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19 *ステージを楽しもう*

 暗転した体育館。

 そのステージ袖に、未來みくなお茅子ちこ──『らぶりぃ☆みんと』の三人は集合していた。

 リハーサルを終え、いよいよ本番十分前だった。

 朝の練習では未來が心ここにあらずといった感じでいまいち身が入ってなかったが、リハではそんなこともなく、直も茅子も内心ほっとしていた。

 普段は誰よりもタフな未來だ。そこが折れては、二人も最高のパフォーマンスを披露することはできなくなる──未來はもう、立派に『らぶりぃ☆みんと』の柱になっているのだった。

 未來は今も緊張した様子ではあるが、朝のような悪いプレッシャーを感じている様子はなかった。

 そんなバンドのギター兼ボーカル担当の見て、ドラム担当の直は普段見せない柔らかい笑みを浮かべた。

「よし、もうそろそろだし──ちょっと、円陣組むか」

「ナオちゃん、エンジンはかけるものだよ。技師さんじゃないんだから」

「お前こういうときくらいボケるのやめろよな!」

 緊張感ゼロのやり取りの末、三人は一点を中心にして向かい合い、手を重ねる。

 こういうとき、本当ならば部を、バンドを立ち上げた未來に音頭を任せるべきなのだが、この脳内お花畑なピンク頭に任せたらグダグダになること間違いなしだ。

 ここは創始者じゃなくとも少しだけ経験豊富な先駆者として、直が音頭をとることになった。

「さあお前ら──いよいよ、わたしたちの初ステージだ」

「わたしたち『らぶりぃ☆みんと』の、ね」

「うっせぇ! 恥ずかしいんだよその名前!」

「いよいよ、『らぶりぃ☆みんと』の、初ステージだよ」

「何事もなかったかのようにやり直すな!」

 結局、この三人で真面目にやるというのは土台不可能な話なのかもしれない。大舞台の直前だろうとお構いなしに。

 直はこほんと咳払いをし、気を取り直して話を続ける。

「この一カ月の部活動、さらには合宿を経て、お前たちの技術も……多少は、まあうん、多少は……多少は、上手くなった、のかな……?」

「疑問形にしないで! あたしたちの一カ月を信じて!?」

「うん、まあ、とりあえずそれは置いておいて」

「置いておかないで! ちゃんとはっきりさせて!」

「置いておいて」

 あくまで決定的な評価は下さない直。

 まあ、たしかに一カ月で劇的に上達しろというのも無茶な話ではあるが。

「けど、とりあえずステージに立っても恥ずかしくない程度には上手くなったと、わたしは思ってる」

「ナオちゃん……」

「それまでは、ステージに立つのも、恥ずかしいほどだったんだね……」

「当たり前だろ。わたし独りを相手にしたあのステージだって、聴いてて恥ずかしいくらいだったよ」

「そんなに!? あんなに感動してくれてたのに!!」

「誰が感動してたんだよ」

 ピンク髪のほっぺをぐにぐにと引き延ばすなんちゃってヤンキー。これからステージだというのになんの遠慮もない顔面いじめだった。

 演奏の腕はともかく、三人の距離が縮まったのは、紛れもなくこの一カ月の部活動の成果だろう。

 赤く腫れた頬を撫でながら、未來は涙目で口を開く。

「ふぉぇへ、へっひょふあおひゃんは」

「みくちゃん、何言ってるのか、わかんない」

「それで、結局ナオちゃんは何が言いたかったの?」

「なんだよ、はっきり口にしなくても伝われよ」

「伝わんないよ! 今のところあたしたち貶されただけだからね!?」

「たしかに、今までのお前らは、聞くに堪えない演奏をしていた」

「傷が増えた!?」

 たしかにも何も、直が自分で言っているだけなのだが。

「けどな、それでも──聞くに堪えない演奏でも、観客の心に届けることはできる」

「ナオちゃんが感動したみたいに?」

「そうそうそんな感じ」

「面倒くさくならないで!?」

