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受難続き3

 国境のちょうど境界線上で、その事故は起きた。


 治癒術師としては心許ない自分の力。ロミラには絶えず不安がつきまとっていた。

「この子の怪我が一番ひどい」

 地面に膝をつき、ロミラは呟く。


「トリアージ(治療の優先順位)の指示通りだ」

 経験豊富な警備隊の一人が諭すように言う。彼にとっても苦渋の選択だったにちがいない。

「そうだね。あのトリアージ施行者は優秀だ。あとはこの子を救うだけ……」

「もうすぐ隣国のやつらが来る」

「さあ、治療を終えて引き上げるぞ!」

 遠くにいた警備隊たちが声をかけ合う。


「待ってくれ! まだ患者がここにいる」

「面倒を起こすな。あとは向こうの連中に任せればいい」

「治療を後回しにされても、ここまで持ちこたえたんだ。強い子だよ。もう少し時間をくれないか」

 統率が取れた警備隊も少人数の医療班も、すぐにでも撤退してしまいそうだ。

 詰め寄るロミラに隊長は言い放つ。

「状況がわかっていないようだな。この行為はすでに一線を越えているんだ」


「この国の子かもしれない!」

「証拠はない。身元がわかる物は何も持っていなかった。密入国でないと、どうして言える?」

「本気で言っているのか」

「逆に言いたいね。正気か?」

「こんな状態で放り出せるわけないだろう!」

「あ、おい! だめだ、戻れ!」

「無理だ!」

 あの子のそばにいてあげなくては。わずかな時間も無駄にできない。

「ちっ。バカ術師め……。これだから治癒術師は厄介でいやなんだ」

 走り去る後ろ姿を見て、男はため息を吐いた。


 仔狼は死の淵に立っていた。

 いままでこんな痛みは知らなかった。

 身体の至るところで、すべての感覚がのたうち回っている。

 いつまでこうしていればいい?

 激痛は波のように何度も押し寄せて来る。何もかも、もぎ取られていく。

 このまま目を閉じてしまいたい。

 自分の身体がどんな状態なのか知るのも怖かった。

 きっと骨はたくさん折れていて、最悪内臓はつぶれているかもしれない。どことどこが、とは説明できないけれど。たくさんの血が流れたはず。手や脚のそこかしこに、べったりとはりつくような感触が広がっている。


 かすれた声のような意識で叫んだ。


 いたい……。いたい……いたい!

「そうだよ。骨が折れたんだから」

 のど……かわく……。

「たくさんの血を失ったからね。水分で補おうとしているんだ」

 そそがれた液体が舌の上を転がっていく。

「あ……」

 癒しの光をさがし求める目が、柔らかい笑みと繋がった。

 誰かが手を握っている。確かめたいのに、反対に瞼を閉じたいと思ってしまう。

「大丈夫だから。もう少し眠るといい……」

 安眠を誘う言葉に、答えることもできなかった。


 まどろみが仔狼を優しく包む。

「ごめんね。いまは君を動かせる状態じゃないんだ」

 消え入りそうな声で、仔狼の頭を何度もなでる。

「さようなら。いずれ監獄船から出してあげるよ」

 引き止められなかった。この人は誰かに呼ばれているのだと、気配でわかる。

「無理を言ってここにいさせてもらったんだ。だからもう行くよ……。今度はこっそり潜り込んででも迎えに行く。法を破っても」


「それはやめろ!」

 やけに現実染みた自分の声が耳に響く。

 動転して左右を見渡すが、ほかには誰もいない。


「うっわ、びっくりした……」

 思わず胸を撫で下ろす。自分の声に起こされるなんて、なんて間抜けだ。目覚めたばかりの頭で、ぼんやりと狼らしい鼻先を宙に向けた。

 やたらといい匂いだった。悪夢のような痛みはすぐに忘れられそうだが、柔らかいぬくもりはいつまでも残しておきたかった。

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