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16 *らぶりぃ☆みんと*

 明けて、合宿二日目。

 様子を見に来たマスターを交えてひと通り練習を終えたあとで、未來はまたもや、頭を抱えていた。

 ギターをアンプに繋げっぱなしで、ペンを片手に机の上の白い紙を睨む。

「あたしが、言いたいこと、かあ……」

 茅子のように区切り区切りで言ってみても、具体的なビジョンがまったく浮かばない。

 自分が言いたいこととは、一体何なのだろう。

「──ま、いきなり作詞をしろっつう直ちゃんも厳しいとは思うけどな」

 そんな未來を離れた位置から見守りながら、マスターは言った。

 煽るような笑みを向けられた直は、ドラムを叩く手を止めて嘆息する。

「厳しくしてるつもりはないよ。これからちゃんとバンドやろうと思ったら必要な技術だろ」

「だからって合宿中に一曲仕上げろってのは無茶な話だと思うがねえ」

「……別に、合宿中に仕上げる必要なんて、本当はないんだ」

「ん?」

 汗を拭く直が呟いたその言葉に、マスターは小首を傾げる。

「けど、あの嬢ちゃんには合宿中に上げろって言ってんだろ?」

「締め切りを設けた方がケツに火がつくだろ。実際合宿中に上げられれば相当助かることは事実なんだし」

「……意地悪だねえ、直ちゃんも──あと、女の子がそんな風にケツとか言わない方がいいぜ」

「うっせ、今さらだよ」

 人のことを言えない意地の悪い笑みを浮かべるマスターをひと睨みして、直はドラムに向き直る。

 意地が悪い。

 たしかに、そうかもしれない──ドラムを叩きながら、直はそんなことを考える。

 合宿中の三日間、どころか一日を練習のために残した二日間で作詞をするなんて、自分でも無理だ──そんなことをほぼ素人である未來に課した理由は、正直自分でもよくわかっていない。

 ……彼女に、期待しすぎているのだろうか。

 自分を『孤独』という深い沼から引き上げてくれた彼女に。

 手を止めずに、そのまま頭を抱える未來に視線を向ける。

「……マスター」

「ん?」

「適当に、アドバイスしてやってよ、アイツに」

「……ハハッ、なんだ、スパルタってだけじゃなかったんだな」

「ほっとけ。わたしはまだ練習するから、頼んだぞ」

「へいへい」

 適当な返事をして、ぽんぽんと直の頭を撫でてから、マスターは机に向かう未來の方へ歩いて行った。

 直はつい手を止め、撫でられたところに手をやる。

 拗ねたように唇を尖らせる。

「……子ども扱い、するなっつうの」



「よお、嬢ちゃん」

「マスター……」

 声をかけられ、未來は顔を上げる。

 その顔は、なんだか随分やつれたように感じられた。

「おうおう、悩んでるねぇ、若人よ」

「……茶化しに来たんならあとにしてよ」

「余裕もなくなってるねえ、若人よ……」

 苦笑して、マスターは横から持ってきた椅子に腰かける。

 未來は、すでにまた真っ白い紙に向き直っていた。

「俺としては、そんな余裕のない精神状態で向かってもいい詩なんて書けないと思うがねえ」

「仕方ないでしょ。もう時間がないんだよ」

 直の話では絶対にこの合宿中に書き上げなければいけないわけではないらしいのだが、それを未來に言っても仕方がない。

 直は直なりの考えがあって、合宿中という期限を設けたはずなのだから。

 自分にできることは、大人として、この悩める若人たちをそれとなく導いてやることだけだ。

「なあ、嬢ちゃん」

「なに?」

「嬢ちゃんは、なんでバンドをはじめたんだっけ?」

 質問に、未來は白紙から目を離さないままに、沈黙した。

 数秒置いて、答える。

「直ちゃんの演奏を観て、憧れたからだよ」

「ふむ……それだけか?」

「え?」

 重ねられた質問に、顔を上げてマスターの顔を見る未來。

 精神的に疲れきったその顔は、どんな答えを求められているのかわからない、という思いを如実に表していた。

「確かに、直ちゃんに憧れてバンドをはじめたっつうのは何度も聞いたし、それ自体は間違っちゃいねえだろう──けど、それだけじゃ、なかったはずだぜ?」

「…………」

「考えてみな──嬢ちゃんがバンドをはじめたのは、なんでだった?」

 問われ、思案する。

 いや、もちろん未來も、初心を忘れたわけではない。

 高校入学最初の自己紹介で躓き、このままではこの先の高校生活が灰色のままに幕を閉じてしまう、そう考え、青春に色をつけようと、何かを始めようと決心した未來の前に現れたのが、椎葉直であり、バンドという道であった。