 まさかのツッコミ放棄。未來の悲痛な訴えにもどこ吹く風とかわす直だった。

 ボケや煽りには取り合わず、そろそろステージの時間も迫っているのでまとめにかかる。

「わたしは、お前らの演奏を聴いて、このバンドになら入ってもいいかもって思えた──それは、お前らの演奏がとんでもなく上手かったからじゃあ、もちろんない」

「もちろんって、いるかなあ……」

「私がこのバンド──らぶりぃ☆みんとに入ったのはな、技術の拙いお前らが、それでも楽しそうに演奏しているのを観て、その姿にあ……憧れた、からだ」

 『憧れた』という言葉を一度引っ込めようとして、結局口に出す。

 もう、照れ隠しも、必要なかった。

「だから、とりあえず楽しめ。観客に見放されても、下手な演奏だと鼻で笑われても、なんだそんなもん。逆に鼻で笑ってやれ。わたしたちは、楽しむために、ステージに立ってるんだ」

 言って、向かい合う未來と茅子の顔を見る。

 最初は茶化していた未來も、それを苦笑いしながら見ていた茅子も、いまは神妙な顔で直の話を聞いている。

 そのことに満足し、頷く。

 頷き返してくる二人と目が合ったのを確認し、最後の言葉を口にした。

「笑って弾け。楽しんで歌え──それが、わたしたちの音楽だ」



『次は、軽音部のステージです』

 けたたましいベルと共に、幕が上がった。

 三人は、既にステージの中央で楽器を構えている。

「────、」

 目の前に広がる景色を見て、未來は息を呑んだ。

 観覧席が、満席と言っていいほどに混雑していた。

 もちろん、未來たちを観るために集まったわけではないだろう。このあとに控えている合唱部を観るために来たという人間がほとんどのはずだ。

 しかし、そんなことは関係ない。

 いま目の前にいる人々が、全員自分たちの演奏を聴くのだ。

 朝の時点の未來ならば、この景色を見て震えあがってしまっていただろう。しかしいまの未來は違う。

 クラスメイトに応援された。

 直の、真っ直ぐな言葉を聞いた。

「……笑って弾け。楽しんで歌え」

 口の中で、直の言葉を反芻する。

「──それが、わたしたちの音楽だ」

 さあ、始めよう。

 これが『らぶりぃ☆みんと』の幕開けだ。


「えー、ご紹介に預かりました、軽音部、改め『らぶりぃ☆みんと』といいます」

 マイクに向かって発した声が、スピーカーを通して体育館中に響いた。

「皆さん、はじめましてだと思います。中にはあたしのことを知っているひともいるかもしれませんが、こんな風にこんなところに立っているあたしを見るのは、やっぱりはじめてだと思います」

 MCを任せると言われたのは、ついさっきのことだった。

 こういう場面で上手いこと喋れるのはお前だろう、という直の無茶振りである。

 だから台本などは当然ないし、初めてのことゆえにどんなことを話せばいいのかもわからない。

 完全に探り探りで、マイクに声を吹き込む。

「えっと、この軽音部、出来たのは実はつい最近のことでして。そもそも言い出しっぺであるあたしが、今年五月のはじめに思いついて作った部活なんですよね」

「思い付きとか言うな!」

 後ろから直のツッコミが飛んできて、会場に微かな笑いが起きる。

 たはは、と頬をかいて、MCを続ける未來。

「ツッコまれちゃいましたけど、やっぱり客観的に見て、あたしの思い付きなんです──でも、その思い付きに、乗ってくれる人たちがいたから、いてくれたから、いま、あたしたちはここにいます」

 ステージに立ったときからずっと、五月のはじめに直のドラム演奏を聴いたときから今日までのことが、走馬燈のように脳裏をかけめぐっていた。

 茅子が手伝ってくれて、神崎が顧問になってくれて、マスターが色々と世話を焼いてくれて、直がバンドに加入してくれて、茅子の母が茅子のバンド活動を認めてくれて、豊前とよさきが応援してくれて──様々なひとの『おかげ』があってこそ、『らぶりぃ☆みんと』は誕生し、このステージが実現したのだ。

