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幽霊の仕事

作者: いじ

「いや、だからさっきから何度もそう言ってるじゃないですか、いいですか?私は幽霊なんですってば、ゆ・う・れ・い!ほらよく見てくださいよ、体は透けてる、足は無くて浮いている、顔は青白い、額には白い三角の布を巻いている…あ、これの正式名称知っています?これね、色んな言い方があるんですが、一般的には『天冠』って言うらしいですよ。グーグルで調べましたからね、間違いないですよ。他にも宗派によって色んな呼び方があるらしいですが、私はあいにく無宗派だったもんで、こだわりとかないんですよ。ね?ほらね?どっからどうみても幽霊でしょ?怖いでしょ?ヤバいでしょ?」



「だからね、もういい加減怖がってくださいよぅ…こっちも遊びでやってるわけじゃないんですよ、仕事なんですよ仕事。芸人は人を笑わせるのが仕事、先生は教えるのが仕事、政治家は嘘をつくのが仕事、それと同じ、幽霊は人間を怖がらせるのが仕事なんですよ、分かるでしょ?貴女にも宿題とかあるでしょ?それと一緒なんですよ。この世でノルマに追われ、やっと死んであの世に行って楽になったと思ったら、こっちでもまたノルマノルマ。『貴方はカルマが溜まっていますから、ノルマも多いんですよ』だってあの事務のおっさん、上手いこと言ったつもりか。成績悪いとね、朝礼とか…じゃなかった。夜礼とか出席するの辛いんですよ?『今夜は何人怖がらせるんだ!?』『はい、3人です!』『5人だバカヤロー!』みたいなやり取り、うんざりなんですよ。だからね?そろそろ怖がって、悲鳴の一つも上げてもらえませんかね?あ、私が饒舌だから、怖くないんですね?分かりました少し黙りますね






いや無理無理!

沈黙とか私、耐えられません!」



「何もね、死んでくれって言ってるわけじゃないの。新人の私にはまだそんな権限ないし、殺しちゃうと報告書とか始末書とか書かされるし、カルマも増えてノルマも増えるから、殺りたくないの。だから、ちょっと怖がってくれるだけでいいの。なに?貴女、アレ?こーいうのじゃなくて、もっと血がブシャー!ってなって、内臓がグロォー!ってなってるのが好きなタイプ?いやいや、隠さなくてもいいし恥ずかしがらなくてもいいですよ?多いんですよ最近ね、ほら、なんでもかんでも最近はハリウッドの影響を受けちゃってね、血糊と火薬は大い方が喜ばれるんですよ。分かってるんですよ?私もね、生きてる頃はそれなりの営業マンでね?売りたいものを売るのが商売じゃない、顧客が欲しいと思っているモノを売るのが商売だなんて部下に言いながら仕事してましたから、よく分かるんですよ。単にね、営業成績を上げるだけならね、今は何が一番いいか知ってます?今の流行はね、ゾンビですよ、ゾンビ。もう一発ですよ?大人から子供まで、みーんな怖がって逃げていく。ウッハウハですよウッハウハ。夏なんかね、知ってます?なんとかっていうテーマパークじゃわざわざ園内にゾンビを放流してね、客を怖がらせるんですよ。その中に紛れ込んでね、一緒になって脅かしたら、成績うなぎ上り。ノルマなんてあっというまに達成ですよ。でもね、私分かっちゃったんですよ。ゾンビってね、もうエンターテイメントなんですよ。恐怖の対象じゃないんですよ。本物の恐怖ってね、そんなんじゃないでしょ?なーんにもいないはずの所に、でも確かに何かいる。こちらからは認識できないけど、確かに向こうからはこちらを認識している。その齟齬?わかります?そごって、こう、歯車がかみ合わなくて、なんかズレてるって感じなんですけど、そういう日常とはかけ離れた異質な雰囲気っていうのが怖いんですよ。確かに自分は此処にいるのに、誰にもそれを認識してもらえないとか、恐怖ですよね。無視っていうんですか?あれ怖いですよね。幽霊なんかよりよっぽど怖い。無視される恐怖に比べたら、幽霊なんてちっとも怖くない。ゾンビってのは結局、理詰めの恐怖なんですよ。1が2になり2が4になる。倍々にふえるパンデミックなところが怖い、ねずみ講ならぬゾンビ講ですよ。そういう…って、なんで泣いてるんですか?私のことが怖いわけでもないのに、どうして泣くんですか?分からない人だなぁ…」



「だからね、私は、初心に帰って、この日本古来のいでたちで、もう一度恐怖の原点に返ってやろうとしたんですよ。その結果?その結果がこれですよ。ノルマも達成できず、意味も分からず泣かれ、泣きたいのはこっちですよ。とりあえず泣き止んで、涙を拭いて、落ち着いて、そして怖がってください、私の事を。もうね、ホントね、これ以上怖がってくれないんだったら、私も奥の手出しますよ?足はありませんけど、手はあるんですよ?いいですか?あの人を呼んじゃいますからね?知ってますか?名前くらい知ってるでしょ?そう『死神』さん。しにがみ。もうね、字が怖いよね。なかなかいないよ、名前に死がついてる人。キラキラネーム?いま流行ってるんでしょ?あの読み方わかんないやつ。あれにだってなかなか無いよ?死なんて文字。普通の言葉だって字を『死』に変えたら怖いもんね。どんなに面白いひとでもダメよ?『死村けん』ほら怖いでしょ?どんな良い県でもダメよ?『死賀県』ほらめっちゃ怖い!怖いのか目出度いのかよくわからないところが怖い!どんな楽しい所でもダメよ?『東京ディ●●ー死ー』ほーら怖い!テラーオブタワー!ね?そんな死神さんとね、私知り合いなんですよ?頼めば来てくれるんですよ?あのひと年間パスポートもってるから、人間をあの世に連れて行き放題なんですよ?ね?怖いでしょ?だから早く怖がって、ちょっと悲鳴を上げるだけでいいから、ね?」