 だから理由と言うなら、『青春のため』であるのだが──

「でも、それが何なの? そんなことを今さら確認したって、何にも──」

「んにゃ、そうでもねえぜ」

 ちっちっち、と指を左右に振るマスター。

 彼の意図を、未來は読めない。

「青春を謳歌したい、大いに結構。学生はそうでなきゃなあ。あとは、何だっけ? 輝きたいだの、特別になりたいだの──そういうのを、うたに乗せればいいんだよ」

「……!」

「それが、嬢ちゃんの心の叫びじゃあ、ねえのかい?」

 その言葉は、まさに天啓だった。

 世界に向けて言いたいことだとか、お客さんに伝えたいことだとか──イマイチ、ぴんときていなかったのだ。

 しかし、マスターの言葉によって、そこに具体的なビジョンが生まれた。

 言いたいこと──それはつまり、やりたいこと、なのだ。

 未來のやりたいこと──それは、最初っから決まっていた。

「マスター、ありがとう! なんか、掴めた気がするよ!」

 もう、止まってはいられなかった。

 頭の中に、言葉が溢れてくる。

 伝えたいことが、溢れてくる。

 もはやマスターに目もくれずに、真っ白だった紙に浮かんできた言葉を綴っていく。

 その様子を見て、マスターはゆっくりと、席を立った。

 この調子なら、もう問題はないだろう。

 きっと、『来春未來らしい』うたを、書き上げることができるはずだ。


 こうして、合宿においての最大の課題、『新曲作成』は、なんとかクリアしたのだった。



 そして、三日間の合宿が終わった。

「みんなー、お疲れさまでしたーっ!」

 お馴染みのケーキ屋<ラ ペーシュ>を貸し切って、未來たち軽音部のメンバー+マスターは打ち上げを行っていた。

 未來の音頭で、各々注文した飲み物を掲げ、乾杯する──もちろん、アルコールは抜きである。

 そもそも洋菓子店に飲用のアルコールは置いていない。

「いやあ、一時はどうなることかと思ったけど、どうにかなったねえ」

「どうなることかと思ってたのはこっちだ。時間かけやがって」

「またまたぁ~。マスターから聞いたよ、実は合宿中に作る必要はなかったって」

「なっ……マスター! なんで言った!」

「いや、ほら、ちゃんと期日中に書き上げたご褒美によ……」

 いつも通り騒がしいが、貸し切りなので問題ない。

 今宵(まだ夕方だが)は飲めや歌えの大宴会だった。

「すみません、お騒がせしてしまって」

 少し離れた位置で、神崎が茅子の母親と話していた。

 申し訳なさそうにする神崎に対し、茅子母は快活に笑う。

「いやあ、いいんですよ、未來ちゃんも先生もお得意様だし──こっちこそ、合宿前はお騒がせしました。何分、急な話だったものですから」

「いえ、親子での対話は必要だと思います。きちんとお互いに納得できたのですから、外からは何も言えませんよ」

「そう言っていただけると、気が楽になりますが……あの子があそこまで自分のしたいことを主著したのって、はじめてなんですよ」

「茅子ちゃんが?」

 たしかに学校や部活での茅子は、一歩引いたというか、自己主張の弱いタイプではある。しかし、家での茅子も同じなのだと、茅子の母は言っている。

 家族に対しても、あの遠慮がちな笑みを湛えているのだろうか。

「軽音部入部に反対したあとで、あの子が『話がある』って言ってきたんです」

「……風邪で休んだときですね。それで、茅子ちゃんはなんて?」

「これが私のやりたいことなんだ、って──そう、言ってました」

 ケーキをつつきながら友人たちと戯れる娘の姿を眺めながら、茅子母は言う。

「あの子、最初は『みくちゃんの手助けをしたいの』って言ってたんですよ」

「…………」

「だからね、たとえ幼馴染のためだからって、身を粉にする必要はないんじゃないかって──外から応援するだけならまだしも、わざわざ入部までする必要はないんじゃないかって、そう思って反対したんですけど」

