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緑の並木道  作者: 日和
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突然の告白



 私は窓の外で忙しそうに降って来る雨を眺めながら、ジメジメする空気を感じて席に座っていた。時折こちらの視線に気付かれぬよう彼、高村秋の後姿を見つめた。私はそれだけで幸せだった。

  


 「琴美先輩、久しぶりだね」



 梅雨に入ったせいでこの頃つねに雨が降ている。それで私達はお互い相手をベンチに座り待っていることが出来なくなった。別にその場所でなくてはならない事はないが……私達には体を雨に濡らしてまで相手を待っている理由もなければ、はたまたお互い連絡をとって別の場所に話しに行くまで重要な話をしていたわけでもなかった。



 「本当。……なんだか懐かしいね」

 「それ、オバサンっぽいよ?」



 奴はやはり相変わらずの生意気な笑を浮かべてみせる。だけど私は奴がきっと無意識のうちに見せる子供らしい無邪気な笑顔を知ってる。



 「ねぇ先輩、俺に会えなくて寂しかった?」



 急にそう言う奴に思わず噴出してしまった。どうやら機嫌を損ねたらしく奴は少しだけ薄紅色の唇を尖らせた。



 「ごめん、寂しかったよ」



 ビニールの傘を左手で持ち直した。両肩に紐をかけた学生カバンが降り注ぐ雨を受け止めている。生意気加減に磨きをかけるように少しつり上がった目が傘の先から水滴が落ちていく様子を見つめていた。

 こちらに視線を戻した奴は、はにかむような笑顔を見せた。

 時々奴が、無償に可愛らしく見える。




 私はその朱色のインクで辺りを埋め尽くした紙を手にした途端、体中の力が抜けるように感じた。倒れるように席に着くと、右肩に温かい感触を感じた。彼が心配そうに私の顔を覗き込んだせいで、頬に熱が宿る。



 「無理して体調崩したんじゃないのか?」

 「そんなんじゃ……あんまり結果上がらなくて」


 申し訳ないのと、赤い頬を隠すためにうつむいた。彼だってひまなわけではなに……私の指導に使った時間は無駄になった。


 「……永瀬、あんま落ち込むなって。まだ取り返しつくだろう。まあ、そ~ゆ~俺はしっかり上がったんだけど」


 二ッと笑い、彼は私に「人に教える事は自分の力にもなる」と解答用紙を片手に教えてくれた。やっぱり私は、この人を好きだと思った。



 久々に今日は雨が降っていなかった。とはいっても、5分後に土砂降りになっても少しもおかしくないような曇り空。緑の並木で、ベンチに座る。両腕を空に突き出して大きく伸びをするととても気持ちがいい。



 ふと、辺りを見回すと並木道の外れに小さく、カップルらしき若者達が見えた。気分がいい私はつい、いい気になってそっとそのカップル達に近づいた。男子の方の制服が一緒の高校のような気がして。




 どんどんどんどん…顔が見えてくる。大きな気の幹に身を隠し、ついに私は二人の顔を確認した。



 「高村君!」



 気づいたら私は隠れていた場所から飛び出していて、勝手にふざけていたのに見たくもない景色を直視してしまった。




 大好きな並木道から外れると、そこはまるで別世界のようだった。鳴り響く音に、人々の話し声。だけど私はその雑音の中でもしっかりと二人の声を耳に入れていた。

 二人はとても楽しそうに、ゆっくりと道を歩いていた。時折目を合わせてはくだらない話題に笑い合う。


 「……あれ、永瀬?」


 ぼうっと突っ立っていた私に声をかけてくれたのは、高村君だった。いつもの優しい笑顔に今日ばかりは安らぎを得ることは出来ない。



 「……高村君……あれ、そちら彼女?」



 照れる様子もなく「そうだ」と言った彼は律儀にも私たちをお互いに紹介してくれた。高村君の隣にいたその子は可愛らしい笑顔を見せ、私に会釈をしてくれた。

 少し彼らと話すと臨時に作った急用を理由に私は早々とその場を去った。やりきれなかった。胸が焼けるように熱い。ただ悲して、悔しくて。私は無我夢中でさっきまで浮かれ気分だった私がいた並木道に走っていった。




 ベンチには奴、三澤葉流が座っていて猛ダッシュで突進してくる私を目を丸くしながら見ていた。ベンチの端に熱くなった目頭を隠すためにうつむいて座った。一瞬横目でこっちを見ると奴は何事もなかったように学生カバンから文庫本を取り出して読み始めた。



 それからしばらくして、私が落ち着いたのを再び横目で確認した奴がぽつりと一言呟いた。

 「……先輩、忘れ物してっちゃ駄目じゃん」

 「……え」



 生意気な笑を見せた奴が見慣れたブルーの携帯を目の前にかざした。一つだけ着いているさえないストラップが虚しい音を出して揺れた。



 「……あ」



 奴からそれを受け取りながら、ふいにため息をついてしまった。



 「人の顔見てため息つくなよ」

 「あ、ごめん。あのさぁ前にステキだなって言ってた人いたでしょ?あの人……駄目だった」



 気のせいか、奴は嬉しそうに微笑んだ気がした。



 「……だから言ったのに」


 今日、私は朝まで泣き続けるかもしれない。そう思うくらい私は沈んでいた。



 奴が、思いも寄らぬ言葉を口にするまでは。



 「…あのさぁ、けっこー前から好きなんだけど」



 少し湿った空気の中、私たちは黙っていた。並木道は少し暗くなった。涼しい風が吹いても、私の頬は熱いままだった。



 「……は?」



 高村君の彼女を見てしまった私はショックで泣きそうになるのを必死にこらえていた。しかしそれは、先程の奴の言葉で中断さた。



 「あのさぁ、けっこー前から好きなんだけど」



 ふいにぽつりと呟いた奴は私の方を見ようとはせず、ずっと先の方を見つめていた。あまりに唐突に事だったので、私はつい、言ってしまった。



 「は?」

 「……えっと、何を?」



 動揺を隠せない私は声を上ずらせながら奴に聞き返した。奴は少し頬を膨らませながら、ふてくされたように言った。



 「……あんた」



 奴はいつもと何一つ変わらない様子で座たまま、やっぱりさっきと同じように先を見つめていた。くやしいくらいに私ばかり気が動転して、体中が熱くなった。



 「……私中学の時、あんたの事好きだったかもしれない」

 「あのさぁ、昔のことなんかど~でもいいんだよね」



 怒った奴がこっちを向いた。久々に見た奴の瞳には、慌てふためく私の姿が写っていた。


 「……ごめん。」

 「……分かったらいいよ。じゃあね」



 三澤葉流はなんて気まぐれなんだろう。それだけ言うと私に背を向けていつものように並木道を後にした。



 「あ、先輩もそろそろ帰った方がいいよ。もう暗いし」

 「あ……うん」


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