14 *合宿に行けない?*
「ほおん、紅桃の家ってケーキ屋だったんだな」
「ナオちゃん、もうちょっと気を引き締めていこうよ」
「お前に真面目なツッコミされると無性にむかつくんだけど……」
茅子から意味深なメッセージが送られてきた翌日。
未來と直は二人で茅子の実家、洋菓子店<ラ ペーシュ>に訪れていた。
例によって、テラス席で注文したケーキを待つ。
「ラペーシュっつうと、お前が自己紹介で好きだっつってたトコか」
「なんでナオちゃん、あたしの自己紹介のことはそんな鮮明に覚えてんの……」
「そりゃ、あんだけ衝撃的な自己紹介だったらなあ」
未來の黒歴史はなかなか人の記憶から消えることはないようだった。
そんなイタいコ、未來が顔を覆ってさめざめとしていると、女将である茅子の母親が注文したケーキを持って家から出てきた。
見慣れない金髪少女に不思議そうな顔を向けてから、常連の桃色髪に話しかける。
「未來ちゃん、この子は?」
「お友達だよ! シイバナオちゃん!」
「友達じゃない」
「友達だよ!?」
目の前に置かれたブラックコーヒーに口をつけながら訂正を入れる直に、未來はオレンジジュースをひっくり返す勢いで訂正し直す。
「と・も・だ・ち・だよっ!!」
「何回も言うな、うるさいなあ。ただのバンド仲間で友達ではないだろ」
「バンド仲間は友達だよっ!」
騒ぐ未來、人差し指で耳に栓をする直。
そんな二人を苦笑いしながら眺めていた茅子の母は、やがてその顔から笑みを消し、ぽつりと呟いた。
「……バンド、ねえ」
「? おばさん?」
話の流れが変わったのを、流石のKY・未來も察した。
探るように、茅子母の顔色を窺う。
「茅子がね、昨日、話があるって」
「…………」
今日、茅子は学校に来なかった。
神崎は風邪だという連絡を受けたと言っていたが、それが真実ではないことを、未來は悟っていた。
『合宿に行けない』という茅子からのメッセージ。
その理由が風を引いたからというだけならば、茅子は直接電話で言ってくる。
あの幼馴染が電話でなくメッセージを使うときは、往々にして直接言いづらいことを言うときなのだ。
ならば、茅子が合宿に参加できない理由とは、なんなのか。
「バンドをやりたいって──昨日、急にね」
「なんだ、話してなかったのか、紅桃の奴」
付き合いの浅い直が軽い調子で呟く。
しかし確かに、未來も、茅子はきちんと親の許可をとってバンドをやっていると思っていたのだ。
ここ最近は、毎日のように部室やライブハウスで練習していたのだから。
「最近店の手伝いをできないって日が多いから、何かあるとは思ってたんだけどね──委員会の仕事が忙しいとか、いろいろ理由をつけてはいたけど」
電話とメッセージの使い分けの話もそうだが、茅子は大事なことほど言いづらいと感じる癖がある。
これを言ったら相手はどう思うか、反対はされないだろうか、もしも反対されたらどうしようか──そんなネガティブなことが頭をよぎり、決定的に踏み込むことができなくなる。
だから今回も、言えなかったのだろう。
もしも反対されたら、未來に迷惑をかけてしまう。
そして結果、その通りのことが起きてしまった。
顔を合わせづらくなって学校を休んでしまったのも、未來には理解できた。
「……それで、おばさんはなんて返したの?」
「うん、やっぱり急な話だったからねえ……」
「反対したんですか?」
噛みつくように詰め寄る直。自身は厳しい家庭事情ながらも好きなことをやらせてもらっていただけに、簡単には納得できないのだろう。
そんな直の様子に、茅子の母はたじろぐ。
「ま、まあ……やっぱり簡単には許可できないかな。店の手伝いがなくなるのもキツいし、ちょっと、ねえ……」
「店のため、ですか」
当てこすりのような呟きには、今度はムッとしたように顔をしかめる。
「別に、それだけってことはないわよ。あのコは委員会もやってるし、そこに部活まで入れたら、身体がもたないでしょう」
「それでも、アイツがやりたいって言ってるんでしょう! それを尊重するのが親ってもんじゃないんですか!」
睨み合う、直と茅子母。
それを仲裁したのは、珍しくも未來だった。
一気に飲み干したジュースのグラスを勢いよくテーブルに置き、場を鎮める。
「とりあえず」
集中した視線の中で、静かに言い放つ。
「ちぃちゃんと話をさせて」
「……いらっしゃい、みくちゃん、直ちゃん」
自室の扉を開いて二人を迎えた茅子は、寝間着姿だった。
母親から事前に聞いていたからか、それともそもそも二人が来ることを予想していたのか、急な訪問に驚いた様子はない。
「ちぃちゃん、寝てたの?」
「ううん、お母さんが寝てろって言うから」
どうやら、親には風邪をひいたと言って学校を休んだらしい。学校にもそう伝わっているのだから、当然と言えば当然か。
こうして会ってみると、茅子の様子は健康体そのものだが。
「ママは、まあ、気付いてるとは思うけどね」
「そりゃあ、口喧嘩のあとで学校休みたいって言い出したら、ずる休みだってわかるわな」
「あはは、そうだよね……」
不躾に部屋を見回しながら言う直に苦笑いで返す茅子。