「そして、その『様々なひと』のなかに、皆さんも入ってるんだと思います」

 そう。

 ステージはまだ始まったばかりであり、ステージは、観客席も含めてステージだ。

 壇上と観客席との一体感。

 それが、未來の憧れたステージだったのだから。

「今日ここに来てくれた皆さんへ感謝の気持ちをこめて、精一杯楽しんでいきますので、皆さんも楽しんでいってくれたら、あたし的にはサイコーです」

 それでは聴いてください──『みんてぃあ☆ぱれーど』。

 タイトルコールと共に、ギターの弦を爪弾いて伴奏を弾き始める。

 じゃかじゃかじゃかじゃか──ポップなメロディに、直の叩くドラムが、茅子の弾くベースが乗っかり、ひとつの曲になる。

 そのアップテンポなリズムに、次第に観客もノりはじめた。

 そんな観客席からの反応を感じて、未來は満足げに微笑み、マイクに口を近づけた。


 『みんてぃあ☆ぱれーど』は、合宿が終わった後、バンド名が決定してから考えた曲だ。

 ノリのいい、バンドの看板となる曲がひとつ欲しいという話になり、未來が即興で考えたものがなぜか採用されてしまった。

 一体合宿中のあの作詞の苦悩は何だったのだろうか、と頭を抱えたものだが、まあそれは置いておいて。

 そんな、ノリのよさを求めて作った曲は客受けがよく、始まるまではある種気の抜けていた観客席は、今や流れる曲に合わせてテンション最高潮になっていた。

 掴みはオーケー──そんな実感とともに、曲が終わる。

 だが持ち時間は十分。まだまだステージは終わらない。

「みんなー、ノってるかーい!?」

『いえぇーい!!』

 調子に乗った未來のコールに、レスポンスが返ってくる。

 まるで本物のライブのようだ──否、これは本物のライブなのだ。

 ようやく、実感が沸いてきた。

「それじゃ、続いて二曲目いっくよー!!」

『いえぇーい!』

「あ、今度はスローな曲だから、ノリもスローにね──『Believe』」



 二曲連続で演奏を終えたところでステージ上の三人の手が止まり、会場が静まる。

 そもそもまったく期待のしていなかったバンドが予想外の盛り上がりを見せ、次は何をしでかすのかと、観客は期待の目を向けていた。

 そんな眼差しを受けて、未來は再びマイクに口を近づけた。

「ええー、ここまで、あたしたちの歌を聴いてくれて、あたしたちのステージを観てくれてありがとうございました。そろそろ時間も近づいてきて、次が最後の曲になります」

 流石にここで「ええー!?」という声が出るほどではなかったが、若干名残惜しそうな観客の空気が、ステージの上まで伝わって来た。

 『らぶりぃ☆みんと』の演奏に感動して──というわけでは、ないのだろう。

 直の言う通り、自分たちの演奏技術はまだまだだ。はじめた頃よりはマシになった程度で、観客を魅了できるほどの技術はない。

 しかしそれでも、観客は終わりを惜しんでくれている──それは、直が言うところの『楽しそうに演奏している姿』に、心を開いてくれたからだろう。

 自分たちの楽しんでいる姿を観て、この人たちも楽しんでくれている。

 まさに、未來の思い描いていた、夢に見ていたステージだった。

「それで、次が最後なんですけど……あたしちょっと、やってみたいことがあって」

 いたずらっぽく笑う未來に、オーディエンスが訝しむようにどよめく。

「アンコール!って──お願いできますかね」

 次に起こったのは失笑だった。

 アンコールを催促するような図々しいバンドなんて、そうないだろう。

 後ろで直も呆れて天を仰いでいるのを感じつつ、未來は観客席にマイクを向ける。

「それじゃああたしの合図で、一声にお願いしますね! いっせぇー、の!」

『アンコール! アンコール!』

 未來の『お願い』に付き合ってくれたオーディエンスに「ありがとー!!」と手を振り、そして最後の曲フリに移る。

「それじゃあ、次がラストです。今日このステージを観てくれたひとが、キラキラ輝く日々を送れますように──『Shining Days』」



 桜のアーチをくぐったあの日から

 私の世界は輝きはじめた

 新しい世界 たいせつな居場所

 優しい光で 包んでくれたね


 ひとつ ふたつと

 増えてく たしかな温もり

 この手をとって

 光のステージへ連れてって


 Shining Days

 泣いた日も 笑った日も

 独りきりじゃなかった

 ほら 青い春が呼んでるから

 いっしょに走ろうよ


 Ah(あぁ)……青い春に誘われたら

 光をつかもうよ

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