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13 *合宿をします*

「合宿をします」

 唐突に、その言葉は放たれた。

 六月に入ったばかりのある日、学校の視聴覚室でのことだ。

 その言葉に、談笑していた未來みく茅子ちこが振り返る──アイスキャンデーを咥えたままで。

 これでも、部員が三人になり晴れて正式な部活になった軽音部の活動中である。

 今まではライブハウス<ROCK HEARTBEAT>でマスターの指導の下行ってきた練習だが、この度新たな指導者を獲得したことにより本来の部室であるこの視聴覚室で練習することになったのだ。

 マスターが寂しがるので、週に一度、土曜日だけはライブハウスで練習することになっているのだが。

 まあそれはともかく、その新たな指導者であり新たなメンバーでもある椎葉しいばなおは、だらけきっている二人を見て溜息を吐く。

「お前らなあ……やる気あんのか?」

「ナオちゃん、それは見くびりすぎだよ。あるに決まってんじゃん。有り余ってるよ」

「でもねえ、暑いからねえ」

「これからもっと暑くなってくよ! 夏中だらけてるつもりか!」

 防音完備の視聴覚室に直のツッコミが響く。

 新たなツッコミ役を獲得したことによって茅子は最近ツッコミを直に任せ気味だ。

「わたしはツッコミ役じゃなくて指導役だ!」

「ナオちゃん、指導役だけじゃないよ。同じバンドの仲間なんだから」

「あ、おお……って、そうじゃなくて!」

 一瞬照れモードに入りかける直だったが、なんとか本題を思い出す。

 茅子と違って直は未來を甘やかしたりしない。

「合宿をするって言ってんだろ! 反応しろよ!」

「したじゃん。振り返ったじゃん」

「姿勢を正せ! 大事な話なんだから!」

 言われ、二人はアイスを一口で食べきり椅子ごとホワイトボードの前に立つ直に向き直る。

 それを確認して、直は咳払いで仕切り直し、同じ言葉を繰り返す。

「合宿をします」

「それはさっき聞いたよ」

「でも、どうして、急に?」

 面倒そうに応じる未來と、首を傾げる茅子。

 とりあえずピンク髪の方は無視して疑問に答える。

「お前らさ、目標って立ててるか?」

「目標? 全教科三十点以上とか?」

「定期試験の話じゃねえよ。バンドの話だ、バンドの」

「バンドの、目標?」

 未來の目標点数の低さについては誰もツッコまない。このピンク髪のおつむの軽さは周知の事実だった。

「バンドの目標って言うと、目指せ武道館、みたいな」

「急にでけえよ。大人しい顔して野望は無限大か」

 首を傾げたまま例を挙げる茅子に、直は口の端を引きつらせる。

 その目標自体が悪いとは言わないが、今この場面にはそぐわない。

 直が言いたかったのは、

「最初のライブはどうするのかって話だよ」

 最初のライブ。

 その言葉を聞いて、今度は未來が首を傾げた。

「最初のライブって……こないだやったやつじゃないの?」

「あんな観客がわたしひとりしかいないようなのをライブとは言わない」

「えぇ~」

「えぇ~、じゃねえよ! 逆に本当に何もする気なかったのか、お前!?」

「そういうわけじゃないけど……」

 何もする気がない、というわけではない。

 だが、直ひとりに向けたあのライブを終えて以後、燃え尽きた感があるのも事実だった。

 具体的に言うと、

「しばらくは活動中止ってことでよくない?」

「よくないわ! まだなんもやり遂げてないだろうが!」

「あたしたちは、きっと大きくなって帰ってきます!」

「活動休止発表みたいなマイクパフォーマンスすんな!」

 アイスの棒を片手にテーブル上に上がる未來。

 そんな状況の中でも、話題を戻すのは茅子の役目だった。

「それで、最初のライブって、直ちゃんは、どういうつもりで言い出したの?」

 それは、ある意味的を射た質問だった。

 直近の見通しがあるからこそ『初ライブ』と『合宿』とを絡めてきたのだろうという茅子の予想であり、それが見事的中した形になる。

「わたしはな──次の文化祭で、何かやれないかと思ってる」



「なるほどぉ、良い案だと思いますよ。今からなら体育館のステージ使用の申請も間に合うし」

 デスクから上体だけをこちらに向けながら、神崎は柔らかく笑ってそう言った。

 効果音で表すなら『ほにゃあっ』という感じだ。マスコット扱いが頷ける笑顔である。

 ──直による『初ライブ』の提案がなされた直後、三人は職員室に来ていた。

 一か月後に迫った文化祭で自分たちがステージを行うことができるのかを確認するためだ。

 そしてその答えは、神崎の言葉の通りである。

「よかった、今からじゃ間に合わないとか言われたらどうしようかと」

「今になって言うからこんないらない心配をすることになるんだよぉ。もっと早く言ってくれればよかったのに」

「うるせえ! わたしはお前らがもっとマジメに活動してると思ってたんだよ! まさかなんも考えずにダラダラしてるだけとは思わないだろうが!」

「ナオちゃんが入ってくるまではちゃんとやってたんだよぉ」

「わたしのせいみたいに言うな!!」

 職員室で遠慮もせずに漫才を始める二人。

 茅子と神崎は苦笑いで観戦することしかできなかった。

「──で、文化祭でステージをやるのはいいんだけど、」

 ようやく漫才が落ち着いたのを見計らって、神崎が口を開く。

「具体的に何をやるかとか、決まってるの?」

「……いや、バンドでしょう」

 冷えきった直の視線を受けて、神崎は慌てて否定する。

「そ、そうじゃなくて──ええと、ステージをやるってなると、ひとつの部活に割り当てられるのは大体十分から十五分くらいなんです。演劇部なんかはもうちょっと長く取れるんですけど、逆に短くするっていうのは、次の準備とかの関係でちょっと難しいの」