彼女自身、自分で言っていた通り本気で信じてもらえているとは思っていないのだろう。
「しかし、流石に紅桃の部屋は、なんつーか……女子って感じだな」
重苦しい空気に耐えかねたのか、直がはぐらかすように話題を変える。
が、確かに、茅子の部屋はオンナノコらしいもので溢れていた。
ふわふわのベッド、もこもこのぬいぐるみ、本棚には流行りのティーンズ小説に混じって数冊の少女漫画。
おおよそ、女子の部屋と言われて思い浮かべる通りの部屋であった。
「ナオちゃんは、自分の部屋ないもんね」
「ほっとけ。あってもこんな部屋にはなんねえよ」
「どんな部屋になるの?」
「そうだなあ、まず好きなバンドのポスターと──」
「あ、方向性はわかったからもういいや」
「訊いといてその態度はなんだ!」
ひとの部屋で漫才を始める二人。いつでもどこでも漫才を始められる二人だ。
バンドマンには必要のない才能である。
女子だからバンドウーマンだろうか。
「大体、そう言うお前の部屋はどうなんだよ。あるんだろ?」
「うん、あるよ。普通の部屋だよ」
「お前の言う『普通』ほど信用ならない言葉はないな……」
「どういう意味!?」
「でもみくちゃんの部屋、本当に普通だよね。意外と」
「ちぃちゃん、意外とって何!?」
漫才に茅子も入り、トリオ漫才となる。
ひとしきり笑って、三人は一息ついた。
「それで、」
単刀直入に切り出したのは、未來だった。
「ちぃちゃん、これからどうするの?」
「…………」
その質問に、茅子はすぐには返せなかった。
何を思っているのか、どんなことを考えているのか。
表情からは、それは読み取れない。
「ちぃちゃん、あたしがバンドはじめたいって言ったとき、反対もせずに背中を押してくれたよね──だからあたしも、ちぃちゃんの選択を尊重するよ」
たまに見せる、未來のまともな一面。その脇で、直は退屈そうに視線をうろうろさせていた。
「そもそも、紅桃がバンドに入ったのは人数合わせだったんだろ? まあ、部活としてはそれでも独り足りないけど──バンド的には、二人いれば形にはなるし」
「ちょっとナオちゃん、そういう言い方はダメだよ! いてくれた方がいいに決まってるんだから──あっ」
つい引き留めるようなことを言ってしまい、口をつぐむ未來。
今は、自分たちの想いを気にさせずに茅子に選択させねばならないのだ。
今まで家の手伝いや委員会の仕事で忙しかった茅子を半ば無理矢理バンドに引き入れてしまったのは未來だ。親のストップが出てしまった以上、これ以上わがままに付き合わせるわけにはいかない。
「わがままなんて──私は、私の意思で、みくちゃんを手伝おうと思って……」
「だから、その手伝いが、もう必要なくなったってことだろうよ。部活を存続させるだけなら籍を置くだけでいいんだし、バンドに付き合う必要はねえよ」
「もう、ナオちゃん!」
突き放すようなことを言う直に、未來はつい言い返す。
「ナオちゃんはちぃちゃんとバンドしたくないの!?」
「んなわけないだろ」
激昂する未來に対して、直は冷静だった。
「わたしは、来春と紅桃の二人のバンドだから入ってもいいと思ったんだ。どっちが欠けたとしても、それはもうわたしの選んだ道とは違う──大体、来春と二人なんて御免被るね」
「ちょっとナオちゃん!」
途中まではしんみりしながら聞いていた未來も、最後の一言には噛みつかざるを得なかった。
が、まあ、茅子も直の言いたいことは伝わった。
未來の想いも、もとより。
「……ありがとう、二人とも。私、もう一度、ママと話してみる」
「ちぃちゃん……」
「もともと、こんなことになったのは私がパパとママにちゃんと話をしてなかったからだし──きちんと事情を話して、自分の気持ちを伝えれば、わかってくれるはず」
「……うん、そうだね」
昔から付き合いのある未來は、茅子の両親がそこまで物わかりの悪い人たちではないことを知っている。
店のために娘の自由を奪うのかという直の言葉を否定したのは、決して嘘ではないのだ。
だから、きちんと話をすれば、わかってもらえる。
なにより茅子の瞳が、絶対に了承させてやるのだと、そう語っていた。
「それじゃあちぃちゃん、また明日ね──週末には合宿なんだから、絶対来てよね」
「うん、待ってて」
そう言って、未來と直は茅子の部屋をあとにした。
そのまま家を出る直前、店から戻ってきていた茅子の母に声をかけられる。
「未來ちゃん……どう? 茅子の様子は」
「んー、」
どう言ったものか。
顎に手をやって考えつつ、未來は答える。
「店が終わる頃には、多分出てくると思うよ──だから、」
ちゃんと、話を聞いてあげてね──そう言って、今度こそ、二人は紅桃家を出た。
翌日。
遅刻気味の未來が教室に入ったときにはすでに、茅子は自分の席についてきた。
未來は茅子の性格を知っている。あのまま話が決裂し、バンド活動を認めてもらえなかったのなら、今週いっぱいは学校に着づらいはず。
と、いうことは──
「ちぃちゃん!」
「みくちゃん!」
照れくさそうに、はにかんで。
茅子は顔の横で小さくⅤサインを作った。