「おかしなことを言う人だなぁ…『死神に会いたい』だなんて、あのね、死神さん怒らせたらマジこえーよ?死神先輩キレたらマジなにするかわかんないんですよ?舐めてるとすぐにあの世に送られて幽霊ライフ一直線なんですよ?天国とか地獄とか選ばせてもらえないよ?閻魔裁判通さずに実刑よ?私もね、あんまり言いたくないんだけどね、ほら、仕事がつらくてさ、自殺?しちゃったタイプだからさ、死神さんのお世話になってるのよ。あの人、真剣に生きている人の所には出ないけど、私みたいに自殺しちゃうような弱い奴にはね、厳しいんですよ。貴女、ちゃんと真剣に生きてる?」



「ところでね、すごく気になっていたんですけどね、ここって学校の屋上ですよね?しかもフェンスを乗り越えて校舎の縁まできて、靴なんか脱いじゃって、その紙は何です?ラブレター?それで今は丑三つ時、えーっと午前2時ですよね?どうして貴女はこんな所にいるんですか?天体観測?もしかしてソラガールっていうやつ?宇宙とか興味ある?いいよね、宇宙は。死んで浮けるから、出来るなら宇宙まで昇って行きたかったんですけど、地上から5メートルくらいが浮上の限界みたいです。行ってみたかったなぁ、宇宙。天寿を全うしたら行けるらしいんですけどね、天界?天国?まぁ、自殺しちゃった私には縁もゆかりも無い場所なんですが。あ、縁とゆかりって、漢字で書いたら同じ『縁』なんですよ、知ってましたか?」


「あれれ?あれれれ?なんかね、死神さんがね、貴女に会いたいって、今メールがきました。おかしいなぁ…死神さんが会いたいなんて、死にかけている人か、今まさに死のうとしている人かの、どっちかなんですけどねぇ…」



「え?なんですか?『あの世にもイジメはあるんですか?』ですって?あはは、あるわけないでしょう、イジメなんて。イジメなんてね、生きている人間だけ。死んだら、そんな暇ないですよ。第一イジメなんてしてるのが鬼にバレたら、カルマが倍率ドン、更に倍してドン…って、今の若い人には分かりませんか、このネタ。ともかく、イジメなんてね、未熟で暇で自分に自信が無くて、やりがいが持てなくてテキトーに生きていて、矮小で上手く生きていくことの出来ない人間が、しっかり生きている人間が羨ましくて、悔しくて、どうにか自分のアイデンティティを保とうとして行うものです。イジメなんて惨めなマネ、たとえ地獄に落ちたってしませんよ。まぁそれも、生きている人間の特権です。いじめるのも、いじめられるのも。この世に影響を与えられるのはね、良くも悪くも生きている人間だけなんです。死んじゃうとね、もう誰にも影響を与えられなくなる。せいぜい幽霊になって人を怖がらせることくらいしかできない。悲しいもんですよ?人に影響を与えられないというのは。生きている人間はね、少なからず人と繋がっているんです。人と繋がっていることを『生きている』と言うんです。いじめてようが、いじめられていようが。自分の意見を相手に伝えることが出来る。いじめられて嫌なら『やめてくれ』と言える。それを相手に伝えることが出来る。それがどれだけ強い力を持っているか、どれだけ素晴らしいことか、生きている内には決して分からないでしょう。生きているのに、自分の思いを相手に伝えない、これがどれだけ勿体ないことか、死んでから気付いたんですよ。本当に、勿体ない」



「この世はね、可能性の塊です。世界はいくらでも広がる。広げることが出来る。死んでしまうとね、可能性が無くなる。世界は閉じる。何者にもなれなくなる。この世とあの世の大きな違いはそれだけ。私は貴女が羨ましい。生きている。それだけが羨ましい。貴女は何者にでもなれる。今の貴女が全てではない。私とは違う。貴女を怖がらせるためだけに此処にいる、私とは決定的に違う。貴女が何者かになりたいと願うなら、それだけ世界は広がっていく。それが羨ましい。自殺なんてするんじゃなかった。もっと自分には可能性があった。今だから、閉塞してしまったからこそ分かる。生きているということは可能性の連続だ。なにもせずに死ぬことの愚かさに、生きている間に気付けないなんて、これほど愚かなことはなかったと、私は感じています」



「おや?死神さんからメールが…あれ?『もう貴女とは当分会いたくない』と言っています。なんだったんでしょうね。さて、そろそろホントに、私の事を怖がってもらえないでしょうか?私は貴女を怖がらせに来たんです。




そんな清々した表情で靴を履いて、フェンスを乗り越えて、ラブレターを破り捨てて、私に向かって『ありがとう』なんて言ってもらうために此処に来たんじゃないんです。




どうかお願いですから、私の事を怖がってください」

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