ムーリア暦2△△8年 桃月 災難は、突然に・・・1
イントロは、月が3つ あることのみ違いますが、その他は現代の日本によく似た、『 今 』 の、異世界でのお話。
ムーリア暦2△△8年 桃月
「 これを現代語訳しろ・・・ですって??? 」
私は教授から渡された数冊の古い冊子を見て、思わず声を上げた。
ここはナセラ国 国立カルガ大学の某研究室
私は、この研究室が主催するゼミにいる大学3回生
そして、目の前にいるのが、今、この冊子を現代語訳して欲しいと頼んできた元凶・・・もとい、ハルス教授だ。
「 そ。レイチェル君、それが君の研究テーマ。そして卒論だ 」
すました顔でそういう教授に、私は思わず
「 無理!! 無理です。教授!! 」
と、叫んでいた。
「 第一・・・なんで私に・・・ 」
「 いや、君も知っているだろう? 一昨年、ヨーノ地方にあるローランディアの城館に国の調査団が入ったって話 」
「 ええ。 知ってますけど・・・ 」
その話は、私も聞いていた。
ローランディア城は、この大学があるカルガ地方から少し南のヨーノ地方にある。
ムーリア大陸を照らす3つの月・・・モルテ、リュセス、レルアの内、温度を司る女神の月・モルテが夜の空に上る期間が、ここカルガ地方よりわずかだが長いため、夏は少し長く暑いが、冬の寒さが厳しくなく、滅多に雪も降らない気候で
古くから綿花とお茶の栽培が盛んな地方だ。
もっともナセラ国自体が、ムーリア大陸の南よりに位置しており、東北のオルダ国や、オルダ国の東のシオン国とカミワ公国と比べると、モルテが夜の空に上る期間が長いため、夏の期間は長めなのだが・・・
それはともかく
そこのローランディアという町にある城館は、ローランディア侯爵という貴族の持ち物で。
昔は本邸として使用されていたらしい。
今から500年ほど前に建てられたそうだが、設計した建築家がやたら凝り性だったのか、建造に携わった大工や石工達のプロ意識がむやみに高かったのか、無茶苦茶頑丈に作られていて
100年ほど前にムーリア大陸全土を襲った大災害 ( 地震や豪雨災害、隕石の落下による異常気象、大規模な山火事、火山の噴火など ) にもビクともしなかったという。
もっとも、その分、内部の改装や電気・水道など設備の取り付けなどがやりにくく、同時に今は使い勝手が悪いことから、5年ほど前の代替わりの時、内部の絵画などの調度品や書籍などの所蔵品ごと国に寄付されたのだ。
ちなみに、現在は爵位を持つ貴族と言っても、社会的な特権があるわけではない。
せいぜい王宮で伝統儀式が行われたり、外国からの貴賓を迎えたりした時に、その場に出席することが許されている程度だ。
だから、誰々伯爵が事業に失敗して莫大な借金の支払いのためにアパート暮らしをしている・・・だの、何々男爵は親から爵位を継いだのはいいが、国から莫大な相続税を求められてしまい、先祖代々の土地を全て国に物納したり、何枚かの由緒正しい絵画をオークションに出したりしてようやく全額支払った・・・だのという話は、時折、有閑マダム好みの週刊誌を賑わしている。
しかしローランディア侯爵家は、代々の当主や親族が事業家としての才能に恵まれていたらしくて。
現ローランディア侯爵は有名ホテルのオーナーをしており、経営は順調で、いくつもの支店は勿論、いくつかの若者 ( 及びバッグパッカー ) 向けの格安ゲストハウスも経営しているいるそうだ。
そのローランディアの城館は、国によって修理・保存された上で、一般公開することに決まったのだが、その前に調査をするため、国の調査団が入ったのが一昨年のこと。
現在も調査は続いているようだが・・・
「 その冊子は、その調査中に発見された品なんだ。 なんでも、現ローランディア侯爵の先祖に当たる女性が書いた日記らしくてね。 うちの研究室に内容の調査と現代語訳が回ってきたんだけど・・・ 」
「 だったら、私以外の人に・・・ 」
「 ちょうどみんな、その調査で発見されたいくつかの書物のうち、うちの大学に回されてきた分の調査と現代語訳で手一杯でさ。 頼めるのが君しかいなくて 」
教授の口ぶりからすると、今、手元にある冊子たちは、初期調査の段階で
さほど重要ではない
と、判断された物なのだろう。
重要だと思われる資料は、当然、国の文化財保存庁が委託した、しかるべき調査員や学術者、研究機関によって保存・調査・解読されているはずだし、第一、失礼だがこんな地方の大学の・・・私みたいな学生の手に渡っていいはずもない。
でも・・・でも・・・ぼちぼち就活の準備はじめないといけないこの時期に・・・なんでこんな難しいことが研究テーマになんかなるんよー!!
大卒の正社員への就職率、ここのところ数年、目に見えて減ってきているから、就活の準備は早いうちからはじめとかないといけないからね。
特に、私みたいな文系の大学生は。
理系ならば、まだ就職率はいいみたいだけど。
だから今年の夏は、就活のスキルアップのために、去年、突然の火山噴火で多大な被害を受けたカミワ公国で、農地に降り積もっている火山灰と軽石除去のボランティアしようと思っていたのにー
こんな研究テーマなんか与えられたら、予定が丸つぶれじゃないの!!
それに、正直、古文書の解読って、私、苦手なんだよねー
冊子を教授につき返して、
「 お断りいたします 」
と、断ろうとしたら・・・、私を見ていた教授はニッコリ笑ってこう言った。
「 あ、それ全部現代語訳してくれたら、君が某大手出版社に就職できるよう、紹介状出してあげるんだけど・・・ 」
と。
『 な・・・なんですと???? 』
自分で言うのもなんだけど、きっとそのとき、私の目がキラリと輝いたと思う
「 教授、それ、本当ですか??? 」
冊子を手にしたまま、私が尋ね返すと、教授は人のよさそうな微笑を浮かべ、近くにあった缶コーヒーのプルトップを開けつつ
「 ああ。 僕の大学時代の友人が、あの出版社でそこそこ上の地位にいるんですよ。 その人に紹介してあげようかと思っていたんだ。でも、断るのならば・・・ 」
「 やります!! やらせていただきます 」
教授に向かって身を乗り出すと、私は思わず承諾していた。
現代の日本によく似た異世界ですから、パソコン や コンビニ、ケータイ、缶コーヒー、パスタ、自販機、地下鉄 ets・・・なんかは普通に登場します。