「……なるほど」

 何もわかっていない未來を除いて、直と茅子が顎に手をやって思案顔になる。

 神崎が心配しているのは、つまり、「ステージをやるのはいいけど、十分以上も何かやることあるの?」ということだった。

「確かに、私たちの持ち曲って、今のところ直ちゃんに観てもらった、あの一曲だけだもんね」

「どんだけスローアレンジするにしても十分は厳しいよな……」

 できれば、もう二曲。最低でも一曲は新しい曲を作らないと、十分以上という時間は潰せそうにない。

 しかし、即興で曲を作ってそれを練習するとなると、文化祭までの残り一カ月という期間は少し短かった。

「既存の曲をやればいいんじゃないの? ほら、直ちゃんが作った曲を借りたみたいにさ」

 ようやく理解が追い付いてきたらしい未來がそんな提案をしてきた。

 たしかに、既にある曲を演奏するだけならば、曲作りの時間を省ける分練習時間は多く取れる。それならば、一カ月でもなんとか形にはできるだろう。

 が、直はあまり乗り気ではなかった。

「別に悪くはないけどさ。わたしとしては、やっぱり自分たちの曲をやりたいよ。大事な初ライブなんだし、既存のコピーで誤魔化したくはない」

「でも、それじゃあ、時間が足りないんじゃない?」

「だから、最初っから言ってんだろ」

 練習時間が足りないなら、それを増やせばいい。

 具体的には、一日中バンドの練習に集中できるようにする、とか。

 ぴんと立てた人差し指を高く掲げ、直は本日三回目となる宣言を果たした。

「合宿をします!」



「学校に泊まるんだったら、私から申請しておくね──場所は視聴覚室、名目は部活動の練習合宿、日取りは……丁度今週末は私が宿直だから、そこの三日間でいいですね」

 てきぱきと、顧問姿が板についてきた感じで、神崎は合宿に関する確認を進める。

 三人が口を挟む暇もなく、日取りまで決定されていた──それで特に問題もなかったので、なすがままに頷く。

「では、木曜日までに保護者の方に宿泊許可証を頂いてきてください」

 そんな風に締めて、その日はお開きになった。

「みくちゃん、直ちゃん、また明日」

「バイバァーイ!」

「また明日」

 いつもの分かれ道で、茅子が他の二人と別れる。

 未來と直は、そこからしばらく同じ道だ。

「合宿かあ~。青春!って感じだね」

「お前、それで何でもかんでも片づけられると思ってないか? 言っとくけど、ほとんど練習漬けで遊ぶ暇なんてないからな」

「えっ、パジャマパーティーは!?」

「合宿をなんだと思ってんだ! そんな楽しげなイベントはない! あっても寝袋パーティ程度だ!」

「寝袋パーティー……それはそれで楽しそう」

「パーティーってつけばなんでもいい人間か。このパリピめ」

「イェイ! アイムパーリ―ピーポー!」

 よくわからないテンションになってはしゃぐ未來。

 それだけ合宿が楽しみなのだろう──練習を楽しみにしているわけではないというのが、この場合難点だが。

「お前、そんなんでよくバンドやろうと思ったよな。練習しなくてもそこそこできるとでも思ってたのか?」

「そんなことはないけど……ほら、直ちゃんの演奏を観て、それに憧れてすぐに始めたから、そのあとのことはあんまり考えてなかったというか……」

「あ、憧れてとか面と向かって言うなよな! 恥ずかしい奴め!」

「もぉ~、今さら照れないでよ~。い」

「やぁめぇろぉおおお」

 照れる直にトキメいた未來が頬ずり地獄を決行する。初対面時、ヤンキールックの直に怯えて動けなくなっていた人間とは思えない所業だった。

 なんとか未來の魔の手から逃れ、直は膝に手をついて呼吸を整える。

「はあ、はぁ……で、始めたときどういう認識だったかはともかく、お前、これからちゃんとやっていくつもりはあるんだよな?」

「これから?」

「心配になる受け答えはやめてくれ……」

 とぼけているのか本当にわかっていないのか──どちらにしてもこの先が心配になるような返答に、直は小さく溜息を吐く。

 やれやれ──どうしてこんな奴とバンドを組むことになってしまったのか。

 自分で決めたこととはいえ──

「……どうしてにしろ、このわたしが仲間になってやったんだ。中途半端は許さないからなっ!」

 ずびしっっ! と、とぼけた桃色髪の眉間に人差し指を突きつける。

 それに、未來は怯むこともなく、逆ににんまりと笑顔を作った。

 ほうっと吐息を吐いて、右手を頬に持っていく。

 どこか呆けたような顔で、一言。

「ツンデレ直ちゃん、萌えぇ……」

「なっ、も、萌えとか言うな! 気持ち悪い!!」

「そんなこと言わないでよぉ~。ほら、あたしの愛を受け取って! 存分に!!」

「愛とか言うなっつうの! ほんっとに恥ずかしい奴だな! この身長体重ヒミツ野郎!」

「それは言わないでえええぇぇ」

 夕陽の沈みかけた住宅街に、二人の騒ぐ声はいつまでも響いていた。



 その、夜。

 スマホが着信したメッセージを見て、風呂上がりの未來は息を呑んだ。

『ごめんね、みくちゃん』

 差出人は、幼稚園時代からの幼馴染。

『合宿、行けなくなっちゃった』

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