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17 *文化祭*

 六月。

 軽音部の部室である視聴覚室に、未來みくなお茅子ちこの三人は集合していた。

 最初に口を開いたのは、直だった。

 重苦しい口調で他の二人に話しかける。

「……いよいよ、だ」

 金髪少女の重苦しい視線を受けて、二人は生唾を呑み込む。

「軽音部が発足し、わたしが入部してから一カ月近い時間が経った」

「うん、長かったね……」

「茅子脱退の危機、合宿など、様々な困難を乗り越え──」

「あのときは、ご迷惑をおかけしました……」

「いよいよ、この一カ月の集大成を見せるときだ」

 円状に並べた椅子につく三人の脇に置かれたホワイトボードには、こんなことが書かれていた。


『文化祭まで、あと「1」日!!』


「みんな、もう下校時間ですよー」

 扉を開いて入ってきた神崎が、そんなことを言ってきた。

「もー、もっと空気を読んでよ、愛ちゃん先生」

「へ?」

 なぜ睨まれたのか理解できず、助けを求めて視線を彷徨わせる神崎。

 まず視線を向けた茅子は苦笑を返し、次に見た直はやれやれと頭を抱える。

 要するに、助け舟は出なかった。

「今、きたる大舞台に備えて士気を高めてたところなんだよ。それを下校時間だからって水を差すなんて、野暮だよ、野暮!!」

「へ、ええっと、先生としては、下校時間は大事にしていただきたいんだけど……」

「頭が固いね! 少しくらいは見逃すくらいの度量は見せないと、顧問として認められないよ!」

「ええ!? そ、それは困……ん? 困るのかなあ?」

 顧問がいなければ部活として認められないのだから、困るのはどちらかというと未來たちの方である。

「いずれにしろ、もう下校時間だから、早く帰る支度を始めてね」

「ぶーぶー」

「可愛い顔してもダメです」

 頬を膨らませる未來の講義は、当然、あっけなく却下された。

 仕方なく帰る準備を始める未來。

「つうか、このあとハトビに行くんだからごねる必要ないだろ」

「まあ、そうなんだけどねえ」

 直の言葉に、あっさり意見を翻す未來。

 ちなみに『ハトビ』というのは、いつものライブハウス<ROCK HEATBEAT>のことである。

 このあと、そこでちょっとした宴会を開く予定なのだ。

 いわゆる、前夜祭である。

 つまり明日の文化祭に向けて士気を高める会であり、直の言う通りここで時間を潰す意味はないと言える。

「それはそうだけどさあ。やっぱ部室とライブハウスじゃ気分が違うじゃん?」

「まあ、気持ちはわかるけどね」

 未來のわがままに賛同するのはいつも茅子だけだ。

 幼馴染の助け舟に、未來は調子に乗り演説を始める。

「部室って言うのは、つまりあたしたちのホームグラウンドなんだよ! ホームってことは家だよ、家! わいわい楽しむなら外でもいいけど、くつろぐなら家の中でしょ!」

「くつろぎたいならさっさと家に帰れ」

「未來ちゃん、椅子に乗るのはやめてね?」

「あ、はい」

 冷静に返されては未來も熱を下げざるを得ない。

 直はともかく、神崎も最近未來の扱いに慣れてきた感があった。

 乗っていた椅子から下りた未來は、それでも未練がましく頬を膨らませる。

「やっぱり合宿っていいよね。学校から帰らなくていいんだよ」

「学校に棲み着こうとすんな」

「下校のチャイムが鳴ったら、楽しい時間も終わりって感じがするよね」

「未來ちゃん、学校だけが楽しい場所ではありませんよ。もっと広い世界に目を向けてみて?」

「先生みたいなこと言わないでよ、愛ちゃん先生……」

「愛ちゃん先生はこれでも一応先生なんですが……」

 いつまでもぐだぐだと帰ろうとしない未來に、神崎は遂に痺れをきらして強硬策に出る。

「そんなに言うなら、おうちに電話して親御さんに迎えに来て頂きます」

「う、それはやめていただきたい……」

「みくちゃんのお母さん、怖いもんねえ」

「ちぃちゃんちのお母さんと交換してほしいよ」

「うちのママも、怖いときは怖いけど……」

 いっしょになってがくがくぶるぶると震える二人。

 年頃の娘にとっては、母親と定期テストが最大の恐怖の対象なのだ。

「呼び出されたくないなら、早く帰ってください」

「ひどい! 愛ちゃん先生はあたしの顔なんて見たくないのね!」

「また明日会いましょうねー」

「ちぃちゃああああん! 愛ちゃん先生が冷たいよおおぉぉぉ」

「よしよし、とりあえずハトビで前夜祭済ませちゃおうね」

 遂に茅子まで下校を促しはじめ、未來には味方がいなくなる。

 さめざめと泣き崩れる未來に手を差し伸べたのは、すっかり帰る準備を済ませた直だった。

 肩に手を置き、爽やかな笑みを未來に向ける直。

来春らいは

「ナオちゃん……」

「気が済んだらさっさとハトビ行くぞ」

「ナオちゃんんんんん」