 しかし最終的に、茅子は『自分のやりたいこと』として軽音部に入りたいと言った。

 茅子母の知らないことではあるが、それは未來や直に「どうしても茅子の手助けが必要な状況ではない」と言われ、その上でどうしたいかを問われた結果の答えだったのだろう。

「それが、ほとんど初めての自己主張だった──親としては、応援したいじゃないですか」

「……そう、ですね。そう思います」

 親として、そして教師として──子供の『やりたいこと』は、応援したい。

 改めてそう思い、神崎も茅子母に倣ってはしゃぐ子供たちに視線を向けた。



「ところでよお」

 日も暮れかけ、そろそろ打ち上げもお開きにしようかという頃になって、マスターがそんな風に切り出した。

 特に視線が集中することもないが、とりあえず話を聞いてはいるのだろうと判断して続ける。

「嬢ちゃんたちのバンドって、名前は決まってないのか?」

 今度は、視線が集まった。

 というか、全員が全員、「あっ……」という顔をしていた。

 完全に忘れていた顔である。

「おいおい、大事だぜ、名前ってのは。それだけで客が入るかどうかが決まるって言ってもいい」

「名前……名前かあ」

「たしかに、名前って、大事だよね」

「そうだなあ、<ROCK HEARTBEAT>とか、ダサくて普通は入るのに迷うもんなあ」

「あれ!? ウチの評価ってそんな感じ!?」

 そんなおふざけもそこそこに、三人はむむむと思案顔を作る。

 自分たちの、グループ名。

 今の今まで失念していたとはいえ、確かに大事なところではある。

 観客の目というよりも、自分たちのモチベーションの問題で。

「いつまでも『軽音部』じゃあ、華がないもんね」

「可愛い名前だと、ちょっと、テンション上がるよね」

「いやいや、そこはカッコイイ名前だろ」

 茅子の言葉に直が反発し、一瞬ぴりっとした視線が交わる。

 どんな『方向性の違い』だ。こんなことでケンカして解散なんてことになっても、笑い話にすらならない。

 が、そんな事態は神崎が大人の包容力でなんとか回避した。

 大人の包容力というか、マスコットの癒し効果かもしれない。

「まあまあ、まずはそれぞれアイデアを出してみたらどうかな? それぞれの案のいいところを合わせれば、よりよいものができるかもしれないですよ?」

「な、なるほど! 流石愛ちゃん先生!」

 普段あまり揉めることのない二人の間での殺伐とした空気にたじろいでいた未來が全力でフォローにかかる。

 というわけで、それぞれその場で案を出すことになる。

「それじゃあまずは未來ちゃんから、どうぞ!」

「はーい、一番手行きまーす!」

 どどん!と擬音つきで、どこから持ってきたのかフリップを出す。

 精一杯場を和ませようという努力だった。

 フリップには、未來らしい丸文字でこう書かれていた。

『いちご☆ショート』

「……これ、好きな食べ物発表のコーナーじゃないよな……」

 ついツッコミを入れてしまう直。

 これが和ませようと狙ったものなのだとしたら大したものだが、残念ながら未來は大真面目だった。

「いいじゃん、『いちご☆ショート』! あたしたちをよく表せてると思うんだ!」

「表せてるのは、だからお前の好みだけだろうが」

「そんなに言うなら、直ちゃんのアイデアも見せてよ!」

「おお、望むところだ!」

 バン、と出されたフリップに大胆な文字で綴られていたのは、

『mintia』

「……タブレット菓子?」

「ああ、そういえば直ちゃん、ハッカ味好きだったよなあ」

 マスターの言葉に、全員の視線が直に注がれる。

「……つまり、直ちゃんの好きな食べ物の名前をとった、と」

「そうだよ! 悪かったなお前のアイデアにケチつけて!」

 喚きながら、もう一度フリップを掲げる。

 それはそれとして自分のアイデアは押し通そうとする直だった。

「ん? もしかして、直ちゃんがいつも咥えてるのって……」

「ハッカキャンディだよ」

 衝撃の事実だった。

 まさか煙草ということはあるまいとは思っていたが、まさかハッカ飴だとは。

 それはそれで、授業中まで咥えているのはどうかと思うが。

「で、茅子は? どんなの考えたんだ?」

 いい加減視線が耐えられなくなってきて、直は最後の一人に振る。

 振られた茅子は、自信満々といった感じで、きっちりとした字の書かれたフリップを出す。

『ラブリースイーツ』


 やはり、結局はそれぞれが好きな食べ物を発表しただけの会になってしまったのだった。

「つうか甘ったるいよ。胸やけする」

「それを言うなら、直ちゃんだって、ハッカなんてマイナーすぎてお客さん呼べないよ」

「マイナーじゃねえよ! みんな大好きだろうが!」

 再び睨みあう直と茅子。

 案外、合宿前の事件を経て、茅子は自己主張が強いタイプになってしまったのかもしれない。

 未來がおろおろとしている間に、神崎は自分のフリップに何やら書き込んでいる。

「みんなのアイデアを統合すると、こうなりますね」

 見せられたフリップには、可愛らしい文字で、こう書かれていた。


『らぶりぃ☆みんと』


「……あれ、あたしのアイデアから取ったのって、『☆』だけ?」

「全体的にひらがななのは未來ちゃんのアイデアから取りました」

「ハイハイ! スイーツが入ってないのは、おかしいと思います!」

「いや、妥当だろ……」

 そんなこんなで、紆余曲折ありつつも。

 来春未來、椎葉直、紅桃茅子の三人によるバンドの名前は、『らぶりぃ☆みんと』に決定したのだった。

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