っ取るなら、未來たちに関わってから直は数百単位で幸せを逃しているだろう。

「……わかったよ、名前で呼べばいいんだろ、名前で呼べば」

「じゃあじゃあ、早速呼んでみてよ!」

「ええ……」

 なんなのだこの状況は──内心でもう一度溜息を吐いて、直は肩を竦めた。

「はいはい、わかりましたよ……未來、茅子」

 ぶっきらぼうに呟かれたその名を聞いて、呼ばれた二人は目を輝かせる。

「はあい、未來でーす!」

「茅子です!」

「ええい、鬱陶しいテンションだな!」

 むずがる直にじゃれつく、未來と茅子。

 文化祭の喧騒から少し外れた視聴覚室に、いつも通りの三人の姿があった。

 ひとまずこれでひと段落ということで、しばらくは更新休みです。

 今のところ続きを書く見通しはついておりませんが、また会うことがあれば、よろしくお願いします。

 感想、評価等お待ちしています。

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