 頭を抱えて蹲ろうとする未來を、直はずるずると部室から引きずり出すのだった。



「いやぁ~、いよいよだねえ」

「うん、いよいよ、だね」

 学校を出た三人は、予定通りライブハウス、<ROCK HEARTBEAT>に訪れていた。

 あれだけぐずっていた未來も、ついてしまえばあっけらかんとして宴会を楽しんでいる。

「うっし、今日は俺の奢りだ。存分に食ってけよ!」

「スーパーで安く買ってきたお惣菜を並べて言われても」

「嬢ちゃん、おっちゃんの懐事情をあんまなめんなよ?」

「ライブハウスも書店もやってんのに、そんなにお金ないの?」

「書店の儲けがほぼゼロだからな」

「むしろよくつぶれてないね、それ!?」

 横で唐揚げに手を伸ばす直による衝撃の事実のカミングアウトだった。

 ちょっと同情したくなってしまう。

「逆に、どうして書店をやってるんですか?」

「ライブハウスだけでやっていけるかわからなかったからなあ……結果的には、やっていけたどころか書店はまったくいらない子になっちまったわけだが」

「商才ゼロですね……」

 商売経験ゼロの女子高生に言われては形無しである。

 マスターはがっくりと肩を落とし、テーブルの烏龍茶に手を伸ばす。

 これが高校生主催の会でなければ、ジョッキのビールを一気飲みしていたところだろう。

「つうか、オッサンの経済事情に踏み込んでくるんじゃねえよ。高校生ガキ高校生ガキらしくわいわいはしゃいでろ」

「いや、お金の話をしてきたのマスターさんなんだけど……」

 拗ねてそっぽを向いてしまったマスターは放っておくことにして、お言葉に甘えてガキらしくはしゃぐことにした。

 ジュースやらコーラやらを片手に、明日のステージに想いを馳せる。

「いやあ、ほんとに長かったよねえ」

「実際には二カ月だけどな」

「高校生にとっての一カ月は重いんだよ! なんてったって高校生活の十八分の一だからね!」

「その数字じゃ重いのか軽いのかわかんねえよ」

「一日で換算すると八十分だよ!」

「だから微妙だって!」

 大舞台の前日だろうと緊張感のない二人だった。

 傍で見ていた茅子はただただ苦笑するしかない。

「長いか短いかはどうでもいいんだよ!」

「お前が言い出したんだろうが!」

「だから、長いか短いかじゃなくて、濃厚な一カ月だったねって話をしたかったの!」

 もう何というか、会話というよりは怒鳴り合い(それもかなりどうでもいい内容の)になっていた。

 肩で息をしながら、仕切り直す未來。

「高校に入学したときは、あたし、二か月後にこんなことになってるなんて想像もしてなかった」

「……そうだね。私も、バンドをはじめるなんて、思ってもみなかった」

「わたしも同じだよ。まさかこんな素人どもとバンドを組むことになるなんてな」

「もう、ナオちゃん、一言多いよ! こういうときくらい照れてないで素直になりなよ!」

「照れてねえよ」

 絡む未來と、鬱陶しがる直。その脇で苦笑する茅子。

 いつも通りの彼女たちの姿が、そこにはあった。

「あたしね、ナオちゃんには感謝してるんだよ」

「は?」

「あのとき、ここでナオちゃんの演奏に出会ってなければ、あたしの高校生活はただ漫然と過ぎていったと思うんだ」

「そうだね。周りに敬遠されたまま、ね」

「ちぃちゃんも一言多いよぉ……」

 出端を挫かれ、向こうでちびちび烏龍茶を飲んでいるマスターに混ざりたい気分になってくる。

 その気持ちをなんとか抑え、話を続ける。

「ちぃちゃんにもね、感謝してるよ」

「……みくちゃん」

「あたしひとりだったら、軽音部は作れなかったもん。誰にも振り向いてもらえないまま、諦めちゃってたかもしれない」

「お前が諦める姿なんて想像がつかないけどな」

「あたしだって諦めることはあるよ──だから、一人だったら、ね。ちぃちゃんが支えてくれて、ナオちゃんが入ってくれたからこそ、あたしは諦めずにここまで来れたんだよ」

 そう言って、二人に笑いかける。

 茅子は目尻に涙を浮かべて微笑み返し、直は照れくさそうにそっぽを向く。

「ほんと、よく真顔でそんな臭い台詞を言えるよな。恥ずかしい奴め」

「恥ずかしくなーいよっ。心からの言葉だもん!」

「だからそれを口に出して言うのが恥ずかしいって言ってんだよ──ええい、ひっつくな、暑苦しい!」

「んふふー、照れ屋のナオちゃんにはくすぐりの刑なのだーっ!」

 直に抱き着き、脇を攻めるべく手を伸ばす未來。直はなんとか逃れようともがく。

「もう、二人ばっかり、楽しそうでずるいよー! 私もまーぜーてっ」

 茅子までくすぐりに参加し、逃げ場がなくなった直は、こうなったら撃退するしかないと反撃にかかる。

 じゃれつき、じゃれ合い。

 貸し切りのライブハウスに響く三人分の笑い声は、くすぐられたせいというだけではないだろう。

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